あーそぼ?
「ねえねえゆきちゃん。あーそぼ?」
それが、美穂の幼少期の口癖だった。
私の母はその頃夜遅くまで働いていて、保育園の迎えに来れない状況だった。
だからいつも美穂のお母さんが、お母さんの代わりに迎えに来てくれていたわけだ。
その帰り道にある公園。
そこで美穂は、私に言うのだ。
「ねえねえゆきちゃん。あーそぼ?」
やることは決まっていた。
かくれんぼだ。
そして、いつも美穂が鬼。
そして、美穂のお母さん。目を細めて笑う、とても穏やかな人だ。
いつも夕食を作ってくれたりして大変そうだったが、いやな顔ひとつせず、本当の娘のように可愛がってくれた。
そして9時過ぎ、母が迎えに来る。そんな楽しい生活だった。
しかしある日、その幸せな生活は一瞬にして崩壊した。
「ゆきちゃん。あーそぼ?」
いつものように美穂とかくれんぼをしていた。いつものように、私は逃げだ。
「もーいーかい?」
「もーいーよ!」
私は遊具のそばの茂みに隠れた。
美穂のお母さんには危ないと言われていたが、どうしても我慢ができなかった。
数分しても、美穂は現れない。
遊具に隠れていると思い込んでるぞ、しめしめと、私は有頂天になっていた。
しかし、なにか様子がおかしい。
美穂にはまだ見つけられてないはず。なのに、その時はなぜか人に見られている気がしたのだ。
好奇心に駆られた私は、後ろを振り向いた。
奥の低木の間に、何かがチラリと覗いている。
肌色の物体。もしかして…人の足?
「すいませーん」
私はそれに呼びかけた。というのもまだ小さかったため、誰か寝ているのかな、というくらいにしか思えなかったのである。
しかし返事はない。
すると、
「ゆきちゃんみーっけ!」
「わあ!」
さっきの声で居場所がばれたのだろう、美穂が茂みの間から顔を出した。
「ダメだよゆきちゃん。お母さんが言ってたじゃん。」
「ごめん。でもみほちゃん、あれ」
私は足を指さす。
「あれ、なに?」
「わからない。見に行ってみようよ。」
「うん!」
私たちはそーっと、低木に近づいた。
ひょいっと背伸びをして、そこを覗き込む。
その途端。
私たちの視界に、真っ赤に染まった男の姿が映された。
「!!!!」
私たちははっとして、顔を合わせる。
あの男のひとは、眠ってなんかいない。
死んでいた。
泣きべそをかいて美穂のお母さんのもとに走っていったのを、今でも覚えている。
そしてそれから、母は仕事を辞め、美穂とは一緒に帰らなくなった。
◯ ◯ ◯
プルルルル……。
電話が鳴った。
相手を見る。『公衆電話』。
珍しい。友達とかなら普通スマホで電話してくるのに。
怪しみつつも、私はその電話を取った。
「も、もしもし。」
『あ、もしもしゆきちゃん!』
「!その声…。みほちゃん?」
『あったりー!どお?びっくりした?』
「うん。久しぶりだね。」
まさかの人物からの着信に若干戸惑ったが、全く変わってなくて安心した。
その後少し世間話をして、駅前で会う約束を交わし、通話を切った。
その日の週末、私はちょっと高級なワンピースを着て、待ち合わせ場所に行った。
駅前は人でごった返していたが、美穂とは長い付き合いだ。一瞬にして見つけ出した。
美穂も私に気づいたのか、大きく手を振る。
私も手を振り返して、人の群れをかき分けながら、なんとか再開を果たした。
そして私たちは、近くのショッピングセンターに繰り出した。
洋服を見た。雑貨を買った。プリクラを撮った。ランチを楽しんだ。
今まででこんな楽しいことが、果たしてあっただろうか?
そして時間は流れ、夕方。
美穂がどうしても行きたいところがあると言い出すので、私は素直に美穂についていった。
「ここ、ゆきちゃん。」
「!!」
私は愕然とした。
そこは幼少期、美穂と遊んだ公園だ。
しかも、昔とはまったく違う。
『KEEP OUT』と書かれた黄色いテープが張り付けてあり、中では警察ががやがやと調査をしている。
「みほちゃん…。これは、一体?」
「…。」
美穂は、黙って公園を見つめている。
すると、一人の警官がやって来た。
「こんにちは、美穂ちゃん。」
「……。」
「お母さんが逮捕されたのはつらいだろうけど、頑張って生きろよ。」
警官は美穂の肩をポンとたたくと、去っていった。
「どういうことなの?」
「……ここで起こった事件、覚えてる?」
「うん。」
「あの後警察が調査したところ、あの男の人以外に10人近くの死体が、埋まってたんだって。」
「え?」
「しかも、その全員が夕方の5時から6時に死んでるの。解剖で分かったことなんだけど。」
「その時間、私たち…。」
「そうなの。かくれんぼの真っ最中。その時間帯で殺人ができる人物として、お母さんが逮捕されちゃったの。」
「そんな…。」
私は俯いて言った。溢れてきそうな涙を、ぐっとこらえた。
あんなに優しくしてくれた人が。
あんなに一緒だった人が。
人を、殺した………?
「泣かないで。」
美穂が警官みたく肩をポンとたたく。
「お母さんはお医者さんごっこをしただけなの。だから、泣かないで。」
「え…?」
私は美穂を見た。公園を見つめる美穂の目には、心を感じない。
美穂はそのまま一息で言った。
「私が言ったんだよ。ゆきちゃんが隠れている間、一緒にお医者さんごっこしようって。
私が、人間で遊んだんだよ。」