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ペガサスさん

「ぼうや、どうしたの?」

ヒマワリさんが心配そうに声をかけた。

ぼくは泣きそうになっていたらしい。

「悲しいことを思いだしてしまったら、おなじだけ楽しいことをかんがえましょう。ご自分がつらいと、まわりの方にも悲しいきもちがとどいてしまうわ。だから笑って。そんな顔をしていたら、わたくしも泣いてしまうわ」

ヒマワリさんはぼくの頭をなでてくれた。

ぼくはなんだか恥ずかしくなって、むりに笑ってみせた。

「ほら、南の空をみてごらんなさい」

ヒマワリさんはバスケットから身をのりだして、南の空をゆびさした。

「高いところに四つのあかるい星が四角形になっているでしょう?あれが逆さのペガサスさんよ。頭を下にして、いつも逆さになっているの」

ぼくはおとうさんと星座をかんさつしたことを思いだした。

クジラ座もうお座もみずがめ座も、みんなにぎやかに笑っているように見える。

「どうして逆さになっているのかな。頭に血がのぼって目が回りそうなのに」

「そうね、どうしてかしら。一度お聞きしたいわね」

今年の夏の終わりに、ぼくはおとうさんと星めぐりをした。双眼鏡と天体望遠鏡をたんじょう日に買ってもらったけど、つかう機会は一度きりだった。

「おやおや、若いひとは好奇心がおうせいで、よろしいことです」

「いやまったくですな。わたしも若いころは家内と星をながめて愛をふかめたものです」

少し顔のあかいトンボさんは、コオロギさんと昔話に花をさかせている。

ぬるくなった山ぶどうジュースを一口飲んで、ぼくはまた星をながめた。

「いいなあ。星たちにはいつでも友だちがそばにいるから、きっと毎日さみしくないんだろうな」


「いや、そうでもないさ」


だれに話しかけたのでもないのに、返事がかえってきた。

びっくりして辺りをきょろきょろと見渡したけど、だれもいないし、コオロギさんとトンボさんは話に夢中になっていて、今の声が聞こえなかったみたいだ。

「ぼくですよ。ほら、ここです」

「だれですか?」

もう一度、声のした方角を向いて、ぼくはありえないと思った。

まさか、星座からぬけだしたペガサスさんが、ぼくの目のまえで飛んでいるなんて!

「やあ、こんばんは。かわいいうさぎさんにきれいなマダム。ぼくも月までご一緒してもいいですか?」

トンボさんはグラスをもったまま、時間がとまったみたいに動かなかった。

グラスからワインがぼたぼたとこぼれてしまっている。

一番れいせいに対応したのはコオロギさんだった。

仕事のプロ根性というもので、どんなときもお客様にしつれいな態度をとってはいけないからだ。

コオロギさんはごほんと咳ばらいをして、蝶ネクタイを直してからペガサスさんにおじぎをした。

「こんばんは、ペガサスさま。わたくしのごあんないするお客さまは三名さまのはずだったのですが、なにか手違いがあったのでしょうか」

コオロギさんはかばんから書類をとりだして、あわてて調べはじめた。

「ああ、そうじゃないんですよ。ぼくはこの気球には乗ることになっていません。招待状もありますよ、ほら」

ペガサスさんが頭をひとふりすると、コオロギさんの目のまえに、ぱっと招待状があらわれた。

中身をよんだコオロギさんはほっとしたように、「ああ、なるほど」とうなずいた。

「この通り、ぼくはからだが大きいのでバスケットには乗れません。そこで特別に月まで飛んでいく許可をいただいたんです。幸い、きょりも遠くないですし、ひさしぶりに羽をのばせるよい機会ですから。そんなわけで月に向かう途中、みなさんの気球をぐうぜんみつけたので、ひとりでさみしく行くのもつまらないからご一緒させていただこうかな、と。ああ、もちろんとなりで勝手に飛んでいますから、お気になさらず。あ、そこのうさぎくん、悪いけど、ぼくのからだにバッチをつけてくれないかな」

ぼくは身をのりだして、ペガサスさんのからだに真っ白なバッチをつけてあげた。

これはいったいどんな奇跡だろう。

ぼくはペガサスさんのいた星座の位置をたしかめた。

黒いペンキをぬった夜空のなかで、ペガサスさんの形だけがぽっかりとあいている。

「ほんとうに星座から出てきちゃうなんて。今、星をながめているひとは、ペガサスさんがいなくなってびっくりしているよ?」

秋の星空の、いちばんの目印がきえていたら、みんなはどう思うだろう。

だけどペガサスさんは、うんざりしたようにぼくに言った。

「だれも星を見るひとなんていないさ。ちかごろはさっぱりぼくを見てくれなくなった。それどころか、だれも夜空を見あげなければ、ぼくたちに関心をもとうともしない。それなら毎年毎年、わざわざ逆さになっていなければいけない理由がどこにあるの?退屈で息がつまりそうだったよ。だから今日一日くらいは、夜の空からぬけ出すことにしたんだ」

「わたくしは存じておりましたわ。秋の夜空はあなたが一番目立ちますもの」

「ありがとう、美しいヒマワリさん。ぼくは今までずっとがまんしてきたんだ」


「さあ、月までもう少しですよ。あらたなお客さまとご一緒に、もういちどカンパイしましょう」

ぼくたちはペガサスさんといっしょに、もう一度カンパイの合図をした。

「ぼくもおみやげがあるんだ。ほんとうは月にもっていくつもりだったけど、みんなにあげるよ」

ペガサスさんの翼から、真っ白な羽根が一枚、ぼくの手のなかにおちてきた。

羽根はたちまち、まるで花火がはじけるようにパチパチとはじけて、色とりどりのコンペイトウにかわった。

ピンクに緑、青に赤、星のかたちのお菓子が手のなかいっぱいにあふれた。

「星のコンペイトウだよ。アンドロメダがぼくにもたせたんだ。これを食べると、幸せな夢がみられるよ」

「わあ、ありがとう!そうだ!」

ぼくはリュックからススキをとりだして、ペガサスさんにわたした。

「きれいなススキだね。ありがとう」

ぼくはペガサスさんのふわふわの羽にススキをさしてあげた。

「なんとご立派な羽なのでしょう。わたしのみすぼらしい羽がお恥ずかしいです。ぜひ、美しさのひけつを教えていただけませんか?」

こうふん気味のトンボさんが、ワインを片手にペガサスさんとおしゃべりをはじめた。

お互いの羽について褒めあったり、アドバイスを訊いたりしている。


ぼくとヒマワリさんはコンペイトウを口にいれた。

かりっと口のなかで鳴ると、甘い味がいっぱいにひろがって、すごく幸せなきもちになった。

星をたべたのだから、今夜はほんとうにたのしい夢がみられるかもしれない。

今だって、ぼくは夢をみているようだ。

ぼくのたいせつな宝物のいっぱい入っているおもちゃ箱に、またひとつ宝物がふえたみたいだ。

あんなに悲しいおもいをしたのが少しずつうすれて、ぼくは秋のなかで旅をしていた。




ぼくたちは、まだ月についていないのに、新しいともだちと大いにパーティを楽しんだ。

「みなさま、たいへんお待たせいたしました。もう間もなく月にとうちゃくいたします。着陸のさいは、少々ゆれることがございますので、お近くのバスケットにおつかまりください」

「ああ、なんだかわくわくするな。地に足をつけるなんて、何万年ぶりだろう」

声をはずませたペガサスさんは、翼を大きくひろげた。

ぶるぶると身ぶるいするペガサスさんに、ぼくとヒマワリさんは笑ってしまった。

コオロギさんが気球に取りつけた機械をそうさすると、気球はいっきに速度をあげた。

ぐーん、ぐーんと足が浮いているような、変なかんかくになり、やさしいそよ風が急につよい風になった。

ぼくがあわててバスケットにつかまると、グラスやお弁当ばこが、がしゃんがしゃんと音をたててバスケットのなかに散乱した。

「ちょっと乱暴だよ!こんなことなら、片づけるよゆうも入れてくれないと!」

コオロギさんは、気球の操縦と、吹き付ける風でぼくの文句がきこえていないようだ。

大きな風のうなり声がひびいて、ぐるぐると目が回ってすごくこわい。

下は言うまでもなくものすごく高い。このままおちたらどうしよう。

「だいじょうぶよぼうや。すぐにおさまるわ」

ヒマワリさんもぼくとおなじくらい震えていたけど、とてもやさしい声でなぐさめてくれた。

だからぼくは、こわいと思った気持ちがのりこえられた。

ほんの短い時間だったけど、ぼくにはとてつもなく長くかんじられた。

気流のあらしはおさまると、あたりが真っ白に光ってなにもみえなくなった。

きっとここが雲の上だと思っていると、またぱっと景色がかわった。

昼でも夜でもない、風もない匂いもない。


そうしてぼくらがぼうっとしている間に、気球はいつの間にか目的地までとうちゃくしたのだ。

「ペガサスさんは平気なのかな?」

「しんぱいむようさ。なかなかスリルがあっておもしろかった」

そう言っていたけど、ペガサスさんの翼はすっかりみだれてぼさぼさになっていた。









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