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Dear SORCERY  作者: 長岡壱月
第二幕:禁呪の人 -Populus magica prohibentur-
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2-(0) 惨状をみて

 かつて、とある魔術師同士の抗争があった。

 結局何が彼らをそこまで争わせたのか、この時は判らなかった。

 ただ確かなのは、彼らが魔術師の“領分”を越えたことで、閑静な夜の住宅地を一つ、大

火に呑み込んだという事実だけである。

「しかし……酷いものですな」

「ええ。これは聞いていた以上に面倒な事になりそうです」

 故に事態は由々しきものだった。それは秘匿されるべきものだが、由々しきものだった。

 魔術と科学は相容れない。数百年以上前に、両者は別々の道を歩み始めた。

 だからこそ棲み分けなければならないのだ。魔術こちら側が科学むこう側に害を加えるような事案が発生

すれば、それは長短どちらの目で見てもこの峻別を脅かす。

 事件を受け、周辺に居を構える魔術師を中心としたチームが現地に入っていた。

 当面の拠点として提供されたのは、現地に建つ小さな教会。

その元礼拝用の地下室に集まった面々は、寄せられる報告と実際に──秘匿、その細工の為

に運び込まれた犠牲者らの亡骸を目の当たりにし、総じて渋面を隠せない。

「魔術物質の採集を急げ!」

「息のある人間には記憶の操作を」

「……ミセス瀬名川。彼らの容態は……?」

「正直、厳しいですね。火傷、創傷、肉体的なダメージ以上に魔術の余波が治癒を妨げてし

まっていますから」

 そこには、彼女もいた。

 瀬名川アリス。日本人の夫を持つ英国出身の魔術師だ。魔術医療に長けた手術服姿の彼女

は、仮設の寝台にずらりと並べられた人々の間を忙しなく行き来しつつ、そう淡々と処理を

続けながら応えている。

「そうですか。ではせめて、彼らから魔術の痕跡を除去する方向でお願いします。もう少し

すれば全員、向こう側に引き渡しますので」

「……。ええ」

 カツンカツン。タイル張りの床の上を、そう言い残した魔術師の一人が踵を返していく。

 手術服で表情が隠れていて良かったとアリスは思った。

 つまり、まだ息のある彼らの生死には関わらないということなのだ。最終的には救急──

科学むこう側の病院へと引き渡される。

 あくまで自分達の目的は、魔術の痕跡を揉み消すこと。

 政府が今回の件でどれだけ口煩く苦情を言ってくるかは分からないし、自分のような末端

の魔術師が知ったことではないが、命より重いものがあるというのは……正直胸糞悪い。

 既に死んだ、魔術物質を除去し終わった犠牲者は、早々に引き渡され出したようだ。

 翌朝には、彼らは犠牲者○○人という数字の一つになるだろう。そして原因は住宅街に敷

かれたガス配管の破裂──と、表向きには発表される。そういう手筈だ。

 夫を含めた同胞らが、既に政府当局筋と刷り合わせに入っていると聞いた。

 後始末。尻拭い。そう言ってしまえば簡単だが、やはりこういった仕事を受けるのは貧乏

くじなのだろうなと彼女は思う。

「……」

 また一人、助からない命を看取った。そっと瞼に指先を当て、静かに眠らせる。

 自分の薬を投与すればまだ助かる可能性はあった。だがそれはこの状況では許されない。

魔術の痕跡を第三者に悟らせない為の工作をしているのに、魔術薬を投与しては目的が入れ

替わってしまう。……それは許されないことだ。

 ずらりと患者達を見渡し、アリスは静かに目を細める。……ざっと三割か。

「み、ミセス瀬名川」

 そうしていると、別の方から声が掛かった。他の患者達とは距離を置いて隔離されている

重要な者達の寝台だ。

「彼の呼吸が戻ってきました。目は、まだ当分覚ましそうにありませんが」

「そう……」

 厚手のビニールカーテンを潜り、アリスはその中に入った。そこには三台の寝台が用意さ

れており、内二つには見るも無惨な遺体──大人が二人、残る一つには焼け焦げをあちこち

に残す幼い少年が寝かされている。

 様子を見てくれていた同じ医療系統の魔術師が、おずおずと表情を強張らせている。

 アリスはそっと歩み寄り、彼と替わった。

 無理もないだろう。ここにいるのは今回の事件の犯人──抗争の末に死んだと思われる当

の魔術師たち本人なのだから。

「しかし、一体どういうことなんでしょうね?」

 少年の顔にそっと手をかざす。腰を落として寝台の位置に目線を合わせる。

 微かだが吐息を感じた。ゆっくりと、とてもか弱いが胸が上下しているのが確認できた。

 助手役の彼が言っていた。アリスは最初何も言わなかった。それは話を聞いていなかった

のではなく、自分もまた答えようがなかったからで……。

「彼らの傍に、この子は倒れていた。二人とも死んでいた──魔術的な力で殺されていたに

も拘わらず、この子にはこうして息がある。巻き込まれたにしては……不自然です」

「そうね」

「や、やっぱりこの子が……? 腕のアレがありますし……」

「……」

 実際の現場は、ちらっとしか見ていない。

 遠巻きにだがそれは地獄絵図だった。

 夜の闇を煌々と照らす赤。だがそれらは全て炎であり、何百人もの人々の家を生活を消し

炭と瓦礫に変えてもなお燻り続ける色だった。

 この少年と魔術師二人の遺体。

 彼らが運び込まれたのは、こちらに拠点を作ってからちょうど最初の第一陣のことだ。

『どうやら事情は更に拗れているらしい……。観れば分かる。アリス、この子を頼む』 

 夫らが大慌てで担ぎ込んできたもの、それがこの三人だった。

 大人、魔術師二人は既にその損傷著しい見た目からして絶命していた。なのにもう一方、

残る少年だけは──まるで何か力を使い果たしたかのように眠っていたのだ。

 文字通りボコボコにされた二人の魔術師。今回の大罪人。

 だがその死という末路は、本当に彼ら同士の抗争「だけ」に因るものなのだろうか?

 今でこそ次々と運ばれてくる犠牲者・患者への対応であくせくしているが、最初この三者

を見た時、自分を含めたこの場の皆は悔しさ──そして戸惑いを隠せなかったものだ。


 まさかこの子が、二人を殺したというのか……?


 疑いはやがて半ば確信へ。彼が宿していたそれによって、自分達はその考えから逃れられ

なくなっていた。

(……一体、君は何を願ったというの……?)

 この地下室にも、時折遠くけたたましいサイレンの音が届いてくる。

 尚も眠るこの幼い少年を見下ろし、アリスはそう何度となく繰り返す問いを紡いでいた。

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