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忘却の勇者  作者: 服部 忍
深い眠りの後に
5/5

無力な人

 全身黒づくめで赤目の男がこちらを見てケタケタと笑う。


 ——やめろ!その笑顔をこっちに向けるな!


「オドネルさん・・・ここまで来て残念デスねぇ」


 瘦せぎすの体で袖のデカイ服を着ているせいでより一層貧弱に見える。が、マナの量はそうは言わない。見た目に反して彼はとてつもなく膨大な量のマナを秘めている。


「うるさい」とこちらも反撃に移ろうとするが、声が出ない。それどころか全身が自分のものではないような感覚に陥る。自分の意識だけが入り込んでいて、体だけは別のもののようだ。


 ——その薄汚い手をこっちに向けるな!


「これでおしまいデスよ。約束通りにしてあげるデスよ」


 そして最期の瞬間彼はなぜかこう思う。


 ——ごめんな。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 ハッと目覚めた彼は全身に汗をかいていたせいで寝ていた布団が濡れていた。窓から差し込む太陽の光が少しばかり眩しい。何か夢を見ていたような気もするがすっかり忘れてしまっていた。


 クロはまだ眠い目を擦りながら、ゲンゾウ宅のリビングへと足を運ぶ。同部屋だったゲンゾウとオルザがいなかったのでおそらくもうみんな起きているのだろう。


「おはよう」


 ドアを開けると同時に朝の挨拶をする。口を大きく開けてあくびをしながら。


「おはようございます!眠そうですね!」


 アテナの元気な声で鼓膜が揺れる。そのおかげで頭が幾分かハッキリしてきた。周りを見渡すとみんな起きて食事の準備がなされている。——どうやら一番最後まで眠っていたようだ。


「起きたかの、クロ」


「おはよう、ノア爺!」


 ノア爺はその柔和な表情を崩す事なく続けた。


「朝食食ったら特訓じゃ」


「——え?」


「この前のオルザとの戦いでわかったが、お主はその膨大な量のマナを扱い切れてないようじゃ。——だから、わしがみっちり教え込む。戦いに行くのはそのあとじゃ!」


 クロにとってそれは、人質である人間がいる以上一刻を争う事態なので避けたかった。


「いや、でも!!」


 クロは精一杯反論した。その結果、絞りだせたのはそれだけだった。しかしそれに反応したのは意外にもオルザだった。


「クロ君、ここから先は本当に強い奴らとの戦いになるんだ。リゼを助けてくれるのは嬉しいが、君が死んではいけない。それに——やつらは僕が契約しているイフリートの力を欲している。だからリゼをまだ殺したりはしないはずだ」


 最後に名前を強く呼ばれて、クロの気持ちに気合いが入る。一刻も早くリゼを助けたいだろうに、自分の事を考えてくれているオルザが嬉しかったのだ。そして、彼のリゼを必ず助けるという覚悟に心の中で脱帽する。


「——わかった!よろしく頼む、ノア爺!」


「よくぞ言った。そうとなれば早く食事をすませるのじゃ」


 クロは「おう」と元気よく返事をしながら食事を始める。


「ところであんちゃん、お前のその膨大なマナはどうなってやがんだ?しかもオーラの色は白だ。そんな色見たことがない」


 ゲンゾウは咀嚼しながら訊ねる。


「その辺のことは俺にもさっぱりなんだ。目が覚めたら記憶がなくなっててな・・・。——ところで、前から思っていたんだが、そのオーラの色ってのはなんなんだ?」


 記憶喪失のクロにとって、言語は分かるものの、魔法、種族、自身のことについての事柄が一切抜け落ちている。だから質問を質問で返してしまった。

 会話のボールをお互い投げ合ってしまったため、それに答えてくれたのはノア爺だった。


「膨大な量のマナは依然として不明じゃが・・・、オーラの色というのはな、そやつの属性を示すものなんじゃ」


 それからノア爺は「例えば」と言葉を継いでから、


「わしのオーラの色は茶色じゃ。見えるかの?」


 ノア爺の周りには茶色の気体のようなものがゆらゆらと波を打ちながら、彼を包み込んでいる。


「見・・えた!」


「ほっほっほ、これがオーラの色じゃ。そして茶色の魔法属性は『大地』・・・前の戦いを覚えておるかの?」


「前の戦い・・・——ぁ!」


「ほっほっほ、気づいたようじゃな。ワシは大地系統の魔法を得意としておる」


 クロの脳裏にはノア爺がオルザと戦った際にオルザの動きを止めるため、地面から植物を生やしていた光景が浮かんでいた。


 ノア爺は「さらに」と付け加えてから、


「オルザの魔法系統は言わずもがな「炎」なのじゃが、その色は赤。ちなみにそこにいるゲンゾウもオルザほどではないが、炎系統の魔法を得意としておるのじゃよ」


 その説明を受けてクロはアテナの方に視線を見やる。アテナの周りには青いオーラが波を打っている。


「アテナは・・・『水』とか?」


「そうですよ!クロって飲み込みが早いんですね」


 アテナに褒められた彼は「いやあ」と頭を掻く。


「オーラの色の強さはその人の魔力の強さも示しているので一つ参考にしてみてはどうでしょう?」


「なるほどなぁ・・・。——じゃあ俺はなんの系統なんだ?」


「そこだよ、クロ君」


 それに答えたのはオルザだった。


「いいかい、魔法属性というのは四種しか居ないんだ。『炎』、『水』、『大地』、『風』だ。色で分けるならば、『赤』、『青』、『茶』、『緑』だ。今現在の魔法科学ではその四種しか確認されていないんだ。だから、君の白い魔法属性は謎だ。僕も初めて見たよ」


「ほっほっほ、じゃから、属性魔法の基本的な魔法だけをまず教えようかの。そうと決まれば、早く食べてしまうのじゃ」


 そう言われたクロがノア爺の方を見やるともう食事を終えていた。彼は慌てて皿に乗った食事をかきこんだのだった。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 ノア爺は「さて」と話を始めた。


「まずはわしと手合わせをしてみるか」


「んなっ——?!それは絶対に勝てなくないか?」


「ほっほっほ、なんじゃお主、このわしに勝とうと言うのか?」


「い、いや、そういうわけでは」


「ちなみに剣なども使って良いぞ。わしは素手で相手をしてやる・・・では始めようかの、ゆくぞ」


 その言葉にクロは身構える。戦いに備え、いつでもエクスプロージョンが放てるように。

 ——しかし、当のノア爺は後ろに手を回したまま一切構える様子を見せない。


「おい、いいのか——」


 そう言いかけた時だった。目の前にいたはずのノア爺の姿は消えていた。


「なにがじゃ?」


 その代わりクロの真後ろから声が聞こえる。彼が振り向いた時にはもうノア爺の蹴りが眼前に迫っていた。


「——ッ!!エクスプロージョン!」


 クロは防ぐよりも先にまずは距離を取ることを専念した。爆風によって寸前で蹴りを逃れた彼は再びノア爺と距離を取る。が、避けきれなかったのか頬から血が伝っていた。


「き、きたねえぞ!!」


「ほっほっほ、始めると言ったではないか」


「うぐ・・・」


「ちなみにお主がよく使うエクスプロージョンは炎と風を組み合わせたちょっと高度な魔法じゃよ。全く・・・基本もできていないというのに」


 それからノア爺は「では、行くぞい」と言って地面を蹴る。


 ——イメージしろ!あの時みた魔法を


「ほっほっほ、もうおしまいかのぉ?——って、のわ?!」


 クロに向かって飛んできていたノア爺の体は勢いを失って地面に叩きつけられる。その足元にはノア爺がオルザに使った術と同じツタが絡み付いていた。


 ノア爺がそれに引っかかるのを認めると同時にクロは反撃開始と言わんばかりに地面を蹴る。そして自身を風魔法によって加速させる。目にも留まらぬ速さで移動しながら同時に右手には剣を作り出す。


「もらった!!」


 大きな音とともに砂埃が舞い上がり二人の姿が見えなくなる。


「さすがだ、クロ。ここまでとは驚いたよ。だけど——」


 だんだん薄くなっていく砂埃が二人の姿を映し出す。



「ほっほっほ、まだまだ甘いのぉ。わしの魔法を一回見ただけで真似てくるとは油断したわい。じゃが、それだけではまだまだわしには勝てんぞ」


「な・・に・・・?」


 そこに立っていたのはノア爺の方であった。


 地面に横たわる彼は今の状況が理解できない。確かに彼はノア爺に斬りかかるまでは覚えている。だが、問題はそこから先だった。

 ノア爺は斬りつけられる直前、クロの使ったツタで同じくクロをこっそり拘束していた。しかしクロは攻めに徹するあまり、足元の足かせの存在に気づかなかったのだ。思ったよりもスピードが出ていないことに気づいていないクロは距離を見誤った。

 その結果斬りつけたと思っていた剣は空を切り、代わりちノア爺は地面を大きな腕の形に作り変え、顎にアッパーを食らわせたのだ。大きな砂埃はその時の魔法の副作用によるものだった。


「ほっほっほ、足元がお留守になっとったぞ」


「——————」


 倒れたまま項垂れるクロは勝ちを確信し、こっそりと笑った。


「——『足元』がお留守になってるぜ!ノア爺!!」


 次の瞬間、ノア爺の足は地面に吸い込まれ膝のあたりまで埋まってしまった。さらに両腕は例のツタで縛り付け、拘束してしまった。


「のわっ?!——ほっほっほ、これは完全にやられてしまったわい・・・。さっきのわしの魔法の応用というわけか。全く・・・ワシの負けじゃ」


 ノア爺の降参にクロは両手を挙げて喜ぶ。


「ぃよっしゃァアアア!」


「さすがだ、クロ。君にはやはり魔法のセンスがあるようだ。人の魔法を真似てしまい、その上応用までしてしまうなんて・・・」


「だろぉ?俺ってばマナの量だけはすごいらしい・・から・・な・・・」


 だんだん尻すぼみになっていくクロはそのままその場に倒れてしまった。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「————ッ!」


 ハッと目を覚ました彼の最初に目に入ったのはアテナの姿だった。


「目を覚ましたのですね!ふぅ、よかった」


 だんだんはっきりしてくる意識の中で、アテナがホッと胸を撫で下ろす姿が認められた


「俺は——どうなったんだ?」


 ——一体あの時何をされたんだ?降参と見せかけて実は魔法を発動していた?いや、ノア爺がそんなことをするはずがない。


 あれこれと思考を巡らせるクロ。アテナはとても言いづらそうに口を開く。


「——体力切れです」


「え?」


 意外と単純な事実にアホヅラを晒してしまう。


「精神力切れと言ってもいいでしょうね。どれだけ膨大な量のマナに恵まれていても、それを使う精神力が足りないと簡単に倒れてしまうのです。記憶のないクロはきっと魔法を使う感覚も忘れてしまっていたんでしょうねだから慣れない魔法でかなり精神力を使ってしまったんです」


「そうか・・・魔法って難しいもんなんだな」


 倒れてしまったことに落ち込んで肩を落とすクロ。それを見たアテナは彼の肩に手をポンと置いて、


「でも、魔法の才能とってもありますよ!わたしなんかじゃ比べ物にならないくらいです。マナの量も膨大ですし、人の魔法をすぐに真似するなんでスゴイです!!これから頑張っていきましょう!わたしも一緒に強くなりますから」


 アテナの言葉に不意を突かれて涙腺が緩んでいた。しかし絶対に涙は流すまいと目をカッ開いて押しとどめる。


「ありがとう」


 震える喉を押さえつけようやく絞り出した言葉だった。


 ——突然、ガチャリと扉が開く。


「ほっほっほ、目覚めたかの、クロよ」


 ノア爺の言葉に彼はむくりと体を起こしながら「ああ」と反応する。


「うむ。今日の訓練はこれにて終了じゃ。明日からはマナのコントロールをやっていくからそのつもりで」


「マナの・・・コントロール・・・」


「なに、難しいことはない。ただ魔法を小出しにして魔法を出す感覚に慣れてもらうだけじゃよ。今回は慣れない魔法を連発したせいじゃからな」


 ——その日の夜、クロの疲れた体は泥のように眠りに落ちていった。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 今日の朝は、いつもよりはスッキリと目覚めることができた。疲れ切った体でしっかり寝たからなのだろうか。それとも麻痺しているだけなのか。

 朝食後からはノア爺との特訓が始まる。クロはまだ寝ているゲンゾウとオルザを起こさないように、音を立てずこっそりと家を出た。


 家を出ると、まだ日が昇りきっていないのか少しだけあたりが暗く感じる。しばらく彼の家の近くにある森の中を散歩し始めた。


 ——しかし、この早朝の静かな時間に自分以外の足音が聞こえる。しかもこっちに向かってきている。クロは臨戦態勢にはいる。

 その足音はクロの背後で止まった。


「——クロ?何してるんですか?こんなところで」


 聞き覚えのある声に緊張が解けたのか、いつの間にか握りこぶしを作っていたことに気づいて解く。


「アテナか・・・ビックリさせるなよ」


「驚いたのはこっちです!こんな時間に。——私はこの森を散歩がてら木の実を集めていたんです。ゲンゾウさんの家にお世話になるんだからこれくらいはしないと!!」


「もしかして昨日の朝もやっていたのか?」


「ええ、そうですよ」


 アテナはやはり義理堅い。——いや、人による無償の行為というものが信じられなくなっているのだろう。彼女の過去の話を聞けばそのようになってしまうのも頷ける。


 それから彼女は「それに」と言葉を継いで、


「森の中ってとても落ち着くんです——きっと、エルフの血がそうさせるんでしょうね。彼らは森の中に住んでいますから・・・」


 そう呟く彼女の顔は儚げだった。


 一方でクロは頭の中を探っても適切な言葉が見つからない。


「—————」


 結局沈黙してしまったのである。

 いつの間にやら日も昇り、足元が明るくなっていた。


 アテナはそんな気まずい空気を打ち破るように「さて」と呟いてから、


「そろそろ朝食の支度をしなきゃいけないんで戻りますね。変なこと話してすみませんでした」

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