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古の国・ルトゲルン⑥

「聞いてくれベラ! イリニアーメルの入隊が決まったんだよ!」


俺が二十歳を迎え、イリニアーメル入隊試験の資格を手にしたその年、俺は見事に試験に一発合格し、養成所を出て本軍へと入隊した。その喜びも誰よりも最初に伝えたかったのは、勿論ベラだった。


「へぇ。今年の試験は簡単だったんだな」

「そんなわけねえだろ! めちゃめちゃ勉強したんだって! じゃなくて普通はお祝いの言葉からだろ! おめでとうとか!」

「あぁ。そうか……」

「だから! そうか……じゃなくって!」

「悪いロナ。これから会議がある」

「ええ? 何だよ、もう行くのか……」

「ああ。まあせいぜい頑張って、悪者退治してくれよ、ヒーローさん」


ベラはそう言って俺の頭をぽんと叩くと、俺の入れない上層部の部屋へと行ってしまった。


「なんだよ。結局おめでとうの一言もなしかよ」


結構すごいことなんだけどな、試験に一発合格するって。百人受けて十人も受からねえってのに。まあその話は今はいいけどさ。


「にゃ〜! ロナ! 試験の結果見たにゃあよ!」

「ハン!」

「おめでとうにゃ〜! 一発合格なんてすごいにゃ! ロナはやっぱりやる男だにゃ〜」

「いやいや、引き抜きの方がかっけーから」


ハン・ベルズは俺より三つ歳上の先輩の本隊員だ。養成所に入っていたことはなく、グリンダブル国にて発明家として名を上げていたところ、イリニアーメルに入隊しないかと声をかけられたのだ。


(ハンはすぐに祝ってくれんな〜)


合格直後、先輩の反応には満足だ。先輩を持ち上げつつも、大いにドヤ顔である。


「ニャ〜」


ハンの抱える美しい毛並みの白猫が鳴き声を上げた。ハンと二十四時間行動を共にしている、ハンの愛猫である。


「にゃにゃ〜。シルビアもおめでとうって言ってるにゃ」

「はは! ありがとよ」


ったく、猫でも祝ってくれるってのに。飯奢るくらいして盛大に祝ってほしいよな! 全く!


「そういやにゃあ、魔法使いの奴が合格したって本当にゃ?」

「ああ、ユリスのことか? そうだよ。俺と一緒に合格したぜ」

「にゃあ。魔法使いを仲間に入れるなんて前代未聞だにゃ。皆心配してたにゃ〜よ」

「あァ? 大丈夫だよ。ユリスは良い奴だぜ」

「にゃ〜……。ロナに言われてもあんまり信用ないにゃよ」

「何でだよ! 失礼だな!」

「まあ、にゃ〜はあんまり関わらない方がいいするにゃ。シルビアに何かされたらたまらんにゃし」

「何もしねえよ。よりによってペット相手によ!」

「にゃ〜」

「ニャー」


その後、俺はハンに軽く挨拶を済ませて、養成所の自分の部屋に帰ることにした。


同じ合格者の中には、ユリス・ラフィールという養成所から同期の男がいた。歳も一緒で、養成所の寮部屋も同じだったこともあって、同期の中でも一際仲良くしていた男だった。


ハンの言う通り、ユリスは魔法使いだ。イリニアーメル入隊試験に魔法使いが合格したのはユリスが初めて、つまりイリニアーメルに魔法使いが入隊するのも初めてのことだった。そんなユリスの噂は、当然隊員中に知れ渡っているようだ。


正直俺も、最初はユリスを受け入れられなかった。魔法使いに村を燃やされた俺からしちゃ、魔法使いの奴らは皆同類に悪い奴っていう思い込みもあった。力がある奴は大概悪いことをしちまうもんだと。それを無償で正義のために使う奴なんているわけないと。


とまあ、数年前の俺はそう思っていたわけだが、ユリスと会ってそうじゃないことがわかった。それだけの話だ。


(そういえばベラも、魔法使いが大嫌いなんだよな……)


ベラに関しては異常だ。魔法使いと名を聞くだけで虫唾が走るほど嫌っていて、また隊員皆もそのことを知っている。イリニアーメルが魔法使いをことごとく敵対視するのは、リーダーであるベラの意向でもあると俺は思う。


(良い奴もいるんだけどな、ユリスみたいに)


だからこそ、ユリスの入隊が決まったことには俺も驚いた。なんたってベラはイリニアーメルの本隊長だ。ベラの一存で不合格を下すことは容易だろう。


(まあ、そんなのフェアじゃねえってことかな! ユリスも結果は残してるんだし!)


ていうか、だったら養成所にすら入れるなって話だしな。魔法使いが処刑される時代は終わったんだ。魔法使い(かれら)にだって、イリニアーメルに入隊する権利はあるはずだ。


「たっだいま〜」


いつものようにドアを開けて自分の部屋の中を見ると、俺は驚愕した。


「ユ、ユリス……?!」


ベッドの上にいたのは、全身アザだらけになって傷を負っていたユリスだった。ユリスはゆっくりと顔を上げると、俺の方を見て涙を浮かべた。


「ロナ……」

「ど、どうしたんだよ……! 誰にやられたんだよ!」

「……同期の子……と……先輩たち……」

「はぁ……? 何で……」


ちらりとユリスの机に目がいった。そこには消えないペンで『反逆者』や『不当な合格』、更には『処刑されろ』といった酷い悪口がたくさん殴り書きされていた。


「はぁ?! 何だこれ!」

「魔法使いの僕がイリニアーメルに入隊するのはおかしいって……それで皆が僕のとこに来て……」

「ボコられたって?!」


ユリスはうんと頷いた。同期の門出を祝うどころかこの有様とは、心底腹わた煮えくり返るような思いだった。


「何でやり返さねえんだよ! お前が魔法使えば、何人いようが簡単にのせただろ!」

「それが彼らの狙いだから……僕を不合格にさせようって魂胆だよ……」

「何なんだよそれ………何でお前がボコられなきゃいけねえんだよ……」


俺は怒りが収まらない中、自分の机の上にも目が行った。そこには『ベラの犬』『コネ合格』『捨て駒要員』といった言葉がずらりと並んでいた。


「クソ野郎共が! 誰が書きやがった! ぶち殺す!!」

「やめなよロナ……合格取り消しになるよ……」

「こんなこと言われて黙ってられっか! こっちは本気で……」

「本気だから……!」


ユリスが突然大きな声を出したので、俺はびっくりしてあんぐりと口を開けた。ユリスは普段からとにかく内気でおとなしい奴で、大声を上げるところなんて見たことがなかったからだ。


「本気だから、こんなことで取り消されたくない……!」

「……」


こんなことと言うには、ユリスは怪我を負っているし、書かれた侮辱は明らかに度を超えていると俺は思った。でもユリスは俺の方を見て、腫れた目元でにっこりと笑った。


「おめでとうロナ……僕たち一緒に合格できたね……」

「ユリス……」


その日、俺たちは合格を喜び、互いに称え合った。もしも襲われていたのが俺だったら、俺はきっと奴らに手を出して合格も取り消されていたに違いない。


ユリスは凄い奴だ。おとなしいけど、その分冷静で、もちろん強いし、頭もいいし、おまけに優しいから人望だってついてくるはずだ。きっとこのままのし上がって、隊長クラスになる。その時何となく俺は、そう確信していた。


「今度誰かに何か言われたら、絶対俺に報告しろよ」

「ふふ……しないよ」

「何でだよ! しろよ! 何でしねえんだよ!」

「言ったらろくでもないことしそうなんだもん」

「しねえよ! ちょっとばかし面貸してもらうだけだっての」

「ほら〜……絶対言わないよ」

「冗談だっての。だからちゃんと言えよな」

「どうして?」

「どうしてって……」


そしてその時俺は、ハっとしたんだ。その時初めて俺は、ヒーローだからじゃなくって、俺自身が彼を守りたいと思ったんだ。


「友達だからだよ」

「!」

「お前のことは俺が守ってやるからな!」


俺は胸をトンと叩いてえばるようにそう言った。ユリスは強いから、俺なんかに守ってもらう必要なんてないと思っていたかもしれないけど、笑って「ありがとう」と言ってくれたっけ。


まあとにかく、この日から俺のイリニアーメル人生はスタートを切った、ってわけだ。


そしてその翌日、ユリスに手を出した奴らが揃いも揃って養成所を追い出され、おまけにこの国をも出禁になったことを俺は風の噂で聞いた。


そして俺とユリスはその夜珍しくベラに呼び出され、ベラ行きつけのパブにてご馳走を振る舞われることになった。


「ぼ、僕も一緒でいいんでしょうか……」

「当たり前だろ。俺が呼んだんだから」


場違い感を感じてもじもじとしているユリスにベラは言った。ユリスがベラと対面するのは、この日が初めてだった。


軽く乾杯を交わし、世間話をした後、俺はベラに尋ねた。


「俺らの同期たちを追い出したの、ベラだろ?」

「ああ、よくわかったな」

「わかるも何も、国を追い出すなんて、そんなこと出来んのもすんのもベラだけだって」

「まあな」


ユリスは終始ベラにビビっていた。俺はもう慣れたもんだけど、ベラの奴は目の前にすると、とにかくでかくてイカつい。いい大人でも皆が皆ビビっちまうような男だ。


「どうしてそんなことをしたんですか……?」

「その理由ならお前が一番知ってんじゃねえの?」

「……」


ベラは俺らのグラスの倍くらいあるジョッキビールを軽く飲んで空にすると、店員におかわりを頼んだ。晴れて二十歳になった俺も初めてさっきビールを口にしたけど、こんなの不味くて飲めたもんじゃない。


「悪事を働いた奴には、制裁は必ず与える」

「よっ。イリニアーメル本隊長」

「働いていない魔法使いは……?」


ユリスがボソッと呟くのを聞いた俺はぎょっとした。ベラがユリスに対してどんな暴言を吐くのかと、ヒヤヒヤしながら見守った。


「魔法使いを自由にしてしまえば、必ずその力を使って悪事を働く者が現れる。普通の人間(やつら)は魔法使いの存在に少なからず恐怖を抱いている。だから俺は、魔法の力は統制されるべきだと思う」

「!」


数年前、修行中の身の俺が「魔法使いだったら特訓なんてする必要もなかったのに」とポロリと言った。その時ベラは「魔法使いになるくらいなら死んだ方がましだ」と鬼のような形相で言っていたものだけれど。


「僕は悪用なんてしません……絶対……」

「ああ。だから合格だってんだ」

「……!」


ユリスは目を丸くしていたが、驚いたのは俺も同じだった。まさかあのベラが魔法使いを信用するなんて、にわかにも信じられないことだったからだ。


「お前らは今日からグリンダブル国平和維持軍イリニアーメルだ。その名の通り、国の平和のために働くんだ」

「ベラさん……」

「ベラ……」

「二人共、合格おめでとう」

「……!」


俺はその時、歓喜の思いでいっぱいだった。ベラにやっと祝いの言葉をもらえたのもそうだけど、何よりもベラがユリスを認めたことが嬉しかった。


その後、俺たちはたらふく美味い飯を食って、酒を飲んだ。気づいたらユリスは酔っ払う前に眠ってしまっていた。俺はそこまでがぶ飲みしてないからシラフに近かったと思うけど、ベラの奴はべら棒に……ってシャレじゃねえけどさ、顔を赤くしてやがったよ。


「魔法使いは全員大嫌いなんじゃなかったのかよ」


ふと俺が漏らすと、ベラは充血したみたいに真っ赤な瞳でこっちを見た。


「ああそうだ。この世から魔法使いなんて消えちまえばいい」

「何でそんなに嫌うんだよ」


ふとしたついでに俺はベラに尋ねた。これまでいくら聞いても理由を教えてくれたことはなかったが、酔っ払いならぽろっと教えてくれるかもしれないと期待したからだ。さっきユリスに聞かせた正論はただの客観的正論ってやつで、ベラが魔法使いを嫌う根底の理由ではないと思ったからだ。


「そりゃあ、俺より強い奴なんてこの世に要らねえからだよ」

「はぁ?! それだけ?」

「まあ大体の奴らは俺より弱いだろうが、たった一人だけこの俺よりも強い魔法使いがいる。そいつのことは絶対に俺が殺すって決めてるけどな」

「何だそれ……」


俺が眉をひそめても、ベラは軽く笑うだけで、それ以上のことは答えなかった。


(何だよ、その意味不明な理由……。ていうかベラよりも強い魔法使いなんていねえと思うけど)


ベラは新たに波波と注がれた酒をまるで水のように飲み干した。そんなベラを見ながら、俺は言った。


「まあでも、ユリスのことは嫌いじゃねえってことだよな!」

「何言ってんだ。嫌いに決まってるだろ。魔法使いなんて」

「は?! じゃあ何で合格に……?」


話が違うと俺は思ったが、構わずベラは続けた。


「好き嫌いじゃねえからな、仲間ってのは」

「仲間……」

「信頼してやってもいいってことだ。お前のダチなら間違いねえ。そうだろロナ」

「!」


ベラにそんなことを言われたのは、初めてのことだった。仲間、信頼、そんな言葉がベラから出るのも珍しい。ていうか聞いたことがない。もしかしたら酒の席だったからかもしれない。俺はこの時、初めてその席についたわけだしな。


まあとにかく、その日はベラに激励をもらえた夢のような日だった。俺は一層やる気に満ちて、ユリスと一緒にどんな厳しい訓練にも仕事にも耐えていく所存だった。


悪に染まった魔法使いを倒す正義の味方、イリニアーメルは国民からの絶大な信頼を持ち得ていて、俺はその時確かに念願のヒーローって奴になった気でいた。


「え……? ハン、今何て……?」

「にゃあ。だから、ベラが殺されたにゃあよ」


ところがある日、ベラの死の知らせを聞いた。俺は呆然としてその場に立ち尽くしたまま、涙一つ出やしなかった。


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