森を駆け抜けて
ルーズが二人を見つける少し前。少女と少年は男達に囲まれながら薬草集めをしていた。この一団はルーズ達のいる街とは違う、遠い所から来ていたようだった。
「全く、こんな田舎に薬草取りとは、依頼人は何を考えているのかねぇ。まっ、こいつらが働いてくれるから、実際俺達は岩で座っているだけでいい。報酬は多いから、楽して稼げるってもんだ!」
男達が話していると、少年が鞄を持ってやって来た。どうやら依頼の量が集まったらしい。
「...お待たせしました。これでノルマ分は集めました。」
「おっ、ご苦労。役立たずでも薬草取りは出来るもんなんだな!」
「......。」
男達がノルマの薬草が集まったことを確認している間、少女と少年は二人で話していた。
「ねえクロス?いつまでここで働くの?私達、冒険者になれるかな?」
「大丈夫だよ、クラン。この報酬でお金が貯まったから、このチームを抜けて、二人でチームを組み直すんだ。俺たち二人て組めば、誰にも迷惑はかからないからね。」
「そっか!私達、才能が無いから、なかなかチームに入れなかったもんね...。でも、お金が貯まれば自分達でチームを作れるんだよね。」
「そうだよ!俺がいつでも一緒にいるから、これからは二人でやっていこう!」
「うん!」
少年と少女、クロスとクランが話していると、リーダーの男が大声で二人を呼んだ。
「お前達!出発するぞ!早く来い!」
「まずい、急がないと!」
呼ばれた二人は慌ててついていった。
一団は森の中を走っていた。早く帰って、報酬を受け取る為である。後ろの二人はついていくのでやっとだった。しばらく走ると、先頭の男達が急に足を止める。
「...まずいな。囲まれてる。」
「囲まれてる!?何にだよ!」
「この辺りはゴブリンの縄張りだからな。人間を見たら取り敢えずついて来るんだろう。人間は餌にもなるし、武器も取れるし、お楽しみもあるからな。」
「それじゃ、俺達やばくないか?いくらゴブリンでも、下手したら犠牲が出るぞ。」
「心配すんな。その為の「お守り」はちゃんと用意してる。」
すると男はクロスとクランの二人を呼び出した。
「お前達にちょっと頼みがあるんだ。引き受けてくれ。もし断ったら、報酬は抜きだ。」
「...わかりました。何をすればいいんですか?」
「それはだな...こういうことだよ!」
そう言った男は、急にクランを掴み、自分達の後方に投げ飛ばした。あっという間に遠くに飛ばされ、クランは地面に叩きつけられた。
「キャッ!?いきなり何を...?」
「お前達には囮になってもらう。頼む!このまま死んでくれ!な?」
「ふざけるな!あんた達は何を言ってるんだ!」
クロスが男に掴みかかる。それを見た男は躊躇いもなく言い放った。
「何でお前達をチームに入れたか、分かってないみたいだな。今俺達はゴブリンの群れに囲まれてる。こういう事態になったときに囮になってもらうため、お前達を雇ったんだ。そうでなきゃ、お前達のような役立たず、誰も雇わないさ!」
「何だと!」
「それじゃ、お前も行ってこい!文句があるなら、生き残ってから言えばいいさ!最も、二人だけ、それも役立たずじゃ、すぐに死ぬだろうがな!」
男はクロスも掴み、クランとは反対側に投げつけた。地面につき、クロスが立ち上がると、男の予想通り、ゴブリンの群れが一気に飛び出してきた。
ゴブリンも馬鹿ではない。冒険者の男達より、弱そうな二人を狙う為に飛び出してきたのだった。二人が男達の方を見ると、既に全員逃げた後だった。
「戦うしかない。ここから生きて帰るんだ!」
クロスが剣を構えると同時に、ゴブリンが襲いかかってきた。
「ヤッチマエ!」
「オウ!」
ゴブリンが武器を振り回し、二人を斬りつけた。そのタイミングに合わせて、クロスは盾をゴブリンの武器にぶつけて弾いていく。
「そこだ!」
弾かれて隙の出来たゴブリンを的確に斬りながら、クランとの距離を詰めていった。
「クラン、手を!」
「うん!」
クロスはクランの手を繋ぎ、森の奥に駆け出した。ゴブリンを振り切るために、敢えて視界の狭い森に逃げることにしたのだ。
「サセルカ!」
「マワリヲカコメ!」
しかし、ゴブリン達は一斉に動きだし、二人を囲んだ。折角の獲物を逃がすつもりは無いようだった。回りを見渡したクランは顔を真っ青にしてクロスに話しかけた。
「クロス!どうしよう...。私、怖いよ!」
「心配ないよ!後ろに下がってて!」
クロスはクランを庇いながらゴブリンを斬りつけるが、自分もゴブリンの攻撃を受け、体だけでなく、盾や剣にも傷が入り始める。
「ソコダ!」
「なっ!」
突然クロスの視界から外れた場所から、ゴブリンが殴り着けてきた。鎧には穴が開き、クロスは弾き飛ばされる。そこで待っていたゴブリン達が、一斉にクロスに攻撃を始めた。
「サッサトツブセ!」
「ハヤクヤッチマエ!」
攻撃されるクロスは痛みを堪える以外、出来る事が無かった。そして残ったゴブリンはクランに狙いを定め、少しずつ近づいてきた。
「嫌...嫌!来ないで!来ないでよぉ!」
泣きながら逃げようとするクランだったが、既に逃げ道はゴブリンに塞がれている。このままではクロスは助からない。自分も逃げることが出来ない。もうクランには叫ぶ事しか出来なかった。
「誰か!誰かいませんか!助けて下さい!」
必死に空に向かって叫ぶクラン。それを見たゴブリンは笑いながら襲いかかる。
「コンナモリノオクニ、タスケナンカコナイ!アキラメロ!」
ゴブリンがクランに武器を振り下ろした時...。
「ガバッ!」
ゴブリンが悲鳴をあげて倒れ込んだ。
「...えっ?」
クランが恐る恐る正面を見ると、そこには小さい女の子が立っていた。
「一度に二人は助けられない!それなら一番近い人を優先しないと!補助展開!スピーディア!」
ルーズは魔力を足に込め、少女の元に走り出す。そして少女に襲いかかるゴブリンに体当たりをぶつけた。
「そこだーー!」
「ガバッ!」
ゴブリンを吹き飛ばしたルーズは少女の前に立ち、騎士の少年に向かって構えを取る。
「魔法展開、フレアー!」
小さい火の玉が少年の側のゴブリンに向かい、その体に火を着ける。
「ギャアアア!」
一匹のゴブリンが悲鳴をあげ、他のゴブリンの視線がそちらに向いた。その一瞬の隙を突き、ルーズは高速で少年に近づいた。
「補助展開!フワリム!」
魔法で少年の体を浮かせ、少女の元に運びながら、ルーズは大勢のゴブリンの前に陣取った。
「さぁ来い!お前達なんて怖くない、怖くないぞ!」
「ジャマダ!ブチノメセー!」
ルーズはゴブリンの攻撃を回避し、杖で力任せに、しかし的確に叩いていく。魔力はほとんど残っていない。いつでも逃げられるように、逃走用の魔力は取っておかなければならなかった。
クランの目の前では、信じられない事が起こっていた。自分より小さい少女がゴブリンの大群と戦っている。その横で、浮いたクロスの体がこちらにゆっくりと近づいたかと思うと、自分の側に降りてきた。
「クロス!クロス!」
クランが声を掛けると、クロスはそっと目を開けた。
「...クラン!良かった、無事だったんだね!」
「うん!あの子が助けてくれたの!でも、このままじゃあの子もやられちゃう!」
「...ごめん。体が動かない。一緒に逃げる方法を早く考えないと...!」
「わん!」
「そうだよね。そのためには...わん?」
「わん!わん!」
二人が後ろの草むらを見ると、草むらの中からウルフが顔を出した。
「嘘でしょ...こんなことって...。」
真っ青な顔をしたクランを見て、ウルフは慌てて首を振った。
「わーん!わん!わうーん!」
「...襲ってこないの?もしかして、あの子の仲間?」
「わおーん!」
「...あの子はテイマーか!それも、こんな大型の魔物を手懐けるなんて!」
「わん!」
「キャッ!」
ウルフはクロスとクランを咥え、自分の背中に投げつけた。
「ぷに!」
「...スライム?」
背中を見ると、スライムが体に必死に掴まっていた。それを見た二人が背中に掴まったことを確認して、ウルフはルーズの元に駆けていく。
ルーズはゴブリンを叩き続けているが、なかなか数を減らせない。その場所にウルフが突っ込んできた。
「グルル...グガァ!」
「ギャアアア!」
「ウルフ君!お願い!」
「わん!」
ルーズは全力でジャンプし、ウルフはルーズを咥えながら一気に森を駆け抜けていく。この速さなら、ゴブリンを振り切れるだろう。ルーズが口で振り回されながら、二人に注意を促した。
「二人ともー!しっかり掴まっててー!結構速いよー!」
「は、はい!」
「...了解しました!」
ウルフはあっという間に森を抜け出した。ずっと走り続け、ついに街が見える所までたどり着いた。
「良かったー!これで一安心だよー!ウルフ君、ありがとうねー!」
「わうーん!」
そのまま門に向かっていくと、その門の前にはルーネが立っていた。
「にーさん!にーさん!」
「ルーネー!ただいまー!」
「怪我してない?お腹、空かなかった?二日も帰ってこないで、どこにいたの?」
「後で話すから、先にリリさんの所に報告しないと!リリさん今ギルドにいるかな?」
「私ならここよ!よかった、無事に帰ってきてくれて!」
ギルドの建物の奥から、リリが走ってきた。その顔には安堵の色が浮かんでいた。
「本当に心配したんだから!私の受けた依頼のせいで、もし貴方が帰って来なかったらって、ずっと心配していたのよ!」
「ごめんなさい!でも、まずは色々話があるから、外の皆も連れて来ますね!」
「外の皆?」
「皆、大丈夫だよー!入って来てねー!」
ルーズが大声で外に話しかけると、皆がギルドの中に入ってきた。
「こ、こんにちは!はじめまして、私、クランって言います!」
「俺はクロス。騎士をやってます。よろしく。」
「ぷにー!ぷにゃ!ぷに!」
「わん!わん!わおーん!」
「...どういうことなの?これ?」
「...後でお話します...。」
「...まあ、こっちも話があるから、まず皆に入ってもらいましょう。」
「お願いします。」
そうして、皆でギルドの奥に入っていくのだった。