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Dear SORCERY  作者: 長岡壱月
第一幕:魔薬捜査 -Lorem investigationem-
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1-(2) 俗世に紛れて

「──はむ」

 太陽は頂点を迎えて少しずつ下り始めている。

 時は昼休み、所は潮ノ目学園・一年C組の教室。その窓際の席で、相馬ひじりは前方の友人と

向かい合い、コンビニのサンドイッチを齧っていた。

 基本的に、穏やかな一時。

 クラス内はこの時期特有の初々しさを漂わせ、しかし一方で何処か気忙しい空気も内包し

て経過する。

 それは大方、互いの距離感を量る──値踏みをしているが故なのだろう。

 新しい環境、即ち新しい人間関係。こと女子においては既に始まっているとみえた。繕っ

た笑顔の下で目を光らせる、実に面倒臭いことこの上ないパワーゲーム……。

「なぁ、聖」

「うん?」

 尤も自分には関係ない話だが──そう思って二口三口と続けていると、ふとこの向かい合

う友が声を掛けてきた。

 瀬名川はる。何につけても先ず線の細いすらりとした体格と至極ナチュラルな金髪が目に

付く、日英ハーフの少年だ。

 当然、入学当初から周囲の好奇の眼に晒されてきた訳だが……当の本人はすっかり慣れっ

こなのかまるで気にする素振りはない。そもそも育ちは丸々日本ということもあって、今も

器用に箸を使って弁当のおかずを突いてさえいる。

「その、さ。お前の弁当も作って貰わないのか? 折角進学したんだ。母さんだって頼まれ

れば断るとは──」

「言っただろ。僕はこれでいい。線引きは……必要さ」

 しかしそんな友の、同居人の進言を、聖はぴしゃりと全てを言わせない内に断っていた。

 もぐ。晴が出汁巻き玉子を口に含んだまま気まずい表情を零す。だが聖はそんな反応を見

ていて解っていて、それでもなお強情を貫き通した。

「……そうか」

 再び黙々とただ飯を頬張る。聖は視線を落としたまま、この妙にお人好しな同居人のこと

を思う。

 駄目だと思うのだ。甘えてしまっては、駄目だと思う。

 解ってくれているとは思う。自分が瀬名川の保護下で暮らすようになってからもう十年に

なる。これはけじめなのだ。少なくとも“この自分”だからと気を許し過ぎれば、いつその

足元をすくって──喰ってしまうかも分からない。

 だから、線引きが要る。

 あくまで自分達は「同居人」であって「家族」などではない。家族では、ない。

「……。まぁ、この生活に慣れてくれればそれでいいよ」

「慣れる、か……。その方がもっと無理な話だと思うけどね」

 だからつい、そうして突き放してしまう。

 晴が苦笑して話題を繕ってくれたのに、聖は酷くさめざめとした面持ちで呟いていた。

 穏やかなクラスの一角、窓際。そこだけがにわかにサァッと老成したかのように色褪せて

いるような。

 晴は「そうだな」と、数拍間を空けてから言い、再び弁当を突いていた。

 聖も次の瞬間にはこの態度が決してよろしくないものだとハッとなって反省し、されど謝

罪の言葉も出ずにただパンとハム、玉子にサラダの塊を咀嚼するしかできなかった。

「……」

 その意味は二重に在る。

 一つは外面的なものだった。自分はともかく、この友はその容姿故にどうしても目立つ。

そんな彼が何かと自分を──ある種の義務感と共に気に掛けてくる、くれるものだから、特

に女子からの妙な眼差しは以前からよくあることだった。

 とはいえ、その目立ち方というのはある意味カモフラージュでもあるのだろう。できる事

なら止んで欲しいものではあるが、本当に自分達が隠したいことが「外」から見えなくなっ

ているのなら甘んじて受けようかという諦めも一方では在る。

 ……そしてもう一つ。問題はそんな上っ面以上の、自身の内面に関わることだ。

 どうにも慣れないという点だ。この“記憶に慣れられる気がしない”ということだった。

 確かに自分は相馬聖である。

 だがこの身体が抱える「記憶」は「経験」はどうしたって“自分達”のものではなく、故

に自分達のものにしてしまうこともできない。

 あくまで「知識」でしかないのだ。相馬聖という人間を成していたデータ、そのレベルよ

り先の感触を、おそらく自分達はこれまでもこれからも得られることはない。

(……十年、か)

 サンドイッチを、そう呼ばれる加工物の塊を胃の中に放り投げ終わり、今度はパックの野

菜ジュースに口をつけた。

 この食事という行為もそうだ。必要だから摂っているが、これも何と実感のないことか。

 もしあの時、彼女達に会わなければ自分達はどうなっていたのだろう? やはり際限なく

暴走していたのだろうか? それとも目覚めたあの感触のまま、討ち取られるその瞬間まで

膨大な虚脱感を抱えていたのだろうか?

 他人は、どうでもいい。周りに慣れろというその注文自体が、そもそも的外れじゃないか

と先ず思ってしまう。

 十年、二十年、三十年。

 これから先、自分達はずっと「相馬聖」を演じ続けなければならない──。

「聖」

 そんな時だった。また晴がこちらを覗き込み、今度は妙に真剣な表情かおになって声を掛けて

くる。

 ちゅーっと残りを飲み干し、視線を向けてやる。

 途中、視界の端に女子の一団が映り、こそこそと「やっぱり瀬名川君がセメかな?」だの

「いやいや、むしろウケでしょ。相馬君がこうがば~っと!」だのと話し合っているのが聞

こえたような気がしたが、どうせ雑念なので視界からも意識からも外して無視しておくこと

にする。

「何だよ? 慣れだの何だのって話はもう」

「いや、そうじゃない。聖、お前、最近出回ってるヤクの話を知ってるか?」

 ひそひそ声だけなら、こちらも負けていなかった。

 周りに聞こえないように、細心の注意を払うように。晴はいつの間にか自身のスマホを片

手に心持ち身を乗り出してくると、そう突拍子もなく訊ねてきた。

「……いや、知らないけど」

「そっか。何でもここ暫く、妙な薬をやっている連中が増えてるって噂話があってさ……。

その件でさっき母さんからメールが来た。面倒な事にこっちにも飛び火してきたらしい」

「……。ああ……」

 だから短く、聖は理解して声を零していた。

 どうやらぼうっとしている間に彼ら母子おやこの間でやり取りがあったらしい。

 薬、アリスさん、飛び火──なるほど。ということはつまり“魔術”絡みか。

「そういう訳だからさ。聖、今日は寄り道せずに帰るぞ?」

 言って、何事もなかったように元に位置に戻っていく晴。

 聖は黙って頷きながら、ガサゴソと食べ終わったゴミをビニール袋に押し込んだ。

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