服だけ溶かすスライムを作ろうとした二人の男の話 または如何にしてエロスライムは異世界に誕生したのか
「服だけ溶かすスライムを作ろう」
ここは剣と魔法の存在する中世ヨーロッパ風の異世界。二人の錬金術師、スライとライムはそう言った。
どの世界でもいかがわしいことを企む男は山ほどいる。「服だけ溶かすスライムがあったら最高じゃね?」ライムのこの言葉から、二人は錬金術で「女の子の服だけを溶かすスライム」を作る競争を始めた。
スライは優秀な錬金術師である。勝負をするからには完璧な「服だけを溶かすスライム」を作ろうと考えた。彼は完全なものを作るために、一からスライムの作成を始めた。
服だけ溶かす、と言えば簡単だが、実際には恐ろしい程の労力が要求される。まず服と言ってもその原料は様々だ。この世界で一般的なウール、つまり羊毛の服は動物性タンパク質である。しかし貴族の服は同じ動物性タンパク質でも全く別物であるシルクなのだ。また、貿易で入ってくる木綿の服はセルロースでできていて、組成からして全く違う。狩人の羽織る毛皮を服とするなら、繊維だけでなく皮も含む混合物である。さらにこの世界では未だ発明されていないが、石油から合成された化学繊維も存在する。「服だけ溶かすスライム」はこの全てを溶かさなくてはならない-
スライは膨大な錬金の知識と労力、無数のハーブと何万もの薬を捧げて、この全てを溶かすスライムを試作した。しかしまだ早い。スライムが溶かすのは服「だけ」なのだ。人体に害があってはいけない。服と一緒にスライムに襲われた女の子の皮膚が溶けてしまったら本末転倒である。スライはあらゆる手段で安全性を確かめた。時にはネズミに与え、時には鉢植えに混ぜて木の反応を調べ、そして時にはスライムを自身の腕に垂らして実験をした。
4ヶ月もの間スライは安全性試験に没頭した。しかしながら、最後の最後に大きな問題が浮上したのだ。ウールである。彼の作ったスライムは当然衣服の原料であるウールを溶かすことができた。しかしウールはケラチンでできていた。ケラチンは哺乳類の体毛の主成分であり、ウールはもちろん、人間も例外ではない。つまりウールを溶かすスライムは人間の髪の毛も溶かしてしまうのである。スライは絶望した。せっかく女の子が裸になってもハゲではどうしようもないではないか。しかし彼は諦めなかった。「この世に不可能はない、探し続ければ必ず道は開ける」偉大な錬金術師であった亡き恩師の言葉を胸に、彼は「羊毛は溶かすが人間の毛は溶かさない」スライムを作る覚悟を決めた。隠して彼のスライムとの戦いが始まった。
タンパク質は無数のアミノ酸が連なった長い鎖である。そのアミノ酸の配列は似た機能を持つタンパク質でも生物によって僅かに異なる。血糖値を抑える機能を持つヒトインスリンとブタインスリンの違いは、たった一分子なのだ。
近代科学の存在しない剣と魔法の世界で、スライはついに人と羊のケラチンの違いを発見した。彼は歓喜し、半ば飲まず食わずで、ウールは溶かすが人の毛は溶かさないスライムを開発した。
約束から半年、二人がスライムを披露する日。そこにはストレスかスライムの副作用か、全ての髪が抜け落ちたスライの姿があった。だが彼の手の中にある物体、それは正真正銘「服だけ溶かすスライム」だった。
一方ライムはスライムに溶ける服を作った。
これが異世界に「服だけ溶かす」スライムが誕生した経緯である。
私の中で中世の衣服の原料といえば、木綿や麻の印象でしたが、調べてみたら中世ヨーロッパでは羊毛がメジャーだったそうです。また一つ賢くなりました。