トナカイ亭
目が覚めると俺はベットの上だった。
寝ぼけまなこでゆっくり周りを見渡してみると、ベット以外何も無い部屋。
六畳ほどの部屋にあるものはベット、扉、カーテンの無い窓だけだ。
木製の扉が鉄格子なら刑務所だと言われても信じるだろう。
それぐらい何もない。
「俺の・・・部屋か・・・」
そう、この何も無い部屋こそが今朝みた景色と変わらない自分の部屋なのだ。
ベットから起き上がる。
窓の外をみるともう夕方だった。
「・・・そうか・・・あの影の剣士に負けたのか・・・」
記憶が戻ってくる。
LVが下がっているとはいえ、あんなやつに遅れをとるのが悔しくてたまらない。
以前の俺なら『アイツ』とどっちが早く倒せるか競争したものなのに・・・
そこまで思い出したところで首をブンブンと振って前を見据える。
「いや、今はそんなこと言ってもしょうが無いよな」
ふんっ、と勢いよくベットから飛び降りる。
不思議と体に痛みは無かった。
肩をコキコキと鳴らして体の具合を確かめていると、突然扉が勢いよく開いた。
「ああー、シュンちゃん起きたー!?」
まっすぐ俺のところまで来るとやっぱり抱きついてきた。
まあ、ここまでは最近ではいつも通りだ。
俺は当然のようにルビーの横っ面に手を押さえて強引に引き剥がす。
「あのなぁ、毎回言ってるがノックぐらいしろ。あとすぐに抱きついてくるな。それに・・・」
「シュンちゃん体はもう大丈夫?」
「えっ、ああ、何とも無い。大丈夫だ。」
こいつと話していると毎回ペースを崩される。
もうすぐ出会って一週間になるがまだ慣れない。
俺はルビーを落ち着けて何があったのか聞いてみた。
「俺が気絶した後何があったんだ?」
「うん?シュウちゃんが倒れちゃったあと?」
「そうだ、どうして家まで帰ってこれたんだ?」
「うんっとねー、あの後ー私があの亡霊みたいのを一発ポカッって叩いたら消えちゃった」
人差し指を顎に当てて上を見ながらルビーが話し出す。
どうやら結構ダメージは与えていたらしい。もう少しで倒せたんだな。
まあコイツとステータスに違いはあるから俺だともっとかかったかもしれないが。
「で、その後は?」
「そしたらねー、シュンちゃんが倒そうとしてたLV5のスライムもすぐ襲ってきてー、倒れてたシュンちゃんに向かってたからー、危ない!って思ってファイアーボルトを使ったの」
あの遠くにいた奴まで近くにいたのか!全然気づかなかった。
となると、もし俺が影の剣士を倒せてもスライムと連戦になってたわけか。
結局あいつを倒せても無事では済まなそうだな。
こいつがファイアーボルトを始めから使えばいいのに・・・ってファイアーボルト!!??
炎と雷と同時に放つ上級魔法じゃねーか!
つかおまえレベルドレイン以外の魔法も使えるのかよ。
「でー、シュンちゃんのレベルが上がってたからー、ズルしちゃ駄目!ってことでー・・・っていやいやなんでないよ、なんにもしてないよ」
言葉をさえぎってぶんぶんと両手と首を振る。
ものすっごい怪しい。
ってちょっと待て。えっ、コイツなにを言ったの?レベルが上がってたから?ズルしちゃ駄目?
嫌な予感しかしない俺はギルドカードを取り出すと自分の手を透かして見てみる。
LV1
嘘だろーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!
戻ってんじゃねーか!!!
「おい!!!どーゆーことだ!!!」
もうこっちはLV1なんだ。
下げられるレベルもないからここぞとばかりに大声でつっこむ。
日ごろのウップンを晴らすかのようにルビーに問い詰めた。
「い、いやー、そのー、ちょっとだけって思ったんだけどー・・・そう!あのマッズイ亡霊のLVを吸っちゃったからー、その、口直しと言うか・・・」
「俺のレベルをスイーツか何かと思っとんのかーー!!!だいたいLVに味覚があるなんて初めて聞いたわ!!!返せこのヤロー!!!」
「それは嫌」
それだけははっきりと拒否される。
もう本当に返して欲しいんだけど。
20分ほど問答を繰り返してつっこむ気力も使い果たした俺は続きをうながした。
「えっとー、その後近くにいた男の人が来てくれてー、事情を話したら町までシュンちゃんを運んでくれたの」
近くに男がいた?
俺が見渡した時はそんな人なんかいなかったぞ。
平原だから隠れようもないし・・・そんなに長い間俺は気絶してたのか?
「それでー、町に着いたらじいちゃん先生のとこに行ってー、ああっ、その男の人とはじいちゃん先生のとこで別れたよ」
じいちゃん先生ってのはこの町一番の名医で・・・名前が・・・クラフリーさん・・・だったかな?
その男ともそこで別れたって言ったけど誰なんだろう?
もっと詳しく聞いたほうがいいのかな
「で、その後は私が抱えてこの家まで運んだんだよ」
え?
一瞬頭の中が真っ白になる。
ここから先生のところまで500メーターはあるぞ。
人の往来も多いし。
「え、えと、道中誰にも会わなかった?」
「?たくさんの人がいたよ?みんなジロジロ見てたけど」
「当たり前だーーーーー!ローブ姿の女に抱えられた男がいたら俺でも見るわーーー!!」
はぁ・・・外に出たくねえ。
そう思ったところでお腹がぐぅーと鳴った。
窓の外をみるとかなり暗くなっている。
「はあ、飯にするか」
「うん!トナカイ亭だね!」
トナカイ亭ってのはこの町の冒険者ギルド加入者限定の定食屋兼飲み屋だ。
冒険者に登録していれば格安で飯が食える。
正直な話、無一文でもパンが食べれるから冒険者はみんなここに来るってわけだ。
ポケットの財布だけ確認して家を出ようとしたところでルビーが首をかしげながら聞いてきた。
「あれ?何か声が聞こえてこない?」
「ん?だれか来たのか?」
小走りに扉へと進む。
ルビーが開けっ放しにしていたドアを覗き込むと冒険者とおぼしき二人組の男女が入り口できょろきょろしながら「すいませんー」といっていた。
この家の入り口は大きなエントランスになっている。
二階へ続く階段は左右に二つ曲がるように作られており、正面から見ると一般人は入りにくい。
一見するとホテルに見えるが実はこれが俺の家だったりする。
「どうしました?」
声をかけると冒険者二人はビクッとしながらこちらへと振り向いた。
「あの、ここで無料で泊めさせてもらえるってきいて・・・」
そう、ここは自分の家でもあり冒険者の無料宿泊施設として開放しているのだ。
もともと高レベルだった俺は各地へ転々としており、一つの場所には留まらなかったわけだが、かつての仲間の提案で自分の故郷に無料の宿泊施設を提供しようと持ちかけられてこの家を作ったって訳だ。
少し前まではここも賑やかだったが俺のレベルが下がってからは地元人は近寄りもしなくなったけど。
「ええ、どうぞ。扉の前に名前の書いたプレートがある部屋以外は好きに使って下さい。ただ、他の方も使うので連泊はやめて下さいね」
「よかったー、ありがとうございます」
そういうと二人組は頭を下げながら荷物を持って部屋を探し始めた。
彼らの後姿を見送るとルビーがとことこと俺の近くまでやってきた。
「うん、相変わらずシュンちゃんは優しいねー、えらいえらい」
後ろからルビーが頭を撫でてくる。
くすぐったさと恥ずかしさで「別に」とだけ答えてぷいっとそっぽを向く。
「ほら、俺らも飯食いに行くぞ」
「はーい」
そうして俺たちもすっかり暗くなった外にむけて二人で歩きだした。
☆
トナカイ亭に着いた時にはもうすっかり日は落ちていた。
二階建ての古びた建物の窓から明るい光と大きな喧騒がもれている。
扉まで行き軽く右手を押すとガランと大きな鈴がなりながら扉が開いた。
ガヤガヤ・・・ガヤガヤ・・・
相変わらず騒々しい店内を掻き分けて一階の空きテーブルを探す。
ここは冒険者専用なだけあって一階と二階は区別されている。
一階は仲間を探す人用のスペースで、ここで飲食している人と一緒に冒険しませんか?って声をかけることができる。もちろん逆もあるからあまりゆっくり食べられない。
けど、そういった場所は必要なのだ。
対して二階は勧誘お断りのスペースだ。
すでにパーティーを組んでいる人や、声をかけて欲しく無い人向け。
俺達は迷うことなく一階のテーブルに座り見飽きたメニューを眺める。
すると俺達に気づいたやつらがわざわざ聞こえるように大声で話始める。
「おいっ、英雄様がこんなちんけな場所で仲間を募ってやがるぜ」
「馬鹿!聞こえるぞ!あーでももう怖く無いよなー。どれどれ」
そういって汚れたズボンからギルドカードを出して覗きこむ。
「ひゃはははははは!!LV1だって!!あの英雄様がひゃははははははははは」
「どれ俺にも見せてみろよ!おう!間違いねえな!わはははははは!」
俺はスルーを決め込みメニューを見る。
ここ数日からこの手の嫌がらせは日常となっていた。努力もせずに人を妬み、魔物に脅えて成長しない。
そんな人達の溜まり場でもあるのだ。
「おかしいなぁー?昨日まではLV2だったのにようー。せっかく俺様が頑張ったねーって褒めてやったのによー、わははははははははは!!」
「ぜってーこいつ呪われてるって、近づかないほうがいいぜーひゃははははは!!」
ふう。
ため息がどうしてももれてしまう。
悔しいが今の俺ではこいつらには敵わない。LV1なのも事実な以上何も言い返すこともできない。
今はただ、黙って飯を食って帰ることぐらいしか俺には出来ないのだ。
「英雄様は何を注文するのかなー?まっ、こんなチンケな店で何頼んでも英雄様の口には合わないんじゃないのかー」
「チンケな店ってのはここのことか?」
「ああ!!?決まってんだろ!!!っうぐ!」
男は突然ゆっくりと前に沈んでテーブルに倒れこむ。
テーブルにあった料理の皿やコップが派手に散らばり下に落ちて割れいく。
倒れた男の後ろから馬鹿でかいフライパンを叩きつけて仁王立ちするエプロン姿の男がいた。
体格がかなり良く、腕を組んだ腕は俺の二倍はありそうだ。
かなり怒っているようでその目は殺気に近い色を宿している。
しん、と静まった店内にフライパンを持った男の声だけが聞こえてくる。
「てめーら俺の前でさっきのこともう一度言いやがれ」
「い、いや、な、何も言ってねーって」
男は完全にビビッて震えながら言い訳をしている。
「俺はチンケな店って聞こえたんだが・・・気のせいか?」
「そ、そうっす。気のせいっすよ」
恐怖のためか言葉遣いまで変わってるぞ。大丈夫か。
するとフライパンの男がこちらへ振り向きニカっと笑って声をかけてきた。
「おう、シュン。良く来たな。で、今日は何にすんだ?」
「やりすぎじゃねーか?トナカイさん」
「まあ、ここではいつもこんなもんだ」
がははと大きな声で笑うこの男がこの店トナカイ亭のオーナー、トナカイだ。
こんななりだがもともとこいつは歯医者だったんだ。
シカ医のトナカイって評判だったよ。まあ・・・いろいろと・・・全部は聞くな。
俺も子供のころは何度かトナカイに診てもらったんだ。この人とは子供の頃からの付き合いって訳。
「んじゃ、今日のオススメ定食一つ。ルビーはどうする?」
「私も同じものを!」
「はいよ!!ちょっと待ってな!!。」
注文をメモに書くとフライパンを抱えて厨房に戻ろうとしたところでテーブルに突っ伏していたの男が目を覚ました。
きょろきょろと周りを見渡したあと、さきほどのびびっていた男と小声でぼそぼそ話している。
「ん?なんだおめえらまだいたのか!!?メシ食ったんならさっさと帰りやがれ!!」
男たちはひっと顔を引きつらして逃げるように店内から出て行く。
やがて店内も落ち着きを取り戻し、いつもの喧騒へと戻っていった。