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マジミスターとトカゲの少年

僕は、大魔法使いマジミスター・キャロンに捕まった、哀れなトカゲである。


()()()()なんて言い方が悪いねぇ。あんたが勝手に私の家にやってきたのさ。この人里離れた辺境地に、わざわざね」


マジミスターの家は、森から突き出た標高千メートル以上の高さの岩山の頂上にポツンと立っている。真っ赤な煉瓦の屋根に、どこか温かみのある木製造りのその一軒家の外観は、完全にマジミスターの趣味だ。


「捕まったようなもんだよ。僕はこの家にやってきてからというもの、ここから抜け出せやしないんだからね。というか、僕の思考を読むの、やめてくれる?」


この岩山の頂上に大魔法使いマジミスターが住んでいることは、この世界の誰もが知っていた。だけど、この世界の誰一人、彼女の家に訪れようとはしなかった。いや、出来なかった。


「こりゃ失礼。つい癖でね、暇になるとついやっちまうのさ。それにちょっとばかし気になってね。根暗なトカゲ君は、洗濯たたみながら何考えてんのかってね」


マジミスターの家の周りの森の周囲八百メートルほどは、一息吸えば十分足らずで死に至るという猛毒気体『毒の霧』に覆われている。毒の霧はただの毒ではなく、解毒薬はこの世に存在しない。マジミスターが、誰も近寄ることが出来ないようにと作り出した、世界最悪のオリジナルの毒薬である。


何とかその霧を抜けたとて、森の中には足を踏み入れた途端に獲物を見つけ食らいつく猛獣が生息している。こいつは、ライオンの顔とタカの翼とチーターの胴体を持つ嵌合体(キメラ)で、名前はメラ。メラはマジミスターのペットであり、誰よりも速く走り、誰よりも速く飛ぶことができる、最高に優秀な番犬、いや番獣である。


毒の霧とメラ、この二つの包囲網をくぐり抜け、最後の難関の絶壁を登りきり、マジミスターの家に辿り着くことが出来たのは、この世界で僕だけである。


「あっはっは。あんたが一人でノコノコやってきた時は驚いたよ。つまみ出しても良かったが、ちょうどいい魔法薬が出来たところだったんでね」


世界中の人間たちはマジミスターを大魔法使いと呼ぶわけだが、僕はそうは思わない。彼女にも出来ないことはたくさんある。例えば若返り。人間たちは彼女が魔法で永遠の若さを手にしていると噂していたが、あれは嘘だ。もうすぐ八十歳になる彼女の見た目は、年相応のしわがれたシミだらけの顔の、縮れたボサボサ白髪のお婆さんだ。


「僕はまんまと君の実験体にされたわけだ。そして君は失敗した。大魔法使いが聞いて呆れるね」

「失敗だなんて、何てことを言うんだい。私はなかなか結構気に入ってるけどねぇ」

「馬鹿を言え。誰がこの姿を気に入るってのさ。はぁ…せっかくならドラゴンになりたかったよ。でっかくなって、空も飛んだりしてさ。口から炎も吐いたりして」

「ふっ。ドラゴンなんて架空の生物さ。あんたみたいな()()が夢に見がちなね」

「人の子はドラゴンになりたいとは思わないよ。乗りたいだけさ。ドラゴンになりたいというのは、僕がトカゲだからそう思うのさ」


マジミスターに薬をかけられた僕は、その日からトカゲではなくなってしまった。身体が人間になってしまった。トカゲの頃に比べたら確かに身体は大きくなった。立って歩くようになった。口もきけるし、知恵もついた。でも完璧に人間になれたわけじゃなかった。残念なことに僕の頭は、トカゲのままだったのだ。


それは黄土色と橙色の中間色の鱗肌で覆われた、フトアゴヒゲトカゲの頭そのものだった。眼球が飛び出そうなほど真ん丸とした黒い瞳をしていて、口の中には人間の何倍もの数の白く細かい歯が、びっしりと詰まっている。


ついでに言うと、身体も完璧じゃない。もちろんおおかた人間の身体で、マジミスターの用意した人間の服を着ているから、顔さえ隠せば誰もが人間だと思い込むだろう。だけれど右手はトカゲの手のままだし、腕や脚には鱗が垣間見えてるし、尻尾がズボンからはみ出たままだ。元々全長四十センチ程度だった僕だけれど、今は人間の十代前半の子供と同じくらい大きい。そしてその身体に合わせるべく、顔も尻尾も大きくなっている。


まあ何が言いたいかというと、僕はこの中途半端な半人半トカゲの姿を、全くもって気に入っていないということだ。そしてマジミスターは、僕を元のトカゲに戻す術など知らず、戻す意思もまるでないのだ。


「洗濯をたたみ終わったら、メラの餌やりを頼むよ」

「わかってるよ」


トカゲ人間になった僕が、この岩山の絶壁を下れるわけもなく、毒の霧を抜けられるわけもなかった。だから僕はここに住むということになって、マジミスターに奴隷のようにこき使われているというわけだ。


「奴隷だなんて言い方が悪いねぇ」


さっさと外に出ていくトカゲ人間の背中を見ながら、マジミスターは呟いた。木製レトロ調の愛用の楕円形テーブルに頬杖をつきながら、珈琲の最後の一口を飲み干した。




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