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喪心・変貌

広場にたどり着くと、そこにはお揃いの軍事服を着た軍隊たちが整列して並んでいる。学校のグラウンドくらいの大きな広場だったけど、数百人ほどの街の人々が集まっており、かなり混雑している。そして皆、その軍隊に注目している。


その先頭に立ち彼らを束ねているのは、背の高い金髪の女だった。長い前髪で右目が隠れている。僕はその女がとにかく気になって、遠目から凝視していた。


彼らの水平帽には国の門にも描かれていた蝶のロゴが入っている。金髪の女もそれを被って、威厳のある面持ちで立ち尽くしている。


「!!」


一瞬、その女と目が合った気がした。多分気のせいだと思う。こんなに人がいるんだ、あっちから僕が見えるはずがないし。だけど僕は怖くなって、すぐに目をそらした。


「イリニアーメル……」


アルティエーデが彼らを見るなり呟いた。唇を噛み締めて、睨みつけるように彼らを見ている。


「アルティ、あの軍隊知ってるの?」


僕が尋ねると、アルティエーデは小声で言った。


「私を殺そうとしたのはあいつらよ。魔法使いを探し回って、手当り次第に処刑してるの」

「!」


僕はもう一度彼らを見た。軍事服の群れをその目に焼き付けた。


(あいつらがイリニアーメル…)


魔法使いを処刑し、謎のデヴォルという生き物も同様に退治しているという集団。さっきのおじさんは、デヴォルは魔法使いの使いの悪魔とか言っていたっけ…。


デヴォルは魔法使いが生み出したらしいけど、アルティエーデはデヴォルの存在さえも知らない。けれどアルティエーデも彼らに命を狙われていた。デヴォルと関係があろうとなかろうと、イリニアーメルは魔法使いにとってその命を脅かす存在。ついでにデヴォルに類似していると思われる僕自身もだ…。


「ねぇ、何が始まるんです?」


アルティエーデは隣りにいたおばさんに声をかけた。彼女は全く人見知りをしない性格である。


「あら、お嬢ちゃん。見ない顔だね」

「観光客なんです」

「え? へぇ……よく無事に来れたね」

「?」

「ほら、今日はリエッダ様から大事な報告があるんだよ」

「報告?」


すると、金髪の女が白い拡声器を手に持ち、話を始めた。


「我らがグリンダブル国民の皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます。グリンダブル国平和維持軍イリニアーメル第一軍隊長、リエッダでございます…」


リエッダと名乗った金髪の女のやたらと低い声が会場に響いた。軽く挨拶を始めたかと思うと、部下と思しき軍隊が二人、白い布に覆われた何かを乗せた担架を運んでやってきては、リエッダの前で停止した。


(何だあれは…)


西瓜くらいの大きさだ。歪だけれど形は丸い。布のせいで中身はまるで見えない。


国民たちも何だかざわつき始めている。その様子はどことなく期待に満ちたような、興奮を抑えているような、そんな感じだ。


「さて、皆様ご存知の通り、罪深き魔法使いたちにより生み出されたデヴォルが、世界の侵略を開始しております。デヴォルによって大切な者の命を奪われた方も大勢いることでしょう。遺憾に思うあまりでございます」


(……)


演説が始まると、国民の中には泣き出す者も現れた。デヴォルに対して怒りや恐怖を顕にしている者たちが大勢いる。ここにいる皆がデヴォルを恐れ敵視すると共に、魔法使いを悪として考えているように思われた。


「我々の任務はグリンダブル国民の平和を維持すること…そのためにデヴォル、そして罪深き魔法使いたちをこの世から葬ること……そのために日々尽力し、今宵も成果が出た次第でございます」


金髪の女リエッダの表情は、その演説の最中も一切変わらない。まるで仮面でも被っているように、微塵の感情も感じられない。そんな彼女を見て僕は、ひたすらにゾっとする感情を覚える。


それでも目を背けられずに、まじまじと彼女を見てしまった。広場に集まった全ての国民が彼女に注目しているから、僕の視線に気づくなんてことはないはずだ。


すると、リエッダの口角が上がり、不気味な笑みを浮かべると、話し始めた。


「三名の魔法使いの処刑を無事完了致しました…。一人目は東の国サータノクールに住む魔法使い『ユメルダ・トワノウ』」

「!」


リエッダが処刑を行った魔法使いの名を挙げると、会場が沸き始めた。国民たちは大きな拍手を送り、口笛を吹いたり、思いを叫んだりと、非常に盛り上がっている。


(何だこれ…)


魔法使いを殺す集団。それを応援する集団。ここはグリンダブル国。今国中は一丸となっている。その中で隣のアルティエーデは何もせずに立ち尽くし、冷たい視線でイリニアーメルを見ている。


ユメルダという魔法使いの名前は、もちろん聞いたことがない。まあ僕がマジミスターに会った頃には有名な魔法使いはほとんど処刑されていたし、それ以降に現れた魔法使いなど知るわけがない。それに五十年前の大量処刑があって、魔法使いは生き辛い世の中だ。その力を隠す者は当然に大勢いたことだろう。


「二人目、キャルディ国第三王女『メリア・キャルディ』」


(え?!)


リエッダが口にしたその名に反応すると、僕は慌ててアルティエーデに目をやった。メリア・キャルディは、アルティエーデの友達のお姫様のはずだ。


(え……?)


ところが、アルティエーデは平然としている。微塵の動揺もない。友達が殺されたというのに、顔色一つ変わらないのだ。


「アルティ…?」


僕が小声で彼女に声をかけるも、アルティエーデはこちらを向いてうんと頷くだけだ。まるで最初から知っていたかのように。


(どういうこと…?)


しかしこの場でその話をすることなんて到底出来ない。周りは魔法使いを敵対視する国民の群れだ。仕方なく僕はだんまりを決め込んだ。


「そして三人目…」


ざわつきがなくなり、皆リエッダの言葉を待った。広場が一瞬の静寂に包まれた。


「我らの宿敵、デヴォルの言われとも言うべき嵌合体(キメラ)の先駆者である史上最悪の魔法使い『マジミスター・キャロン』の処刑をついに成し遂げました…!」


リエッダはそう言うと、担架の上の白い布を取り去った。


(……っ!!!)


僕は愕然とした。開いた口が塞がらなかった。この世の終わりくらい、激しいショックだった。その布に覆われていたのは、マジミスターの生首だったのだ。


異常なまでの拍手と歓声が響き渡っている。イリニアーメルの名をコールして、会場の心は一つになっている。


でも僕にはその音が何も聞こえてこない。


「嘘でしょ……」


隣ではアルティエーデが同様にショックを受けている。


でも僕のショックは、それ以上だ。



それはまるで、この世界にたった一人取り残されたような


たった一人の家族を失ったかのような


深い深い孤独と


喪失と


それから……




「カゲ君?」


アルティエーデは隣りにいるカゲを見た。何やら様子がおかしい。


「カゲ君、大丈夫?」


アルティエーデは心配そうにカゲの顔を覗き込んだ。深く被ったフードとマスクのように巻いたスカーフのせいで顔はほとんど見えないのだが、その影からギョロリと目が動いて、アルティエーデと目を合わせた。これまでつぶらだった黒い瞳は、真っ赤に染まっていた。


「カ、カゲ君?!」


するとまもなく、カゲの姿が変化した。身体は二回りほど大きくなり、着ていた服が張り裂けた。その中から出てきたカゲの身体は、人間とトカゲの混ざりあったような醜い姿だ。トカゲの頃と同じ黄土色の鱗が、その全てを覆っている。


そのまま手を地面につき四つん這いになると、獣のような咆哮を上げた。結んでいたスカーフもパーカーのフードも外れてしまい、トカゲの頭が完全に外に現れた。


「きゃあああああ!!」

「デヴォルだ! デヴォルがいるぞ!!」


カゲを見るなり、国民たちは大きな悲鳴をあげた。カゲから離れるべく、人間たちは広場から全力で逃げ始めた。


「グルルルルル……」


カゲは先程の声とは全く別の、低く篭った獣の声で威嚇を始める。その目はマジミスターの生首を持つリエッダを強く睨んでいる。


リエッダもまたカゲと目を合わすと、生首を担架に置き、それを持つ部下たちに下がるように命じた。部下たちは速やかに担架を運んで退散していく。


「貴様、どうやって入国を…」

「シュー……シュー……」


カゲはリエッダに向かって舌を出しながら威嚇を続けている。大きな口からは溢れんばかりのよだれが垂れている。


広場にいた何百人もの国民はあっという間にその場を立ち去り、そこにはイリニアーメルとカゲ、そして途方に暮れたアルティエーデだけが残っていた。


(カゲ君なの……?!)


目の前にいるのは見たこともない巨大トカゲのモンスターだ。気色の悪い艶だった鱗を纏う身体に、飛び出た真っ赤な瞳、薄気味悪い鳴き声。その姿はまさしく、悪魔という呼び名に相応しい。


カゲは地面を這うように低い姿勢でリエッダに踏みよっていくと、口を開いた。


「マジミスターを殺したのはお前か…」


カゲが言葉を発すると、リエッダは驚いて、ほんの少しばかり目を見開いた。


(話せるのか……)


「ふん。これまでの奴とは違うようだな」


リエッダも剣を構える。それは様々な色の宝石が散りばめられた宝物のような、金色の長剣だ。ずっしりと重そうな見た目である。リエッダはその剣を両手で持つと、その剣先をカゲに向けた。まもなくカゲは、リエッダに襲いかかった。


ゴーン ゴーン ゴーン


その時、門上の鐘が大きく鳴り響いた。国中に聞こえるような大きな鐘の音だ。アルティエーデはハっとして門の方を振り返った。


「何なの?!」


すると遠くから、鐘の音に負けないくらいの大きな悲鳴が聞こえ始めた。国は騒然としている。


「デヴォルだ!! デヴォルの群れだ!!」

「きゃああああ!!!」

「すごい数だぞ!!!」

「逃げろぉおおお!!!」


広場の横の通りを使って、国民たちは国の内部に向かって駆け出した。そこにはイリニアーメルの本部が建っている。白いドーム状の、巨大な建物である。


興奮と歓喜に包まれていたグリンダブル国は、一瞬にして恐怖と禍乱に満たされた。デヴォル、魔法使い、そしてそうではない人間たち。マジミスターとカゲが平穏な暮らしをしていた間に、世はかつてない混乱の時代に突入しているのであった。







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