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嫁とルンバの生存競争

作者: 抹茶プリンあずき抜き

 長年付き合っていた彼女と結婚して数年になる。

 彼女は可愛くて、優しくて、どうしようもないところもあるけど、そこもまた愛くるしい、俺の大事な嫁だ。


 彼女と出会ったのはおれが大学生の時だ。

 家電製品店でバイトしていた頃、客の家に訪問して機械の修理や設置をやっていた。

 機械の修理のために訪問した家が彼女の家で、その時が初対面だった。

 彼女の機械音痴はひどいもので、買ったばかりの家電製品を壊してしまうというありさま。使い方がわからないという理由で電話をかけてくることも度々あったらしい。

「洗濯機が動かないとか」

「そろそろご臨終しそうで、なんとかならないですか」

 機械に神様も仏様もいない。そんな心の叫びをお客様相手に言うわけにもいかず、その洗濯機のところまで案内してもらった。

 洗濯機にはいろんな種類があるが、中には布団など大きなものを洗濯できないものなどがある。事前の説明では彼女の洗濯機はそのタイプなのだが、どういうことか布団が突っ込まれて動けなくなっている。

「これは?」

「布団洗おうとしたら動かなくなっちゃって」

「当たり前だ!」

 ついつい怒鳴ってしまうあたり、おれは阿呆な未熟者だ。

 だが、布団を圧縮して放り込めば洗濯できる、なんて言い訳は音痴どころの話でない。

 洗濯機の繊細さの教えを説くのと、店に戻って洗濯機を選ばせたことだけでその日が終わった。


 後日、選んでもらった洗濯機の設置と、具体的な使用方法の説明のために彼女の家に訪れた。

 昨日のおれの説教じみた態度に嫌気をさしたのか、心なしかそっけない態度をとられた。

 だが、おれの説明をしっかり聞いてくれるだけこちらとしては助かる。

 一応素直で実直な一面もあり、ちゃんと分からないところは分からないと言う。面倒くさいまま放置されるよりかはこっちの方がおれの性に会っている。

 しかし、おれが根気よく説明しても、機械の精緻の素晴らしさと有難さが分からないようで本当に手を焼かされた。

 彼女の機械音痴はどうにかならないものか。そう思い悩みながら、彼女の質問に答え続けた。

「では、これで失礼します」

 機械の設置も終えて、説明すべきところも説明し終えた。これでおれの仕事は終わった、と一安心したものの。

「あの・・・もし壊れちゃったら、修理しに来てくれますか?」

 壊れることが前提なのか。ため息を吐きそうになったが、営業スマイルで業務を遂行する。

「はい、わが社は24時間お客様のお電話をお待ちしております。」

 彼女は不機嫌そうに頬を膨らませたのを最後に、その日の俺の仕事はほとんどすべてかたが付いた。


 それからというもの、彼女が頻繁に店に来るようになった。おすすめの家電はなんだとか、機械の微妙な違いなど色々と聞いてきた。そのうち勝手に世間話や身の上話をするようになり、彼女がおれと同い年の大学生だというのも、その時初めて知った。

 個人的に機械を見て行ってほしいという名目で、たまに家に呼びつけることもある。独り暮らしの女性が見知らぬ男を家に呼び込むのはどうかと思うが、彼女はそんなことを気にしていないそうだ。

 前に直した洗濯機は元気に働いており、おれは満足して機嫌がよくなった。どうだといわんばかりに胸を張る彼女も、上機嫌でいろんなことを話しかけてくる。

 こんなのも悪くないなと、そんな日がくるとは思ってもいなかった。


 店の外で会うことも多くなった頃、おれは思い切って尋ねてみた。

「なぁ、俺の家に来てみないか。その、見せたいものもあるし」

 彼女はよろこんで承諾し、俺の家に来てくれた。

 家電を紹介したいから、なんて堅苦しいことをするつもりはなかったが、自分の話せることは家電のことぐらいしかなかった。要は初めて女性を家に招き入れたことに緊張していたのだ。

 いろんな家電の事を話しているうちに、彼女がある家電に目を止めた。

「わぁ、これ可愛い!ねぇ、これなんていう家電なの?」

 彼女はそいつを胸に抱えて、はしゃいでいた。

 なんともない、ただのロボット掃除機だ。忙しい家庭のために実用性を突き詰めて実現された代物だ。

 彼女の家電への関心は素直にうれしかったが、おれは彼女が面白そうなものを見つけた時の表情にくぎ付けになっていた。

 そういえば、初めて会った時もそうだった。彼女の困り果てたような時も、分かった時とわからない時の顔の表情も、手に取るようにわかって、見ていて面白かった。気付いていなかっただけで、きっと彼女はおれが気付かない時でも、こんな面白可笑しい顔をしているのだろう。

 ただ純粋に、彼女をじっと見ていたい。そう思ってしまった。

「ルンバっていうんだ。おれのお気に入りの一つだ。」

「へぇ~、ルンバかぁ。面白い名前だね!」

「・・・△△、おれはお前のような素敵な女性に出会えてすごく幸せに思う。俺でよければ、付き合ってくれないか」

 彼女は、驚いたような顔で俺の顔をマジマジと見つめた。そしたら、

「え、私たちって付き合っていたんじゃないの?それで私を家に連れてきてくれたんじゃないの?」

 おれは腹を抱えて笑った。



 そんな幸せの瞬間の記憶がフラッシュバックしているとき、目の前では△△とルンバが追いかけっこしていた。彼女がルンバを追いかけている格好だが、もちろんルンバに追いかけっこの機能なんてない。

 ようやく捕まえたと思ったら、ゴキもびっくりするぐらいの速さで足元をドリブルして逃げていった。

―どうしてこうなった………

 とにかくこの場を治めないといけない。見られたくない部屋までルンバが侵入してしまったら、彼女まで入ってきてしまう。それだけは避けたい。

 おれは半狂乱になっている△△を必死に思いとどまらせて、ルンバのリモコンと本体を探して電源を切った。正体不明の異常の確認をしようとしたが、怒り心頭の嫁が恐ろしい顔でこっちを睨んでくるもんだから、しぶしぶ嫁の話を聞くことにした。



 嫁とルンバの生存競争の、事のあらすじを…



 私が付き合っていた彼と結婚して数年になる。

 初めて彼と会ったのはお互い大学生の時。

 色々と便利になったこのご時世、機械音痴の私は簡単なことで苦労して、家電屋さんにいろいろとお世話になった。洗濯機が壊れた時も、馴染みの番号をおぼつかない片手操作で入力して電話をかけた。その修理の時に出会ったのが彼だ。

 当時の私は機械音痴だったけど、付き合って数年経てば大体のことはわかってくる。それでも間違えちゃうことはあるけど、彼はなんだかんだ言って許してくれる。

 初めて出会った時も、私が勘違いしていたとときに告白してくれた時も、いまの生活を送れるこの瞬間も、彼は私を愛しているし、私も彼を愛している。


「ん、どうした?」

「ん~、別に」

 同居して数年たって、ようやく生活も安定してきた。

 彼はバイトしていた時の家電屋さんの本社に就職して、私は彼を支える役割を担っている。

 私たちはお互いを理解して、お互いを支えて、いい関係になっている。大いに結構のはずなんだけど、最近眉をひそめたくなるような出来事がある。

 夜な夜な、変な機械の音が聞こえるのだ。ジャーでも、ゴーでもなく、フィーンという軽快な音、なんとも機械らしくない音だ。私の知る限り、そのような音の出る機械はこの家にないはず。

 私が、

「夜中に何をしているの?」

 と聞いても

「いや、なにも」

 とそっけなく答えるだけ。

 彼が機械を使っているのはまず間違いない。

 問題は、彼が何を、どのように、なぜこの時間に、しかも私に何も言わずに使っているのかということだ。

 彼は私に対して甘々だが、普段はまじめで隠し事するのが苦手なタイプだ。

ー彼はいったい何をしているのか?

 それをつきとめるために、しばらくの間張り込みをすることにした。

 自分でも少し気味の悪いことをしているとは思うけど、これもすべては彼への愛のため。必ずやその真相を解き明かして、彼との距離を一歩でも近づけてみせる!


 そして、その相手がルンバだと知った時、私は彼をとられた、というよりはこの小型で万能だともてはやされているこの生意気な掃除機風情に嫉妬した。

 嫁であるこの私が、家事をすべてこなせなくてどうする。機械に負けている私もそうだが、私に頼ってくれない彼にも後でお仕置きが必要のようだ。

 最初は嫌がらせのつもりで、こいつを狭い机の上においてぐるぐると同じところを掃除させた。しかし、いつの間にか床に降りていて、元の自分の居所に収まっていた。

 ムキになった私は、こいつをさかさまの状態で放置してやった。すると今度は、さかさまになってしまった時に発動する、緊急用の自動回転装置を使って起き上がってしまったではないか。

 ついにキレタ私は、ガムテでぐるぐる巻きにしてやろうとしたが、こいつは私を敵と認識したらしく、私が追いかけると掃除するときののろさを忘れるような素早さで逃げ切ってしまう。

 ネズミもびっくりするほどの逃げ足だ。

 私はルンバを追いかけるのに夢中で、彼が帰ってきたことにまったく気がつかなかった。



 以上、私とルンバの生存競争の序章なのであった



 あらすじを聞いて、すごく気まずい雰囲気になった両者の耳には、空気清浄器のさわやかな音が響いた。

ーやっちまったなぁ………

 おれは後悔の念が尽きなかった。

 自身のとる行動で彼女がどう思うかをくみ取ってやれなかった。忙しかったとはいえ、彼女に迷惑をかけたのは間違いない。

 おれは頭をさげ、彼女に深く詫びた。

「だまっていて、ごめん」

 彼女はまだ怒っている様子だったが、どうやら冷静さをとり戻しているようだ。

「………謝る前に教えて、どうしてなの?」

 おれはかいつまんで説明した。

 ルンバの性能の向上のために、昼夜問わず研究していたこと。

 研究に成功すれば、昇進も給料も良い兆しを見せるだろうということ。

 そうしてゆくゆくは、時間的余裕も取れて、もっと幸せな時間を一緒に過ごせるかもしれないということ。

 彼女はずっと赤い顔で聞きながらも、俺の言葉に少しずつ緊張をほぐしていったようだ。一通り説明すると、彼女は元の穏やかな顔つきに戻っていた。あふれ出てくる涙を、彼女は細い指で拭った。

「………ありがとう」

 彼女はうつむきながら、涙を浮かべながら、おれにそう言った。

ーバカだな、それはおれのセリフだろうに………


 その後、おれと△△は仲直りし、今まで以上に幸せな日常生活を送るようになった。

 彼女は普段ルンバがしていてくれていた床掃除をやってくれるようになり、家事が増えて一層忙しくなった。大変だが充実していると、彼女は言っていたが、少し顔に疲れが残っているように見えた。

 今度甘いケーキでも買ってこよう。そして彼女の入れる紅茶と一緒に楽しむのだ。おれは、彼女の抱えている悩みに気付いてやれることもなく、そんなのんきなことを考えていた。



 そうして、嫁とルンバの生存競争が幕を閉じた………そう思っていたのに



 私とルンバの生存競争で勝利した私は、今まで以上に充実した毎日を過ごしている。私は掃き掃除と床拭きを兼任することとなり、彼は私のことをまた一段と信用してくれるようになった。

 私たちの絆はさらに深まり、新たな幸せな日常が始まる………はずなのだが

ーなんだかなぁ

 ここ最近、なぜかよくため息がでてしまう。疲れなどではなく、決まって床掃除をするときに出てしまう。

 ただの肩こりにしては、鈍痛の襲われると言うわけでもない。原因がわからなく、それでも手を休まずに床を拭いていると、隙間に埃がたまってきていることに気付いた。

ーあぁ、しまったなぁ。でも、どうして、こんなところ見逃していたんだろう?いつもだったらきれいなのに………

いつもだったら?いつもどうやって掃除していた?

そして、ルンバがそこにいないことにようやく気が付いた。


ールンバの音が聞こえない


 ルンバは私から彼を奪うほどの性能があっただけでなく、私のできないところまで掃除をすることが出来る、そういう強い性能があったのだ。

ーあいつ………やっぱりすごいヤツなんだなぁ

 ルンバは粗大ごみの日を前に箱に詰められて、いまは物置のところに放置されている。

 箱を開けてみると、黙ったまま動かないルンバがそこにいた。

ーそういえば、こいつの思い出にはいやなものだけではなかったな………

 私は子機を片手に、修理の問い合わせの電話番号をなぞった。

「………別に、あんたに戻ってきてほしいとか、そういうことじゃないから。あんたは私の肥やしとなるべく、元の姿に戻るだけだから」



 私とルンバの生存競争は、まだ、始まったばかりだ



 それにしても驚いた。彼女がおれに黙ってルンバを修理に出していたなんて。

 理由を聞いてみると、ルンバから学ぶことがある、だから元に戻してこいつを利用してやろう、ということらしい。

 彼女の抱えていた悩みも、そのさらに先まで考えていたことも、すべてが彼女の新しい一面だということに気付いて、おれは素直にうれしかった。

 だから、余計頑張らねばならない、早くこの堂々巡りを終わらせなければ………

ーなぁ、ダイソン。お前もそう思うだろう?

 ダイソンの軽快な音が、答えているように聞こえた。

 ルンバはもちろんその性能は良かったが、少し長く使いすぎたようで、ここ最近劣化が目立ってきた。床掃除をルンバに頼り切ってしまっていたこともあり、最新の床掃除用の掃除機にあまり目を向けていなかった。何かいいものはないかと、いろんな家電を見て回ってみた。

 そして出会ってしまったのだ。こルンバよりも効率性を高めた、ダイソンという素晴らしいこの掃除機に。

 おれは、ルンバの活動時間を昼だけにして、夜は自分でダイソンを使って床を掃除した。

 床の隙間に埃がたまっていたのは、先日の件があって以来、ダイソンを使うのを控えていたからだ。

 それだけに、ダイソンとの性能差は歴然としていた。すでに、時代はダイソンのものだったのだ。ルンバが引退して、そのまま消えるかと思ったが、また帰ってきてしまった。

ー彼女はぼくが支える

 もはや時代遅れのルンバではなく、ダイソンなのだ



 嫁とルンバの生存競争はまだ終わりそうにもない

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