無能ポーターの適材適所、あるいは金貨十枚に見える価値
ちょっとどんでん返し?かもしれません
「ロニス……こんなこと本当は言いたくないけど、わかってくれ」
賑やかな酒場の奥にある個室で、ルビニアは俯く青年に沈痛な面持ちでそう告げた。
「ル、ルビー……ぼ、俺は、冒険者でなりたいんだ!」
「わかってる。キミが勇敢に戦う英雄冒険者に憧れてたことは昔から知ってた。だけど、キミ自身わかってるだろう。キミのやり方に、もう私たちの命は預けられない」
思わずため息が溢れてしまうのを堪えきれず、後ろめたさと罪悪感を誤魔化すように組んだ手の指先を擦り合わせた。
ロニスは、ルビニアにとって幼馴染であり、守るべき相手でもあった。
同じ村の出身と言ってもかたや裕福な商家の次男坊。かたやど貧乏な木こりの娘。
冒険者の活動記を抱えて目をキラキラとさせるロニスは、言ってはなんだが夢みがちな少年だった。
いつか僕もドラゴンスレイヤーになるんだとか、迷宮の奥にいる悪魔を倒すんだとか。
幼いルビニアが鉈を振るって枝を落とし、斧を振り上げる後ろでロニスはいつもそんな夢物語を口にしていた。時にはルビニアが切り落とした枝を振り回して剣士ごっこや魔導士ごっこをして、目をキラキラさせながら英雄と呼ばれる伝説持ちの冒険者たちの話を語って聞かせる。
幼い頃はそれでよかった。
手の肉刺を潰しながら薪を割り、背負いカゴをかついで夏も冬も町まで薪を売りに行くルビニアにとって、冒険者は稼ぎのいい憧れの職業だった。
幸い、斧でも魔物を倒せると知ってからは憧れは堅実な目標へと変わった。それをルビニアに教えてくれたのはロニスだった。だからルビニアはロニスが憎いわけでも嫌いなわけでもない。
「ロニス、どうかパーティーを外れてくれ。私たちのために。そしてキミ自身のために」
「な、なんで、なんでそんなことを言うんだ!確かに、僕は下級魔法しか使えないけど、でも!それでもいろんな面でパーティーに貢献してきたはずだ」
「わかっているとも。ロニスがいなければ越えられなかったダンジョンもあったと、みんな理解している。私たちがドラゴンスレイヤーに名を連ねることができたのも、ロニスのおかげだ」
「だったら!」
「それでも望む仕事をしてくれいない以上、パーティとしてキミは足手纏いだ。この先、私たちの活動にキミの力は必要ないんだ。ロニス」
「き、クルシュは!アデルや、メリッサは…」
「私だけがここにきた。それが答えだと、思ってくれ」
ロニスの絶望した表情を、ルビニアが忘れることはないだろう。
だがロニス自身が自覚していないだけで、これまでずっと他のメンバーからはロニスをパーティから外してくれと言われていたのだ。
幼馴染としてそこをどうにかなだめ続けていたルビニアだったが、正直そう言い連ねる仲間たちの気持ちはわからなくもなかった。
「退職金だ。……手切金と、思ってくれてもいい」
「……ハ、ハハ。そっか、僕がしてきたことは……これっぽっちなんだ」
金貨十枚。一度ダンジョンに潜れば稼げる程度だ。これっぽっちと言われても仕方がないだろう。
ルビニアは黙って、ただ頭を下げるしかできなかった。
* * *
「……ロニス?」
ルビニアが、ロニスと再会したのはそれから一年ほど過ぎた頃、ギルドでのことだった。
王都から来る伝説持ちの英雄冒険者を、最近発生したダンジョンまで案内する仕事でのことだった。
「ルビニアか……」
「ひさし、ぶりだな。そうか……キミが」
名前を呼んでしまったのはついうっかりのことだ。そしてロニスが再会を望んでいなかっただろうことは、彼の様子を見てすぐにわかった。
特にロニスの右腕にしがみつく金髪の少女は、まるで悪魔かドラゴンでも見つけたかのような顔つきでルビニアを睨みつけている。
「元気そうで、よかったよ」
「……ルビニアも、元気そうだね」
「まあな。変わらずぼちぼちやってるよ」
「クッ、フフ、はは!変わらず、だってよ!聞いたか、ロニー!この女、ロニーが何も知らないと思ってんだ!」
甲高く笑い声を立てたのは、ロニスの後ろでハンマーを背負うツインテールの少女だ。
「蒼穹の獅子……ドラゴンスレイヤーとは名ばかりで、ロニスが抜けた途端、A級冒険者からC級にまで落ちたのは、有名」
ボソボソとそう呟くのはつばひろの帽子を被った小柄な少女だ。魔導士の証明らしい背丈を超えるほどの杖をしっかりと抱えているのは、いつでもルビニアに魔法を放てるようにだろう。
「ロニーくんは、気にしてないと言いましたが。私たちは、あなたたちがロニーくんにしたこと、絶対に」
「おい、なんの騒ぎだ」
「すみません、ギルドマスター」
「ルビニア、さっさと仕事を……ん?そいつは」
いかにも屈強な、髭面にスキンヘッドのギルドマスターがロニスに目をとめクアッと目を開いた。
「ロニス、ロニスかおまえ!」
「お久しぶりです、ギルドマスター」
ギルドマスターが大きくその名を叫んだためだろう。ギルド内にいた冒険者たちが俄にざわつき、どこか緊張の面持ちで騒ぎの渦中へと視線を向けた。
「……そうか、王都から派遣された冒険者ってのはお前のことか」
「はい」
口調も固く、冷え切った眼差しを向けるロニスを庇うように少女たちは彼の周りをとりかこんだ。
その様子にギルドマスターは考え込むように腕組み、それから「おい」とギルド内にいた冒険者パーティーの一つへ声をかけた。
「おい、森歩き。お前ら今日のクエストまだ出してなかったな。特別報酬依頼だ、こいつらを例の変異ダンジョンへ案内してやれ」
「なっ、こいつらだなんて!私たちは陛下からの依頼で来たんですよ、それを!」
「あー、悪かった。なにぶん王都からお客さんなんて、せいぜい商人ぐらいしかこねえ町なもんでな。シーク、聞いただろ。国王陛下直々の調査依頼だそうだ」
ギルドマスターが直々に指名したのは、全員揃いの茶色いフードを被った五人組のパーティだ。その内の一人、シークと呼ばれた青年が小さくため息をついて腰を上げた。
「片道だけだ。そもそもロニスはここらでやってたんだ。場所さえわかれば帰りはなんとでもなるだろ」
「あぁ」
シークの素っ気ない物言いに、ロニスを囲む少女たちが何事か喚こうとしたが、構うことはないというようにロニスが片手で制した。
ロニスが良いならば。
少女たちはそんな口ぶりだったが、けれどもはや敵意を隠そうともせず、ギルド内の空気は最悪だった。
少女たちにとって、ロニスは哀れな救国のヒーローだった。
実力を認められることなく、下級魔法しか使えないポーターだからと一方的にパーティーを追い出されたと聞けば、誰でもロニスを憐れむだろう。
だが、真に憐れむべきはロニスをポーターにしていたルビニアたち蒼穹の獅子、いや「草丘の志士」と呼ばれる少女たちの方だったと、この町では誰もが知る話だった。
ロニスは、英雄冒険者に憧れる少年だった。
けれど彼には剣を持つ力も、偉大な魔法を使う力もなかった。
そんな彼の武器は情報だった。
どこのダンジョンにどんなモンスターがいて、そのモンスターの弱点はなんなのか。ダンジョンに必要な装備はなんなのか。ロニスは力を持たない分、知識を武器として仲間をサポートすることに非常に長けた能力の持ち主だった。
ルビニアも、最初はそんなロニスを頼りにしていた。やがてできた仲間たちも、ロニスの知識を頼りにしていた。
だが彼女たちとロニスは、目指すものがあまりに違いすぎた。
ロニスは英雄になりたかった。自分が英雄になれないならルビニアや仲間たちを英雄にしたかった。
しかし彼女たちはあくまでも暮らしのため、生活のために冒険者となった者たちだった。
ロニスがたったこれっぽっちと言った金貨十枚の手切金。
ダンジョン一回分といえば確かに少ないのかもしれないが、それだけあればひと家族が冬を超せるほどの金額なのだ。商家で裕福な暮らしをしていたロニスには、それがわからなかった。
ロニスは、自分の稼ぎでいつも仲間たちに食べさせていると思っていたが、ルビニアたちからすると彼の用意する食事は贅沢でしかなかった。
ロニスとルビニアたちは目指すものも価値観も、あまりに違いすぎた。
ルビニアたちはドラゴンスレイヤーになどなりたくなかった。毎日森に入り小さな稼ぎで静かに暮らしていければ充分な、そんなパーティーにとって高みを目指すロニスは、言ってしまえば不用意に命を脅かす野盗にも等しい存在だったのだ。
次はどんな恐ろしい目に遭わされるのか。どんな命がけのダンジョンに潜るはめになるのか。
ロニスの夢を知るルビニアはロニスを無碍にできなかったが、同時に日々の暮らしに安寧を覚える仲間たちの気持ちもよくわかっていた。
なにせロニスは弱い。自分では戦わないし戦えない。
にも関わらず「きみたちならできる!」「サポートは任せて」なんていうのだ。
実際ロニスの指示は的確で、ルビニアたちを死地へ連れていくのもロニスなら、生きて無事町へ戻ることができたのもロニスのおかげだった。
もしも彼女たちに英雄願望があったならロニスの助けを心から感謝しただろう。今ロニスの周りを囲む少女冒険者たちのように。
だがそれがルビニアたちの望むポーターの仕事でなかった以上、ロニスは確かに無能なポーターだったのだ。
再会したその時、正直ルビニアは震えを我慢することができなかった。
町外れに突如発生したダンジョンは、すでに何人かの死者を出している。遺体さえ戻らなかった冒険者の家族が大声で泣くのを確かに聞いたし、葬儀にも出て献盃も捧げた。
そんなところへ、またロニスと行かねばならないと思うと震えずにはいられなかった。
冒険者という仕事をする以上、命の危険があるのは当然のことだ。ルビニアも覚悟はしている。
しかしあえて自らその危険に飛び込み、自らが英雄になるというのはまた別の話なのだ。
パーティーをくんでいたころ、ロニスとは何度も話し合った。安全に、必要なだけを稼げればいい。無理をする必要はない。そう言葉を重ねるルビニアに、ロニスは「大丈夫だよ。君たちならできるんだ」といつも笑顔で返した。
その言葉がルビニアはいつも怖かった。けれど、あの少女たちはきっとその言葉に励まされているのだろう。
ギルドから出ていくロニスたちのパーティは、お互い信頼しあっているようににこやかな様子で堂々としていた。今日の仕事も無事に終わると信じている、そんな表情で。
ロニスとの再会は良いことだとは思えなかったが、悪いことばかりでもなかった。
どんなことがあったとしても、ロニスが同じ村で育った幼馴染ということに変わりはないのだ。
その幼馴染が夢への道を歩き出している。
ルビニアに日々の幸せを分かち合う仲間がいるように、ロニスにも命を預け会える仲間ができたことは、幼馴染として喜ばしい出来事に違いなかった。
「さようなら、ロニス」
ルビニアはこの日、ようやくロニスという枷から解放されたのだった。