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Dear SORCERY  作者: 長岡壱月
第二幕:禁呪の人 -Populus magica prohibentur-
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2-(2) 魔法使い

「……安定してきたわね。これくらいでいいでしょう」

 気を失った聖を伴い、一同は学園の保健室に集まっていた。

 ベッドに寝かせられた彼を、とうにこなれたものとみえるアリスが診ている。

 室内に他の生徒はいなかった。先客や教護教諭には言霊で退出を願い、伴太が御札を貼っ

て周囲の人払いを施してくれたおかげだ。

 心配と、尚も燻る敵愾心。そんな彼らにちらちらと遣られている警戒心。

 正明・麻弥兄妹と仲間達、そして晴。面々がベッドの周りに思い思いに立つ中、アリスは

振り返るとゆっくりその口を開き始める。

「先ずは皆さんにお詫び申し上げます。うちの愚息達がご迷惑をお掛けしたようで……」

「い、いえっ。とんでもない……」

「そちらの事情は署でも聞きました。お気になさらず。ただ巡り合せが悪かっただけです」

 ぺこり。純正金髪の女性とは思えぬ流暢な日本語とその所作に、一番危ない目に遭った筈

の麻弥までもが慌てていた。その反応を継ぐように、冷静に受け流すように凛が言う。

 ──そもそも、何故彼女達が学園に駆けつけたのか?

 それは時間を少し遡らないといけない。

 正明・麻弥兄妹と別れ、武蔵・凛・伴太の三人は件の魔術薬の流通ルートを辿るべく再び

街に繰り出していた。

 路地裏の一件で一度は出鼻を挫かれていた聞き込み。それを気を取り直して地道に積み上

げていたその最中、当局から連絡が来たのだ。

 曰く、一連の事件に関し、有力な物証の提出が為されたとのこと。

 三人は報告を受け、早速所轄署に──内部の魔術側の協力者と再度接触をした。

 そしてそこで目の当たりにしたのは例の魔術薬の破片であり、その成分を事細かに分析し

たデータであり、それらを持参した魔術師・瀬名川アリスの姿であったのである。

「巫監の役人、か。そうならそうと、最初から言ってくれれば……」

「そ、それはぁ……」

「まぁね。でも私達が直接駆けつけた理由は、あなたも解っているでしょう?」

「……」

 晴がぼやき、麻弥が苦笑する。互いに隠そう隠そうとしていたからこそ、あそこまで状況

が拗れたのは否めなかった。

 それでも、アリスはそんな息子にそっと諭すように言う。

 晴は目を細めて押し黙った。ちらりと、尚もベッドの中で眠ったままのともを眺めて、無言

のまま何やら考え込んでいる。

 アリスと武蔵らの出会い。それは程なくして彼女の息子・晴が件のハーフ少年であること

を明らかにした。

 そしてもう一人の息子──同居人・聖のことも。

 ただ専門分野が故に当局から疑われた彼女。そんな母の無実を証明しようと飛び出して行

った息子達。

 彼らは犯人側ではなかったのだ。

 だからこそ三人は、アリスを伴い、期せずして行き違いになってしまった正明らと合流す

べく学園こちらに駆けつけてきたのである。

「……既に目撃してしまっていますし、隠そうとしても無駄でしょう」

 唇を結んだ息子の反応を委任と受け取ったらしく、アリスが改めて言った。

 正明以下、巫監の面々が思い思いに彼女を見遣っている。部屋の外には当局から派遣され

た魔術師が数人、この部屋への見張りや中庭での事後処理──証拠隠滅に当たっている。

「聖は──“魔法使い”です」

 声自体はとても落ち着き払ったものだった。

 だが面々の反応は酷く硬い。ビリリッ、静かな緊張が室内に充満する。

「十年前になります。その日とある街で魔術師同士による抗争が勃発しました。彼らは魔術

側の領分を越えて戦い、住宅街を一つ、消し炭にするほどの災いをもたらしました。当時、

私はその事後処理のために召集された魔術師の一人だったのですが……そこでこの子、聖が

発見されたんです」

「発見?」

 正明が片眉を上げて、その言葉を繰り返していた。

 違和感である。その言い方はまるで……。

「ええ。この事件の犯人、争っていた二人の魔術師の惨殺体の傍で、まるで力尽きたように

気を失っていたんです。左腕に呪刻──魔法使いの刻印を宿した状態で」

 その言葉に正明が先の表情のまま固まっていた。麻弥が大きく目を見開き動揺していた。

 既にざっくりと話を聞いていたのだろう。武蔵ら残る三人はこの兄妹ほどショックな素振

りをみせてはいなかったが、それでも魔法使いそのなが詳しい状況が語れたことで、じっと眉根を

寄せたりそっと口元に手を当てたり、各々にその意味の重さを咀嚼しようとするのが分かる。

「ど、どうして……? ひーく──聖君は、どうして“魔法使い”なんかに……??」

 堪らなくなって、麻弥が彼女に訊き返していた。

 兄や仲間達もそれとなくその質問の答えを待っているようだった。一方で瀬名川親子はす

ぐには答えず、それぞれに聖を、そして互いの顔をちらりと見合わせる。

「それは、今も分かりません。何せ彼が願いの“代償”として差し出したものがあまりにも

無茶苦茶でしたから」

 ──しばしば、世俗において「魔術」と「魔法」は同一視される。

 だが魔術こちら側の人間に言わせれば、それはとんでもない混同だ。

 魔術とはどだい学問なのである。科学と同様──その用いる原理・法則が異なるだけで、

先人より積み重ねてきた蓄積、当代の者達による錬磨、そうした無数のトライアンドエラー

を経て大いなる理に達しようとする試みにであることに変わりはない。

 しかし……“魔法”は違う。そうした無数のステップを飛び越え、構築してきた原理・法

則を無視し、望む結果を手にする──言うなれば「奇蹟」の類なのだ。

 故にそれらは多くの場合、人の手には余り過ぎる。

 ではどうやって意図的にこれらを御するのか? 手に入れるか?

 それはもう、神の加護を得るか、逆に邪法の類に身を染めるかしかない。そして魔術師達

の云う“魔法使い”とは、その殆どがこの後者を指す。

 彼らは、その存在自体が「呪い」なのだ。

 “魔術こちらがわに在って魔術こちらに非ず”

 其れこそ魔術師の矜持を捨てた忌むべき者達。恐ろしき呪い人──。

「……これは当時の状況と、それからの“彼ら”の言動から推測したものでしかないのです

けれど。おそらく、相馬聖このこが持っていかれたのは……“自分自身”です」

 これまでの日々を思い出すかのように、アリスはたっぷりと間を置き、そして深くため息

をつきながら続けた。

 麻弥以下、面々の頭に浮かぶ疑問符。しかしそれはすぐに気付きに変わり──それぞれが

それぞれの形で驚愕する。

「少なくとも事実として、相馬聖という少年は“魔法”を手にした。しかしその代償として

自分自身を失い、代わりに『十三人の魔法使い』がその身体に宿ることになった……」

「要するに、本人不在の多重人格さ。……君を襲ったのも、そんな中の一人だよ」

 母の言葉を継ぐように言った晴に、麻弥はハッとなった。

 そうか……。だからあの時、ひー君は自分のことを「知らない」と言ったのか……。

「で、でも、どうして瀬名川さんが」

「そうね。確かにあの時は初対面で、医師と患者で、ここまでする義務まではなかったわ。

でも……誰かが庇ってあげなければきっとこの子は殺されていたわ。魔法使いはその成り立

ちからして災いをもたらす者だから。だから、引き取ったの。私達には同じ年頃の息子──

晴もいたから。私の専門は魔術医療。彼らの解析に時間は掛かったけれど、でも今は唯一、

暴走したこの子を“鎮静剤”で大人しくできる。さっき眠らせたのも、これよ」

 言ってアリスは、白衣のポケットに忍ばせた専用のツールを取り出してみせた。

 輪ゴムで束ねられ、薄皮の蓋を持つ、細く小さな半透明の筒。そこには一本一本、筒の底

に届かないように鍼が差し込まれており、その柄先には同じく小さな飴玉のような琥珀色の

球体──彼女曰く鎮静剤の本体がくっついている。

 これが聖に刺さる──衝撃を加えることで、鍼本体にこの鎮静剤が浸透し、彼の暴走した

人格を一時的に眠らせることができるのだという。

 晴もまた、数こそ多くないが同じ物を持っていた。曰く彼も、あにとして、いざという時に

は母に代わってこれらを打ち込むことを使命としているのだという。……尤も今回は、当人

と真正面の位置に立ってしまったがために、確実に打ち込むチャンスを中々見出せなかった

のだそうだが。

「……話は分かった。んでも、そいつが麻弥を殺そうとしてたことには変わりないじゃねぇ

かよ。本当に分かってんのか? 情に流されて匿って、それで魔術師殺しなんてしてみろ。

こっちも……ただじゃ済まさねぇぞ」

 しかし約一名、尚も怒りが冷めやらぬ者がいた。正明である。

 暴走、鎮静剤、大人しく。だが実際はどうだ? 絞め殺される寸前までいっていたじゃな

いか。事情は分かったが可愛い義妹いもうとが危険な目に遭った事実は変わらない。

 彼は引き続き彼女らとベッドの上の聖に睨みを利かせ、今にも再び手元の太刀を抜き放た

んとする。

「わっ、わー! ストップ、ストップですよ、正明さん!」

「落ち着け。今回の私達の仕事は魔法使いの抹殺ではないんだぞ?」

「そ、そうだよぉ。刀しまって、兄さん。私は……大丈夫、だから」

「……」

 それでも仲間達が急いで宥めに掛かったことで、その緊迫も長くは続かなかった。

 何より当の麻弥本人がその側に回ったことが大きかったのだろう。がしりと柄に手を掛け

ていた正明だったが、この妹の不安げな眼差しにその手を離す。

 ただ、それでも心の底から納得した様子ではなかった。

 変貌してしまっても、幼馴染の少年──おそらく今も抱いているのであろう思慕……。

 チッと彼は小さく舌打ちをしていた。半分剥き出しにしていた太刀を、彼は渋々と布包み

の中へと戻していく。

「……やれやれね。正明君? だからここで一つ、私から提案があるんだけど」

 そんな彼らを眺めながら、凛が切り出した。

 まだご機嫌ナナメに向けてくる視線と、身構えた晴や感情の起伏を押し殺すように立って

いるアリスの姿。彼女はそんなこの母子おやこと一度顔を見合わせて何やら確認を取ると、言う。

「折角だから、今回の捜査、アリスさん達にも協力して貰おうと思って」

「……はぁ?」

 はたと正明は口を衝いて出ていた。

 何をいきなり。彼は思った。麻弥いもうとも彼女の提案に目を丸くしているのが窺がえるし、いくら

同じ魔術師といっても部外者と分かった人間を巻き込む訳には……。

「言いたいことは分かるわ。顔に出てるものね。でも……悪くない話だと思うの。何せ今回

の事件は魔術薬絡み。そこに専門家が加わってくれれば、これほど心強いことはないんじゃ

ないかしら?」

「それは……まぁ」

「それに、入手手段こそ褒められたものではないが、彼らが手に入れた薬の欠片から多くの

ことが分かった。ですね? アリスさん」

「ええ。羽賀さん達には同じ内容の繰り返しになりますが……成分を分析した結果、この薬

は製法としては旧式のものであることが分かりました。加えて精製自体も粗雑。正直言いま

して粗悪品と断じてしまっていいと思います。少なくとも、現在の魔術師が作ったものにし

ては、お粗末過ぎるんですよ」

「……それは、要するに」

「犯人は、素人さん?」

「そうなります。意図的に粗悪品を作ったのでなければ、ね」

 それは巫監の面々にとっては重要な新情報だった。麻弥と正明、仲間達が互いの顔を見合

わせてから、この魔術師アリスと息子・晴をまじまじと見遣る。

「ね? 心強いでしょう? 犯人像もこれでだいぶ絞れたわ」

「……勿論、無理にとは言いません。ただ乗りかかった船ですし、息子達の“迷惑料”も兼

ねて申し出た次第です。薬とは救うために作るもの──その力に溺れるためでもなければ、

その愚かさを広めるためのものでもない……」

 一同は黙っていた。

 武蔵ら先に接触していた三人はチームリーダーである正明の返答を待ち、その正明はじっ

と目を細めたまま自分の中のもやもやと戦っている。

 結構いい人なのかな……? 麻弥は彼女のそんな呟きに少なからず眩しさを感じ、一方晴

は「迷惑料」と表現された自身、そんな申し出をさせてしまった母に負い目を感じてかばつ

の悪そうな顔をしている。

「……分かりました。その厚意に感謝します。一日も早くこの事件を解決しましょう」

 暫し黙ってからの返答。正明は最後には私情をぐっと押し殺して真摯に振る舞っていた。

 差し出された手。アリスもそれをさっと取り返して握る。

「はい。宜しくお願いします」

 尚もベッドの上では、まほうつかいが眠っていた。

 かくして人払いの成された室内で、彼ら魔術師同士の協定は結ばれる。


「え? 不審者?」

 一方、時を前後して、とある上級生らのクラス教室。

 休み時間の程よいざわめきの中、彼はそんな、断片的に聞こえてくる情報にじっと耳を傾

けていた。

「ああ。何か前の時間くらいに知らない人らが入ってきたんだと。最初は何か下でごちゃご

ちゃやってたみたいだけど、結局役人? だったみたいで」

「ふぅん……。何でまたこの学園うちに?」

「さあ? 急ぎの用でもあったんじゃねぇの? 此処、規模だけは無駄にあるからなあ」

 何かあったようで、無い。分からないが、この学園にも雑事の一つや二つあるだろう。

 そんな何の気ないやり取りだった。事実この男子二人の会話は程なくして脱線し、昨日何

の番組を観ただのゲーセンに行っただの、何の変哲もない普通の雑談に流れていった。

「……」

 そう。何の変哲もない、ごく「普通」の日々。

 机の中で密かに、カチャカチャとたくさんの錠剤が入った小瓶を、そう彼は一人手の中で

弄び続けていたのだった。

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