アサガオさん
ことしの夏は短かったけど、とてもあつかった。
太陽が張りきりすぎていると、みんな少しまいっていた。
夏休みに入ったぼくは、おかあさんお手製のむぎわら帽子をかぶって、水筒に麦茶をいれて、夏の野原に出かけた。
今日はがんばって早起きをした。
ちょうどお月さまが眠りにつくころで、まだ空はうすぐらい。
だれも起きていない。しずかなしずかな時間だった。
夏の空気をたくさんすいこむと、朝つゆの匂いといっしょに、「おはようと」小鳥さんがあいさつをした。
ぼくが早起きをしたのには理由があった。
会いたいひとがいるからだ。
夏のあいだの、ほんのすこしの時間だけ、おはなしができる。
太陽がいちばんてっぺんにのぼるころには、そのひとはもう眠ってしまうから、ぼくはいちばんに会いたかった。
暗い森はにがて。でも夏はみんな起きているから、みんなそばにいてくれるから、ぜんぜんこわくない。
明るいときとおなじように、どんどん足がすすむ。
ぼくは野原の公園にいって、噴水をかこむ花だんのよこに座って、そのひとが目ざめるのをまった。
太陽が月と入れかわりに起きだすと、周りのけしきにも色がもどってきた。
そのひとは朝のひかりといっしょに、ゆっくりと目をあけた。
まだねむそうにあくびをして、背伸びをすると、ようやくじーっと見つめているぼくに気がついた。
「おはよう。きみは早起きなんだね。そんなにわたしに会いたかったのかな」
「おはよう!ぼく、あなたに会えるのをすごく楽しみにしてたんだ。たくさんお話して、たくさん遊びたいな」
うすいピンク色のワンピースを着たアサガオさんは、こまったようにほっぺに手をあてた。
「それはいいけれど、お昼がきたらお別れだよ。明日もきみとあそべるかなんて保証できない。本当にみじかい時間しかきみといっしょにいられないけれど、それでもいいの?」
もちろんいやだった。だけどこの日をのがしたら、アサガオさんには会えないかもしれない。
限られたじかんでも、ぼくはアサガオさんと思い出をつくりたかった。
わがままな子には友だちができないって、おかあさんも言っていた。
「うん、わかってるよ。でもぼくは、アサガオさんとあそびたい」
「そっか。じゃあさっそく行こうか。まだみんなは夢のなかだから、この世界にはぼくときみのふたりだけだよ」
ぼくとアサガオさんは、手をつないで朝の公園を占拠した。
ブランコにのって、ぞうさんの鼻のかたちをしたすべり台にのって、砂場でお城をつくる。
だれもいないからあそび放題。じゅんばんを待つこともない。
公園をでたら、近くのくまさんの畑で収穫のお手伝いをした。
そのころには朝日がのぼって、葉っぱについた朝つゆがきらきらと宝石みたいに光っていた。
くまのおじさんとアサガオさんと、トマトときゅうりとトウモロコシを収穫して、近くの小川で野菜をあらって丸かじりした。
「おいしいね!」
「そうだろう、おれの野菜は世界一なんだ!手伝ってくれたお礼だ、もっと食え」
ぼくが横に三人もならびそうな、大きなからだのくまさんは、おおきな口をあけて「わはは!」とわらった。
顔はこわいけど、ほんとうはとても強くてやさしいおじさんだ。
となりできゅうりをかじっていたアサガオさんも、くまさんに負けないくらいおおきな声でわらった。
畑のお手伝いがおわると、ぼくたちはおみやげに、かごに入りきらないくらいの野菜をもらって、また野原にでかけた。
ほかのお花もみんな起きだして、だれが一番きれいか競争したり、日なたぼっこをしていた。
ぼくとアサガオさんは、みんなのなかに入っていっしょにあそんだ。
楽しいじかんはあっというまに過ぎて、太陽がいちばん上にのぼろうとしていた。
ぼくとアサガオさんはつかれて、芝生のベッドに寝ころがる。
モンシロチョウのかたちの雲が、ゆっくりと西にながれていった。
ぼくとアサガオさんは手をつないで空を見る。
遠くの木々から、セミさんがみーんみーんとないていた。




