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Dear SORCERY  作者: 長岡壱月
第一幕:魔薬捜査 -Lorem investigationem-
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1-(5) 再会

 路地裏での一件ニアミスから、その日で三日目を迎えようとしていた。

 正明達が調査した結果、確保した少年達からは種々の魔術物質が検出された。その多くが

肉体強化に作用するものであり、おそらくは混合されることで相乗効果を狙ったものとみら

れる。一件自体は表向き一般の傷害事件として処理され、全員幸か不幸か命に別状はない。

ただ最も激しく交戦したとみられるリーダー格の少年だけは別で、また後日、その回復を待

たなければ聴取もできぬだろうというのが大方の見解だった。

『照合完了しました。潮ノ目学園……この辺りでは一番大きな学校みたいですね』

 とはいえ、それまで何もせずにぼうっとしている訳にもいかない。

 確保した物証、自分達の記憶を頼りに、正明達はあの時現場から逃げ去った二人の少年を

特定すべく動き出していた。市内での拠点──ビジネスホテルの室内にて伴太がノートPC

を操り、彼らの着ていた制服から所属する学校を割り出す。

『また学生か。これは思った以上に例の薬が蔓延しているらしい』

『でも妙ね。倒れていたあの子達は物理的なダメージはなかった。……眠らされていたわ。

まだ未熟だけど魔術を使って』

『やっぱり魔術師が関わっているんでしょうか? 何かトラブルがあって、あんな……』

『さてな。実際に掴まえてみないことには推測でしかねぇさ。大丈夫だ、お前には戦いの負

担は押し付けない。いざとなったら俺達がやる』

『……うん』

 状況は一見して尚混線しているようにみえた。実際本丸である魔術薬の出元は分からない

ままだし、そこに件の二人組が加わったのだ。どう両者を関連付ける──或いは全く別の線

とすればいいのか、まだ情報が足りない。

『……仕方ねえ、ここは二手に分かれよう。武蔵・凛・伴太は引き続き薬の流通ルートを辿

ってくれ。俺は麻弥を連れてその学園とやらに行ってみる。上手くいけばあの二人をとっ捕

まえて芋づる式に解決するかもしれん』

 故にそうして一行は一旦別行動をすることになった。

 いわば直接的な攻めと、間接的な攻め。戦力が分けられてしまうが事態の深度を考えるに

あまり悠長に調べている訳にもいかないだろう。武蔵たちも快諾してくれた。楽観的かもし

れないが、あの二人が絡まった糸を一気に引き寄せるつかみになることを願う。

(やっぱり、あの男の子はひー君なのかな……?)

(麻弥をこのまま宙ぶらりんにはしておけねぇしな。魔術絡みの幼馴染クン、か……)


「──ん? 誰だ? 此処から先は関係者以外立ち入り禁止だぞ」

 当然ながら、いざ潮ノ目学園の前まで来ると、正門傍の詰め所らしき場所から守衛と思し

き制服姿の男達が姿をみせた。そこはかとなく上から目線。こちらが年下だというのもある

のだろうが、端から邪険に扱うつもりで接してきている。

「……“此処を通せ。上客だ。お勤めご苦労”」

 だがそんな警備を正明はあっさりと通過してみせた。

 少しばかりムッとした後、静かに目を細めてそんな軽くリズムを含んだ一言を。

 するとどうだろう。まるでそれが上官の命令であるかのように、彼らは急にその瞳に色彩

を失って易々と道を開けてくれたのである。

「ふわぁ。相変わらず凄いね、兄さんの言霊」

「そうでもねぇよ。……行くぜ」

 ぼうっと突っ立った守衛らを背後にし、正明と麻弥はそのまま敷地内へと進んだ。

 肩に担いだ長い布包みが歩みごとに揺れている。麻弥は素直にこの兄の──魔術師として

も先輩のその力量を褒めたつもりなのだが、当の正明自身は照れ隠しなのか淡白な反応だ。

 潮ノ目学園はレンガ造りの、全体的にレトロな風情を湛える佇まいだった。

 正門から入って程なくすると丸い石畳が広がり、右手に進めば奥へ奥へと連なる校舎、左

手に進めばグラウンドと部活棟や倉庫らしき建物が遠巻きに見える。

 二人は暫し石畳からレンガ道へ、レンガ道から芝生へとその右手方向を進んだ。

 どうやら建物もレトロなら、それらを彩る緑もまた豊からしい。

 正明あにの後をついていきながらも、麻弥はその手入れの行き届いた庭園を感心して見渡して

いた。京都むこうだと純和風のそればかりに慣れてしまっているが、港町らしいこうした洋風の雰囲気

というのもまた乙なものだ。

「……あの人達、本当にいるかな?」

「伴太が調べてくれたし、大丈夫だろ。今日は普通の平日だ。授業中だからか他人の気配は

ないが、もう少し行ったら適当に誰か掴まえて言霊で訊いてみればいい」

 しかし一方で正明はというと、そんな風情を感じる気持ちの余裕は持ち合わせていないよ

うだった。勿論今はれっきとした仕事中なので当たり前の態度かもしれないが、麻弥にして

みればどうにも気まずく会話が続かない。

(あの子が本当にひー君だとすれば……あの事故で生き残ってた訳だよね。どうして連絡し

てくれなかったんだろう? やっぱり魔術側こっちに来た所為かな? 巫監自体一般の人には──

あ、でも一昨日のあれはどうみても魔術絡みだし……)

 麻弥は悶々と、期待と不安の間を行ったり来たりしていた。

 幼い頃、毎日のように一緒に遊んでいた幼馴染の男の子。両親もご近所の皆も死に、もう

誰もあの頃を知っている人はいなくなった。だからこそ京都しんてんちで頑張ろうとしてきたのに、これ

ではどうしようもなく気持ちが揺らぐ。

 見間違いかもしれない。だけど今もあの頃の記憶は自分の中で輝いている。

 ひーくんだと思う。確かに、確かにあの横顔には……面影があった。

(……よりにもよって初実戦このタイミングで登場とはな。昔から思い出話で聞かされてはきたが……場合

によっちゃ、俺はこいつの目の前で……)

 そして正明もまた、敷地内を往きながら思う。深く静かに眉を顰めていた。

 事ある毎に義妹いもうとが口にしていた過去。大切にしてきたであろうその記憶。

 だからこそ苛立った。許せないという感情が沸き出していた。

 相馬聖。お前は一体何なんだ?

 何故今頃になって、何故魔術に、お前は拠り立ちながら、こいつの前に現れた──?


「……」

 陽が昇っていくに従い、聖の座る窓際の席はぽかぽかと心地よくなってくる。

 クラスの教室。呪文のような数式を読み上げる声と黒板を走るチョークの音を意識の片隅

に、聖はぼうっと窓の外を眺めていた。

 まだ入学して程ない、しかし妙に既視感のある洋風レトロと庭園のそれ。

 穏やかだった。少なくとも多くの市民にとって世界は──遠くの何処かで誰かが炎に包ま

れていても──平和に属するのだろう。

 だが、だからこそ聖は虚しくなる。

 こんな外面の穏やかさすら、本当はただのまやかしに過ぎないのではないか。

『──結論から言うと、粗悪品よ』

 あの日、慌てて家に逃げ戻って来た自分達を迎えたアリスは、晴から預かったとある代物

をひとしきり分析に掛けた後、そう地下の研究室ラボで断言した。最初は気付かなかったが、

どうやらこの友はあのどさくさの中でリーダー格が落とした薬の欠片を拾ってきていたらしい。

『確かにこれは肉体を強化する為の魔術薬よ。だけど調合も雑で、今まで一応作用していた

っていう方が私にしてみれば驚きね。そもそもこれに使われている製法自体が旧式だし、現

在の一般的な魔術師が使うものだとはお世辞にも言い難いのよ』

 魔術師に普通も何もないと思うのだが、彼女はそうばっさりと斬り捨てる。

 故に粗悪品。調合の精度も素人に毛が生えたレベルだし、錠剤自体も随分と脆いものだっ

たという。

 少なくともちゃんとした魔術師の仕業ではない筈だ──それが彼女の、製薬を専門とする

プロの魔術師の見解だった。

 そして色々危ない目にこそ遭い、しっかりお叱りも受けたのだが、同時にこれだけの証拠

があれば当局に身の潔白を(逆説的に)証明できるだろうとも付け加えてくれた。

 もう自分達が先日のような危ない橋を渡る必要はない。

 あとは彼女自身が、いち魔術師としてその火の粉を払うだろう。

(──ん?)

 ちょうど、そんな時だった。

 瀬名川家地下でのそうしたやりとりをぼうっと思い出していた聖の目に、思いもよらぬ光

景が飛び込んできたのだ。

 ……歩いていた。あの時、路地裏に駆け込んできた魔術師達(仮)の内二人が、何故か校

舎の下、レンガ道が貫く庭園の中を歩いていたのである。

「は、晴」

「うん? なんだ。今は授業中だぞ」

「し、下……。あそこ見ろ」

 だから思わず聖はすぐ前の席に着いている晴を小突き、こちらを向かせた。

 どうやら彼の方は至って真面目に授業を受けていたようである。晴は最初怪訝な様子でこ

ちらを見ていたが、聖が窓ガラス越しに指し示すものを見て同じく目を丸くする。

「……おい。あれって」

「ああ、あの時の面子だと思う。見えてるのは五人じゃなくて二人だけど」

「まさか僕達を追って来たのか? ……ああ。そういえばあの時は制服のままだったっけ」

「これ、拙くないか? アリスさんへの疑惑が晴れる前に当局が動いてるとなると……」

「入れ違い、か……確かにな。実際、僕達が一騒動起こしてしまってる訳だし、下手をすれ

ば無駄に事態がこんがらがるかも……」

 二人はそうひそひそと呟きながら、互いに顔を見合わせていた。

 姿が確認できるのは布を担いだ青年と、自分達と同じ年頃とみえる女の子だ。

 向こうはどれだけこちらの素性を把握したのだろう? このままではクラスに踏み込まれ

るのは時間の問題に──。

「瀬名川、相馬っ! ……私の授業は、そんなに退屈か?」

「あっ、いえ……」

「そういう訳では……。すみません」

 しかし平穏は日常は、やはりいつも通りのそれでしかなくて。

 二人は教壇から飛んでくる教師からの叱責に、思わずビシッと背筋を伸ばさせられる。


『──それは、瀬名川君じゃないですかね』

 校舎の周りを歩いてチャイムが鳴るのを待ち、正明と麻弥は渡り廊下の向こうからやって

来た一人の女子生徒を捉まえると、打ち合わせ通り言霊で早速例の二人の事を訊ねてみた。

 どうやら幸先はよいらしい。ハーフという目立つ容姿があったおかげだろう。とろんと色

彩を失った瞳で彼女はそう答えてくる。

 名前は、ハーフな少年の方が瀬名川晴。そして──もう一方が相馬聖。どうやら麻弥の直

感と思い出補正に間違いはないらしかった。

 そのまま彼女を解放し、充分に離れたところで言霊からの暗示を解いてやる。つい先刻ま

での記憶もなく、頭に疑問符を浮かべているその女子生徒が去っていくのを物陰に隠れなが

ら見つめ、正明は「呼び出しに行ってくる」とだけ言い残して出て行ってしまった。

 今度は教員あたりを捉まえ、直接コンタクトを図るのだろう。

 なら式神を何体か放った方が手っ取り早いじゃないかと思ったが、そもそも相手は魔術の

心得がある可能性が高い。事を穏便に済ませたい以上、下手に刺激し、勘付かれるような選

択肢はできるだけ避けたかった。

「……」

 故に麻弥は一人、中庭の一角に取り残されることになった。

 まだ兄は戻って来ていない。そう手間取ることもないだろうが、強引な真似をしてはいな

いだろうか? 自分がまだまだひよっこの癖に、他人を心配することだけは一人前だなと気

付くと独り可笑しくなる。

 木陰に座り、じっと兄が戻って来るのを待つ。

 もしかしたら生徒や職員に見つかるかもしれないが、そこは自分も魔術師の端くれ。言霊

なりこの年格好で充分に誤魔化せるだろう。それでも心細さは否めなかった。不安と緊張の

綱渡り。その揺らぎが潜入前より確実に大きくなっている気がする。

(ひー君が、魔術に関わっている……)

 正直、あまり考えたくはなかった。しかし状況と残された手掛かりがそれを否応なく突き

つけてくる。

 不安に押し潰されそうだった。

 やっと会えた、生きていたと知れた彼に、自分はどんな顔をして会えばいいのだろう?

 事情はまだよく分からない。そこに一縷の希望を託したい。だけども、もし彼ともう一人

のハーフの子が今回の事件に関わっているなら、自分は彼らと戦わないといけなくなるかも

しれない……。

 思わず表情が歪んだ。苦しくて自然と胸元に手がいく。 

 もしそうなら──私が助けないと。

 それでも麻弥は気丈にあろうとした。もし敵同士になってしまうとしても、あの頃の思い

出までが否定される訳ではない筈だから……。

「──ととっ」

 しかし、それはそんな最中に起きた。

 不意にこちらの中庭に向かって、校舎から渡り廊下に飛び出してくる人影があった。

「は~……。危ない危ない」

「ギリギリだったな。まさか先生を使って呼び出しにくるとは……」

 麻弥は思わず目を丸くする。

 そこには件の瀬名川というハーフの少年と、相馬聖かれがいて──。

「ひー君!」

 叫んでいた。麻弥は殆ど反射的に立ち上がり、二人に向けて呼び掛けていた。

 最初こそ何事か分からなかったらしい。だが聖と晴は、廊下の向こう、中庭に彼女が立っ

ているのをみるや否や「やばっ!?」と顔を引き攣らせてその場から逃げようとする。

「ま、待って! ひー君でしょ? 相馬……聖君だよね? 私だよ! 麻弥。谷崎麻弥! 

今はちょっと……色々あって、御門になってるけど……」

 庭の緑を何度となく踏み締め、麻弥は前へ前へと出てそう訴えていた。分かってくれると

ばかり思っていた。

 なのに──反応がない。

 晴はそう必死に叫ぶ彼女を困ったように眉を顰めて見つめ、当の聖本人に至ってはぽかん

と何の感慨もないような表情をしている。

「……誰?」

「えっ」

 返ってきたのは、そんな短い疑問系だった。

 麻弥の動きが止まる。じわりと両の瞳に潤んだ揺らぎが起こる。

 しかし聖は一ミリの冗談もなく、至って真面目に訊ねているようだった。

「ひー、く」

「知らない……。君、誰……?」

 ゆっくりと、その怪訝を向けつつ、彼はそうかつての幼馴染に答えていたのだった。

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