友達
クロは全くもって理解できなかった。——なぜ自分がこんなことをしているのかを。
「おい!あんちゃん!ちゃんとやれや!腰が引けてんぞ!!」
薪割りをしているクロを煽るのはつい先刻まで『ドルザ・クロムウェル』だった人物だ。
「あはははは!クロ君!怒られてるじゃないかぁ〜!」
「うるせえよ!火を出すしか能のないアホが!」
「なに?今バカにしたな?」
「おう!バカにしたぞ〜!」
「ちょっと表に出ようか?」
「望むところだぜ!」
「——お前ら二人いい加減にしろッ!!」
しょうもない小競り合いを起こしている二人に制裁が降る。
「「いってぇえええ!」」
「お前らには三年分取り戻してもらわなきゃならん!シャキシャキ働け!!」
「「はい」」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
次元ションワープから現実世界に帰ってくると、例の路地裏に出た。そこでドルザ・クロムウェルだった男は目を覚ました。
刀鍛冶だったらしい彼『ゲンゾウ』はまさに三年間王都にある鍛冶屋に帰っていなかったらしく、部屋はボロボロ、一文無し状態となっていた。
「お、俺の家がぁああ!」
崩れ落ちる彼の膝は何度も地面に打ち付けていたせいでもはや痣が出来ていた。
さすがに不憫に思ったクロが全ての事情を説明すると彼は激昂した。無理もない、なにせ自分の人生が三年間も別の人間に操られていたのだから。
「お前らぁ!!なんってことをしてくれたんだッ!——死をもって償うがいい」
彼は大きな包丁を取り出す。
「ちょ、まてまてまてまて!!お、俺は関係ない!!ノア爺もなにか言ってやってくれ!!」
「——ノアだと?今ノアって言ったか?」
「あ、ああ!そうだ!言った言った!」
彼はさっきからずっと一緒にいるノアと呼ばれている人物に向き直す。
「もし、失礼とは存じますが『ノア・グロリアス』様では?」
さっきとは全く違う言動にクロは困惑の色を示す。
「いかにも、ワシがそうじゃよ」
「やはり!!我が父、先代・ゲンゾウの造りし剣を——?」
「おお!あやつの倅じゃったか・・・。父親は元気にしとるのか?」
ノア爺の質問に表情を暗くする当代・ゲンゾウ。それを見てノア爺は先代が今どうなっているのか察していた。——亡くなっているのだと。
「親父は・・・最期までノア様の身を案じておりました。——例の件はもう・・・?」
その話題にノア爺はちらりと周りを見回しながら手で口を覆い隠して言った。
「——その話はまた二人の時じゃ」
当然そんなこと言ったのは周りに聞こえるわけもなく、クロとアテナは小首を傾げていた。そこにただ一人神妙な面持ちで視線を向けるオルザの姿があった。
それからゲンゾウは「ち」とこちらに向き直りながら、
「仕方ねえなぁ〜・・・。ノア様の知り合いじゃ無碍に扱えんじゃねえか。暫く俺の仕事の手伝いをしてもらうからな」
その言葉にクロとオルザは共に「はい」と返事をしてから耳打ちをする。
「おいおい・・・ノア爺は一体何者なんだ?どういうことだってばよ」
「僕もそんな詳しくはないが、昔、この王国においてかなり地位の高い人間だったと聞いている。——しかしこんな屈強なおっさんを服従させるとは・・・いやはや、世の中分からんものだ」
「おい!!お前らコソコソ話してねえでさっさと働け!!」
「「はい!!」」
ゲンゾウの怒声に二人の若者の背筋はピンと伸びる。
「ささっノア様とアテナ様はこちらに・・・。ゆっくりと腰を落ち着けてくだされ」
そうしてその場にクロとオルザを残し、三人は扉の向こうへ消えていった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
——ゲンゾウが剣を打ち終えると、仕事がひと段落したのか頭に巻いた手ぬぐいを解きながら、
「よし、お前ら休憩していいぞ」
二人は同時に「はぁ」と大きく溜息をつくと全身の力を抜く。それから地べたに座り込むと背中側の地面に手をつく。
「あのおっちゃん、人使い荒いなぁ〜!」
「僕たちがしてきた仕打ちに比べればまだまださ」
「『たち』じゃねえよ!お前だけだから!!大体なんで俺が巻き込まれてるんだよ」
思わぬ言葉にツッコミを入れるクロ。
しかしオルザはその言葉を無視して言葉を続けた。
「僕はちゃんとここで罪を償わなくてはならない。だから——クロ、君にリゼのことを頼みたい。本当に自分勝手な頼み事だというのもわかっている。だが、今の僕には君以外に頼れる人がいない」
「こ と わ る」
「うぐっ・・・そうだよね」
当然の話だが、クロにとってリゼを助ける義理は一ミリもない。彼にとっては記憶を取り戻すことが一番であり、アテナとノア爺を無事に家に送り届けることだけが重要なことである。——しかし理由はそこではないのだ。
「お前はバカか?!おい!オルザ!こんな大事なこと人に丸投げしてんじゃねえよ!!俺なら重すぎて潰れるわ!!」
「・・・だが、僕一人でどうにも」
「そこだよ、お前が履き違えてるのは」
「履き違えてる・・・?」
「そうだ。お前、リゼが誰を待ってると思う?——他でもないお前だろうが!!お前が行かなきゃ話にならんだろ!」
「——しかし、僕はここで」
「うるせえよ!それも自分の責任だ!」
「なら、僕は一体どうすれば——」
ここでクロはやっと頭に血が上っていたことに気付く。大きく「は」と溜息をついて、
「俺がなんで今おっちゃんのいいなりに動いてると思ってんだ?」
「そ、それはゲンゾウが勘違いしてるからじゃ——」
「お前、本当にバカなのな」
「全然話が見えな——」
「俺が一緒に罪償ってやるって言ってんだよ!」
クロの言葉にオルザはハッとした表情になる。それから目頭が熱くなるのを感じながら、それでも涙を堪えきれず、頬を伝う滴の感触をうっとおしく思う。そのままクロは言葉を続ける。
「一刻も早くここから解放されてリゼを助ける!——それが最速で最短だ。そうだろ?」
自分でも臭いセリフを言ったと自覚している。——それでもこれが今自分の持てる言葉の全ての中で一番伝えられる言葉だった。
「なんで、会ったばかりの人間にそんな風にしてくれるんだ?」
「——怪しいか?」
「い、いや、そうじゃないんだが・・・」
不意にクロは立ち上がる。
「俺がお前を——友だと思っているからだよ」
「—————ッ!」
「逆に俺からすればお前が俺に頼んできたのだって同じことじゃないのか?」
その言葉にオルザはそれまで堪えて小出しにしていた涙を大粒にする。その嗚咽で言葉を途切れ途切れにしながら、
「——そうだ・・ひぐっ・・・とも、僕は・・君・・を・・・うぐっ・・・友だとおぼっている!!」
それを聞けてクロは納得したのか、両腕を腰に当てながら「よし!」と呟いた。
「なら、話は早めにしたほうがいいよな。みんなのところに行こう」
二人でゲンゾウの家へと足を向ける。その頃になるとすっかり泣き終えたオルザが「おい」と言葉を継いでから、
「クロ、俺が泣いたこと言ったら承知しないぞ」
「ありゃ〜これは弱みを握っちゃったかな?」
「クソッ!」
「まぁ、絶対言わねえから安心しろよ!」
と言いながらクロは扉のドアノブに手をかけ捻りながら押す——すると、中ではゲンゾウが大泣きをしていた。そして、アテナが絶望的な言葉を口にする。
「話は全部聞かせてもらいました!」
オルザはその場にへたり込んだ。
「ぜん・・・ぶ、だと?」
「ええ!全部です!」
「ほっほっほ、あやつの倅はなかなか涙脆いのぉ」
「あーあ・・・聞かれてたみたいだな、泣いてたところ」
「ぐっ・・・うるさーい!」
クロは全員を見渡しながら心を落ち着けながら「は」と小さく息を吐くと、
「話聞いてたなら早えよ。——そういうことだからアテナとノア爺には悪いが一旦先に戻っていてくれ。こいつの野暮用を済ませたら俺の記憶探し手伝ってもらってもいいか?我がままなお願いだけどな」
「ほっほっほ、ワシはいつでもお前さんが帰ってくるのを待っとるぞ」
しかしアテナはそれに反対した。
「——ダメです!反対します!」
「ま、まぁ我がままな頼みだからな・・・せっかく来てもらったのにやっぱいいやっていうのは」
その言葉に彼女は首を振り、「いいえ」と言葉を継ぐと、
「私が——私がいないじゃないですか!」
彼女の言葉には一同目を丸くし、全員が口を揃えて「え」と口にしていた。
「いやいやいや!ここからは危険なところなんだぞ?!」
「そうだ、いくら僕が強くても、死ぬ可能性だってあるんだ!」
クロとオルザの二人が必死に説得するも、次の言葉で二人とも口を紡ぐこととなる。
アテナは目をウルっとさせながら、
「——私も友達じゃ、だめですか?私、今まで自分のことを知って普通に接してくれる人なんていなかったんです。あの時、私のことを知ってもなお自分は自分だと言ってくれたの本当に嬉しかったんです!」
「ほっほっほ、お前さんらの負けじゃな。しかしアテナよ、本当に危険な旅になるのだぞ?それでもよいのか?」
「——ええ、分かっています。だからこそです。友達が危険な目に遭っているのに助けない理由がありません!」
「あいわかった。——それじゃわしからもお願いしよう。アテナをどうかよろしく頼んだぞ」
正直この時点でノア爺は迷っていたであろう。孫同然に扱ってきた娘が危険な旅に出るというのだから。しかしそれでも送り出したのは、クロとオルザへの信頼も大きいのだが、せっかく出来た友達と離したくないという思いが強かったのだ。
その想いを汲み取ってしまったクロは「はい」と答えるほかなかった。
——そんな会話を繰り広げる四人をよそに、さらに大声をあげて男泣きするゲンゾウの姿があった。
「ぢぎしょぉぉぉおー!!おまえらすぎだー!!」
「というわけでおっちゃん!償いはオルザと俺の折半で頼みたい!どうか頼めないか?」
彼は鼻水をすすりながら泣くのを我慢すると、
「・・・失うことの辛さは俺も分かっている。あんな男見せられて黙ってちゃ俺の男も廃るってもんだ。リゼを救ってこい!償いはその後だ!」
「い、いいのか?本当に・・・僕は自分のわがままであなたの人生をもめちゃくちゃにしたんだ!償い切れるものではない!」
オルザの反論にゲンゾウが「うるせえ!」と一蹴する。
「おまえ、俺の気持ちを勝手に理解した気でいるんじゃねえよ!——俺は、ドルザだった時の記憶が残っているんだ」
「なんだと?」
「もちろん、一から十まで全部とは言わねえがな。そん中でも記憶に一番残ってるのはお前の泣きそうな面なんだよ。どうにもモヤモヤして収まらねえからな!」
「記憶が・・・そうか、ドルザの記憶が・・・。ゲンゾウよ、ありがとう」
オルザは大きく頭を下げてお礼を言う。ゲンゾウは照れ隠しのために「ケッ」とそっぽを向いてしまう。
再び頭を上げるとそれぞれの顔を見ながら、
「僕は・・・僕はいろんな人に支えられながら生きている。そのことに気づかされた。本当にありがとう。僕は君たちを仲間として信じている。そして何より——友として信じている!だから、この僕に力を貸してはくれないだろうか?リゼを助けるために、奴らを潰すためにどうか力を貸して欲しい」
もはや全員の答えは決まっていた。
「「「「まかせろ!」」」」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
その日の夜は満月が輝く綺麗な夜だった。そこにただ一人佇む若者がいた。
彼は大切なものをなくし、大切なものをうばい、大切なものを見失いながら生きてきた。生来、彼の両親は優秀なものほど友人を必要としない教育方針で育ってきた。だから、息子の彼にも同じく言いつけていた。——しかし、そんな彼にも好きな女の子が出来た。そして弟も同じ女の子を好きになっていたのだ。彼らは争うこともいさかうこともせず、三人はやがていつも一緒にいるようになった。
兄はそれを意識していなかったが、遠く昔に友はそこにいたのだ。近すぎて気づかなかった。ただそれだけのこと。
だから弟であり、今は亡き友であるドルザ・クロムウェルに伝えたい。
——友達っていいもんだよ
次から新しい章へ