夜空へ
気球のりばのうさぎさんたちは、さいごのお客であるぼくたちが出発するのをまっていた。
お客さんだから、ここはもう、ぼくたちの居場所じゃない。
ペガサスさんが大きな翼をひろげると、月のうさぎさんがぼくのからだをかかえて、背中にのせてくれた。
「重くない?」
「平気さ。しっかりつかまっていてね。では、月のうさぎさん、とても楽しい時間をありがとう!」
「道中、お気をつけて」
ふわりと、ペガサスさんが浮きあがった。
「ぼくを招待してくれて、ありがとうございました!」
「どうぞこれから先も、あなたの日々が幸せでありますように」
月のうさぎさんたちは、深々と頭をさげた。
「また気流のあらしをぬけるけど、とばされないでね」
「うん、もうこわくないよ」
ペガサスさんは前のめりになって、からだをまっすぐに急降下したかとおもうと、きた時とおなじように、なんにもない、まっさらな世界にとじこめられた。
すぐに景色はうつり、ごおっと強風がふきつける。
しっかりとしがみついていても、からだがとばされそうだった。
でも、だいじょうぶ。ペガサスさんの背中はとてもあたたかいから、ぼくは嵐をぬけるのもぜんぜんこわくなかった。
かえりの夜空は、ずいぶんとうすい色になっていた。
ペガサスさんはのんびりと飛んで、オリオン一座の歌を口ずさんでいる。
冬にむかう、葉っぱのにおいがした。
夜の色にそまった森がさわさわとゆれる。
ペガサスさんの、ちょっとずれた鼻歌をききながら、ぼくは広い夜空をひとりじめした。
そういえば、あたりは暗いのに、ペガサスさんのすがたは夜の色にかくれずに、しっかりと真っ白にかがやいている。
ぼくは家族で美術館に行ったときのことをおもいだした。
それは、黒くぬられた絵の具の真ん中に、真っ白な絵具でかかれた小鳥が夜をわたっている絵だった。
ぼくもこんな夢がみたいとおもって、家にかえってクレヨンでおなじ絵をかいて、まくらのしたにいれてねむった。
けっきょく、空をとぶ夢も、小鳥がでてくる夢もみれなかったけど、ぼくはいま、空をとんでいる。
たまに、夜遊びからかえる途中の鳥とすれちがうと、鳥たちはぎょっとして羽をうごかすのをわすれてしまっていた。
だんだんと、地上の景色が近づいてくると、なにやら外にいたひとたちが、星空にむかってさわいでいた。
みんながどうしてさわいでいるのか、ぼくもペガサスさんも気づいた。
「ほら、ペガサスさん!きみが星座をぬけだしたりするから、みんながおどろいているよ」
「うーん。びっくりだなあ。ぼくもすてたものじゃないね」
「そうだよ。しごとをさぼるのは悪いことだって、おとうさんもいっていたよ」
「しかたない。また逆さになって、夜の空を陣取るとしますか!…めんどくさいけど」
背中ごしだけど、ペガサスさんはうれしそうだった。
きっと心のなかでわらっているよ。




