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忘却の勇者  作者: 服部 忍
深い眠りの後に
2/5

とある男の事情

 ガラガラと揺れる馬車の中、青髪の美少女は外の景色を見て興奮していた。


「空龍ですよ!!こんなにでっかいの見たことないです!!——ねえ!クロ!!」


 彼女に呼ばれたその男はノア爺とは別の理由でグッタリと倒れ込んでいた。


「ぎもぢわるい・・・。おろじでぐれ〜〜」


「もう!クロったら情けないですよ!!」


「逆にお前はなんでそんなに元気なんだよ!周りを見てみろ!草原!草原!草原!!道はガタガタで揺れがすごいし、酔うっつーの!!」


「まだ道のりの半分しか終わってませんよ?」


「うっそでしょお〜!!後もう一回同じことしなきゃならないわけ?!」


 クロの言葉にアテナはクスクスと笑うと右腕を大きく掲げ、


「さ、頑張りましょー!はやくおじいちゃんを起こしてあげなきゃね!」


 その時の彼女の声が少し上ずって震えているのを聞き取り、クロはやっと気づいた。——彼女は泣きたいのを抑えて無理をしているのだと。


「アテナ」


「なんですか?」


「——絶対助けような、ノア爺のこと」


「はい!当然です!」


 アテナはまた外を向き直った。クロには見えないようにこっそりと泣きそうな顔を隠すために。今現在も馬車は三人を乗せて草原の中をひた走る。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「——もうすぐつきますよ!」


 アテナの声に目を覚ます。どうやらクロはいつの間にか寝てしまっていたようだった。


「んぁ・・・あ〜」


 寝ぼけているクロの身体は硬い床で寝ていたせいか全身が軋むのを感じた。


「ほら、あの目の前に見えるのが王都『カルヴァドス』です!」


 未だ軋む身体を無理やり起こして外景色を見る。——太陽に向かって伸びる大きな城、それを取り囲むように建てられた城壁が広がっていた。


「うぉ・・・」


「フフッ、驚きましたか?でも残念ながらこの国はまだ小さい方なのですよ」


「あれで?!」


「あれでですよ。そもそも人間自体が小さいというのがあるんですけどね・・・っと、着きましたよ」


「やっとか・・・」


 アテナの言葉に若干ぶり返してきていた酔いが引き返していくのがわかり、クロに安堵が訪れる。


「——っにしてもでっけえなぁ・・・」


「昔の戦争で他の種族を相手取ってましたから・・・高くしないと簡単に侵入できちゃうんですよ」


「なるほどなぁ・・・」


「ほどほどにして中に入りましょう」


 三人を乗せた馬車は城壁の一箇所だけ空いた入り口の跳ね橋を渡って中へと入っていく。


「まずは・・・ノア爺を見てもらおうぜ。それが最優先だ」


「はい!王都の治癒魔法師を訪ねてみましょう」


「場所知ってるのか?」


「お任せください!!」


 彼女はドンと胸に握り拳をぶつけ、得意げになる。と同時に何かを思い出して、


「あ、そうだ帽子帽子!」


「ん?今日そんなに日差し強いか?」


「——おしゃれですぅ〜!!」


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 クロとアテナがノア爺の治癒魔法師を探し始めてもう五件目だった。どの人物を訪ねても、帰ってきたのはどれも同じ言葉だった。


「——申し訳ないけどうちでは治せないよ」


 どうやらノア爺にはかなり高度な呪術魔法がかけらていたらしい。普通の呪術であれば、魔法式を逆算して因数分解のように解けばいいだけなのだが、今回のソレは何重にも式が重なっていて、下手に手をつければノア爺の身体に大きく負担がかかるとのことだった。


 ——これだけでもあのアルタイルの魔術師としてのレベルの高さが窺えよう。


「ハァ・・・ここもダメだったか」


 両肩を落としてガックリとうなだれるクロ。しかしその横には希望を捨てまいと前を向き続けるアテナの姿があった。


 ——治癒魔法師を訪ねて十人目。


「これはねぇ〜。かーなーり難しいよぉ〜。——申し訳ないけど、うちじゃ扱えないかなぁ」


「そうですか・・・。わかりました」


 これまで気丈に振る舞ってきたさすがのアテナもガックリと肩を落とす。


「し、しかたねえよ!また次、当たろうぜ!!」


「そうね・・・」


 その様子を見た治癒魔法師『ドルザ・クロムウェル』は家族らしき人物が写った額に手を当てながら、


「——呪術に詳しい人がいるんだけど、紹介してやろうか?」


「——————ッ!」


 それまで曇っていた二人の表情がパーっと明るくなる。


「「お願いします!!」」


「それじゃ、連絡はつけておくから。この地図の場所に行ってこい」


 ドルザはそう言いながら少しボロボロになった地図をアテナに手渡した。手渡されたアテナは両手で大事に受け取り、


「ありがとうございます!さ、行きましょう!クロ!!」


 そう言ってクロと歩き出す。しかし、アテナ先に家を出ると、


「——それからお前さん」


 最後にクロは呼び止められた。


「いまから行くところはちょっとばかし危険が多い。女の子をちゃんと守ってあげるんだぞ!」


 そう言いながら背中をバンと叩かれた。


「お、おう!まかせろ!おっちゃん!」


「ハッハッハ。がんばれよ!あんちゃん!」


 少し戸惑いながら返事をしたクロはそそくさとアテナの後を追うのだった。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 二人がドルザの家を出てから1時間ほど経った。歩けど歩けど彼の言う治癒魔法師の家にたどり着けない。


「なあ、さっきから同じところ歩いてないか?」


 さすがのクロもそれに気づくのは遅くなかった。


「ええ・・・とても嫌なマナの波動を感じます。気をつけていきましょう。誰かが私たちを狙っています」


 ふとクロが彼女の方を見ると小さく震えていたのが認められた。


 ——俺、エクスプロージョンしか使えないけど大丈夫かな・・・


 そんな一抹の不安が彼の胸中によぎった時だった——


「——危ないっ!!」


 クロの目の前で爆発が起きた。爆風によって起きたのか土埃が晴れると、シャボン玉のように七色に光る壁に護られていた。


「うおっ!ビックリした!」


「ボーッとしてはいけません!私たちが疲れてきたのを見計らって攻撃してきています!」


 しかしクロが辺りを見回しても誰もいない。そんな中アテナだけが遠くを見据えていた。


「そこ!」


 彼女は片手を前に突き出し、光の玉を射出した。それは壁の手前——なにもない宙で爆散し「ぐはっ」という声だけが聞こえた。


 だんだんと景色に溶け込んでいたそいつの身体に色が付いてきた。


「嬢ちゃんの方が強いってのかい?やるじゃねえか。魔法詠唱無しで今のレベルの魔法を打てるなんざ並大抵の魔法師じゃねえな。チッ、油断したぜ」


 そいつの顔を見て二人は驚愕した。驚きながらもクロはアテナを守るように前に出て、


「おい!おっちゃん!なんでこんなことしてんだ!!!」


「——そんなのお前らに関係ないだろう?」


 1時間ほど前に会話をしたドルザ・クロムウェルの優しい顔はもうどこにもなかった。


「クソッ!——エクスプロージョン!」


 クロは爆裂魔法を打つとドルザに当てないようにわざと地面で爆破させ、土埃を起こした。


「アテナ!逃げるぞ!」


 二人は急いで馬車に乗り込むと全速力で馬をかけていく。


「クソッ!あのあんちゃんもどうなってやがる。なんでエクスプロージョンがこんなにつえーんだよ。まあしかし俺の仕掛けた無限回廊からは脱出できまい」



 三人を乗せた馬車馬は路地を行く。馬車の中で二人は対応策を捻り出すために頭を抱えていた。


「どうすりゃいいんだ」


「無限回廊などの系統の魔法には必ず魔法陣が存在します。だからそれを壊せればこの無限回廊からは抜けられます」


「で、でもそれってどこにあるんだ?」


「それがわかればこんなのすぐに抜け出してますよ!」


「じゃあ——やることはもう決まってるな」


「ええ、そうです」


「「あいつを倒す!!」」



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 ——その男は空っぽだった。クロムウェル家の次男として生まれ、育てられた。しかしその次男坊はクロムウェル家の才能をからっきし継げなかった。長男であるオルザは昔からクロムウェル家得意の火炎魔法を駆使して王宮に使えた。そのコンプレックスから彼は魔法というもの自体に嫌悪感を抱くようになった。——そんな彼が自身の治癒魔法の才能に気づいたのはドルザが10歳の時だった。


 ——ある日唯一の友達であったリゼと森で遊んでいたところ、彼女は木登りに失敗して落ちてしまった。背骨を折ったリゼが苦しんでいるのを見て泣きそうになりながらなりふり構わずかけた治癒魔法はたちまち彼女を体を元どおりにした。


 その時からドルザは治癒魔法師を強く目指すようになった。兄に負けぬため、両親に認めてもらうため——リゼを守るため。


 それが彼、ドルザ・クロムウェルであった。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 そして舞台は再びクロとアテナがドルザを倒すことを決意した場面へと戻る。


 二人は引き返し、正面からドルザと戦う姿勢を見せていた。その一方でドルザは逃げたと思った二人が姿を見せたことに驚いていた。


「よく逃げずにこっちに来たな!気でも触れたのか?」


 ドルザの挑発にクロは啖呵を切る。


「ふん、俺も気づいたんだよ。この無限回廊の弱点にな!!」


「嘘を付くのも大概にしておけよ、あんちゃん。抜けられるなら抜けてから来るはずだぜ?」


 ドルザはそう言って、魔法弾をクロとアテナへ連射する。


 咄嗟にアテナが魔法壁で防いだが、魔法弾はクロとアテナの目の前に落ち、砂埃が舞う。


「」


「クソッ!視界をふさがれた!」


 その刹那、背後からクロは殴り飛ばされる。彼の体は路地の壁に叩きつけられた。


 飛ばされたクロの横でアテナも負けじと魔法弾を撃つ。


「おっと危ない。全くそこの嬢ちゃんの魔法は規格外だぜ・・・。魔法壁を張りながら魔法弾を撃ってくるなんてどうなってやがる!!」


 一進一退の攻防が続いている一方でクロは考えを巡らせていた。


 ——なんなんだ、あいつは!!どういうつもりだ!しかしまてよ、そういうことなら話は別だ。おっちゃんの無限回廊さえ崩せればあるいは・・・。


 ——ならば考えるしかあるまい。あいつはあらかじめここに仕掛けていた?いや、あらかじめ仕掛けられていたなら他の通行人も迷い込むはずだ。ここに迷い込んだのは四人だけ。クロとアテナとノア爺とドルザ本人だ。——この四人だけ?


「ぁ——」


 ——思い出せ!ドルザの行動を。俺は何をしてあいつは何をしていた?アテナが出た後呼び止められて——そうだ!わかった——。


 カラクリに気づいたクロは上着を脱ぎ捨てた。その瞬間、どこまでも続いていたと思われる路地裏の景色はなんてことのない、軽く走れば二十秒たらずで抜けられる景色に変わる。


「んなっ!クソッ!気づきやがったな!」


「無限回廊を・・・抜けました!!」


「ようやく気付いたぜ・・・。お前、最後に俺を呼び止めた時背中に触っただろう?そん時に俺の上着に魔法陣を書いたんだよな?だから俺の近くにいたアテナとノア爺、後をつけてきていたおっちゃんだけがここに迷い込んでいるんだ」


「やりましたね!クロ!」


「あんちゃんもなかなかやるじゃねえか!だが、俺に勝てるかどうかは別の話ダァアアア!!」


「それが勝てるんだよ——残念ながらな」


 言い切ったクロをアテナが目を丸くしながら振り返る。


「え?勝てるんですか?」


「ああ、勝てる。まぁちょっとした賭けだけどな」


「見栄を張るのも・・・大概にしろぉおおお!!」


 ドルザは詠唱必須の魔法を打とうと、ブツブツと言っている。


「——なぁ、おっちゃん。あんた何に怯えているんだ?」


「—————ッ!」


 魔法詠唱をしていたドルザの口がピタリと止まる。


「どういうことですか?クロ!私さっきからお話に全然ついていけてないんですけど!!」


「アテナにも、わかるように説明すると——」


「——おい!やめろ!!」


「このおっちゃんは」


「やめろっつってんだろ!!」


「なにをやめるんだ?やめるのはそっちだろう?」


「うぐ・・・」


 それきりドルザは黙ってしまった。それを見て勝利を確信したクロは話を続ける。


「おっちゃんの口から聞かせてくれ。あんたはなにに怯えてるんだ?」


「—————」


「最初の魔法弾だって全部俺たちを狙ったものではなく地面を狙ったものだった。砂埃を起こすためだったならそれはそれで作戦になるが、問題はそのあとだ。——おっちゃん、殴るとき回復魔法と一緒に撃ってきただろう。だから一瞬で復活できた」


「—————」


 今はただアテナもドルザもクロの言葉に耳を傾けている。


「だから俺たちのことを攻撃する意思なんかないんだ!!でもなぜこんな回りくどいことをしようとしたか?——誰かにこの行動自体を見せる必要があったからだ。つまり誰かおっちゃんを脅している奴がいるんだ!違うか?クロムウェル家の人間!!」


 その瞬間、誰もいないと思われていたその場所にフードを被った男が現れた。


「あははははは!よく僕のからくりを見破ったね!クロ君すごーい!さすがあの人が執着するだけのことはあるよ」


 その人物はそう言いながら黒いフードを取る。赤髪の凛々しい顔をした青年の顔だった。


「オルザ!!!」


 ドルザが大声で兄の名前を呼ぶ。


「それにしても、やっぱり弟は出来損ないだねぇ。クロムウェル家の恥晒しは今この場で消しておかなきゃいけないね」


「え?兄弟なの?!似てないな!!」


 クロは驚きのあまり二人を交互に見比べる。


 オルザと呼ばれたその男は右手を弟の方へ向ける。


「頼む・・・リゼとココにだけは手を出さないでくれ。なにもしないと、危害を加えないと誓ってくれ」


「ダメダメダァメ!だって君は制約を守れなかったんだもん!約束通り向こう側で合わせてあげるよ」


「くっ・・・」


 ここで黙っていたアテナが声を上げる。


「——待ってください」


 その場にいたノア爺を除く全員がアテナの方へと視線を移す。


「ナニナニナァニ?君もそっち側の人間なわけ?」


「狙いは私たちなのでしょう?ならドルザさんは関係ないじゃないですか!」


「あははははは!それこそ君たちには関係ないね。クロムウェル家は常に完璧でなくちゃいけないんだ。弟はこの失敗でクロムウェル家に泥を塗った。これは許されないことだよ」


「でも・・・」


 アテナの声を遮るようにオルザは話を続ける。


「だいたい君——ハーフエルフだよね?半端者がこういうことに口出ししないでほしいなぁ」


「—————ッ!」


「嬢ちゃん・・・」


「そうか!いろんな種族がいるわけだからハーフとかも生まれるんだなぁ」


 この場でただ一人クロだけが状況を理解していなかった。


「アレアレアレェ?そっかぁ!君は確か記憶喪失なんだっけ?説明してあげよう!」


「なんだと?」


「種族間で摩擦が起きていることは知っているよね?だから人間はエルフを蔑むし、エルフは人間を見下す。けれどハーフエルフとして生まれ落ちてしまった者はどちらからも蔑まれてしまうんだよ。まさに人種差別ってやつだね」


 クロはふと彼女の方を見るとボロボロと泣きだし、へたり込んでいた。


「だから、クロ君も彼女と一緒にいると同類にされちゃうよぉ?」


「——黙れ」


「え?」


「黙れっつってんだよ!このゴミクズ野郎!」


「口の使い方には気をつけたまえ。君は今身分が上の人間のしゃべっているのだよ」


 クロは小さく「は」と息を吐くと、


「俺の知ってるアテナはハーフだろうがなんだろうが、家族のために何人の人間に断られようとも駆け回るようないいやつだ。お前みたいに家族を人質にとって脅して、自分一人じゃなにもできないような『できそこない』とは違うんだよッ!」


 それを聞いたオルザはプルプルと身を震わせ、今までとは口調が明らかに変わった様子で、


「——貴様、今なんといった?『できそこない』だと?俺を侮辱したな?許さん!!命をもって償え!!」


 オルザが両手を上に振り上げるとクロの立っていた地面から火が噴き出す。


「うおっ!あぶねぇ!」


 咄嗟に避けたクロの髪の毛の毛先はチリチリと焦げていた。


「——我、焔を使役するものなり。顕現せよ!イフリート!」


 その瞬間、炎がオルザを取り囲むように龍の形をなして顕現した。


 ドルザはその龍を見上げながら、


「オルザの野郎、イフリートと契約しやがったのか!」


「契約?」


「ああ、うちは代々火炎魔法が得意だったんだが、イフリートみたいな大精霊と契約できるようなやつはいなかったんだんだが——」


 つまりはそういうことだ。オルザはクロムウェル家稀に見る才能の持ち主だったのだ。おそらくは弟にも振り分けられるはずのパラメーターは兄の方にふられてしまったのだろう。


「あははははは!みんな燃えてなくなっちゃえ!避けても地獄当たっても地獄だ!!」


 イフリートはオルザの言葉のままクロに向かって襲いかかってきた。


 ——どうする?どうするどうするどうする?このままじゃ全員死ぬぞ!何かないか?なにか——あれだ!


 クロの足元にはさっき自分が脱ぎ捨てた上着が落ちていた。それを咄嗟に拾い上げ、


「エクスプロージョン!」


 自分の向いている方とは逆の方向に打った爆裂魔法による爆風の影響でイフリートを潜るように抜け、オルザに被せた。


「んなっ!なんだ!!」


 術者本人が驚いたせいかイフリートの動きは止まっている。


「おい!おっちゃん!このまま俺たち二人だけを飛ばしてくれ!おっちゃんなら範囲の調整くらいできんだろ!早くしろ!」


「・・・わかった。——巻き込んですまない」


「ダメです!クロ!!」


 一人死地に向かおうとするクロをアテナは止めに入る。肝心のクロ本人はアテナの方を向きながら、


「心配すんな!必ず戻ってくる!!だから——待ってろよ!」


 笑顔でサムズアップしてみせる。


「クロ!」


 刹那、アテナの心配そうな目線の先の空間は大きく歪み、渦を作ってその中にクロとオルザが吸い込まれていったようだった。


 取り残されたアテナは再び膝から崩れ落ち、へたり込む。ドルザは立ち上がりながら、アテナの方を見つめる。


「嬢ちゃん——俺ァいまからあっちに向かうぜ」


「—————ッ!」


「必ずあのあんちゃんと一緒に戻ってくる。それから——」


 ドルザはここで一旦言葉を切る。——とても言いにくかったからだ。アテナを騙した彼にとってはどのツラ下げて切り出せばいいのかわからなかった。


 しかし、彼は一度深呼吸をし、決意を固めると、


「——悪かった」


「——————」


「とても許されることをしたとは思っていないし、家の事情に巻き込んで本当にすまないと思っている。嬢ちゃんの出自のことも・・・」


 ドルザの謝罪を聞いたアテナは目をつむって無言で聞いていた。——が、徐ろに瞼をあげてその綺麗な瞳で彼の方をまっすぐ見ながら、


「——許します!本当はすごく嫌だったんですけど、クロが居てくれたから・・・。それがわかったからよかったなって今は思うんです。だから私はあなたを許します!!」


 彼女のまっすぐで前向きな言葉にドルザはがっくりと肩を落としながら、


「そうか・・・——ありがとう」


 ドルザは熱くなる目頭を抑えながら、


「それからそうだ——」



彼は何かを提案したのだった。

次から向こう側の戦いへ

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