朝ご飯②
「どういうことですか?!」
「理由はわかりませんが、そのようにルチさんが申しておりました」
「……?!」
エリダは首につけた水晶のネックレスを指差した。その水晶は元々遠くにいるマジミスターと話をするために作った遠距離連絡装置だそうだ。同じものをルチにも持たせており、エリダはルチとも連絡を取り合うことが出来るという。
(マジミスターがそんなの使ってるの見たことないや……。僕の見てない時にエリダさんとお喋りしてたのかな……)
ジグも無言のまま、しかしハラハラした様子で、カゲとエリダが話すのを見守っている。メラは巨大しゃもじを咥えたまま顔を上げた。
「ルチさんは……一体何て?」
「はい。キャルディ王国のデヴォル討伐を依頼されたそうです」
「デ、デヴォル討伐……?!」
(殺し屋を生業にしているんだっけ……人間以外にデヴォルの討伐も……。それに確か、キャルディ王国って……)
カゲはその国の名を聞いてすぐにピンときた。アルティエーデが自ら身代わりを演じたメリア・キャルディ。そのメリア姫の祖国だ。
エリダは淡々とした口調で続けた。
「ごく最近のことです。ルチさんはドリィアーツ協会という組織に入ったそうなのですが、そこから来る仕事の依頼は全てデヴォルの討伐なのです」
「えっと……キャルディ王国が今デヴォルに襲われているってことですか…?」
「いえ、デヴォルが来るのは一週間後だそうです」
「……?」
カゲは顔をしかめた。
(一週間後……? 何でわかるんだ……? 内通者でもいるのか? それにドリィアーツ協会って一体何なんだ……?)
「詳しいことは私も存じておりません」
カゲが疑問を口に出す前に、エリダは言った。
「ドリィアーツ協会は表立って活動していない、所謂裏組織なのです。私もルチさんに聞いて、初めてその存在を知りました。彼らはデヴォルの襲撃情報を事前に手に入れているようです。今回のレイグルという名のデヴォルも、実はドリィアーツ協会に依頼された、ルチさんのターゲットだったのです」
「!」
カゲとジグは驚いた表情を浮かべた。釜飯を平らげたメラはカゲの後ろに回って抱きついた。
「ねぇ〜、何の話?」
「静かに」と、カゲはメラと目も合わさずに呟いた。
カゲが相手をする気がないのがわかると、メラはぶぅっと口を尖らせた。話もつまらなそうと言った様子で、一人家の外に出ていったが、カゲは特に気にしなかった。エリダは続けた。
「レイグルはルチさんの三匹目のターゲットです。日時も場所も、全て事前に送られた依頼書に記載されたもの通りでした」
「内通者がいるんでしょうか……」
「その可能性もありますし、魔法の可能性も」
「そんな魔法ありましたっけ……」
ジグもそんな魔法は覚えがないといった様子で首を傾げた。エリダも首を横に振った。
「記録の限りではそのような魔法はないでしょう。ですが魔法というものは魔法使いの鍛錬によって進化するものですから、敵の情報を得る何かしらの大魔法を使える者が、ドリィアーツ協会に属しているのかもしれません」
「大魔法……」
大魔法は数が少なく、そうではない魔法が多々である。そしてその全ては書籍にも記載され、世間に共有されている。その魔法の種類は数十年前から変わらず、というのも、五十年前に魔法使いの処刑が行われたので、そこから魔法に進歩がないのは当然なのである。
処刑で生き残った魔法使いは、マジミスターを含め極少数と言われている。それ以降に生まれた魔法使いたちも、その能力を当然公にはしないだろうし、魔法を使うこと自体を拒否する者も多いだろう。そんな時代の中で新たな魔法を生み出すということは、なかなかに珍しいことである。
「何者なんですかね……ドリィアーツ協会って……」
「ルチさんも、自分をスカウトした協会の者以外には会ったことがないそうです」
「何でそんな怪しいところに入ったんでしょう……」
「何でも、すっごく良いそうです、報酬が」
「!」
エリダは眉をひそめながら笑った。カゲはあんぐりと口を開けた。
「理由はともあれ、人を殺すよりもデヴォルを殺す方がいいに決まってますものね」
「確かに……」
(殺し屋か……これまでに一体どれだけの人を殺したんだろう……)
カゲはエリダの方をちらりと向いた。エリダさんは笑っているけれど、孫が殺し屋になるなんて絶対いい気分はしないはずだとカゲは思う。
(いや、それよりも……)
「急いでアルティのところに行かないと……!」
「ルチさんたちは『魔法馬車』に乗って向かったそうです。問題なければキャルディ王国に着くのは五日後になるそうですよ」
「魔法馬車……って何ですか……?」
「魔法で動く全自動の馬車です。乗っていれば目的地まで連れていってくれる、ドリィアーツ協会の支給品だそうです」
「そんなものまで……でも大丈夫です。メラに乗って行けばすぐに追いつけますから!」
カゲが立ち上がると、エリダはせめて朝食を食べていったらと言うので、カゲは朝食をかきこんだ。ジグもそれを見て、同じように急いで食べ始めた。
先に食べ終わったカゲは、危険だからジグはこの家にいてもいいよと言うと、ジグは首を横に振った。彼女は着いてくる様子だ。
(危険だ……危険だけど、ジグの力はきっと必要なものになる。断れない………)
ジグも朝食を綺麗に平らげると、手を合わせて礼をした。エリダもそれを見て、にっこりと笑った。
「早く追いかけよう!」
「……っ……!」
「ふふ。ではお二人にこれを」
エリダは棚にかけてあった革製のリュックを三つとると、二人に渡した。カゲは紺、ジグは茶色、もう一つの赤色のリュックはアルティエーデに渡すものだったようだ。
(皆お揃い! 可愛いです!!)
ジグはリュックを手に取ると頬を赤らめた。蓋のついたフラップリュックだ。蓋の両端にはリュックと同じ色の茶色の丸ボタンがついている。
「メラさんはキメラ化すると背負えないと思うので、メラさんの分はカゲさんの中に入れておきました。旅をするのにあたって、私からのほんのプレゼントです」
「ありがとうございます」
カゲもリュックを手に取った。見た目ほどの重さはない。底の感触は柔らかい。衣服の類だろうか。
カゲとジグは世話になったエリダに改めて感謝を伝えた。
「ここはもう、皆さんのお家ですから。またいつでも帰ってきてください」
エリダはにっこりと微笑んだ。カゲは大きく頷いてお礼を言うと、紺色のリュックを背負い、赤い方を腕にかけ、ジグと二人で外に出た。
「メラ〜?! いないの……?」
庭に出てみると、初めて見た時と変わらぬ美しい花畑が広がっている。レイグルとの戦闘で壊れた箇所も元通りだ。カゲはしゃがみ込むと、足元の花に目をやった。花はどれも満開で、鮮やかに咲き誇っている。
(この花もそもそも偽物なのかな……)
しばらく辺りを見渡すが、やっぱりメラの姿がない。ジグも別の場所を見に行ったが、やはりいないようだ。様子をうかがっていると、大樹の中からメラが現れた。外の森から帰ってきたようだ。
「カゲ君〜!!」
「メラ! 勝手に外に出ないで……」
「それより大変なんだよぉ〜! ねぇ、あの子は?」
「え……? 大変なのはこっち……」
「あ! いたいた!」
「?!」
メラはカゲをスルーすると、ジグの手を引いて走り出した。カゲは慌てて二人を追いかけた。
「ちょっとメラ!! ジグに何するの……!」
「この子が必要なのさぁ〜! ちょっと貸して!」
「……っ……!」
「貸してって……ジグは物じゃないから! ちょっと……待てったら!!」
メラは大樹の外にジグを連れ出した。カゲも後を追って森の外に出た。
(何なんだよ……いきなり……)
大樹の向こうに広がる森。その木陰以上の大きな影がカゲを覆う。上空から聞こえるプロペラ音に顔を上げると、そこには見覚えのある小型飛行船が空中待機していた。
「………!」
飛行船の上から、紺色の髪の男がこちらを見下ろしている。上空の風はその男の髪と黒マントをたなびかせていた。
(ロナ・ビルダー……)
メラはジグの手を強く握ったまま、ロナに向かって大きく手を振った。ロナは地上の三人の姿を目にすると、にんまりと笑った。