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Dear SORCERY  作者: 長岡壱月
第四幕:願いの果て -Finem in volumus-
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4-(6) 傍に居るから

 魔法使いデズモンド・ボートンがその願いの為に払った代償は……己の寿命だった。

 どうやら得たその異能、反魂の力を行使する度、彼は自身の精神を魂を少しずつ磨耗させ

ていたらしい。

 急変の後、彼は魔術当局の傘下にある病院へと緊急搬送された。

 だが必死の治療も虚しく──元より魔法に払った代償が故、数日後、彼は遂にこの世を去

ってしまう。

 かくして事件は幕を閉じた。犯人の死亡という形でもって。

 後日イギリス本国からの報告で、彼の自宅から押収された書物の中に死者蘇生の術や魔法

の指南書が発見されたという。聖の推理は当たらずともいえど遠からずだったのだ。

『──本当、色々と迷惑を掛けてしまったわね……同じ英国人として謝罪するわ。ごめんな

さい。そしてありがとう。やっぱりこの国は、サムライの国だった』

『──はは。まぁそう嬢ちゃんが気に病むことはないよ。確かに被疑者死亡ってのはベスト

な結末じゃなかったかもしれねぇが……間違いなくボートンの自業自得だろ? そっちさん

の魔法使いが殺した訳じゃない。気にすんな。上に小言を言われるのだけは慣れてるしな』

 辛うじて救いだったのは、今回わざわざ来日してまで彼を追ってくれたクラリッサさん、

エリオットさん、清十字騎士団の皆さんが自分達を責めず、そう苦笑わらいながら日本を後にし

てくれたということくらいで……。


「行って来ま~す!」

 事件から、半月ほどが経っていた。

 場所は潮ノ目市内のとあるアパート。この日麻弥は、真新しい制服に身を包んで鞄を片手

にし、つい先日引越しを済ませたばかりの新居を元気よく後にしようとしていた。

「おう。気を付けてな」

 すると返ってきたのは、二軒隣の部屋。その前の廊下でぼうっと缶コーヒーを飲みながら

佇んでいた兄・正明だった。

 にこっと笑って麻弥は駆け出す。あの後二人には、また新たな任務が下されていたのだ。


『……監視?』

『ええ』

 二つの事件を解決し、巫監の本部・京都に帰っていた麻弥を呼び出したのは、何と宗主と

その取り巻きという組織の重鎮達だった。

 緊張した面持ちで畳敷きの広い部屋の中に入り、御簾の向こうの彼女に何を言われるのか

と息を呑んでいると、宗主はそう麻弥に新たな指令を下したのである。

『巫事監査寮が所属の魔術師・御門麻弥に命じます。先の案件における潮ノ目市在住の魔法

使い・相馬聖を現地にて監視、当人及びこれに付随する脅威を討ち払いなさい。……色々と

大人達は複雑でしてね。ならば現状最も彼に理解のある貴女にこれを任せるのが適任だろう

と、そう皆と話し合って決めたのです』

 それは麻弥にとって願ってもない指令だった。

 何せ任務が終わり潮ノ目市を去ったものの、彼女自身、聖のことが何も解決していないと

思い内心ずっと悶々としていた所だったのだから。

『……御門さん?』

『はひっ!? わわ、分かりました! わ、私でよければ、不束者ですが、その任、謹んで

お受け致しますっ!』


 そうして本部のサポートもあり、急ピッチでこちらに拠点もとい住居を得たのがつい先日

の事。通っていた京都の高校も転校という扱いとなり、新たに潮ノ目学園の生徒となる。

 とはいえ流石に自分一人を行かせるのは心配だと思ったのだろう。指令が下されてすぐ、

兄もついていくと表明、宗主達に直接頼み込んだらしい。ああしてすぐ近所に住み始めたの

はそれ故だ。

「~~♪」

 されど麻弥は、胸が躍らない訳がなかった。

 任務を一先ず置いておけば、十年ぶりなのである。

 ひー君と同じ学校に通い、同じ時間を共有することができる──。あの日以来、すっかり

戻って来ないものばかりだと思い込んでいた日々を。

(でも……)

 それでも変わってしまったものは、厳然として在る。

 幼馴染の男の子だった相馬聖は、何故かこの十年の間に魔法使いと為り、その本来の人格

すらも犠牲にして十三の魔法という名の人格達と入れ替わってしまった。

(本当に、戻れるのかな……? あの頃に……)

 新旧混ざり合った街並みを往き、学園へ。先ず向かうべきは職員室だ。既に手続きの類は

済ませてあるから、後は新しいクラスに足を踏み入れる、その第一歩、第一印象の勝負だ。

「──京都から来ました、御門麻弥です。家の都合でこちらに引っ越してきました。まだ慣

れないことも多いと思いますが、どうぞ宜しくお願いします」

 朝のホームルーム、一年C組の教室。

 担任のまだ若そうな女性教師に促されて麻弥はそう丁寧に自己紹介をし、コクンと軽く頭

を下げた。

 ぱちぱち。好奇や怪訝こもごもな皆の視線と緩い拍手が教室内を満たす。

 それでも当の麻弥はその眼は、この窓際の席に座っている、

「……」

 あからさまに視線を逸らして窓の外を見ている聖と、静かに苦笑いをして「やぁ」と密か

に手を挙げてくれている晴に向けられていて……。


『取り戻す?』

『う、うん……』

 それは少し前、諸々の手続きの為に潮ノ目こちらへ滞在していた時のこと。

 麻弥はそんなスケジュールの合間を縫って瀬名川邸──聖を訪ねていた。以前そうしたよ

うに屋上に二人して立ち、再会してからその事情を知ってから、ずっと確かめたくても確か

められずにいた質問を彼にぶつけたのだ。

『取り戻したくは……ない? 魔法を得ることで差し出した代償──原典オリジナルの相馬聖、ひー君を』

 その日も彼は風に吹かれていた。真剣に訊ねる麻弥をろくに見ることもなく、この十三人

の代表である《羊》はたっぷりと間を置いてから言う。

『取り戻し方、知ってるの? 左腕のこれを──呪刻を他人に譲渡する、魔法を使わせるん

だよ? 君も魔術師の端くれなら、そんなことを勧めちゃいけない』

『わ、分かってる。だけど──』

『……それにね。本音を言うと戻りたくないんだ。真っ白で何もないあそこに、僕らはもう

戻りたくない』

『??』

『確かにこの身体は記憶は、借り物だ。だけどあそこの“無”に比べれば、こちらはずっと

満ち溢れているんだよ。その点においては……皆とうに一致している。僕ら十三人全員の、

総意なんだ』

『……』


 あの時の横顔は、凄く哀しそうだった。じくじくと胸が痛んだ。

 彼らが一体その実どんな存在で、何の為に相馬聖ひーくんの身体を乗っ取ったのかは分からない。

だけど、少なくともその入れ替わり自体に、彼らもまた言葉にし難い苦しみを抱えているの

だと感じた。

 ──どうしてこんな事になってしまうんだろう? 自分達はただ、願っただけなのに。

 己の、他人の、身近だったり大切な人の幸福を、自分達は祈る。

 でもそんな思いすら「悪」だと言われてしまうのなら、こんなに不条理なことはない。哀

しいことはない。

「じゃあ御門さん。そこの席を使ってちょうだい。見え難かったりしたらまた言ってね」

「はい。ありがとうございます」

 彼女は歩き始めた。新しい生活の第一歩を。新しいクラスメート達が目を遣っていく中、

すたすたと背筋を伸ばして、その用意された空き机の下へと向かう。

「……」

 聖は尚も視線を逸らし続けていた。こちらがそっと目を遣ってみても、頑として無関係を

装いたいようだ。

 だから彼女は思った。より強く決心していた。

 あの日、一番深い所を訊ねた時のあの哀しそうな横顔。押し殺した声。

 一体彼は何の為にその魂を捧げなければならなかったのだろう? 彼らは一体、何の為に

この十年という日々を過ごしてきたのだろう?

 おかしい。間違っている。

 誰も、誰もその願いで幸せになんてなっていないじゃないか──。

(……ひー君、待ってて。まだ全然分からないことばかりだけど、きっと貴方を助けて出し

てみせるから……)

 制服を、髪を揺らし、彼女はそう心の只中で言った。


 だって自分は魔術師。

 もうあんな悲劇を繰り返させない為に、何よりも大切な人達を守る為に、踏み込んだ世界

なんだから。

                                      (了)

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