1-(4) 異能対異能
「──くす、り……」
「そうだ。お前達もやってるんだろう? 教えろ、誰から買った?」
ゆっくりと陽が傾いてゆく潮ノ目市街。
その片隅、人気とは縁遠い路地裏の一角に聖と晴はいた。
目の前には私服姿の、如何にも柄の悪そうな少年達。
ただその近寄り難さも、今はとろんと色彩と力を失った両の瞳が相まって随分となりを潜
めている。
魔術の一種だ。魔眼と言霊──魔力を込めた視線と言葉が持つ拘束力で以って対象をいわ
ば催眠状態に陥れる。魔力耐性のない人間、素人には特に有効な手段だ。
先程から、晴はいわゆる「不良」達の溜まり場に足を運んでは、こうして魔術を利用した
聞き込みを続けている。
その様子を、聖は傍らでじっと眺めていた。
友と違い、彼は“魔術師ではない”。ただこちら側の人間ではある。だからとうに晴が魔
術を使っていることには驚かなくなっているし、今だって言われぬ内にそれとなく周囲の見
張り役をやっていたりする。
「……分からない。買ってくるのはリーダーだから。俺達は、ただリーダーから分けて貰っ
てるだけだ……」
しかしながら肝心の成果の方は芳しくなかった。
返ってきたのは、もう何度聞いたかも分からないそんな返事。
晴は「そうか」と短く呟いていたものの、おそらく内心は舌打ちの一つでもしているのだ
ろう。すぐ次の──予め一纏めに言霊を掛けておいた少年達へと同じ質問を浴びせている。
「下っ端じゃ分からない、か」
「みたいだな。だから言ったんだよ、勇み足だって」
そもそも誰に聞けば……?
半ば勢いで飛び出していったものの、最初二人は程なくして自分達の無計画さに気付いて
立ち止まっていた。
その場はとにかく、件の薬をやっていそうな連中──不良達の溜まり場を当たればいいだ
ろうという話になったが、聖はそんな友の背中を追いながらの道中、アリスに電話を入れ直
していた。
『はは、やっぱりか……。いやぁね、ただ私はそういう火の粉が飛んできてるから、あなた
達も気を付けておいてねって念を押したかったのよ』
電話の向こうで彼女は苦笑っていた。背後でコポコポと薬液が煮立つノイズも少しばかり
雑じっている。
『気持ちは、分からなくもないんだけどね。父親の死だのハーフだの、あの子にもあの子な
りに色々苦労させちゃったから。一旦目の“敵”にすると熱くなっちゃう所はその所為なの
かしらね』
だけども、それは決して嫌だというニュアンスではなかったなと聖は思う。
実際「まぁ母親思いのいい子に育ってくれた分、救いかな……」と彼女がごちるのを聞い
たのもあって、この感慨は尚の事リアリティがある。
『だから、よければ付き合ってあげて? でも程々にして帰ってらっしゃい。服用者からの
危害は勿論だけど、当局も眼を光らせてる筈だから。……特に相馬聖は魔術関係のトラブル
に巻き込まれると面倒でしょ』
『……ええ』
息子への優しさ、気遣い。併せて的確な現在の状況把握からの抑制。
聖は少し間を置きながらも、そう短く首肯していた。
携帯を顎と肩に挟んでもぞもぞ。そっと袖の上から左腕を握る。
分かってますよ──僕は“皆”を抑え込む役割を担ってるんですから──。
「おいおい、困るなぁ。ここはうちの縄張りだぜ?」
そんな最中だった。ふと背後から声がしたかと思うと、ざりっざりっと一人の少年が気だ
るい足取りでこちらに近付いてきたのである。
彼もまた、私服姿の不良だった。
革ジャンと膝辺りに穴が開いたジーパン、がちゃがちゃと不快に鳴る腰元の鎖。年格好は
多分自分達よりも年上──或いは大学生辺りの年齢かもしれない。聖と、尋問を続けていた
晴はどちらからともなく振り返り、返答をすることもなく身構える。
「何の用だ? よく分かんねぇけど好き勝手してくれてんじゃないの。……警察にチクるつもり
か? させねぇよ」
それを交戦の意思ありと捉えたのだろう。この少年──おそらくこの一団のリーダー格は
ゆっくりと近付いてきながらスッと胸ポケットから何かを取り出した。
晴と聖が思わず目を見開く。
それは──歪な丸型の、くすんだ白色をした一粒の錠剤だったからだ。
「……」
がちり。まるでサプリメントを摂るように躊躇いもなく、口の中へ。
噛み砕きつつ唾液で溶かす。そして刹那、この少年の様子に異変が起こった。
ほんの一瞬だったが、ブレるように震えた身体。四肢はにわかに隆々とし、目は血走る。
「ッ!?」
晴は反射的に、身を庇って飛び退ろうとした。彼がこちらに明らかな害意を向けると、霞
むような速さで地面を蹴ったからである。
だが……その初撃は晴に届く事はなかった。
飛び出した勢い、そのままを利用して放たれた彼の拳は、二人の間に割って入った格好の
聖によってはしと受け止められていたからである。
「──何すんだよ、てめぇ」
「……!?」
今度はこの少年が驚く番だった。
あり得ない。この薬が効いている状態の喧嘩で負けるなど、今まで無いに等しかったと
いうのに。
更に妙な変化があった。この乱入者──聖の纏う雰囲気が急に荒々しくなった気がする。
拳はその掌一本で受け止められ、不敵に笑うその口元には犬歯がちらりと見える。加えて
顔を上げそう呟いてきた瞬間、その両目が黄色に光ったようにも見えた。
ざわっと本能が恐怖を告げてきた。
少年は思わず拳を引き、しかし怖気づいたままではいられないと、もう一度拳を振るって
くる。
それを聖は、いとも容易くかわしてみせていた。
右、左、右、左。軸足を移して彼を晴から逸らし、ビルとビルの間、壁の方へ。
「おい、あまり……」
「分かってる! 加減くれぇするよ!」
その隙を見計らって晴も動いていた。尋問は中断、それまで魔術で催眠状態になっていた
不良達を一人ずつ昏倒させて灰色の地面に寝かせながら、この友は諌めの言葉を放とうとし
ている。
だがこの少年にとっては、答えた聖の発言が、自分を舐め切った言動に映った。
負ける筈がない。この薬のスピードに、パワーについてこれるなんてどういう事だ? まさか
こいつらも同じようにヤっているクチなのか……?
六発目。遂に彼の放った左ストレートは正面のコンクリート壁を大きく穿った。
ガコンッと響く音。円状にひび割れた壁の視界。
だがその一撃も聖は悠々と交わしていた。サッと身を捻って横に飛び、腕を壁に突っ込ん
だ格好の彼をわざとらしく小首を傾げて見つめている。
「こん、の……っ!」
壁から拳を引き抜き、少年は右手を再び胸ポケットに突っ込んだ。
一つじゃ足りない。ならばもっと──。
「はん」
だがそれが術中だったのである。
ポケットに手を伸ばした、その一瞬の隙を突いて聖は──黄色に瞳を輝かせた聖は彼の懐
に飛び込んでいた。
速い。その加速力は少年のそれを遥かに凌ぐ。
気付いた時にはもう、彼はほぼ零距離でその接近を許してしまっていた。
「──がァッ!?」
そして、次に叩き込まれたのは掌底。握られた拳ではなく、びしりと開かれた掌。
一瞬にして眩い奔流が彼の視界に満ちた。まさに貫かれたような──電撃。少年は聖が放
った電撃の掌底をもろに受け、大きく背後へと吹き飛ばされる。
拳で抉った時以上の陥没と共に、彼はコンクリート壁に叩き付けられていた。
まだバチバチッと電撃の余韻が漂っている。そこはかとなく隆々とした身体からは煙が立
ちこめ、だらりと下がった両手足と共に表情は完全に白目を剥いてしまっている。
「……ふぅ」
大きく深呼吸をして、聖がそっと戦闘体勢を解除していた。
ゆっくりと開かれた目。だがそこにはもう黄色に光っていた瞳などはなく。ただそこには
温和な雰囲気を纏う“いつもの相馬聖”が立っているだけだった。
「死んで……ないよな?」
「その筈だよ。いくら例のドラッグがあっても《狼》の打撃をもろに受けてたら身体が粉々
になっちゃうし。だから電気ショックだけにしておいた。死にはしない……筈だけど」
「……」
自身の横を吹き飛んでいった少年を暫し見遣り、確認するように訊ねてきた晴に聖は苦笑
しながらも言う。
身体が痙攣している。暫くは意識を取り戻さないだろうが、即死ではなかろう。
ふと晴が何か地面に屈み出すのを聖は見たが、先ずはこの少年だ。
意識を取り戻すのを待つなり、この一戦の記憶を抜き取るなりして、また晴に肝心の情報
を聞き出して貰わないと。
少なくとも事態は思っていた以上に深刻なようだ。
話からして、元締がいる。
そこからいわゆるネズミ算のように、薬が拡がっている……。
「──いたわ、あそこ!」
だが、ちょうどそんな時だった。
路地裏の向こう、通りの方から聞こえてきた声と複数の足音。聖と晴はギョッとなって振
り向いた。見れば頭上を一羽の鳩が飛んでおり、その一団はあたかもこの鳩に案内されるか
のようにしてこちらに駆けつけようとしていたのである。
「あれって……」
「……式神か。拙いな、嗅ぎ付けてきたのか」
二人して見上げ、そして見遣る。
気付いた時には聖は晴に手を取られていた。足元に、壁際に転がる不良達を置き去りにし
てでも彼はこの場を抜け出そうとしだす。
「逃げるぞ。当局の魔術師だとしたら厄介だ」
「あ、ああ……」
そうして、両者はちょうど入れ違いになった。
逃げ去っていったのは聖と晴。その後にやって来たのは、麻耶や正明──巫監の面々。
その後ろ姿は確かに彼らも目撃した。だがそれよりも駆けつけたこの現場に転がる、多数
の少年達を放置しておく訳にもいかなかった。
「お、おい! ……行っちまった」
「何があったんでしょう? 戦った、んですかね?」
「みたいだな。例の薬だろうか。あんな陥没、素人の喧嘩では先ずあり得ん」
「……少なくとも魔術絡みのようね。みて。この子達、僅かだけど魔術を掛けられた痕跡が
あるわ」
正明が路地裏に消えた二人を追おうとして立ち止まり、その間にも他のメンバー達がこの
現場を早速調べ始めていた。武蔵と伴太が辺りを見渡して唸り、痛ましく眉を潜め、一方で
凛はその犠牲者の一人の前に屈んで感覚を凝らすと、程なくして彼らが魔術──言霊や魔眼
を掛けられていたらしいことを看破する。
「少しばかり遅かった、か」
「でも物証はたくさんありそうよ。調べましょう?」
「そうだな……。伴太、この辺りに結界を」
「了解です」
ならば自分達は自分達の仕事を。正明が意識を切り替えて指示を出し、伴太が大きく頷く
と、その鞄から御札の束を取り出して辺りの壁に貼り付けていった。
(……どうして。どうして、こんな所に……?)
だがそんな中で、一人、麻弥だけは。
不意に目撃した彼──遠目からもハーフらしい少年に手を引かれていた、あのもう一人の
少年の横顔が、目に焼きついて離れない。
「ひー君──」