歌が聞こえる 第一稿 AR004 S№0016
著者
木本葵
昭和40年(1965年)広島市生まれ。
被爆二世のクリスチャン。熱狂的な広島東洋カープファン!
小学1年生まで父の転勤で呉→忠海→広島市中区と点々とし廿日市市を拠点に結婚まで過ごす。
結婚後人生の半分以上を広島市で過ごしている。
県立大竹高等学校普通科卒
私立大阪芸術大学映像学科卒
大学2年の時に課題で書いたシナリオを期に、当時学科長であった脚本家の依田義賢先生に個人的にシナリオを約2年半指導して頂いた。
その後、広島に帰り30年のブランクを経て病気の為ほぼ寝たきりになっていた所を映画監督で盟友の岡秀樹氏に生きがいになるから書けと言われて脚本に復帰。
同人誌でもいつか出そうかと(笑)
正直完成度は低いのですが、気に入って頂けたら幸いです。
出来るだけ月1位のペースで約2時間物等の脚本を書けたらと思っています。
もしコミック原作や小説原作に使って頂けるならご連絡下さい。
(ないでしょうが(^^;))
ではお楽しみ頂けたら幸いです。
よろしくお願い致します(o*。_。)oペコッ
尚、著作権は全て木本葵にありますので、無許可の転載等はご遠慮下さい。
注:これは小説ではなく脚本です。いわゆるシナリオです。
映画用のシナリオとして製作されました。
歌が聞こえる 第一稿 AR004 S№0016
脚本 木本葵
■廿日市市佐方八幡上団地建設予定地
主要キャスト・スタッフのテロップが被る。
聞こえている祝詞。
夏の日差しに関わらず影に佇む廃墟と化したアパート。
崩れかけた木造倉庫。
ほとんど崩壊した民家。
それらの通りの先の草木1本さえ生えていない巨大な空地で鍬入れ式が行われている。
祝詞を詠み続ける神主。その後ろに市長や建設業者等が背広姿で恭しく頭を下げ、パイプ椅子に座っている。
中国日報の記者、川口隆文(34)が、その光景を写真に収めて回っている。
立ち上がっているお偉方に向かって御幣を振る神主。
鍬入れをする市長や建設会社の代表者たち。
ふとカメラを覗いていた川口がカメラから目を離し、広い空地の向こうに何か見た物を確かめるように遠くを眺める。
その先には空地とその向こうの木々しかない。
川口は少し考え、再びファインダーを覗いて鍬入れをしているお偉方に向けてシャッターを切る。
■タイトル
『歌が聞こえる』
■広島駅一番ホーム
テロップ『二年後』
帰宅ラッシュでごった返すホーム。
列車乗り口の列に並んでいる人々。多くの者がスマフォを見ている。
駅アナウンス『まもなく一番ホームに糸崎発岩国行の列車が入ります。危険ですので白線の内側までお下がりください』
数人の者がホームの東側に目を向けるが、ほとんどの人々はスマフォから顔も上げない。
四号車後部ドア停止位置の先頭で列車を待つサラリーマンの森口宣之(47)もスマフォを見ている。
ホームに入ってくる列車。
森口のすぐ後ろに並んでいるサラリーマンの中崎武志(36)は俯き、小さな声で鼻歌を歌っているが雑踏の音でほとんど聞こえない。
鼻歌を歌う中崎の顔下半分のアップ。
どんどん列車が近づいて来る。
まだ鼻歌を歌っている中崎。
どんどん近づく列車。
鼻歌を止めて口元が小さく『歌が聞こえる』と動くが周りの騒音で聞こえない。
笑みを浮かべる中崎がスッと両手を前に出し始める。
さらに近づく列車。
森口の背中を強く押す中崎。
二十代の女性が悲鳴を上げる。
列車が急ブレーキをかける。
■広島東警察署・取り調べ室
鉄の事務机と椅子が二セットあり、一つは部屋の隅に置かれていて調書を書く牧野刑事(29)が座っている。
中央に置かれた事務机に向かい合って座る中崎と竹井刑事(56)。部屋の少し開いたドア近くの隅には県警捜査一課(捜一)の工藤浩太(46)が中崎を見ながら立っている。
竹井「で、その時はそうするのが当然と思ったと?」
中崎「(薄笑いで)いえ、今もそう思ってます」
竹井「困ったなぁ~ あんた殺人を犯したという罪の後悔とかないのかねぇ?」
中崎「ありませんよ~ あれが当然なんです」
竹井「森口宣之さんとはどこで知り合ったんですか?」
中崎「知りません。あの時が初めてでしたよ」
竹井「(いきなり立ち上がり怒鳴る)薄笑いは止めろっ! 中崎さん、あんたぁ人を殺したんじゃ!」
牧野「竹井さん! 抑えて!」
抑えて座る竹井。
工藤「竹井さん、ちょっといいですか?」
工藤を振り返り、不服そうに頷く竹井。
竹井に軽く一礼する工藤。
工藤「私は県警捜査一課の工藤と申します。中崎さん、さっきあんたは歌が聞こえたと言ったね」
中崎「ええ。最近良く聞こえるんですよ」
工藤「どんな歌ですか?」
中崎「美しい旋律の悲しげな歌です。ボーイソプラノの……歌詞は知らない言葉だけど、うっとりする程美しいんですよ」
竹井「どうせ精神鑑定で逃げるつもりだろっ!」
竹井の肩に手を置き止める工藤。胸ポケットから4名の写真を取り出し机に並べる。写真に写っている人物は年齢や性別も違う成人。
工藤「この中で知っている人いますか?」
竹井は写真を見て、一人の主婦風の若い女性を指さし、考えてからもう一人の中年男性を指さす。
工藤「この二人は知っているんですね?」
中崎「親しくはないけど、同じ町内会だと思います」
工藤「そうですか……」
■同・喫煙室
コーヒー缶を飲みながらベンチに座る工藤。その前に四角柱の灰皿がある。
そこに煙草を出しながらやってくる竹井。
竹井「まいったなぁ~ あっ、隣、いい?」
工藤「どうぞ」
隣に座って煙草にジッポで火をつける竹井。
竹井「昔は署内どこでも吸えたのになぁ~」
工藤「ご時世ですよ」
竹井が工藤に煙草を勧める。
工藤「すみません。頂きます」
煙草を一本受け取ると口に咥え、竹井が差し出したジッポの火を貰う。
工藤「すみません」
竹井「ちょっと昔に見たダイ・ハードって映画の主人公の刑事がジッポ使ってて、影響されちゃってね。それ以前は百円ライターだったんだが」
苦笑する竹井。
笑う工藤。
竹井「工藤さん、さっきの写真は?」
工藤「ああっ、あれですか。あれは4人共殺人の容疑者ですよ。ここ5か月でさっきの中崎と同じ様な理由で……」
竹井「理由? 理由とはどんな?」
工藤「犯行理由…… つまり動機はそうするのが当然だったと…… 結局動機がないんですよ。しかもみんな同じ廿日市の佐方上団地の住民でね。誰も犯行を後悔していない。全員半笑いで聴取を受けている始末です」
竹井「ほぅ。じゃあ、今回も一連の事件と関係していると?」
工藤「まだ分かりません。それぞれが同じ団地に住んでいるというだけで大した面識もない。まるで分からんのです。ただ、竹井さん」
竹井「ん?」
工藤「全員が綺麗な少年か女性のような声の歌を聞いたと証言しているんですよ」
竹井「歌を……」
工藤「ええ。県警ではそれぞれ別件で処理する方針で所轄各署にお任せだそうですが、私も同じ団地に住んでいましてね。気になって自分だけが専従捜査をさせて貰っているんです」
竹井「他に分かってる事はないんね」
工藤「月一回で起こっていると言う事位ですね。それも満月の出る日に限っている」
煙草を吹かし、しばし考え込む竹井。おもむろに……
竹井「あんたぁ、ワシ等と一緒にやらんかね? どうせ一人じゃろ?」
工藤「…… 竹井さん、いいんですか?」
竹井「ワシも長い事、この仕事やっとるがあんな容疑者見たんは初めてじゃ。それにあんたに付いとったら所轄の枠も越えて捜査出来るじゃろ?」
工藤「ですね。こっちも助かります」
■佐方八幡神社
神社の境内に上がる石段が夏の日差しに照らされている。
■同・境内
境内で神社を撮影する川口(36)。いつから切ってないのか髪の毛が肩寸前まで伸びている。
ふとカメラを降ろして考え込む川口。
川口は境内を横切り、神社の成り立ちが書かれた縁の錆びた掲示板の前に行き読み始める。
川口「ここの前まで海だったのか……」
掲示板に書かれた『堀田与助』と言う人名を指でなぞる川口。後ろから堀田武雄(64)の声が聞こえる。
堀田『うちのご先祖様ですよ』
振り返る川口。無精髭を生やし禿げ上がった堀田に気が付く。
川口「ああ、すみません。気が付かなかったもので」
堀田「いえいえ、ここに人がいるのが珍しくってね。つい声をかけてしまいまして」
川口「中国日報の川口隆文と申します」
懐をさぐって名刺を出すと堀田にそれを差し出す川口。
うやうやしく受け取る堀田。
堀田「ワシは郷土史家の真似事をしとる堀田武雄と申します。以前は市役所の資料課に勤務しとりました」
川口「そうですか」
堀田「何かここの歴史にご興味でもおありですか?」
川口「いえ、そういう訳では…… ただ……」
堀田「ただ?」
川口「この向こうの二年前に開発が始まった佐方上団地の事件が気になりましてね」
堀田「ああ、あの殺人事件の容疑者がそこから5人も出たっちゅうあれですか……」
川口「ええ、まぁ」
■同
社の端に座る川口と堀田。
川口「事件が起こる一年前に、そこを開発した中野興産の社長、中野敬三さんが亡くなりましてね。心臓発作だったそうで…… そのすぐ後に美川廿日市市長がやはり心臓発作で市議会開催中に倒れて亡くなって……」
堀田「そうでしたなぁ。立て続けじゃった」
川口「鍬入れ式の時、私もそこで取材していましてね。二人共その式で鍬入れをしたんですよ。で、同じく鍬入れをした中野興産の現場責任者だった河井課長も心臓発作で亡くなっていたと最近知りましてね」
堀田「その鍬入れ式が、何か今回の事件と関係してるかと?」
川口「ええ。最初は何らかの方法で河井課長が社長と市長を毒殺でもしたのかと疑いましたよ。ウチの新聞社の上では取り合ってもくれませんでしたがね」
堀田「面白い発想ですのぉ。いや、人様が死んどる訳じゃけぇ面白がってちゃいけんのじゃが」
川口「ですが取り越し苦労だったようで、課長も亡くなっていたとは……」
堀田「それで神様の呪いかと?」
川口「いやぁ、お恥ずかしい。そんな非科学的な事を考えるなんて聞屋失格ですよ」
苦笑する川口。
堀田「いやいや、ありえるかもしれませんよ。あそこは忌み地じゃけぇ」
川口「忌み地?」
堀田「ワシが小さい頃、あそこで遊んどったら年寄りに叱られたもんです。あそこは忌み地じゃけぇ近づいたらいけんって」
川口「忌み地って?」
堀田「縁起の悪い場所というか…… ほら、最近良う言うパワースポットとかちゅうんと逆ですよ。負のパワースポットと言うか……」
川口「そんな風に言われていた所だったんですか。あの団地の場所は……」
堀田「ワシも良う知らんのです。当時の年寄りが言うとっただけですけぇ」
川口「堀田さん、もしよろしければ、あそこのいわくとか伝承とかを調べて貰えないでしょうか? 不躾なお願いで申し訳ありませんが……」
堀田「ええですよ。協力しましょう。ワシもこんな事件が続く様じゃ、この佐方に住む者としては、気分がええもんじゃないけぇ」
■富士の樹海(青木ヶ原)
しんと静まり返った樹海。空は曇っていてただでさえ暗い木々の間をより鬱蒼としている。
木々には黄色いビニール紐やロープが渡されており、帰り道が分かるようにしてあるが、そんな木々の一本には古びて朽ちたロープが枝から垂れており、その下にはいつ潰れてしまったか分からない薄汚れたテントの残骸がある。
その木に釘で打ちとめてあった板にはこう書いてある。
『もう何もかも上手くいかない。神様がいるのならきっと不公平なんだ。探さないで欲しい』
その文字を虚ろな目で追う栗栖明恵(28)。この場にはあまりに軽装な白いワンピースに白いサンダル姿。サンダルだった為か、足は薄汚れあちこちに切り傷や擦り傷がある。
栗栖を木の影から見つめる何者かの視線。
栗栖は、ふと視線を感じたように辺りを見回す。しかし気のせいだったのかと落胆の表情を浮かべる。
栗栖「(独り言)誰も助けてくれる…… 訳ないか……」
天を仰ぐ栗栖を見つめる何者かの視線。
栗栖は、上にフッっとため息をついて俯く。
栗栖の後ろの方でガサッと音がして、彼女が振り返る。最初は最後の瀬戸際での助けかと期待するような表情だったが、その顔は急に恐怖で強張る。
■同
鬱蒼とした樹海の中に栗栖の悲鳴が轟く。
■同・入り口
雨が降り出してくる。
樹海の入り口に建てられた自殺志願者に思いとどまるようにという文面の書かれた看板。
樹海の方角からふらふらと引き返してくる栗栖。口の周りに血が付いている。
ボランティアで樹海を定期捜索している榊太一山梨医学院大学助教授がトヨタ・マークXから降りて準備をしていて栗栖に気が付き彼女の元に駆け寄る。
榊「君っ! 大丈夫かっ!」
榊に肩を抱かれてマークXの方向に連れて行かれる栗栖。
榊「雨に濡れるから車に乗りなさい」
茫然自失そうな栗栖を車の後部座席に押し込み、榊は運転席に乗り込んで、助手席にあったタオルを栗栖に渡す。
榊「私は山梨医学院大学で助教授をやってる榊と言う者だ。怪しい者じゃないから安心しなさい」
榊はすぐに携帯電話を取り出すと、どこかに電話する。
榊「あっ、榊です。お世話になってます。今、ボランティアの仕事で青木ヶ原の入口に来てますが、女性を一人保護しました。ええ。ええ。怪我は大した事がないようですが、かなり衰弱……」
栗栖に携帯電話を後ろからひったくられる榊。
携帯を切って、窓から投げ捨てる栗栖。
榊「君っ! 何をするんだ!」
栗栖「西に向かえ……」
榊「えっ? 何を言っている?」
栗栖「私を見て……」
栗栖を振り返る榊。二人の目と目が合う。
いきなり榊の表情が弛緩し目がどんよりとする。
榊「分かりました。西ですね」
外に準備中だった備品類をそのままに走り出すマークX。前方に見える富士山山頂付近に雨雲がかかっている。
■夢の中・木造の建物内
古い木組みの大広間に50名位の年老いた男女が布団に入って眠っている。
ふと目を覚ます川口。半身を起こして見慣れない大広間で眠っている人々を見渡す。
天気が悪いらしく薄汚れた木枠の窓の列には、雨が当たってパラパラと音を立てている。
布団から起き出して浴衣姿で人々の間を抜けて窓際に向かう川口。
眠っている老人たちの間を静かに歩く川口。
窓際について外を見る川口。
その部屋は二階で、山中の中に建っている建物らしく、雨に濡れる夜の広い土の広場の他は山々のシルエットが見えるだけ。
突然の稲光で窓ガラスに後ろの部屋の光景が一瞬映る。川口の後ろ二人目の老人(男性)が半身を起しているのが見えた。
振り返る川口。
その身体を起こした老人が川口を見ている。
川口「ここはどこです?」
老人「何故、我々を起こす?」
川口「起こす? いや、起こしたのならすみません」
老人「何故、そっとしておいてくれなかった?」
川口「えっ?」
再び部屋全体が雷の光で照らされ雷鳴が轟く。
窓の外に目を移す川口、外を一瞬見た後、老人に向かって再び振り返る。
いつの間にか、部屋中の老人たちが身を起こしている。
老人たち「何故、道を開こうとする? 何故、起こす? 何故、生き返らせようとする?」
■川口の部屋
叫び声を上げてベッドの上で目を覚ます川口。汗でびっしょりになっている。
夢だと分かってホッとした表情で手の甲を使って汗を拭く川口。
起き上がってベッドの縁に座り、ナイトスタンドを付けその傍らに置いてあった煙草を取り出し火をつけて深く吸い込む。
煙草の煙を吐き頭を横に振り、悪夢で汗だくになっている自分をフフッと笑い飛ばす。
窓の外が一瞬明るく輝き、遅れて雷鳴が轟く。
窓の方を見る川口。何故にあんな夢を見たのかとしばし考え込みながら煙草を吹かす。
雨が強くなったのか、雨音が激しくなる。
ナイトスタンド横の灰皿で煙草をもみ消すと、座っていたベッドから立ち上がる川口。
部屋を横切ると台所に向かい、コップを取り上げると水道の蛇口をひねりコップに水を満たす川口。一気にそれを飲み干し流しに置くと、バスルームに向かう。
■中国日報・社会部
多くの記者や関係者でごった返す広い室内。
自分の席に座って煙草を吹かしながら、今朝刷り上がった新聞を開いている川口。
向かいのデスクに佐川新(38)がショルダーバックを持ってやってくる。
佐川「おはよう。どした川口。疲れた顔して」
佐川は自分の机にドカッと座る。
川口「あっ、佐川さん、おはようございます」
佐川「悪夢でも見て眠れなかったって顔だ」
川口「相変わらず鋭いですね、先輩は」
佐川「また死人が話しかけてくる夢か?」
川口「ええ、まぁ……」
佐川「一度病院で診て貰え。なぁ、川口よぉ。もしかしたら例のお前が追ってる事件、ヤバいんじゃねぇ?」
川口「よして下さいよ、佐川さん。単なる偶然が重なった事件じゃないですか」
佐川「じゃあ、何を調べてる? 最近部長も我慢の限度が来てるぞ。そればっかりにお前がかかりきって仕事しないって愚痴ってたし」
川口「偶然の結果だとは分かってるんですが、何か引っかかってるんですよね……」
佐川「いいかぁ~ うちはカストリ紙じゃなくて新聞社なんだ。今の時代、超常現象ですなんて記事、バカバカしくて載せられんし、載せようとしたらクビ飛ぶぞ」
川口「当たり前じゃないですか。俺だってそんなバカらしい事、信じてませんって」
川口の方に身を乗り出して小声になる佐川。
佐川「もしかしたら県警が隠してる事もあるかもしれん。高島さんに相談してみろ。本庁の記者クラブで何か分かってるかもしれんからな」
川口「そうですね。これからでも高島さんに会って来ますよ」
部屋の奥の机で社会部部長(57)が叫ぶ。
部長「川口ぃ~! 川口はおるんかぁ~!」
さっと自分の机の陰に身を潜める川口。
佐川「部長! 川口はさっき取材に出ましたぁ~!」
佐川が川口を隠すように部長側に身を乗り出して小声で川口に催促する。
佐川「早く行け。ここは止めとくから」
川口「すみません、佐川さん」
佐川「早く行け」
部長「ホントにおらんのかぁ~!」
佐川「いませぇ~ん!」
身を伏せながら、こっそり佐川に頭を下げると、自分のショルダーバッグを持って、机の間を隠れるようにぬって出て社会部から出て行く川口。
■広島電鉄の路面電車内。
満員の路面電車内。北に進む電車が揺れる。つり革を持って外を眺める川口。
外は広島市の中心街とあって車や人で溢れている。
車掌のアナウンスが流れる。
車掌『次は紙屋町東。紙屋町東。お出口は前方運転手側と後方車掌のおります扉になります。危険ですので電車が停まってからお立ち下さい』
右に曲がりながら切り替えポイントを通過する電車のせいで川口はしっかりとつり革を持つが身体がかなり揺れる。
■紙屋町東電停。
電車から降りる数名の乗客の中に川口がいる。
路面電車軌道をはさんで片側2車線道を多くの車が行きかっている。
電停に降りた人々を残して走り出す電車。
歩行者信号が青になり、南北に電停の人や横断歩道待ちをしていた多くの人が横断歩道に溢れかえる。
人々の波に流される様に北に向かう川口。
■広島県庁
夏の日差しを浴びる県庁の外観。
■広島県庁・記者クラブ・中国日報割り当て室
記者クラブ担当の部屋は資料などで整理されておらず殺伐としている。
ドアを開けて入ってくる川口。
川口「高島さん、いますか~」
資料の山の間から高島孝之(51)が顔を出す。
高島「おおっ、川口じゃねぇか。珍しいなぁ」
部屋にいる他の二人に軽い会釈をして高島のデスクに向かう川口。
高島「暑いなぁ~」
川口「暑いと言っても、ここエアコン効いてるじゃないですか。外は地獄ですよ」
高島「若いんじゃけぇ文句たれるな。で、何の用じゃ?」
川口「ええ、何と言うか、偶然殺人というか、不連続殺人というか……」
高島「ああっ、あの佐方上団地の……」
川口「ええ、捜一(広島県警捜査一課)から何か情報はありませんか?」
高島「あんなもん調べてどうする? 部長からの指示か?」
川口「いえ、単独で……」
高島「おいおい、怒られるぞ~ この給料泥棒がぁ~」
川口「今も逃げて来たところです」
高島「何か引っかかるんか?」
川口「変だと思いませんか、高島さん? 別々の事件なのに犯人は同じ団地の者ばかりですよ」
高島「捜一でも偶然として各署に任せとる。じゃけど、たしかに偶然にしては件数が多いな。よし、部長は説き伏せてやるけぇやってみぃや」
川口「ありがとうございます。実はですね、二年前にあそこの団地の鍬入れ式を取材したの俺なんですよ。今回の殺人5件の他にも、その鍬入れ式を行った市長と建設会社社長と責任者だった当時の課長が次々に心臓発作で死んでるんです」
高島「呪われた団地って訳か……」
川口「いや、超常現象なんてありえませんよ。ただ、誰かが何らかの方法で行っている連続殺人とは考えられませんか?」
高島「ちょっと近く寄れ、川口」
川口は高島の側に顔を近づける。
高島「煙草臭ぇ!」
川口「なんですかっ!」
高島「まぁ、いい」
もっと近くにと川口に手招きする高島。
高島「何でもお前と同じ考え方をしてる捜一の刑事がいるそうだ」
川口「ホントですか?」
高島「ああ、たしか工藤とか言ってたなぁ~ 一人で許可貰って調べてるらしい」
川口「工藤……」
高島「二年前に転勤で広島に来た刑事だそうだ」
川口「会えますかね?」
高島「東署の竹井という刑事と一緒に動いてるそうだ」
川口「ありがとうございます。早速東署に……」
高島「まぁ待て。焦るな川口」
川口「他に何か?」
高島「これはオフレコという事にしてくれ」
川口「はい」
高島「馴染みの捜一のもんの話じゃ、容疑者全員が歌を聞いたそうだ」
川口「えっ? 歌を?」
高島「これはまだ伏せられてる。もう一つ伏せられてる事もある」
川口「何ですか?」
高島「容疑者全員に反省の色が無く、そうするのが当然だったと笑って言っているらしい。動機がまったく分からんと頭を抱えとったぞ。いいか、絶対漏らすなよ」
川口「はい」
■川口湖畔・ガソリンスタンド
小さなガソリンスタンドにパトカーが止まっている。
警察官が二人、スタッフルームの入り口で店員(42)に話を聞いている。
店員「ああ、榊先生ね。榊先生なら昨日の夕方位に給油されましたよ。どうかしたんですか?」
警官A(46)「いや、今朝になっても家にも大学にも姿を見せなくてね。連絡しても出ないし、最後の連絡場所に大学の人命救助ボランティアチームの人が行ってみたら車はないのに備品が置き去りにされてるもんだから捜索願いが出されてね」
店員「ええっ? 先生が?」
警官B(32)「榊助教授に変わった所はありませんでしたか?」
店員「う~ん。そう言えば何か上の空って感じでしたかね。そうそう、若い女性と一緒でしたよ」
警官A「女性? どんな人でした?」
店員「白いワンピースの清楚な感じで髪の長い女性でしたね。歳は二十代後半って所ですかね?」
警官A「(警官Bに)あの娘かも……」
パトカーに向かって歩き出す警官B。
店員「榊先生は真面目だし、浮気相手じゃないと思いますよ」
警官A「いや、三日前に捜索願いの出てる娘さんかもしれないなと。報告と容姿が似てたもんでね」
警官Bがパトカーに着き、ドアを開けると無線を取る。
警官B「こちら山梨284。捜索願いの出されている山梨医学院大学助教授の榊太一氏と思われる人物が河口湖畔青木ヶ原南側のガソリンスタンドで昨日夕刻に給油したとの目撃証言あり。え~、その時、同乗者あり。その同乗者も捜索願いが出されている栗栖明恵さんと特徴が一致。同行している可能性があり。至急手配願います」
警察無線局員(若い女性の声)『了解しました。河口湖方面とその南側の全車両に通達……』
■佐方上団地・入口
運転手に料金を払ってタクシーを降りる川口。
晴れているのに薄暗い感じで何列も公団アパートが建ち並ぶ団地。建ってまだ一年少々のはずなのに、やけに古びた感じがする公団アパート群。
入口からその団地内に入るのを躊躇する川口。意を決したように一歩踏み出す。
■同・一つのアパートの出入り口付近
背の低い木々が柵のように植えられて囲まれているアパートの出入り口。その外で立って煙草を吸っている川口。
アパートの出入り口から出て来る工藤と竹井。
慌てて煙草を携帯灰皿に捨てる川口。
川口「すみません。県警捜一の工藤さんと東署の竹井さんですか?」
川口を怪しげに見る工藤と竹井。
内胸ポケットから名刺入れを取り出し、それぞれに名刺を渡す川口。
名刺に目を落とす工藤。『中国日報 社会部 記者 川口隆文』と書かれている。
川口「中国日報の川口と申します」
工藤「聞屋さんか…… 何か?」
川口「例の不連続殺人事件を工藤さんと竹井さんが捜査されていると聞きまして」
竹井「不連続殺人事件? 君の所じゃそんな風に呼んどるのかね?」
工藤「確かに言いえて妙だ。竹井さん、私たちもそう呼称しますか?」
竹井「工藤さんも酔狂ですなぁ」
川口「そこに公園がありますから、ちょっとそこでお話し聞かせて貰えませんか?」
■同・中央公園
公園には誰もおらず閑散としている。
時折吹く風が公園内に植えられた若木の葉を揺らす。
ベンチに並んで座る川口と工藤・竹井。
工藤「つまりこれは誰かが仕組んでいると?」
川口「そうです。これはどう考えても偶然って域を通り越してる。それに超常現象なんてありませんから、例えば超低周波で人間の脳にダメージを与えるとか、何らかの化学物質を流して善悪の判断がつかないようにしているとか……」
竹井「つまり、人為的な陰謀があると? 陰謀説ですか。超常現象と似たりよったりだ」
笑う竹井。
工藤「いや、竹井さん、可能性としてはありえませんか?」
竹井「ワシゃぁ科学者じゃないですけぇ。にしても信じがたいですなぁ」
川口「容疑者は歌を聞いたと言ってるんでしょ」
工藤「それは伏せられてるはずだが……」
川口「蛇の道は蛇ですよ。例えばですよ、工藤さん、竹井さん、犬には人間には聞こえない周波数の音が聞こえますよね」
工藤「なるほど、通常は聞こえない音で人の善悪を司る脳の部位に影響を与えると。それが容疑者には歌に聞こえたと……」
川口「あり得ませんか?」
竹井「ワシゃ、医者じゃないけぇ、そんな事が実際可能なのか分からんが、容疑者がそれぞれ事件を起こしたんはこの団地から遠く離れた場所じゃけぇ、それをどう説明するんかいね」
川口「それは何とも……」
工藤「ここで脳の部位が破壊され、何かの原因で違う場所で犯行を犯す何かが発露したのかもしれませんね」
竹井「それじゃあ、その聞こえん音が歌に聞こえて犯行を犯した事にならんでしょう。その場には、その聞こえん音は流れとらんかったんじゃし」
川口「ここで脳がダメージを受けて、他でもそれが聞こえるような幻聴を伴ったのではないでしょうか?」
竹井「どうします? 警部補」
工藤「とりあえず科捜研に音波解析と化学分析を頼みますか。川口さん、これからどちらへ」
川口「私は何だかここが気味悪いので、鍬入れ式の祝詞を上げた五日市伴八幡神宮の宮司を訪ねようかと」
工藤「私もここに住んでいるんですけどね。ここは気味悪いですか? うん。たしかに…… 竹井さん、これだけ聞き込みしても何も出てこない。本当に気味が悪い位に何も出てこない。どうでしょう? 彼に同行してみますか?」
頷く竹井。
工藤「川口さんは、どうやってここへ」
川口「タクシーで」
竹井「ほいじゃあ、ワシらの車に乗って行くとええ」
公園外に建っている貯水搭の小さな割れ目から滴が一滴落ち、その中にベンチから立ち上がる三人が映る。
■五日市伴八幡神社・境内
社務所で宮司を待つ川口と工藤・竹井。
拝殿の影から宮司(31)がやってくる。
宮司「何か御用ですか?」
身分証明書を提示する工藤と竹井。
宮司「刑事さんですか? 何か?」
川口「神主さんはどちらへ?」
宮司「私が宮司、つまり神主ですが……」
川口「いや、もっとお歳だったように記憶していますが……」
宮司「ああ、父ですね。父は二年前に亡くなりました」
工藤「亡くなった?」
宮司「ええ、心臓発作で。あっという間でしたよ」
川口「私は中国日報の川口と申します。お父さんには取材した佐方上団地の鍬入れ式でお見かけして」
宮司「ああ、良く覚えています。父が亡くなったのは、その晩でしたから。帰って来てから急に倒れて」
川口「あの日に……」
工藤「写真ありますか?」
宮司「ちょっと待っててください」
拝殿の裏の方に歩いて姿を消す宮司。
工藤「宮司の名前は覚えていますか?」
川口「たしか伊崎さんと言うお名前だったと思います」
■廿日市郷土資料館
資料館の外観。モダンな建物が西日に照らされている。
■同・第五資料室
第五資料室と書かれたドア。
暗く古びた資料室。
長机には色々な資料が拡げられている。
それ以外は何列も背の高い棚が並んでいる。
資料室の一番奥の資料棚を眺める堀田。資料室のドアが開く音。
女性館員(33・声だけ)『堀田さ~ん、ここにお茶置いておきますね』
堀田「おお、すまんですのぉ。ありがとう」
資料棚に何か薄い冊子が挟まっているのを見つける堀田。それを手に取る。女性館員が出て行きドアを閉める音。
堀田は冊子の表紙に手書きで書いてある文字を読む。
堀田「佐方疫……」
中をパラパラとめくり読みする堀田。徐々に表情が硬くなる。
冊子からスルリと一枚のA4サイズの写真が落ちる。
写真を拾い上げそれを見た堀田の顔色がますます深刻そうになり、汗が噴き出してくる。
慌てて長机のある方へ戻り座ると、他の資料と冊子と写真を見比べる堀田。
かなり深刻そうに右手で目を押さえる堀田。
堀田「こりゃ、いかん…… こりゃあ…… ホントにいかん……」
写真だけカバンに仕舞い込み、資料をかき集め抱えると部屋を飛び出していく堀田。
■同・薄暗い廊下
急ぎ足で廊下を進む堀田。
■同・事務所
事務所に血相を変えて飛び込んで来る堀田。
堀田(先程の女性事務員に)「コピー機貸してつかぁさい」
■中国日報・社会部
深夜過ぎの残業の三人を除いて誰もいなくなった薄暗い社会部。
デスクについてパソコン画面を眺める川口。
パソコン画面には、今回の一連の事件で死亡した者の名前が表示されている。
・伊崎健介
・中野敬三
・美川義則
・河井敦夫
・佐々木綾子
・松村健之
・幸田幸恵
・真壁智久
・森口宣之
その名前の隣に最初の四人を除いて、それぞれを殺した容疑者の名前も羅列されている。
・高沢恵子
・増岡直子
・高見清太郎
・木口郁郎
・中崎武志
それぞれがそれぞれに年齢も職業も違う。
川口の後ろから、コンビニの袋を持った佐川がやってくる。
佐川「よう、はかどってるか?」
川口「さっぱりですよ。年齢性別職業から出身地まで当たりましたけど、何もつながりがない」
佐川「いつから髪切ってないんだ」
川口「さぁ、忙しくて切りに行く暇がないもんで」
佐川「時間は作るもんだ。まぁ、一休みしろ。お前の顔の方が死人みたいだ」
コンビニの袋から自分の缶コーヒーを取り出すと、そのまま袋ごと川口に渡す佐川。
川口「すみません」
コンビニの袋から缶コーヒーと弁当が出て来る。
佐川「代わり映えしないもんで、すまんな」
川口「いえ、助かります」
佐川「で、部長には高島さんから連絡があって、部長も渋々黙認になったらしいな」
川口「ええ、だからこそ成果を出さないと高島さんの立場も悪くなりますから、寝てる暇なんてないですよ」
佐川「気にするな。あの人はそんな計算では動かん人だ。それより実家の方には何年帰ってないんだ?」
川口「こっちの大学出て入社してからはずっと……」
佐川「さっさと片付けて、実家のお母さんに顔を見せてやれよな」
川口「はい」
佐川「北海道だっけ?」
川口「旭川です」
佐川「一人っ子でお父さんも早くに亡くしてるんだろう。日本一寒いって評判の所に一人にしとくな」
川口「あはは。悪い息子できっと母も飽きれてるでしょうね」
パソコンの画面を覗く佐川。
佐川「たしかに何もつながりないようだな。死亡した最初の四人と容疑者全員が佐方上団地に関係してるって事だけだ」
川口「今日、現地で捜一の刑事さんと東署の刑事さんに会いました。科捜研使って音響と化学物質の調査をしてくれるそうです」
佐川「音響?」
川口「はい、人には聞こえない周波の音が関係してるかもしれないって思ったんですよ。それと団地内各所の化学物質の調査もやってくれるそうです」
佐川「なるほどぉ~ 聞こえない低周波のような音や化学物質で錯乱状態に陥る可能性かぁ~」
川口「ええ。きっと何か出るでしょう」
佐川「じゃあ、なんで事件は満月の夜に起こるんだ?」
川口「ほら、それも、もしかしたら月の引力の関係かもしれませんね」
佐川「たしかに昔から満月の日には事件が多いと言うしな。人間の約70%は水分で出来ているらしいから、海の潮力のような原理があるのかもしれん。と言う事はだ。次の事件までは結構時間があると言う事になるな」
川口「ええ、それまでに解明して次が無いようにしないと……」
佐川「だな……」
■佐方上団地
夜間の暗い佐方上団地の公団アパート群全景。所々に明かりが点いているが、ほとんどが寝静まっている。空は厚い雨雲に覆われ、今にも雨が降り出しそう。
団地北東側の森林に雷が落ちる。激しい光と音。
■同・北東側の森林
雷で木々に火が点いて激しく燃え上がり、森林北側の西広島バイパス道まで火の粉が舞っている。
■西広島バイパス道・五日市インター
警察のパトカーが下り線に数台停まり、インターから一般道へと車を警官数名が誘導している。
一台のトラックが一人の警官(38)の側で停まり、運転手(男性・52)が窓を開けてその警官に向かって大声で聞く。
運転手「なんかあったんね?」
警官「下り脇の森林で火災です。後ろがつかえますから、止まらず一般道に至急進んで下さい」
運転手「大きい火事なん?」
警官「そこまでは分かりませんが、とにかくバイパスは上下線で迂回になってます。宮内インターからまたバイパスに乗れます」
進みだすトラック。数台の消防車の音が遠くから響いている。
■熱田神宮・深夜
広い駐車場にマークXが止まっている。運転席に人の影があるが誰か判別出来ない。
熱田神宮へ通じる参道への門が閉まっている。
■同・拝殿前
拝殿前に立っている栗栖。
そんな栗栖に警備員(38)が気付き、懐中電灯で彼女を照らす。
警備員「君、何しとるん。ここは深夜立ち入り禁止だ」
ゆっくりと警備員を見る栗栖。
栗栖「お前はここの責任者か? 違うなら責任者を出せ」
警備員「あんたぁ、何を……」
警備員の顔が弛緩する。
警備員「大宮司でしょうか? 警備主任でしょうか?」
栗栖「アマノムラクモを借り受けに来たと伝えよ」
警備員「ご神体でしょうか?」
栗栖は拝殿を眺めて、その遥か向こうまで見渡すような表情をする。
栗栖「いや、近代の物ではない。木で造られた原初のアマノムラクモじゃ」
■夢の中・木造の建物内
暗い廊下を浴衣姿で歩く川口。
廊下には数人の老人たちが立っていたり歩いていたりする。
立って窓の外を見ている男性老人に近づく川口。外は嵐になっていて広い土の空地が広がる。
川口「ここはどこなんです?」
ゆっくりと川口を見る老人。
老人「お前さんのいるべき場所じゃない」
川口「教えて貰えませんか? 私は何故、何度もここにいる夢を見るのでしょう?」
老人「お前さんが見たもんを忘れとるからじゃろ。思い出しんさい」
川口「何を…… 何も覚えがない」
老人「いいや! あんたらがワシらを起こす事をした日にじゃ。夢なんかじゃのうて、ホンマに見たじゃろう? 思い出しんさい。じゃないと、ワシらも再び眠る事が出来んし、邪悪な者が起きる。あの女が目を覚ます前に止めるんじゃ!」
川口「あの女?」
老人「そうじゃあの女じゃ! あの女の子どもを止めろ!」
廊下のあちこちにいた老人たちが口々に川口に向かって叫び始める。『あの女の子どもを止めろ!』
彼らの顔がぐずぐずに溶けだし始め、中からウジが出てきて目や歯と共に廊下に落ち始める。『あの女の子どもを止めろ!』
■中国日報・社会部
叫び声を上げて目を覚まし、自分のデスクから飛び起きる川口。
外が白んで来ている。
早出の同僚数名が驚いた様子で川口を見ている。
部屋の中を見回す川口。
同僚A(27・離れた席から)「大丈夫スか? 川口さん」
川口は同僚Aに向かって何でもないという風に手を振り、椅子に再び座る。
川口「ホンマに見た…… か……」
思わずフフッと笑ってしまう川口。
傍らにあるパソコンの電源がつけっぱなしになっていて、被害者と容疑者のリストがまだ映し出されている。
川口「伊崎さんたちも何か見たんだろうか……」
おはようございますと長井彩花(29)が入ってきて川口の隣の席に座る。
長井「ちょっとぉ、川口さ~ん。臭いわよ。一旦帰ってシャワーでも浴びてきたら? それとハミガキ。いい加減分煙して欲しいですよぉ」
苦笑する川口。
川口「独身で年頃の娘もいないのに、娘でもない若い女性から臭いって言われるとはね。じゃあ、そうするかな……」
長井「(心配そうに)少し眠った方がいいんじゃないですか?」
川口「その内、嫌でも眠れるよ。永遠にね」
長井「縁起でもない! そだ、昨日結構燃えたそうですね」
川口「ん? 何が?」
長井「廿日市の佐方上団地と西広島バイパスの間の森林に雷落ちて火災になってたんですよ」
川口「佐方上団地?」
長井「幸い怪我人はないらしいですよ。ただ五日市インターと宮内インター間が一時不通になってたって、今朝のニュースでやってましたよ。川口さん、佐方上団地取材してたでしょ」
川口「ああ。行ってみるか」
長井「ダメダメ。行くならまず着替えて寝た方がいいと思いますよ。まるで川口さんの方が匂いといい顔色といい、火事の被災者みたいですから」
川口「分かったよ。火事ネタならもう山内君か渥美さんが行ってるだろうしね」
笑いながら、ショルダーバックを持って社会部から出て行こうとする川口。ドアから出る前に振り返る。
川口「あっ、ごめん。長井くん、パソコン落としといて」
■呉拘置支所
拘置所内に通じる鉄柵扉の前に手錠と腰縄を手に持った女性刑務官(37)が立ち、扉の傍にある詰所内の刑務官(32・女性)に頷く。
ビーと音がして鉄柵扉の鍵が開く。中に入る女性刑務官。
通路を進み、一つの扉の前に立つ女性刑務官。鍵で扉を開ける。
部屋の中はトイレとベッドがあるだけで、ベッドの毛布が盛り上がっている。
ベッドに近づく女性刑務官。
女性刑務官「高沢恵子。精神鑑定の時間よ。起きて」
起きないばかりか動く様子がない毛布。
女性刑務官「早く起きて!」
毛布をはがす女性刑務官。
目を見開いて胸をかきむしるように息絶えている高沢(48)。
慌てて部屋を飛び出し、詰所に走る女性刑務官。
女性刑務官「救急車を呼んで!」
高沢の部屋の向かいの増岡直子(23)が収監されている部屋から彼女が叫ぶ。
増岡「次は私の番よ! あのお方が迎えに来てくださる!」
■熱田神宮・駐車場
マークXの周りはブルーシートで隠されていて、鑑識官たちが忙しそうに動いている。
マークXの運転席にはミイラ化した榊の死体が座っている。首筋が一部何かに噛み千切られたようになっている。
酒井刑事(46)「今朝、散歩中の男性が発見したそうだ」
松村刑事(34)「あれじゃ最近じゃないですね」
酒井「そうでもないらしい。歯の治療痕を調べんと何も言えんが、山梨県警から照会のあった大学の助教授らしいから、そうだったとしたら昨日の午後から深夜にかけてだろうな」
松村「そんな短時間でミイラになるんですか?」
酒井「いや、ミイラどころか、この暑さと湿気じゃ例え古いホトケさんでも腐って白骨化するのが妥当だろう」
松村「あっちの所轄がやってる熱田神宮の盗難事件と何か関係でもあるんですかね?」
酒井「まぁ、捜査会議でその辺は出るんじゃないか?」
■名古屋市・トラック会社
一台の10トントラックが会社内から荷物を積んで出ようとしている。
町田(43)「芹沢さん、積み込み終わりました」
芹沢正一(51)「OK。伝票も受け取った。出発するけん」
町田「行ってらっしゃい」
芹沢「おう」
トラックのドアを開けて運転席に乗り込む芹沢。同時に助手席側のドアが開き、古そうな木箱を持った栗栖が乗り込んでくる。
芹沢「あんたぁ、誰ね?」
栗栖「西に」
芹沢「はぁ、何言うとるんね」
急に芹沢の顔が弛緩する。
芹沢「西だがね、OK」
走り出すトラック。
■東京・気象庁・一室
机についてデータを見ている数人の気象官。
気象官A(39)「小牧さん、これデータの間違いですよね」
小牧(46)「ん?」
データ用紙を受け取る小牧。
気象官A「月齢見てください」
小牧「昨日より増えてる。満月から新月に向かってるのにありえないだろう」
気象官A「ですよね。ですが観測データはそうなってるんです」
小牧「これじゃ、また満月になる。機械を見てもらってくれないか」
気象官A「分かりました」
■川口の部屋
スマフォが鳴っている。
シャワーを浴びて、髪の毛をタオルで拭きながら浴室から出てきて、そのままスマフォを机から取り上げて出る川口。
川口「はい。ああ、高島さん。先日はありがとうございまし
た」
■県庁・記者クラブ・中国日報割り当て室
電話を取って話している高島。
高島「それよりお前、高沢恵子が呉拘置支所で今朝遺体で見つかった」
■川口の部屋
髪を拭く川口の手が止まる。
川口「高沢が死んだ?」
高島(声)『心臓発作だそうだ』
■県庁・記者クラブ・中国日報割り当て室
高島「宮司や社長はすでに亡くなってかなり経つし、その他の被害者も現行犯だったから、すでに荼毘に付されているが、今度ばかりは司法解剖されるそうだ」
■川口の部屋
川口「じゃあ、先日の被害者の…… 森口さんのご遺体も……」
■県庁・記者クラブ・中国日報割り当て室
高島「残念ながら、昨日荼毘に付されてる。何か出てくれば新しい共通点があるかもしれんところだったんだが……」
■川口の部屋
川口「そうですか。じゃあ、比較出来ない状況ですね。はい。工藤さんに連絡取ってみます。高島さん、本当にありがとうございました」
スマフォを切って机に置き、傍のソファに落ち込むようにドカッと座る川口。
しばらく考えているが、急に立ち上がりタンスから服を取り出し始める。
■広島東警察署・刑事課
ドアが勢い良く開き、汗だくになった川口が部屋に入って来る。すぐ傍に座っていた刑事A(32)が立ち上がり川口の行く手を阻む。
刑事A「おいっ! 誰だ?」
川口「すみません! 工藤さんと竹井さんは?」
部屋の奥で手を上げて川口を招く竹井。
竹井「おおい、こっちじゃ」
川口に道を開ける刑事A。
■同・刑事課内の応接ソファ
黒いソファに竹井と工藤に向かい合う形で座る川口。三人の前にはお茶が置かれて湯気を立てている。三人の背景の窓には広島市保健局の建物が見える。
川口「何ですって? 増岡直子と高見清太郎も?」
工藤「ああ、高沢恵子の後に一時間毎に収監先で……」
竹井「まったく訳が分からん」
川口「木口郁郎と中崎武志は?」
工藤「中崎はまだ起訴前でここにいる。木口は呉の拘置所だが、二人共監視を置いて一人にさせてないよ」
川口「司法解剖は?」
工藤「さっき開始されたと報告があったが、何が原因で心臓発作が起きるのか分からんかもしれん」
竹井「単なる病死だと言う結果になりそうじゃのぉ」
川口「ですが、これも偶然と言うなら、偶然が重なりすぎませんか?」
竹井「うちは物証でしか動けんから、偶然だって重なる時は重なるとしか言えんじゃろう」
工藤「ただ、私には偶然にしては出来過ぎている気がします。これは川口さんの言っていた聞こえない音や化学物質、それと私は暗示もあるかと思い木口を早急にそっち方面で精神鑑定を行うよう要請しました」
川口「音波や化学物質は?」
工藤「今から科捜研と広島崇徳院大学の専門家チームが調査に入ります。同行されますか?」
川口「いえ、火事で消防の調査も入っているでしょうし、私が行ってもじゃまでしょうから。他に事件を探って貰っていますので、その方々に会いに行って来ます」
竹井「ほぅ、独自調査ですか」
川口「歌の件など県警が公表を控えている内容については伝えていません。ただ、あの場所の由来や伝承を調べて貰っているだけです」
竹井「我々と同じようにそう言った類の物を信じん川口さんらしゅうないですなぁ」
川口「いえ、事件と直接関係があるとは思っていないんです。ただ広島崇徳院大学で民俗学を専攻していたもので、記事を書く時の参考になればと……」
工藤「私も興味がありますね。どうでしょう。お互い分かった事はまた明日にでも」
川口「いいですね。そうして頂けると助かります」
竹井「こうして我々と組んでいると、川口さんは独占取材になりますなぁ」
川口「他に先んじる。これも聞屋の仕事ですよ」
■堀田宅
資料で埋もれている堀田の部屋に入って来る堀田と川口。
堀田は疲れたような顔で脅えている風だ。部屋の扉を後ろ手に閉めて部屋の奥に座る堀田。
堀田「まぁ、どこか適当に空けて座ってください」
川口「(資料の山を見て)すごいですね、堀田さん」
部屋の外から堀田の妻の声がする。
妻『何か飲まれます? コーヒーでええですか?』
川口「(部屋の外に向かって)どうぞ、おかまいなく。手土産もなくすみません」
妻『ええんですよ』
堀田「息子たちが家を出てから客が来んもんで、うちのもうれしいんでしょう」
川口「はぁ…… で、早速なんですが……」
堀田「ああ、色々分かったですよ」
川口「助かります」
堀田「まず、あの地がなんで昔の人が忌み地じゃ言うとったんかなんじゃけど、二つの伝承があった事が分かってのぉ」
川口「伝承ですか?」
堀田「うん。まずは色々なところにもあるじゃろうが、ヒルコ伝承ですなぁ」
川口「ヒルコって、あの古事記に出て来る?」
堀田「うんうん。あのヒルコっちゅうもんはイザナギとイザナミの最初の子じゃったんじゃが、どうも五体満足に産まれて来んかったと書かれとりますなぁ。日本に最初に作られた島…… オノゴロ島と言うんじゃが、そこで生まれて不具の子じゃ言うて葦の舟に乗せられて流されたと記紀に書いてある」
堀田の妻(62)が部屋の扉を開けて現れ、部屋の中には入らずにミルクの入ったコーヒーとスティックシュガー・茶菓子を乗せたお盆ごと川口の側に置く。
堀田の妻「お口に合うかどうか?」
川口「すみません」
堀田の妻「汚い部屋をお見せして」
堀田「仕事の話じゃ。すぐ済むけぇ、あっち行っときんさい」
堀田をちらりと睨むと川口に愛想笑いを見せて部屋の外に扉を閉めずに出て行く妻。
川口「(部屋の外に向かって)ありがとうございます」
堀田「あいつには聞かれとうないけぇ」
扉を閉めるように催促の仕草をする堀田。
扉を手を伸ばして閉める川口。
堀田「ここからはこの佐方の古い伝承なんじゃが、前言うたようにあの神社やら、あの団地の南麓にある洞雲寺前まで海じゃった言うたでしょう? その浜辺に大昔に両手足も耳も目もない赤子が木の舟に乗ってたどり着いた言う伝承があったんですよ。もうこの伝承は古すぎて地のもんでも知らん。廿日市市の郷土資料館の書庫の中で見つけたえらく古い文献に書かれとったんじゃけど、その子をどうしたと思います?」
川口「まさか…… 殺したとか……」
堀田「うん。口しか無い赤子を縁起が悪い言うて殺して埋めたんがあの場所じゃと」
川口「もう一つの伝承とは?」
堀田「この佐方の裏にある大けぇ山は観音山言うんですが…… 最近では極楽寺山が正式名称になったんじゃったかな? その山頂の極楽寺の北側に大けぇ池があるんですよ。それが蛇の池言うて、そこの伝承によると、そこには頭が八つある大蛇が住んどって、春になるとその池からズルズル大けな音を出して出雲に行って、秋になるとやっぱりズルズル音を立てて帰って来る。じゃけどある年から八つの頭の大蛇は帰って来んなった言う伝承があるんじゃけど、こっちは割と有名でね。知ってる人は知ってる伝承なんですけどね。その書庫で見つかった書物にはその続きが書いてあったんですわ」
川口「八岐大蛇伝説の派生のようですね。で、続きとは?」
堀田「うん。帰って来んなった年に、北から血の色をした八つの火の玉が飛んできて、例の土地に落ちたと…… それから木も草も生えん呪われた忌み地になったと言うんです。それからと言うもの、その空地に何かを建てようとしたりしたら災いが起こったり、そこに遊びに行った子どもが神隠しに合うたりしたと書かれとりました」
川口「ヒルコの呪いに八岐大蛇の呪いですか……」
堀田「そりゃ分からん。単なる伝承じゃけぇ。ただ」
川口「ただ?」
堀田「明治十三年、当時の佐方は佐方村言いましてのぉ。そこで変な疫病が流行したんじゃそうです」
川口「疫病ですか?」
堀田「うんうん。何でも十五歳以上の男女がまるで老人のようになって死んでいったという奇病じゃったそうで……」
川口「そんな病気あるんですか?」
堀田「えっと……」
資料の山を探り一枚の紙を探し出す堀田。
堀田「思い当たるんは、これだけじゃが……」
その紙を川口に渡す堀田。
紙の上の部分に『ハッチンソン・ギルフォード・プロジェリア症候群』と書かれ、その下に詳細が書かれている。
堀田「じゃけど、症状が違い過ぎる。佐方疫と呼ばれたこちらの病気は発病して一週間で老死すると当時の資料に書かれとる」
川口「まったく違いますね」
堀田「最初はあの場所が原因じゃないかって噂になって、ヒルコとスサノオを祭る神社が建立されたんじゃが、今度は建立に携わったもんが心臓の病いで次々に死んだともあって、そして一夜にして神社も雷に打たれて燃えてしもうたそうなんですわ」
川口「心臓の病? それって……」
堀田「市長や中野建設の社長や課長もたしか心臓発作じゃったですのぉ」
川口「ええ…… 実はあの鍬入れ式を行った神主さんもその晩に心臓発作で…… 容疑者三名も今朝収監先で同じく心臓発作で亡くなったそうです。そちらは司法解剖に回されましたが……」
俯き暗い顔で考え込む堀田。
堀田「偶然かのぉ~ おお、そうじゃ」
今度は机の引き出しからA4版位の古い写真を取り出す堀田。それを川口に渡す。
木造二階建ての古いセピア色に染まった建物が写っている。
目を見張る川口。
川口「こ……ここ、知ってます」
堀田「ほう、廿日市醫院を知っとりなさるか」
川口「いえ、良く夢に見るんです」
堀田「(脅えた顔で)夢?」
写真を裏返すと明治十三年・廿日市醫院と書かれている。
川口「これもその資料館の書庫で?」
堀田「うんうん。医院と言ってもそれは表向きで、さっきの佐方疫の隔離施設じゃったそうでのぉ。医者もおらんし看護師もおらん。ただ発病した患者をそこに放置して来るだけの場所じゃったそうなんですわ。酷なもんですなぁ」
川口「この医院はどこにあったんですか? まさか、あそこに?」
堀田「そう。あの忌み地の奥に建てられとったらしい。村人は忌み地に医院を建てる事に反対したそうじゃが、忌むべきもんは忌むべき原因の場所に建てると当時の行政が動いての」
川口「その後、廿日市醫院はどうなったんですか?」
堀田「それがなぁ~ 最後の佐方疫の患者を運び込んでからの記述がどうしても見つからんかったんですわ」
川口「また雷が?」
堀田「かもしれんなぁ。川口さん、ワシゃ悪いがここまでで降りますわ。ワシゃ恐ろしゅうてたまらんけぇ。あんたも止めた方がええ。これはワシらの手に負えるもんじゃない気がしてたまらんのんじゃ」
川口「は、はい。色々すみませんでした。ありがとうございます。これだけでも大収穫でした。私はもう少し追ってみようと思います」
堀田「続けるんじゃったら、十分気をつけんさいよ」
すぐに周りの書類をファイルに突っ込むように入れる堀田。それを川口に差し出す。
堀田「これ全部、あんたに上げるけぇ、ワシは、これ以上は許してつかぁさい」
深々と頭を下げる堀田。
川口「頭を上げてください。やっかいな事を頼んでしまってすみません。気休めにしかなりませんが、現代において超常現象なんてありませんよ、堀田さん。安心してください。後は新聞社と警察で何とかしますから。科学的裏付けが出来て原因解明出来そうなんで」
堀田「科学的裏付け……」
川口「そうです。警察が科捜研と専門家チームを使って調査を開始するそうです。安心してください。呪いじゃありませんから」
堀田「じゃあ、あんたの夢は……」
川口「偶然でしょう。そう思えただけかもしれない。私も最近疲れ気味だったし」
ファイルを受け取り立ち上がる川口。
川口「ありがとうございました。では、失礼します」
深々と礼を堀田にして踵を返そうとする川口に堀田が思い出したように声をかける。
堀田「そうじゃ。最後に言い忘れとった」
振り返る川口。
堀田「佐方疫にかかる直前の人達がこう言うとったと書かれとりました」
首をかしげる川口。
堀田「歌が聞こえると……」
驚愕の表情の川口に寄るカメラ。
■広島崇徳院大学・来客用駐車場
さんさんと照りつける夏の日差しの中、校内の広い駐車場に私物の銀のマツダ・デミオを停めて降りてくる川口。蝉の声がうるさい。
■同・校内
両側にコンクリート打ちっぱなしの建物が並び、学生たちが行きかう通りを歩く川口。どこからか吹奏楽部の練習の音が聞こえる。
立ち止まり汗を拭きながら、総合科学部の建物の三階の窓を見上げる川口。その建物に入って行く。
■同・総合科学部三階通路
エレベーターを降りて左に曲がり、薄暗い通路を歩く川口。
奥から二番目右の部屋の前で立ち止まる。
ドアの上には民俗学研究室と書かれたプレートがぶら下がり、ドアには真壁と書かれた紙が金属枠のネームプレートに入っている。
そのドアをノックする川口。
真壁(67・声だけ)「どうぞ」
川口「失礼します」
ドアを開けて入る川口。
■同・民俗学研究室
6畳程のスペースに長机が置かれパイプ椅子が並んでいる。部屋の両側には天井まで本棚にびっしりと民俗学関係の本が並んでいる。
研究室奥の窓際にある事務机のパソコンで何か作業をしている事務椅子に座った真壁教授がいる。
真壁は川口に目を向けずにパソコンをいじっている。
真壁「すまんが、一本メールを打たせてくれ。好きな所に座ってくれて構わんぞ」
近くの長机のパイプ椅子を引き出して座る川口。
真壁を見る川口。窓の外から暑い日差しが入って来ている。
■同
長机の向こうに川口と対面して座る真壁。長机の上には堀田から受け取った資料が広がっている。
真壁「なるほどなぁ。極楽寺山の蛇の池伝承は知っとったが、こんな続きがあったとはのぉ。その堀田と言う人は元々市役所に?」
川口「元々資料課だそうですが、この資料が見つかった郷土資料館の職員ではなかったようです」
真壁「いわゆる個人郷土史家か。でも、よう調べとる。こんな個人郷土史家がおる事を、学生時代のお前に見せたかったわ」
照れ笑いする川口。
真壁「お前をよう覚えとるんは、何でこんな奴が民俗学専攻なんか分からん奴じゃったけぇじゃけどな」
川口「今でもスタンスは変わりありませんよ」
真壁「ロマンのない奴じゃのぉ。そんなに物証が欲しいなら考古学専門にすりゃあ良かったのに……」
川口「民俗学だって科学ですよ。その物証探しが科学なんですよ」
真壁「何度も言っとったろぅ。憶測はダメじゃが、まず想像力と関連付け。その後に物証探しであって、お前みたいに先に物証を探しても見つからんよ」
川口「物証があって想像して関連付ける。でも民俗学をやるには、たしかに自分は想像力が欠けていたのかもしれませんね」
真壁「まぁなぁ、お前は案外記者向きだったんかもな。じゃけどワシにもこの事件と伝承が関係しとるとは思えん。関係しとったらまさに恐怖小説じゃ」
川口「今頃、現場でここの大学の専門家のチームと科捜研が合同で調査に当たっている所です」
真壁「ほいじゃけぇ中村先生やら須永先生やらが朝から忙しゅうしとったんか…… で、この資料を持って来てワシに何を聞きたかったんじゃ? 真意がまるで見えん」
少し照れたように笑う川口。
川口「実はさっき話したように夢の件もあって、もしかしたら超常的何かが裏にあるんじゃないかって不安になっていたんです。あり得ないのに……」
真壁「つまり否定して欲しかったんじゃな」
川口「そうですね」
真壁「まず言うたろう。オノゴロ島から流されたヒルコが恵比寿と混同されたのは室町時代以降じゃけぇ、実はその二つに何の関係もないと言われとる。そしてヒルコの次に産まれたんは淡路島という事になっとる。ワシの見解じゃけど、オノゴロ島の次がヒルコで、その次が淡路島ならば、ヒルコも島じゃったんじゃないかと」
川口「オノゴロ島はどこにあるんです?」
真壁「候補地の説は多いんじゃけど、どこかは特定されとらん。日本神話が広島に関係しとるとすればイザナミノミコトが火の神カグツチを産んで陰部が焼けて死んだんは庄原市にある比婆山と言われとる。じゃがそれにしても島根県安来市伯太町がその比婆山とも言われとるし、日本書紀じゃと三重県熊野市有馬にイザナミの墓があるとも言われとる。つまりお前の好きな物証はないっちゅう事じゃな。それだけ日本神話は不明瞭での。編纂当時の天武天皇やら編纂に当った太安万侶らの意向もあったじゃろうしな。ほいじゃけぇ、廿日市に伝わるヒルコ伝承にしてもまた不明瞭で物証もない戯言の部類じゃろうなぁ」
川口「真壁先生は、この廿日市のヒルコ伝承と蛇の池伝承の続きについては偽書だと?」
真壁「おそらくその場所については、何か別の理由で忌み地になったんじゃろう。第一、堀田さんとやらの資料には奇形児が流れ着いたとはあるが、それがヒルコとは書かれとらんようじゃし、葦の舟じゃのうて木の舟になっとるけぇ、よう分かっとらんもんが明治十三年の佐方疫の時にでもねつ造したんじゃないかと思うがな」
川口「佐方疫についてはどう思われますか、先生?」
真壁「その病状も怪しいもんじゃ。案外、天然痘か何かじゃったんじゃないかのぉ。そもそも忌み地は各地にあって、そのほとんどが由来不明じゃし、由来があってもかなり大げさに盛って口伝された場合が多い。口伝されて行く伝承は伝言ゲームと同じで、最初は小さい出来事でも代を重ねる毎に尾ひれ背びれがついて大げさになる傾向がある」
川口「ちょっと調べたんですが、忌地と書いて忌地と読む所もあるようで、忌地は土の養分を大量に摂取する作物、例えばイチジクなどがなった地が痩せ細って、農耕に適さなくなってしまった土地の事ですが、忌地も同じ字で表現されるなら生のエネルギーを吸ってしまって負のエネルギーが残された場所なのではと……」
真壁「それはないな。そもそも農耕をする者は昔は字も読めんかったし書けんかった。ほいじゃけぇ、明治の代になって当てた字がたまたま同じじゃっただけじゃろう。今お前の言ったような事こそがお前が大嫌いな非科学的見解じゃろうに」
川口「そうですね……」
真壁「一番不思議なんは、お前が見る夢とこの廿日市醫院の写真の建物が酷似しとる事じゃけどなぁ。ホンマにこの建物じゃったんか? ただ似とるだけじゃけぇ、そんな風に思うたんじゃないか?」
川口「そうかもしれません。いや、きっとそうでしょうね」
真壁「そう言やぁ、昼のニュース見たか?」
川口「いえ。何か?」
真壁「それでも記者かいのぉ。いやな、お前の嫌う非科学的事件が報道されとった。何でも月齢が元に戻っとるらしい」
川口「月齢が?」
真壁「また明日には満月になるそうでのぉ。気象庁も頭を抱えてしもうてNASAに調査依頼をしたそうじゃ」
川口「あり得ませんよ。どっかのワイドショーが面白可笑しく流していたガセでしょ」
真壁「ワシはNHKしか見んよ。昼の銀河テレビ小説前のニュースでやっとった」
川口「まさか。データの間違いじゃないんですか? 機械の故障とか」
真壁「それなら気象庁も恥になるけぇニュースにならんじゃろう。良う調べてから発表するはずじゃけぇ」
川口「満月にまたですか…… まさか……」
おかしそうに笑う川口。
真壁「お前らしい反応じゃのぉ」
■川口の部屋
シャワーから出てきて冷蔵庫を開けビール缶を取り出す川口。
ビール缶を開けると一口飲み、ソファに腰掛けテレビをリモコンでつける。
テレビではお笑い芸人がひな壇に座って何かを司会に訴えている。会場で笑いが起こる。
川口はビールを飲みながらチャンネルを次々変えてNHKにする。
NHKでは緊急特番として月齢異変について専門家を交えての報道番組をやっている。
社のプリンターで打ち出して来た今回の事件の被害者加害者リストを机から取り上げて眺め出す川口。
川口「また満月になったら事件が起こるのか……」
川口は、そのリストを眺めながら、またビールを一口すすってその動きが止まる。
じっとリストを見続ける川口。
特番で気象学者が気象庁の機械の故障であると熱弁をテレビの中で振るっている。
リストを見続ける川口。額から一筋の汗が流れる。
川口「まさか……」
すぐに側に投げてあったショルダーバックを引っ掴むと中からペンと紙を出して、最初に病死した四人の名前をひらがなで書き、続けて事件の加害者の名前を同じくひらがなで羅列する。
・いざきけんすけ
・なかのけいぞう
・みかわよしのり
・かわいあつお
・たかみざわけいこ
・ますおかなおこ
・たかみせいたろう
・きぐちいくろう
・なかざきたけし
そのリストに〇を書き込み始める川口。
()内が〇で囲った部分
・(いざ)きけんすけ
・(な)かのけいぞう
・(み)かわよしのり
・かわ(い)あつお
・たかみ(ざ)わけいこ
・ますおか(な)おこ
・たか(み)せいたろう
・きぐち(い)くろう
・なか(ざ)きたけし
川口「イザナミ…… イザナミ…… イザ……」
茫然とする川口。だがすぐに笑いだす。
川口「まさか俺とした事が…… あはははは…… ひどいこじつけもあったもんだ……」
■廿日市市佐方・ホームセンター駐車場・夜中
芹沢のトラックが雨の降り出した駐車場に入って来る。
トラックを停めて室内灯をつける芹沢。
栗栖は助手席の後ろから古そうな木箱を取りだして、木箱を縛っていた縄を解く。
中には古そうなボロボロの木片が入っている。それを掌でなぞる栗栖。すると木片が新品の木製の短剣に変わる。
木箱を助手席の後ろに投げると短剣をワンピースの胸の所に入れ込む。
栗栖「近代は、物が話をするのだな」
芹沢「最近のトラックは四時間以上走ると休むように声で知らせます」
栗栖「おかげで遅くなった」
芹沢「規則ですから……」
栗栖「芹沢、これからとても大変な仕事がある。それには力が必要なのだが、協力してくれるな?」
芹沢「何でもおっしゃってください」
満足そうに微笑む栗栖。
栗栖「前を向いて首を向こうに倒せ」
前を向いて首を傾ける芹沢。
栗栖が芹沢の首筋に口を近づけて行く。そして口を開くと歯が全て鋭利な牙に変わっている。
芹沢の首筋に噛みつき、その部分を噛み切り飲み込むと、彼の血や体液をものすごいスピードで吸い上げる栗栖。
みるみる間にミイラ化する芹沢。
窓の外の雨がどんどん激しさを増す。
■夢の中・木造の建物内
また何人かの老人が俳諧する廊下に佇む川口。
以前の夢で話した老人を見つけると傍に寄って行く川口、嵐になっている夜の窓の外を見ている老人に声をかける
川口「こんばんは」
老人「あんた、また来たんね。ここに来ん方がええ」
川口「来たくて来た訳じゃありません。夢ですから来る場所は選べませんよ」
老人「以前から思うとったが、あんたぁ、地の者じゃありゃせんのぉ」
川口「はい、出身は北海道です。ところでお聞きしたい事があります」
老人「ワシを死人と知っての事かいね」
川口「そうです。ここは廿日市醫院ではありませんか? そしてあなたは佐方疫では?」
老人「よう調べたのぉ。その通りじゃて。そこまで来たなら今日の月が沈むまでに何とかしてくれんさい」
川口「どうしてです?」
老人「がんぼ(※強情な・やっかいな・暴れん坊等の意)な赤子が母親を呼んどる。月は常世とあんたさんの世をつないどる道じゃ。今日の満月が沈んだら常世とあんたさんの世がつながりっぱなしになるけぇ、地上に死者が溢れかえる。ワシらも静かに眠る事が二度とできんなる。今日月が登るんは昼じゃ。急がんといけん」
川口「その赤子とはヒルコなんですか?」
老人「そこまで分かっとるなら早うしてくれ。白き羊膜のもんがもう来とる。危ない奴じゃが共に赤き羊膜のもんを倒して赤子をなだめんさい。もう時間がないけぇ」
川口「赤き羊膜の者? 赤子とはヒルコの事ですか? どうやってヒルコをなだめるんですか?」
老人「それはワシの口からは言えん。すでに目を覚ました黄泉の女王が見とるでな」
川口「その黄泉の女王とは? イザナミなんですね」
老人は何か誰かを恐れるように周りを見回してから、小さく頷く。
老人「早く思い出さんと道が永遠に繋がってしまう」
川口「だから何を思い出せと?」
老人「あんたが見たもんじゃ。それを思い出さん事にはどうしょうもないんじゃ!」
川口「くそっ! 早く夢から覚めないと!」
老人「夢から覚めたかったら、この窓から出て、この忌み地から出んさい。早う!」
川口はガタガタと無理やり窓を開けようとするが立てつけが悪く開かない。
意を決したように廊下の反対側に行く川口。
川口「これは夢だ。怪我はしない」
勢いをつけて顔を両腕で庇いながら窓へ走り込み突き破る川口。
二階の窓から濡れて泥だらけの地面に無様に落ち倒れる。
顔を上げる川口。両腕と額を切っていて血が流れ出す。
立ち上がり振り返る川口。
一階二階の窓に並ぶ老人たちの姿。
彼らに頷くと泥だらけで忌み地の出入り口に向かって走る川口。嵐の風と雨が行く手を阻むが、必死の形相で走り続ける川口。
足を取られて転ぶ川口。目の前の地面から目も耳もない赤子が顔を出して女性とも少年ともつかないソプラノで悲しげな歌を歌い出す。
それを見て耳をふさぎ立ち上がって、必死で出入り口を目指す川口。
もう少しで出入り口という所で、雷が川口の背後に落ちる。
飛ばされて忌み地の出入り口の外に放り出される川口。
■川口の部屋
ハッとベッドの上で目を覚ます川口。
雨が激しく窓を打っている音と時折強い風が吹き抜ける音がする。
汗なのがびしょ濡れになっているが、急に驚いた表情でかけていたタオルケットを引きはがす。
泥だらけの身体に腕や額や足の裏が傷だらけになっている。もちろん身体全体が大雨の中にいたようにびしょ濡れになっている。
■広島東警察署・刑事課の応接セット
朝。外は大雨になっていて、その雨粒は窓を叩き、向かいの広島市保健局が良く見えない。
以前のように工藤・竹井の前に座る川口。川口はあちこちに絆創膏を貼っている。
深刻そうな工藤と竹井。
工藤「川口さんの方の情報は分かりました。もう科学的とは言っていられない状況ですね……」
竹井「木口も中崎も昨夜成す術なくじゃったし」
川口「この名前の一部をつなぎ合わせるとイザナミになるのはかなりこじつけだとは思いますが、そちらの昨日の調査の結果は?」
工藤「昨晩、団地のあちこちで採取した音や空気中や壁や車から採取した付着物等は、ムリを言って徹夜で検査してもらったのですが、何も今の所出て来ていない。出ても先の火事の煤位で。今も引き続きやって貰っていますが、多分何も出ないでしょう」
川口「司法解剖の結果は?」
工藤「昨日の朝に死亡した三名の血液から神経毒が見つかりました。コブラ科の毒で詳しい結果はまだ出ていませんが、おそらくウミヘビの毒に一番近いそうです」
川口「ウミヘビですって!」
工藤「ええ」
手帳を出して開き、目的のページを探す竹井。やっと見つける。
竹井「おそらくですが、セグロウミヘビではないかと……」
工藤「そんな物が拘置所にいるはずがないですよ。この結果は物証として裁判所も取り上げてくれんでしょうね」
川口「セグロウミヘビって一説には注連縄の原型とも言われています。今でも出雲大社や伊勢神宮等大きな神社には毎年ミイラにして奉納されているんです」
工藤「セグロウミヘビが?」
川口「はい。ウミヘビの中では唯一回遊するウミヘビで太平洋岸から山陰までどこにでもいます。背中が黒いのは海を回遊する魚と同じで上から鳥に見つけられないようになっているそうで、季節によってあちこちで打ち上げられたり網に掛かるそうです。私の専攻していた日本の民俗学では欠かせない存在です」
竹井「まるで日本の神話が科学の時代を襲ってるようじゃ……」
工藤「そうなのかもしれませんね……」
川口「これからどうしますか? 今日の昼には満月になります」
竹井「工藤さん、ワシゃ、川口さんが戯言と言ってますが、あのリストが気になります」
工藤「そうですね。時間がありませんが、他に何が出来るか思いつかない。イザナミ・イザナミ・イザまで来ているなら、今日の昼過ぎ、月が沈むまであの団地のナが付く人とナミがつく人を監視するしかないでしょうね」
川口「そんなんで警察官を動員出来ますか?」
工藤「出来ませんね。だから私たちで動くしかない」
竹井「一人でも多い方がええでしょう。(刑事課全体を見回し)、おおい! 牧野! 相良! 安本! お前らヒマだろう! ちょっと手伝え!」
竹井の声に反応して顔を上げる、机で報告書を書いていた相良篤志(26)。
■佐方上団地へ続く坂道
強い雨の中、何かを建てるのか、整地中の工事現場の前を覆面パトカーの黒のマツダ・アテンザと川口の銀のデミオが並んで坂道を上がって行く。
泥を撥ねるアテンザの後輪。
雨に濡れている工事現場のショベルカー。
工事現場の端には事務所代わりのプレハブが立っているが人気は無い。
そのプレハブの外には雨に濡れた重い物を運ぶ手押し一輪車があり、雨粒がその鉄板部分に当たってはじける。
フロントガラス外から見た相良が運転するアテンザの助手席には安本。ワイパーで雨をはじくが後部座席の工藤・竹井・牧野が良く見えない。
デミオ内で落ち着かないように灰皿で煙草をもみ消す運転中の川口。
■佐方上団地・中央公園
雨の中、団地出入り口のある東側から、アテンザを先頭に川口のデミオが続き、公園脇に先に停まっている赤のトヨタ・パッソの後ろに停まる。
アテンザからは傘を差しながら工藤・竹井・牧野・相良・安本(28)が降りてくる。
デミオからは川口が傘を差しながら出て来る。
パッソからも傘を差しながら佐川と高島が降りてくる。
工藤「風も強いから、私の家に」
公園横の団地アパートを指さし小走りに向かう工藤。続く全員。
■同・工藤の部屋・居間
2DKの工藤の部屋の居間。ガラス机が置かれている日本間。
全員がタオルを貸し出され身体についた雨を拭きとっている。
工藤「片付けてないし、狭くてすみません。適当に座ってください」
側の棚に置かれたショーケースの中に何台ものミニカーが置かれている。高島がそれを覗く。
川口「佐川さん、ムリ言ってすみません。まさか高島さんまで来て下さるとは」
佐川「いや、丁度高島さんは本社に来ててね。どうしてもついて来るって」
高島「(工藤に)捜一の刑事さんに借りを作っておくのもいいかと。昭和50年代の車ですなぁ」
工藤「その頃のミニカーを集める事しか趣味がありませんで」
竹井「挨拶も終わったし、そろそろ始めようや」
工藤「そうですね」
各自が囲んで座っているガラス机のそれぞれの前に地図と名前のリストを配る工藤。
工藤「結構少なかったです。ナが付く名前の者は4名。その中でナミがつく者が1名ですね」
牧野「田中茂樹、水谷直、赤木奈美、中村祐樹。ナミが付くのは赤木奈美だけですね」
工藤「住民データではこれだけですが、詳しくは住民票を見ないと」
竹井「それには令状が必要じゃのぉ」
工藤「時間がないですからね。とにかく川口さんのリストを信じて、今はこの4人を張りましょう」
竹井「割り当てはどうするんじゃ?」
工藤「私は赤木奈美を張りましょう。高校生なんで廿日市東高校まで行かないといけないし。ん? 川口さん、どうしました?」
川口「何か大事な事を忘れているような……」
高島「ん? なんだ?」
じっと考え込む川口。
■夢の中・木造の建物内
川口「教えて貰えませんか? 私は何故、何度もここにいる夢を見るのでしょう?」
老人「お前さんが見たもんを忘れとるからじゃろ。思い出しんさい」
川口「何を…… 何も覚えがない」
老人「いいや! あんたらがワシらを起こす事をした日にじゃ。夢なんかじゃのうて、ホンマに見たじゃろう? ……(二番目の夢のシーンから場面が変わり三番目の夢へ)……早く思い出してくれんと」
川口「だから何を思い出せと?」
老人「あんたが見たもんじゃ。それを思い出さん事にはどうしょうもないんじゃ!」
■佐方上団地予定地・二年前の回想
鍬入れをする美川市長と中野社長と河井課長。
その姿をカメラに収め、その向こうへとファインダーを動かす川口。一瞬何かが見えたがファインダーが通り過ぎる。
元の何かあった場所にファインダーを戻す川口。空地しか見えない。
カメラのファインダーから目を離し、何か見えた辺りを見る川口。
鍬入れをする三人をカメラに収め、その向こうへとファインダーを動かす川口。一瞬何かが見えたがファインダーが通り過ぎる。
それを三回繰り返す。段々スローになる。
そして…… その何かで画面が止まる。
忌み地の中央に生きたセグロウミヘビを咥えて睨み立つ工藤。
■佐方上団地・工藤の部屋・居間
川口「(工藤に)あんた、ホントは誰なんだ?」
工藤「えっ?」
佐川「お前、何を言ってる?」
川口「思い出した。はっきり思い出した。鍬入れ式の時、ここの中央…… そう、あの公園辺りにあんたが立っていたんだ! そして一瞬で消えた! あんただった!」
工藤「ちょっと待って下さい。そりゃたしかに二年前と言ったら私がこっちに赴任した年ですが、見間違いか勘違いじゃないんですか?」
川口「いや、あんただった!」
高島「やめないか! 川口!」
工藤「川口さんはファインダー越しだったんでしょ。視野が狭まってるし、もう二年も前の話だ」
川口「いや、間違ってない…… セグロウミヘビを咥えてこちらを睨んで立っていた。あんただった……」
佐川「(工藤に)こいつ、疲れてるんですよ。悪い夢ばかり見てあまり眠ってないし……」
川口「佐川さん、違うんです。証拠があります」
工藤「証拠?」
川口「あの場にあなたはいなかったんですよね」
工藤「当たり前じゃないですか」
川口「じゃあ何故、ファインダー越しに見たと言ったんです? 私は一言もカメラのファインダー越しとは言ってませんし、カメラであの日撮っていたとも工藤さんには言ってませんよ」
工藤「それは、あなたが取材したと言ったからじゃないですか。だから写真を撮っていた時に見たのかと……」
川口「高島さん、佐川さん、言ってやってください」
深刻な顔で工藤を見ている佐川と高島。
高島「工藤さん。いや、誰か知らんが、記者の取材には基本カメラマンがついていく。あの日はたまたまカメラマン全員が出払っていて、川口が撮らなきゃならんかった。現場を知っとる刑事なら取材風景もよう見とるはずじゃが?」
竹井「たしかに…… 記者とカメラマンはいつも別々じゃ。ほいなら、工藤さん、どう言う事ね?」
黙りこむ工藤。部屋中に緊張が走る。
急に側にいた安本の首筋に鋭い牙だらけの口を大きく開けて噛みつく工藤。
竹井「逃げろ!」
慌てて部屋を出る川口たち。川口は出る前にサッと名簿と地図を引っ掴む。
痙攣しながら体液を吸われ、どんどんミイラ化する安本。それを床に落とすと川口たちの後を追い始める工藤。
ガラス机の上には、川口以外全員分の名簿と地図が残されている。
■同・工藤のアパート前
工藤のアパートから大慌てで濡れるのも構わず出て来る川口たち6人。佐川はパッソのドアを開けて運転席に乗り込む。
川口たち5人は中央公園の低い木立に身を潜める。
アパートから出て来る工藤。雨に濡れながらも血だらけの牙を剥いた大きな口を開けている。
エンジンを駆けようと焦る佐川。やっと駆かる。
佐川がパッソを発進させようとした時、運転席側の窓の外に立っている工藤。凶悪な形相に血だらけで牙だらけの大口を開けている。
気配に気が付いて、恐る恐る見る佐川。
奇声を発して、窓ガラスを拳で割って佐川の胸倉をつかんで異様な牙だらけの大口で彼の首筋に噛みつく工藤。
痙攣する佐川。そして彼は見る見る内にミイラ化する。
川口「(小声で)竹井さん、銃を!」
竹井「(小声で)刑事は普段、銃なんか持っとりゃせんわ」
佐川のミイラを離し辺りを見まわす工藤。
公園の中央に立っている栗栖に気が付く工藤。
工藤「来たか、白き羊膜の者よ」
木立の陰から竹井が覗く。
竹井「ありゃ誰じゃ?」
川口「白き羊膜の者…… 味方だ!」
栗栖「そこの者よ、聞こえておるぞ。我は誰の味方でもない。むしろお前たちヤマト族の敵じゃ! 我にとってはお前らは虫けら以下じゃ!」
顔を見合わせる竹井と牧野と相良。
低い木立の植え込みから立ち上がる川口。
竹井「(川口に)こりゃ! 危ない!」
木立から公園の中央付近に歩き出る川口。川口は強気で工藤を睨む。
川口「工藤さん。あんたはずっと俺たちを騙してた訳だ」
川口と栗栖を交互に見比べ、苦々しそうな表情をした途端、一気に西に向かって走り逃げ去る工藤。
川口「あんたが白き羊膜の者なら、あいつが赤き羊膜の者か?」
栗栖「ほぅ。よう知っておるな。お前は死者に選ばれた生きる者の長のようじゃな」
川口「死者にあなたと共に赤き羊膜の者を倒せと言われた」
栗栖「そうか。ではこっちに来い」
川口「何をする気だ?」
栗栖「我の目を見よ。……」
川口「(栗栖の目を睨み)信じろという意味か?」
栗栖「…… ほぅ。我が操りの術が効かんと見える。選ばれただけはある。これではあやつの術もおまえには効くまい。命は取らん。共に戦う者である証の契りを交わすだけじゃ。そうすればお前も特別となろう」
栗栖に近づく川口。
栗栖はいきなり川口にキスをする。顔をしかめて栗栖を突き離す川口。唇が切れて血が流れ出ている。
自分の唇についた川口の血を味わう様に舐めとる栗栖。
川口「噛んだのか……」
唇から流れ出た血を手で拭う川口。
栗栖「ほぉ。死者に選ばれた理由はそこか。ここまで来るのに糧にさせて貰ろうた者の身体の水は懐かしき者たちの匂いが薄かった。しかしお前の水は他の者より少し濃い」
川口「日本人の核遺伝子の約8割が弥生人由来。残りの約2割が縄文人由来という事と同じか?」
栗栖「我には縄文やら弥生の意味が良くは分からんが栗栖明恵の記憶ではおそらくそうじゃ。ヤマトの愚民の水がこの時代の者には多い。蝦夷である仲間たちの味が薄い。しかし、お前にはそれが他の者より濃く感じた」
川口「俺は北海道出身だから縄文人の血が濃いのかもな。縄文人であるエミシは渡来弥生人ヤマトによって南北に分断され追い詰められたと言う説がある。史実と言われている例としては紀元前6世紀頃から紀元後2世紀頃のいずれかにあったとされる神武東征や紀元後8世紀頃の坂上田村麻呂による蝦夷征伐が有名だな」
栗栖「そいつは知らん。お前はエミシの子孫か」
川口「ああ。だが現在では、みんなエミシの子孫であり、ヤマトの子孫でもある」
栗栖「以前の時も不思議に思うたが、とうとう濁った水となり果てたか……」
川口「そんな事より、あんたに聞きたい。どうやったらヒルコをなだめてイザナミの復活を止められる」
栗栖「我はそのような事の為にここに来たのではない。死者の国と生者の国が繋がらんとする時に、我ら兄妹は忌むべき地で召還される運命にある。元々我らはエミシに産まれたる双子。我は白き羊膜に包まれて、兄は赤き羊膜に包まれて、この世に生を成した者。しかしながら、我らは人の水に頼らなければ生きて行けぬ身だった。我らはヤマトのヒミコの鬼道により呪われて産まれた。兄は鬼道に囚われどちらの民関係なく水を吸いつくし続けた。我はヤマトの愚民共からのみ飲んだ。やがて対立し殺し合い、兄をこの手にかけたが、二人の命は二人で一つの物であった故、我も共に死んだ。それ以来、このような事があれば黄泉から呼び出されて戦い続けておる。それだけだ」
川口「じゃあ、ヒルコはなだめ止められないのか?」
栗栖「ヤマトの水の濃い者達の世界がどうなろうと我は構わぬ。我は兄を倒すまで」
川口「それでは共に戦えない! ヒルコはどこにいる!」
栗栖「愚問じゃ! お前は我と共に赤き羊膜の者を追い、倒すのじゃ!」
川口「断る! まず母親のイザナミの名を呼び続けるヒルコを止めてからだ!」
栗栖「ええぃ! 我の命が受けられないと申すか!」
川口「まずヒルコからだ! 時間がないんだ!」
稲光が二人を照らす。
高島が空を見上げながら木立から立ち上がる。
竹井「高島さん、危ないって」
高島「雨雲の一部が切れて、月が見える……」
雨雲の一部が切れて、血の色のように真っ赤に染まったほぼ満月に近い月が見えている。
栗栖「そこな愚民共。出てきてヒルコを掘れ。かなり深い所に埋まっておるが急げば間に合うじゃろう」
木立から立ち上がって姿を見せる竹井・牧野・相良。高島はまだ茫然と月を見ながら立ち尽くしている。
川口「ヒルコはどこに埋まっているんだ?」
栗栖「お前の足元じゃ。お前も気が付かんとは同族の水が濃ゆうても愚民か? (竹井たちに)我らは赤き羊膜の者を捜し仕留める。お前達はここを急ぎ掘るが良い」
風雨が一層激しくなり、雷が頻繁に近くに落ち始める。
川口「掘って見つけたらどうするんだ!」
栗栖「ヒルコを高く掲げよ。月に向かって。母が子を連れて行くだろう。おそらく……」
川口「おそらく?」
栗栖「我もこの世と黄泉が合わさる時を何度か経験はしたがヒルコ絡みは初めてじゃ。それにヒルコだのイザナミだのというものは我が生きていた時代でも古き神話でしかなかった。黄泉で初めてイザナギノミコト様は、本当の存在だった事を知ったのじゃ。しかし、そのやり方で間違いはなかろう」
川口「間違っていたら?」
栗栖「それまでの事じゃ。それにどちらにしてもここは黄泉に飲み込まれて再び平地となるじゃろう。(竹井に)もしもここに住もうておる多くのお前たちの同胞を助けたいなら、皆、この忌むべき地より出て行くが良い。でなければ皆、生きたまま黄泉に飲み込まれるぞ」
川口は竹井たちに頷く。
川口「(栗栖に)行こうか」
工藤の逃げた方向に走り出す川口と栗栖。
竹井「みんな、掘るもんを探して来い! ワシは応援を呼ぶ!」
ずぶ濡れになりながら、あっちこっちに走り出す牧野と相良。やや遅れて高島も月を気にしながら続く。
竹井はアテンザに乗り込むとエンジンを駆けて北に向けて走らせ出す。
■同・アテンザ内
運転しながら警察無線を掴む竹井。
竹井「こちら広島東署刑事課の竹井巡査部長。佐方上団地で大規模火災発生! あちこちに雷が落ちている。至急住民の避難の為、応援を求める。大至急だ!」
無線の向こうの男(57)「こちら廿日市署管轄区指令センター。避難とはどういった規模か?」
竹井「住民全員をこの団地から大至急で避難させてくれ! 一刻の猶予もない! とにかく大至急応援願う!」
無線の向こうの男「了解した。付近の車両と消防を回す」
無線の送話機を助手席に放り出す竹井。
目の前に前回の火事で炭の山と化した崩れた木々が見えてくる。
竹井はアテンザをそこに突っ込ませる。
■同・北側の火事現場
少し立っている燃えた木々もなぎ倒しながら、炭の山を疾走するアテンザ。どんどんバンパーなど部品が落ち、ヘッドライト等が割れる。
炭の山を越え木々の中に突っ込むアテンザ。
木でサイドミラーが飛ぶ。
太い木に激突して止まるアテンザ。
給油口レバーを引き、 開きにくくなった運転席側のドアを蹴り開けて降りてくる竹井は、上着を脱ぐと給油口のキャップを外して上着の袖を細くして給油口に突っ込む。
上着の袖から上がってくるガソリン。竹井はズボンのポケットからジッポを出すと上着のガソリンで濡れた部分に火をつける。火が燃え上がると同時に森林に向かって火の点いたジッポを投げ捨てて、団地側に走り出す。
爆発するアテンザ。
間一髪でアテンザの爆発に巻き込まれず、爆風を飛び伏せて避ける竹井。
■同・団地内
工藤の走って行った方に走って来る川口と栗栖。
アテンザの爆発音が響き、団地の端で立ち止まる川口と栗栖。
川口「何の音だ?」
栗栖「誰ぞが火祭りを始めたようじゃな」
川口「そう言えば、俺にも特別な力がついたと言ったな。何だ?」
栗栖「匂いを嗅ぐ力じゃ。我を匂え」
栗栖に顔を近づけて、その顔をしかめる川口。
川口「ひどい匂いだな」
栗栖「我らは人の中にある水を啜る故、その匂いがする」
川口「それにしても、赤い羊膜の者は、一体どこに消えたんだ?」
栗栖「我も雨と風で匂いが追えん。それにお前もひどく臭い。何の匂いだ」
川口「煙草と汗だ」
栗栖「獣の内臓を嗅ぐ方がマシだな」
川口「何と言われても俺は煙草は止めんぞ。ところでお前もあいつもその姿が本当の姿なのか?」
川口「いや、本来は朽ち果て腐り果てウジが湧いておる。じゃが、我らの牙にて水を吸い上げられた者の姿には変化出来る。(自分を見渡し)これは他の忌むべき地で生を捨てようと徘徊しておった娘の姿じゃ。そして我らに水を吸われた者の記憶は我らの内に宿る」
川口「本当の姿だけは見せないでくれ。という事は本物の工藤刑事は奴に襲われたんだな。それで刑事の記憶も持っていた訳か」
栗栖「いや、工藤とやらも襲われたには襲われたのじゃろうが、あの姿は以前戦った時に化けた奴の姿じゃ。恐らく本物の工藤とやらもどこかで死んでおろうが、そ奴とは風体は似ておらんじゃろうな」
川口「前って?」
栗栖「大正とか言った時代じゃ」
川口「結構近いな…… つまり奴は色々姿を変えられるんだな?」
栗栖「その者の水を吸っておればな」
川口「気を付けないと、もう大正の誰かさんの姿じゃなくなっているかもしれない。どうやって奴を倒すんだ!」
栗栖が胸元から木製の短剣を抜き出す。
栗栖「これが本物の原初となるアマノムラクモじゃ」
川口「アマノムラクモ…… 草薙の剣なのか? これが……」
栗栖「いくつかある。じゃが、八岐大蛇の尾より出でし物はこれじゃ」
川口「木で造られた剣だったのか……」
栗栖「これはお前に預けておこう。終わったら熱田に返しておいてくれ」
川口「どう使うんだ?」
栗栖「これはサンザシと言う木で出来ている。サンザシは神に作られし木だ。おそらくアマノムラクモもどこかで造られて八岐大蛇が飲み込んでいたのだろう。前からでも背中からでも良い。あ奴の心臓に突き刺せ」
川口「奴は一体どこに?」
栗栖「あ奴はヒルコに導かれて最後の生贄を探しているだろう」
川口「最後の生贄…… 後一人なのか? だとすると次はナではなくナミ…… 赤木奈美…… しかし彼女は高校に行っているはず…… いや、何故あいつは、彼女は高校にいるから自分が行くと言ったんだ? …… 目をそらす為だ! たしか高校は……」
ポケットからスマフォを取り出して操作する。
画面には『午前6時時点 広島県南部 大雨・洪水・暴風・雷警報』とある。
川口「たしか県内の高校は警報2つ出たら休校のはずだ。赤木奈美はここにいる!」
ポケットを探り、さっきのリストと地図を出す。
川口「とっさに持って出て来て正解だった。あっちだ!」
走り引き返す二人。パトカーや消防車のサイレンが段々と近づいている。
■同・中央公園
風雨の中、必死でシャベルを動かし穴を掘る牧野と相良。
牧野「竹井さんと高島さんはどこ行ったんだ?」
相良「これじゃあ、間に合わねぇ!」
パトカーや消防車・救急車のサイレンが近づいて来るが、その中にガタガタと言うキャタピラの音も近づいているのが聞こえる。
団地の出入り口のある方向、東を見る牧野と相良。
高島の運転するショベルカーが近づいて来る。
相良「高島さん、ナイス!」
二人の側で停まるショベルカー。
高島(運転席から)「来る時に、すぐ外の工事現場にこれがあったのを思い出してね」
牧野「運転で来たんですね」
高島「昔取った杵柄ってもんだ」
パトカーが一台、公園の側の道路で停まる。
牧野「早く! 住民を団地の外に!」
頷き拡声器の送話機を手に取る警官(48)。
警官「雷による火災が発生しました。規模が大きい為、火の元に注意して、早急に佐方小学校の体育館に避難してください。繰り返します……」
■同・団地内
団地のあちこちでパトカーが避難を呼びかけ、嵐の中、夕方の近づく各団地のアパートから次々と主婦や子供たちや年寄りが出て来る。
救急隊員A(29)「歩けない方はいませんか? 室内に寝たきりになっている方はいませんか? 動けない方は……」
■同・北西側森林
強い風に煽られ豪雨にも関わらず激しく燃える森林。
どんどん火の手が増し、燃え広がって行く。
■同・団地全景
団地のあちこちに雷が落ちて来ているのが見え、また、北西側だけでなくあらゆる所に火が回っているのが見える。
巨大な雷が落ちる。その雷の閃光の中に一瞬、人らしき影が見える。
再び巨大な雷が落ちる。その雷の閃光の中には一瞬、八つ首の蛇の影が見える。
■同・団地内
雨に濡れながら逃げまどう人々。誘導する警官と消防隊員たち。
避難する主婦(72・真上の方の一点を指さし)「あれは何ね?」
そこには雲から降りて来る漏斗状の渦巻きがある。
警官B(31)「あれは! 竜巻か?」
消防隊員B(45)「いかん! 火災と混ざると、火災旋風が起こるぞ!」
警官C(28)「みなさん、急いで! 早く!」
■同・別の団地内
パニックになり逃げまどう住人と必死で対応する警察官・消防隊員・救急隊員たち。
消防隊員C(42)「火災旋風が起こる可能性があります。パニックにならず、冷静に急ぎ非難してください!」
警官D(31)「(無線に)応援が必要です! 増員と大型搬送車両の出動を願います! 対処出来ません!」
■佐方上団地への坂道
工事現場や他の住宅前を急ぎながら列になって避難する人々。
彼らと反対方向の団地に向けて、パトカーや空の機動隊バスが次々やってくる。
■佐方上団地内
様々な緊急車両に急ぎ乗り込む逃げ遅れた住民たち。
満車になった緊急車両から順に団地の外に向けて発車する。
まだパニックになってる住民もいる。
残った住人に付き添い緊急車両に向かう警官や消防・救急の隊員たち。
警官E(57)「(無線に)手の空いた人員は早急に逃げ遅れている住民がいないか各棟をチェックしてくれ! チェックが終わったら至急我々も撤退する。佐方小学校で合流する事。以上!」
■同・別の団地内・アパート前
玄関は開いており、赤木奈美(17)が部屋の方に叫んでいる。
奈美「おじいちゃん! おばあちゃん! 早く!」
玄関から出て来る奈美の祖父(70)と祖母(66)と母親(41)。祖父は足が悪いらしい。そこに駆けつける川口と栗栖。
川口「大丈夫ですか? (祖父に)私につかまって!」
栗栖「(奈美に向かって)共に逃げるのじゃ!」
階段を降り始める川口たち。
■同・赤木家の入っているアパート
五階から川口たちが降りているのが見える。四階…… 三階と……
■同・赤木家のあるアパート出入り口
出入り口から出て来る川口たち。側にいた救急隊員B(32)が駆け寄って来て川口から赤木の祖父を受け取る。
前方からの風が強く、川口も栗栖も髪が後ろになびいている。
川口「非難は?」
救急隊員B「ほどんど終わりかけて、警官や消防隊員が全棟の確認作業を行っています。みなさんは救急車で外までお送りします」
側に来ていた救急車に祖父から先に乗り込み出す。
アパートの裏から煤と塵で汚れ雨で濡れたワイシャツ姿の竹井がふらつき現れる。
竹井の立てた物音に振り返る川口と栗栖。二人の髪が二人の前方に風でなびく。
川口「竹井さん!」
竹井「おおっ、川口さん。無事じゃったか」
川口「工藤を見ませんでしたか?」
竹井「いや、奴はどこにおるんじゃ?」
救急隊員B「火災旋風が発生する恐れがあります! 急いで!」
空を見上げる竹井。
漏斗状の雲が段々と近づいて来ている。
川口「赤木奈美は保護しました。奴の狙いは赤木奈美だったんですよ」
竹井「そうじゃったんか」
すぐ近くのアパートの上の階のガラスが割れ、そこから業火が吹き出す。
周りを見渡す川口。辺りのアパートのほとんどに火が回っている。
救急隊員B「急いで! (栗栖に)あんたも早く乗って!」
栗栖「我は退かん! まだここで行うことがある!」
救急隊員B「死ぬぞ! 早く乗って!」
栗栖「構わん! 先に行け!」
救急車には定員オーバー状態で、外に栗栖と救急隊員Bが立っている。
川口「竹井さんも早く! 先に行って!」
竹井を先に行かせる川口。救急車に向かう竹井。
竹井とすれ違いながら彼の方を見る川口の顔に正面から風が当たり、髪が後ろに吹き付けられる。
ハッとなり、いきなり険しい表情になる川口。
竹井が救急車まで後一メートルと言うところで足を止める。表情も無く立ち尽くす竹井を正面から回り込むカメラ。竹井の背中にもたれかかるようにして短剣を突き立てている川口。
川口、体重をかけて短剣を竹井の心臓へと背中に突き入れる。
川口「風上に立ったのがマズかったな……」
竹井の皮がずり落ち、ウジだらけでどろどろに腐り溶けた赤き羊膜の者の本性が現れ出す。
同時に栗栖の皮もずり落ち始める。
短剣を刺したまま、どろどろの赤き羊膜の者の肩越しに栗栖を見る川口。
顔の皮が何とかとどまっている顔半面で、川口に向かって良くやったとでも言うようにニヤリと笑う栗栖。
栗栖「案外、新しく混ざった種族も捨てた物ではなかったな」
驚愕のまなざしで三人を見る救急隊員Bと赤木一家。
川口(救急隊員Bに)「俺たちはいい! 逃げろ! 早く!」
救急隊員Bは我に返り、救急車の後ろのドアを閉めると運転席に向かう。
運転席に乗り込む救急隊員B。
無線の声(男性・56)「確認作業終了。死亡者1名。ミイラ化しています。全車早急に撤退して下さい。火災旋風の恐れが大であります。至急佐方小学校まで撤退してください」
サイレンを鳴らし発車する救急車が川口たちからどんどん離れて行く。
川口の前の竹井だった者と栗栖だった者がどろどろとウジのたかった腐肉を液状に変えて崩れ落ちて、最後はドロドロの液状となって地面に広がる。
短剣を刺したままの状態で立ち尽くすが、すぐに西の空に目を向ける。
雲の裂け目から赤い瞳のような月が山の向こうに沈みかけている。
短剣を腰のベルトに差し込むと中央公園に向かって走り出す川口。
■同・中央公園
最後の救急車が公園の横を東に向かって走って行く。
ショベルカーを操る高島。幅5メートル位で深さ3メートル位の穴の底は雨で泥状態となっており、牧野と相良はそこに降りる斜面を掘り終え、泥をシャベルですくい斜面の足場を確保している。
牧野「(月を見て)もう時間がない!」
穴の横には掘り返された土が山のようになっている。
穴の底の方を覗いた相良が叫ぶ。
相良「何かある! 古い壺みたいだ!」
牧野も泥の川の様になった斜面から穴の中を見て高島に向かって両手を振りストップを指示する。
ショベルカーがショベルを持ち上げて止まる。
そこに走って来る川口。
穴に下りる牧野と相良。まだ半分埋まった壺らしき物の周りをさらに手で土をかき壺を泥水の中から引き上げる。
蓋に両側から手をかけて力を入れる牧野と相良。開かない。
息を切らせながら川口も穴に下りる。
川口「(相良に)これ持っててくれ」
アマノムラクモを相良に渡す川口。
相良「これは?」
川口「(蓋に手をかけて力を入れながら)くさなぎぃのぉつるぎぃ~!」
少しずつ蓋が動く。
相良「草薙の剣? これが?」
とりあえず短剣を腰のベルトに差す相良。
力をいれて力む川口。いきなり蓋が外れ勢いで後ろに転ぶ川口。
壺の蓋が開いたと同時に大音量でボーイソプラノの悲しげな歌が聞こえ始める。
壺の中を覗いて後ろに飛び退く牧野。あわてて耳をふさぐ。
起き上がった川口が壺の中を見る。手足も耳も目も髪もない赤子が、唯一ある大きな口で歌っている。
川口「(相良に向かってデミオの鍵を渡し大声で)二人で先に行って俺の車に乗り込んでUターンさせといてくれ! 後で行く!」
頷く相良も肩と片手で耳をふさぎ、牧野に上に上がるように開いた手で合図する。
穴の上に向けて傾斜を登り出す牧野と相良。
何とかデミオに近づこうとする相良は泥に足を取られて転倒し、その際にベルトに差した木の短剣がスルりと泥と化した地面に落ちて埋まる。
慌てて泥の中を探る相良。
何とか牧野と高島はデミオにたどり着き相良を呼ぶ。
相良は諦めてデミオに向かう。
川口は意を決したように壺に手を差し込んでヒルコを抱きあげる。
そして川口も傾斜をヒルコを抱き抱えて登る。
ポケットからデミオのキーを出し鍵を開ける相良。
デミオに乗り込みエンジンを駆ける相良。助手席に牧野が、後部座席に高島が乗り込む。三人共泥だらけでびしょ濡れになっている。
発進してUターンし始めるデミオ。
穴から川口が出て来て月を見る。
月はすでに山に半分隠れかけている。
風雨の中で燃えているアパート群。
川口はヒルコを持ち直すと月に向かってかがけ上げる。
川口「イザナミよぉ~! お前の子だぁ~!」
真っ赤だった月が穴のように真っ黒にどんどん変化していく。
穴と化した月の遥か向こうから巨大で異様な長い髪の者が急速に接近し、ついに月の穴から飛び出してくる。
さらに川口まで2メートルという所までやってくるイザナミ。宙に浮いている。
3メートルはあろうかというイザナミは、ざんばら髪で腐り果てウジがたかった顔を川口に近づける。
川口「分かるかぁ~! ヒルコがお前を呼ぶ歌がぁ~! 聞こえるかぁ~!」
イザナミは宙に浮いたまま、後ろに上体を一度引き、その勢いで川口の眼前に顔を突きだし大声で叫ぶ!
イザナミ「ぐぉぉぉぉぉ!!」
イザナミは片手でヒルコを川口からかすめ取ると一気に月に向かって飛び去る。
月に吸い込まれるイザナミ。
月の色が元の普通の月の色に変わるがその周辺だけ雲がないまま。
こうこうと輝きながら山に沈む月。
その光景を呆然と見ている川口。
はげしい地震が起こる。立っていられない川口。
デミオの開け放たれた後部ドアから高島が叫ぶ。
高島「川口ぃぃぃ! 急げぇぇぇ!」
いきなり雲の漏斗状に突き出した部分が伸びて地上に到達し竜巻となる。それが近くの火の点いたアパート群を飲み込み火災旋風と変わる。
高島「急げぇぇぇ!」
揺れに耐えながら必死でデミオまで転げながらも地震の中を進む川口。
高島「がんばるんだぁぁぁ! 川口ぃぃぃ!」
迫る火災旋風。火災旋風の周りの空間が歪みだしている。
必死でデミオに向かう川口。
高島「飲み込まれるぞぉぉぉ! 急げぇぇぇ!」
何とかデミオにたどり着いた川口を、後部座席の高島が強引に引き入れる。後部ドアがまだ閉まりかけのまま発進するデミオ。
■同・出入り口に向かうデミオ車内
川口は何とか後部ドアを閉め、車内から後ろを確認する。
後ろの窓から空間を歪めながらデミオを追ってくるように迫る火災旋風が見える。団地内の他の至る所にも火災旋風がいくつも出来ているのが見える。
地震で激しく揺れるデミオ車内。
どんどんと火災旋風が一つにまとまり始めている。
■同・デミオ周辺
デミオを追うような火災旋風は巨大化し佐方上団地全体を包み込みそうな勢いになっている。
その端がどんどんデミオに迫る。
巨大な火と風の球から何本もの雷が四方八方に飛び始める。
■同・デミオ車内
出入り口が見える。その前の道やアパートに雷が落ちて火花が飛び散る。
相良「戦場だぁ~!」
雷に打たれた部分が破損してあちこちに火花と共に飛び散っている。
その中の一つのコンクリートの破片がデミオのフロントガラスに当たり蜘蛛の巣状に割れる。コンクリート片はその蜘蛛の巣状に割れたフロントガラスの中央に刺さっている。
目の前のコンクリートの破片を見て、ゴクリと息を飲む相良。
後ろを見る川口と高島。
高島「このままじゃ、追いつかれる!」
牧野「もっとスピードは出ないのか!」
相良「一杯ですぅ!」
■同・デミオ外
巨大な風と火と雷の円柱がデミオの後部バンパーに触れる。吹き飛ぶバンパー。しかしそれが幸いしてデミオは出入り口の外にはじき出される。
宙を飛び、落ちて地面を転がるデミオ。縦に3転4転してやっと止まる。
割れたフロントガラスやリアウィンドウから這い出す川口と高島・牧野・相良。みんな傷だらけであちこちから血が出ている。
佐方上団地の方向を見る4人。
団地全体が風と火と雷の火災旋風で覆われている。グルグルと4人の前で回り続ける巨大火災旋風。
いきなり火災旋風が収縮し中央公園のあった辺りに吸い込まれる。
雨もやみ雲が晴れてくる。西の日差しが雲の間からまるで天使の通り道のように筋を作って地面に降り注ぐ。そしてその地面には佐方上団地は跡形もなく、ただの広大な空き地が広がっている。
生き残った川口と高島・牧野・相良は満身創痍でただ茫然と西日に照らされた広い空地となった忌み地を見ている。
■広島県警広島東警察署・刑事課
応接ソファに座る川口と高島。
二人にお茶を持ってくる相良がそのお茶を配っていると、牧野がやって来て二人の対面に座る。
続いて相良も座る。4人とも絆創膏や包帯だらけだが、身なりだけは新しい物に着替えている。
牧野「昨日のあれは何だったんでしょうね? まだ信じられません」
高島「私も詳しい事は知りません」
牧野「私も相良も竹井さんに呼ばれて当日現場に行ったもんで、簡単な説明しか受けてなくて報告書が書けないんですよ」
川口「本物の工藤刑事のご遺体は?」
牧野「まだこれからですが、見つからんと思います。一体どこで入れ替わったのかも分かりませんし。あっ、これ」
ファイルから写真のコピーを取り出す牧野。川口と高島の前に置く。
牧野「これが本当の工藤です。今朝以前の赴任先から送って貰いました」
高島「別人だな……」
牧野「ですね。二年間も気が付かず騙されていたなんて……」
高島「人を操る能力もあったとか……」
少し離れた所に来ていた制服警官の垰裕樹巡査(29)が牧野に声をかける。
垰「牧野ぉ~ 頼まれてた資料、机の上に置いておくぞ~」
牧野「(垰に)おぅ~ よろしく~」
立ち上がって窓の外を眺め始める川口。
牧野「そんな訳で川口さんが一番お詳しいでしょうから、お話を聞かせて頂ければと……」
黙ったままじっと窓の外を見ている川口。
牧野「えっと、川口さん?」
高島「ん? 川口? どうした?」
振り返る川口。ニコニコと笑っている。
相良「もう川口さんたらぁ~ 人が悪いですよぉ~」
ニコニコしながら、牧野の後ろに歩いて行く川口。
いきなり牧野の首に左腕を回し右腕で自分の左腕を押さえて絞め上げ始める川口。
苦しそうにもがく牧野。
高島「何してるんだ川口!」
相良「どうしたんですかっ!」
牧野を絞め上げながら顔だけ相良に向ける川口。ニコニコと笑っている。
慌てて高島と相良が川口の背後に回り、牧野から川口を振りほどこうとするがビクともしない。
騒然とする刑事課内。
垰が銃を抜いて川口に向ける。
垰「離さないと発砲するぞ」
他の刑事(48)「垰っ! 何をやってる!」
垰が見ている銃の照準の前には牧野の首に巻きついた巨大なセグロウミヘビが見える。
垰「相良とそこの人、撃つから牧野と蛇からどいて!」
他の刑事「やめろ! 垰! 発砲するな!」
相良「蛇って何だ? 垰さん!」
垰「牧野の首に大蛇が巻きついてるのが見えんのか! 相良!」
照準の向こうの巨大なセグロウミヘビがどんどん牧野の首を絞めている。
高島「川口! やめないかっ!」
他の刑事「垰! 銃を降ろせ!」
相良「川口さん! どうしたんです!」
牧野の首を絞めながらニコニコ顔を後ろの相良に向ける川口。首が反対に向き川口の首の骨が折れる音がする。
川口「歌が聞こえる……」
もがく牧野がばたつかせていた手足の動きが止まり、首の骨が折れる音がする。牧野の手足が小刻みに痙攣する。
川口「綺麗な歌が聞こえる…… 」
垰の指に力が入り引き金を引く。
銃口(正面)が火を噴く。バン!
ブラックアウト。
■エンドロール
了
今回も稚拙な脚本を読んで頂き、誠にありがとうございますm(_ _)m
前作UPしてから脅威のスピードで完成しましたm(_ _)m
1作目は伝奇アクション。2作目は実はSFだったというスパイ物的なアクション。3作目はライフワークにしていたヒューマンドラマ。そして今作復帰4作目はホラーでございますよ~
舞台は広島。ウチは今後もずっと広島を舞台にした物を書き続けようと思ってます。
さて、今回いくつか上がっている構想の中からホラーを選んだのには訳があります。
実は、クライアントから次に仕上げて欲しいと依頼されたプロットがホラータッチのヒューマンドラマなんですよ。ホラーは大好きですが、自分では書いた事がなかったんですね。そのプロットの第一稿がボツになってしまって第二稿となったんですが、前回はポップな感じにしてしまい、今回ではホラー要素を強くと要望された訳です。
そこで練習も兼ねてと言う事で、構想ナンバー(S№)0016と、いきなり間の構想を吹っ飛ばしてこれを先行させました(^^;)
でも、つくづく思ったんですが、結局最後はパニック物的になっちゃうんですね~ 派手好きという訳ではないのですが(^^;)
今回書いてて楽しかったのは、大量に伏線を仕込んだ事ですね。それの回収が楽しかった。だけどまた覚えておかないといけないので大変でもありました。あれ? 容疑者何人だっけ? とか……
実はこの「歌が聞こえる」は、続編やります。伏線のいくつかをワザと回収してません。この事件はここで終わってなかったのですよ。これは忌み地が持つ恐ろしさの序章でしかありません。
(大風呂敷引いたぞ! 大丈夫か!)
実は、忌み地を舞台にした物はいつか書きたいと思ってました。
ウチの実家の側にある忌み地で小さい頃遊んでたら、良くお年寄りに叱られました。たしかに森林の中にぽっかりと草木の生えない広大な空き地があるのは、今にして思えば変でしたが、お年寄りに何故あそこは忌み地なの? と聞いても行ってはいけないと言われるだけで教えてくれなかったですね。
その内、そこが忌み地だと言う事を知る人もいなくなって来てたんで、いつか書いて残したいと……
後、蛇の池伝承は本当にあります。ただし続きの部分はフィクションですが。蛇の池の八岐大蛇伝承だけは本当です。
今回はウチのトレードマークの黒猫は出しませんでした。ホラーに黒猫出すと陳腐になる気がしたので……
過去の3作含め、本作もですが、ストーリーは現実と虚構(事実や本物とフィクション)を混ぜ合わせるのが良いと思ってます。そうする事でリアリティが出ますし。なので背景やシークエンスの一部が実際に起こった事や体験した事(今回で言えば蛇の池伝承や忌み地についての体験)の周りにフィクションで盛るという手法でやってます。
さて、今回の栗栖と工藤の関係も実はスロベニアやイストリアのスラブ系民族に伝わる吸血鬼伝説を下敷きにしています。赤い羊膜に包まれて生まれる吸血鬼と白い羊膜に包まれて生まれる吸血鬼ハンターの伝承です。
赤い羊膜に包まれて生まれる吸血鬼をクドラクと言い、白い羊膜に包まれて生まれる吸血鬼ハンターをクルースニクと言います。クドラク=工藤、クルースニク=栗栖としてました(^^;)
クドラクを倒すにはセイヨウサンザシの杭で心臓を貫かねばなりません。故に工藤はサンザシで作られたアマノムラクモで刺されたって事ですね。いや、刺されたのは工藤じゃなく竹井ですが……
忌み地と伝承と日本神話とクルースニク伝承を下敷きにしたのが今作ですが、続編は忌み地本来の謎にせまります。だけど謎は全部解かない方針です。謎は謎のままで放置するのが良いと思うのですね。
最近のホラーの悪い所は、何でも謎を全て解決する事だと思います。謎は謎のままで残す。これを楽しむ事をウチは勝手に「カワグチイズム」と呼んでます。
川口隊長が人類で初めて入る洞窟があって、その隊長が入る姿を洞窟の奥からカメラが撮影してる。って、最初に入ったんはカメラマンじゃんかっ! てな感じで、最後はうやむやで謎は謎のまま。何でも解明するより面白いし怖いと思うんです。例えばアポロ11号の月面着陸船が月面に着陸するのを外から撮った映像が残ってたとします。アームストロング船長の1歩の前にカメラがいる。でもその謎には誰も答えない。うやむや。そんなのがあったら面白いじゃないですか(^^)
大体、超常現象やオカルトやUFOやUMAなんかがですね、全部謎解かれた日にゃ、面白くないでしょ? 陰謀かなぁ~とかネッシーはいる、いやいないとか、そんな事を話してる時が面白いでしょ?
謎が解けて、例えそれがどれほどショッキングでその時は盛り上がっても、謎が解けた物はすぐ興奮が冷めてしまう。ああ、なんてもったいない!
カワグチイズムヽ(゜▽゜*)乂(*゜▽゜)ノ バンザーイ♪
という訳で、今回の主役は川口という名前になりましたwww
続編では、主人公は相良です。それに垰が絡みます。だからかぁ~ なんで二人共チョイ役なのにフルネーム表記だったのか分かったわ~って言う方、好きです。
今回は新しい試みをやってます。本来脚本ではあってはならない曖昧な抽象表現を入れてみました。例えるなら「ここから先は美術スタッフさんの仕事。ここから先は大道具さんの仕事。他のスタッフさんの仕事は荒さない」を誇大解釈して、そこは想像してやってみてくださいという丸投げな書き方が随所にあります。つまり読者の皆様の想像力が頼りです。小説的表現を取り入れた脚本って感じですね。
次回作は本格SFを予定しています。その次はパスト・シールズの続編か、コメディ初挑戦か、ハードボイルド探偵物か、脚本家VSシリアルキラー物か…… 候補は色々あってまだ決めてません。ですが次回作の本格SF「Aoi5(仮題)」は製作決定です。
ちなみに「Aoi5」って書き方は大好きな007映画の次回作の題名がまだ発表される前に、例えば2019年末公開の新作は「Bond25」と表記されるあれのパクリです( ゜Д゜)b
ただ毎月1作UP予定ではありますが、「Aoi5」の前にマジ仕事のプロットを上げようと思ってますので、1~2か月遅れます。次回作「Aoi5」は6月か7月UPになります。
ご了承くださいませm(_ _)m
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しかし、ちゃんと書けたらチェックしてるつもりなんです。
誤字脱字のチェックや加筆・削除・校正してるんですよ(^^;)
なのにUPしたら誤字脱字残ってるは、シーンとシーンの間行抜けてるだけならまだしも■で区切ったシーン名も書き忘れてるし、その他もろもろ……
そんなところを発見しても、生暖かい目で「ああ、見落としてるなぁ」って、想像力で補って下さいませm(_ _)m
私はボケているので、皆様の想像力が頼りです(^^;)
尚、第一稿と題名の後に書かれているのは、第一稿だからで完成形ではないという事です。
本来脚本は何度も書き直し練り直して完成稿にする訳ですが、多くの方との打ち合わせがあってこその第二稿~完成稿ですから、私が一人でやれるのは第一稿までなんですね。
つまりそれ以降は多くの指摘やご意見を参考に作らなくてはならないのです。もちろん書くのは脚本家ですが、第一稿と完成稿を見比べるとまったく違った物になるのが普通ですね。
しかも完成稿であっても撮影現場のキャスト様やスタッフ様の意見でその場で変わる事も。
脚本とは小説と違って部品なんですね(^^)
また題名の横についている「ARナンバー」は復帰後書いた作品順のナンバーです。
「S№」は構想した順番のナンバーですね。
1作書く間に数作の構想が浮かぶので全部は書ききれませんが(^^;)
今のように好きに書けてる内が華。
プロの方になると上からのお達しに沿って書かなきゃならないから好きには書けない。
製作会社様や監督やスポンサーの意向もあるし、予算・時間等の制約もある。
嫌な物や書いた経験のないジャンルであろうがプロは書かなきゃならない。
(実は学生時代は純文系専門だったので、復帰第1作目・2作目のようなホラーアクションやSFアクションなどは書いた事なかったんですけど、これから様々なジャンルに挑戦して自分のスキルを上げて行く所存であります)
素人だから好きに書ける訳で、今が私の華の時期www
と言う訳で、読んで頂いた皆様、本当に稚拙な物に時間を割いて頂き感謝の言葉もありません。ありがとうございました。
そしてほぼ寝たきり老人の私に生きがいをくれた岡へ。
ありがとう。