古の国・ルトゲルン16
皆さん聞いてください! ええ、そうなんです。まさか本物の古代人に出会えるとは思いもしませんでした。事実は小説より奇なりとは、まさしくこのことでしょう。
その後もドトルさんはモヘラミさんのお話を伝えてくれました。モヘラミさんのお婆ちゃんは、彼女たちの仲間の中でたった一人の魔法使いだったそうです。
その時代には勿論、魔法使いを処刑しようだなんて悪しき風習はありません。むしろ不思議な力を使えるモヘラミさんのお婆ちゃんは、頼もしい皆のリーダーでした。魔法の力を使って仲間たちを守り、皆で暮らせる大きな家をこの地に建てたのです。
モヘラミさんのお婆ちゃんはある日、自身の魔法を一冊の本に記そうとしました。もしも後世に魔法使いが生まれた時のために、自身の知る限りの魔法の力を伝えようと思ったのです。
ところが、仲間の中に裏切り者がいました。テラド・ドヌーヴェルという名前の若き男です。モヘラミさんもテラドが裏切り者であることには、まるで気が付かなかったといいます。
テラドは他民族の魔法使いたちと手を組み、その本を盗もうと試みました。その事にいち早く気づいたお婆ちゃんは、テラドと魔法使いたちを相手に戦うことを決意しました。
モヘラミさんのお婆ちゃんは優秀な魔法使いでしたが、相手は複数の魔法使いです。更に高齢ということもあり、仲間であるモヘラミさんたちを守りながら一人で戦うというのは最初から困難なことでした。
モヘラミさんたちは皆の家であるこの建物に守護の魔法をかけ、立てこもりました。しかし敵の魔法使いたちはお婆ちゃんの守護魔法を突破し、ついにはこの家に侵入してきました。敵はモヘラミさんたちを殺そうと魔法を放ちました。お婆ちゃんはたった一人で皆を守りながら、魔法使いたちと戦いました。
しかし残念ながら、お婆ちゃんは敗北を察しました。皆を連れて地下室に隠れるも、見つかって殺されるのは時間の問題でした。
そこでお婆ちゃんは、モヘラミさんたちを守るために魔法をかけることにしました。それが『キヴ・ガルス・トゥン』でした。モヘラミさんたちは皆、同意の元でその魔法を受けることを決意しました。石化を解くことができる誰かがやってくるまで、何年かかるなんてその時は想像もしなかったことでしょうが、皆はこの地で耐え忍ぶことに決めたそうです。
その後お婆ちゃんがどうなったか、先に石化してしまったモヘラミさんは知りませんが、どうやらこの部屋にお婆ちゃんの姿はないということです。
そしてお婆ちゃんは魔法をかける前にモヘラミさんに言いました。もしも皆の石化を解いてくれる心の優しい魔法使いに出会えたら、その時は自分の書いた魔法書を渡してほしいと。
「なるほどな。んじゃ、魔法書はジグがもらっていいってわけだ」
「そういうことです。魔法書を手に入れた後で構わないので、仲間たちの石化を解いてほしいということですが、大丈夫でしょうか?」
ドトルさんに尋ねられ、私は二つ返事で頷きました。ドトルさんは改めてその事をモヘラミさんに通訳すると、大変喜んだ様子でした。
「÷⁇⁈⁉‰℃№§±×」
「なんだって?」
「その魔法書は石化を解いたジグさんの物です。誰にも渡さないでください、とのことです」
「?」
その時のモヘラミさんの言葉を、私たちはさほど気にしてはいませんでした。
「確かその本、デヴォルに渡すんじゃなかったぁ〜?」
「まあしょうがねえだろ。とりあえず本を手に入れりゃあこっちのもんだ」
「ふぅ〜ん」
「それじゃあジグさん、モヘラミさんの身体の石化を解いていただけますか? 魔法書のある場所へと案内してくれるそうです」
私はわかりましたと答える代わりに、うんと頷きました。
「おい待て! 本当にその女を信用して大丈夫なのか? さっきの話も嘘かも知んねえぞ」
「嘘だとは思えませんでしたが……」
「そんなのわかんねえだろうが。その女とも『約束の魔法』をした方がいいんじゃねえの?」
「そ、そこまでする必要ありますか……?」
ロナさんに言われ、ドトルさんも少しばかり神妙な面持ちに変わってしまいました。話を聞いたのはドドルさんですから、この話が嘘だった場合の責任を負うことに不安を覚えたのでしょう。
【モヘラミさんに約束の魔法をかけてもいいか、もう一度交渉していただけますか?】
「わ、わかりました……!」
ドドルさんなら相手に不快な思いをなるべくさせないように上手く交渉してくれることでしょう。それにしても古代語を話せるだなんて驚きました。魔法使いでもないのに魔法のこともすごく詳しいのです。きっと勤勉な方なのでしょう。
ドドルさんは交渉を終え、モヘラミさんは約束の魔法『ゾナン・トゥ・リブ・スダン』を使用することを了承してくれました。交渉中の様子を見ても一切の渋りも見受けられませんでしたから、モヘラミさんが嘘をついているとは考えにくいでしょう。石化から目を覚ましたばかりであんなに長い作り話を咄嗟に考えられるはずもありませんからね。もしさっきの話がモヘラミさんの作り話だったとしたら、それは紛れもない空想の才能というやつです。私もわけてもらいたいくらい……なんて思ったりします。
【私たちに一切の危害を加えず、魔法書の在り処に案内し、またその魔法書を私たちに献上することを約束していただけますか?】
「©¿’¢†∆¤µ×/†‡‥…‰›‡…№/÷⁈…‡±?」
「†™¿©¢£№!」
ドドルさんは私の筆談を通訳した後、モヘラミさんの返事を聞き、「了承していただけました!」と答えました。これで約束の魔法は成立、ということになりましたので、私は早速モヘラミさんの石化治療に取り掛かりました。
石化をしてから時間が経てば経つほど時間がかかる、というのが基本ではありますが、モヘラミさんたちのかかった魔法は数百年前のものです。なのでその魔法も弱っており、石化を解くのに数百年もかかる、なんてことはありません。そうですね、少しばかり魔力を上げて、十分程度、といったところでしょうか。
ようやくモヘラミさんの石化が解けると、私たちは彼女に案内され、更に地下へとやってきました。とある一つのドアの前にやってくると、モヘラミさんは言いました。
「‡…℃¿’№£·⁉5†№№」
「この部屋の中にあるそうです」
ドアは全て石造りですから、これまでのドアとは何ら違いのないように思いました。ですがここに古代魔法書があると知ったからでしょうか、何となくその部屋は特別なもののように感じます。とはいえ建物中をくまなく探したというデグリューザさんが見逃したというのですから、恐らく気のせいなんでしょうけれどね。
モヘラミさんがドアノブを回すと、そこには鍵がかかっていました。皆は一瞬心配そうな顔を浮かべましたが、モヘラミさんはハっと思い出したように胸元から鍵らしきものを取り出し、それを使うとドアは難なく開きました。
「©®™℃№§»¶⁉‰/±」
そうしてモヘラミさんはその部屋のドアを開けました。私たちはゴクリと息を呑み、その部屋に足を踏み入れました。