表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Dear SORCERY  作者: 長岡壱月
第四幕:願いの果て -Finem in volumus-
25/27

4-(4) 嵐が来る

 その翌日だった。

 早朝、麻弥たち巫監の面々とクラリッサら騎士団の面々、そして晴は聖から連絡を受けて

ある場所に集合していた。

 潮ノ目タワー──市内中心部に建ち、同市の観光スポットにもなっている電波塔だ。数年

前に大規模な改装が行われた現在、その外観はよりお洒落になり、市内で最も高い建造物と

して今日も街の人々を見守っている。

「何でこんな朝っぱらから……。俺達はあいつの助手じゃねぇんだぞ」

「あ、はは。まぁまぁ」

 三者が集合して内部へ。本来の開場時間はもっと後なのだが、そこは正明らの言霊で事務

局の人間を操り、何とでもなる。

 ぶつくさと不機嫌な兄を苦笑いしながら宥めつつ、麻弥達は最上層へのエレベーターに分

乗していった。箱のような内部、そこにはじっと背を向けて出入り口正面に立っている聖と

操作ボタンの前で階数表示を見上げている晴の姿がある。

 程なくして、最上層の展望台フロアまで一同はやって来た。当然だが他に人影はない。

 しかし聖の目指す場所はまだ先だったようだ。晴に言って言霊を使わせ、連れてきた係員

に関係者用階段への扉を開けさせる。カツンカツン、聖はただ神妙を貼り付けた表情でそこ

を登って行った。晴、そして麻弥達一同もその後に続く。

「……ねぇ、ソウマ君。一体何故こんな所に来たの? どうやって貴方はボートンを見つけ

出したというの?」

 道中、クラリッサが問う。それは晴を除く一同全員が疑問に思っていたことだった。

 何せかれからの連絡が寝耳に水だったのだ。

 曰く『デズモンドを倒しに行きます』だ。驚き、不審に思うのは無理もない。

「……そうですね。ざっと話しておきましょうか」

 振り返らずに聖──《羊》は言った。ちらっと彼と並行している晴が肩越しにこちらを確

認してくる。

「厳密にはまだ当人を見つけた訳じゃないです。でも大よその居場所と奴の魔法使いとして

の詳細は掴んだつもりです」

 驚きと、疑心。

 麻弥や伴太、クラリッサといった“素直な”面々は前者の、正明やエリオットのような彼

を“警戒”している面々は後者の感情を、各々そこはかとなく表情に漏らす。

「確証が持てたのは昨夜です。頼んでいたデズモンドについての資料、それと御門さん達が

一生懸命集めてくれた奴の足取りが全てを繋げてくれました。目を通させて貰いましたよ。

僕の予想は間違っていなかった。奴は……とうに壊れていたんだ」

 カツンカツン、金属板が剥き出しの螺旋階段を一歩一歩登っていく。

 聖は言った。その声は静かで、だけどじっと何かを叫びたくなるような激情を抑えている

ようにもみえる。

「そもそもの始まりは十七年前にありました。デズモンド・ボートンはその日、妻を流産で

亡くしています」

 ぽつり。その言葉に事実に、特に反応したは麻弥やクラリッサだった。こと麻弥において

はその一説だけで想像してしまったのか、はたっと口元を押さえて青褪めかけている。

「資料に補足されていた当時の住人達の証言、ボートン夫妻の結婚した年と彼女の亡くなっ

た年……そこから推測するに、彼らは中々子に恵まれていなかったようですね」

 流産による死亡。それは否応なく突きつけてくる。

 彼は一気に失ったのだ。妻と我が子になる筈だった赤子、愛する二人分もの生命を。

「哀しんだ筈です。悔やんだ筈です。怒った筈です。どうしてこんな事になったのか? 妻

を喪わなければならなかったのか? ……もっと早くに諦めていれば、こんな結末にはなら

なかったのではないか?」

 カツン、先頭を行く聖が踊り場の一つに差し掛かった。自然そこで麻弥達は彼の横顔を目

の当たりにすることになり──その酷く冷静な佇まいに息を呑む。

「妻子の復活──。十中八九、それが彼の“願い”でしょう。資料によれば奴の魔術師とし

ての専門分野は魔力力学、魔力の流れを制御する分野。そして実際、僕達の前に差し向けら

れた使い魔はゾンビと言う他ない姿をしていた」

『……』

 一同は黙するしかなかった。

 魔法使い、奇蹟を無理やりに手繰り寄せた邪法の者、忌むべき存在──。

「で、でも! 十七年ですよ? 妻子を復活させるにしたって……」

「だから壊れていると言ったんです。奴にはもう世間で云う真っ当な頭はない。むしろこの

十七年は本人にとって、苦しみもがき続けた十七年だった筈だ。そうしておそらく、最後に

縋ったのが魔法だったんでしょう」

 クラリッサが唇を結ぶ、ふるふると首を横に振る。だが聖はそれでも彼女達に振り返る事

すらなく、ただ淡々と階段を登り続けていた。

「これは晴やアリスさんから講釈を受けて補完した部分なんですけどね。具体的には、奴の

得た奇蹟まほうは“反魂”だと思われます。科学ですら説明できない、死の向こう側に逝ってしま

った者をこちらへ呼び戻す術──。肉体うつわの方は割合簡単ですからね。物質的な組成は判って

いる。後はそれに魂を埋め込んでやればいい」

「……差し詰め“屍霊使いネクロマンサー”といった所か」

「なるほどねぇ。だから奴の使い魔はゾンビだったって訳か」

「あれが、人? そんなの……」

 武蔵や正明が、努めてそう分析的に理解しようとしていた。一方でクラリッサなどはその

推理をすぐには受け止めることができず、深く眉間に皺を寄せている。

 麻弥の青褪めた顔は更に酷くなっていた。

 流石にこれを放ってはおけず、正明や凛、伴太が速度を落として寄り添い、そっとその背

中を擦るなどしてあげる。

「でも、それだけじゃ駄目よ。魂が定着しないわ。どれだけ反魂の能力を使っても繋ぎ止め

られない。精神──自我こころに相当する部分が必要よ。両者を満たし、繋ぐ保護液とでもいうの

かしらね。大体心が、記憶がなかったら……仮に蘇らせる事ができてもボートン自身が救わ

れることはない……」

 睫毛を伏せがちに凛が言った。正明や伴太と共に麻弥を励ましつつ、そういち魔術師──

式神、擬似生命の専門家としての意見を述べる。

「ええ。それは僕も母さんも訊かれた時に言いました。でも」

「だから必要としたんですよ。無いなら補充すればいい。精神──それに限りなく近いエネ

ルギーを、貴女たち魔術師はよく知っているでしょう?」

「……まさか」

「魔力……。くそっ、そういう事か!」

 だが晴から継いで聖が次の述べたその一言に、場の面々はようやく理解したようだ。ある

者はそう叫んで唇を噛み、またある者はその無謀さに目を丸くし、ないし深く眉を顰める。

 聖曰く、それが英国ほんごくでデズモンドが事件を起こした動機だという。

 魂は取り戻せる。だがその者をその者たらしめる心が、記憶までが戻ってくる訳ではなく

放っておけばいずれ肉体と魂は遊離してしまう。

 精神の蒸発、心と体の剥離──それが魔術的解釈における死という現象の本質だ。

 故に“生かし続ける”為には、代わりが要る。

 大量の魔力。精神と起源を同じくする神秘の側のエネルギーが。

「……結果的に奴は失敗した。制御が上手くいかなかったのか、或いは必要な量が足りなか

ったのか。少なくとも町丸々一つをモルモットにした訳です。そして今も尚、奴は逃げ続け

ている。その目的を、果たせていないから」

 最初、聖は直接そうとは言わなかった。

 だがもう皆には理解が及んでしまっている。彼の言わんとすることが、何故突然皆を集め

てこんな所にやって来たのかが……。

「まさか、またやるつもりだっていうの? この街で、あの魔力喰いを!?」

「他に考えられません。実際、奴はこの街に流れ着いてから市内を大きく転々としている。

御門さん達が作ってくれた地図のおかげです。奴はこの街に“場”を──自身の魔術領域を

作ろうとしている」

「……チッ。やっぱそういう事かよ……!」

 正明がそうあからさまに舌打ちをし、一同に緊張が走った。

 かれが、資料が届いた昨日の今日に動いたというのは、そういう事なのだ。

 魔法使い。彼らが魔術師達にとって忌み嫌う対象である、その理由……。

「資料から計算するに、この街の人口は奴の住んでいた町に比べて約三.八倍。制御の精度

は奴自身の力量によるけれど、潜在的な魔力の量は前回よりも改善される筈です」

「そんなこと……! 絶対にっ、させない!」

「勿論」

 ぐっと涙を堪えて立ち直り、叫んだ麻弥。聖はようやくちらりと肩越しに彼女を、後ろの

面々を見遣ると、登り終えた階段の先を開け放っていた。

 飛び込んでくるのはまだ冷やっこい外気。目も眩むような高所からの風景。

 そこは展望台から更に上、設計上可能な限り登り詰めた潮ノ目タワーの頂上付近だった。

 円形に張り出している構造物、そこに聖達は内階段から出て来た格好になる。

 伴太や騎士達の何人かがごくっと、その高さに息を呑んでいた時だった。はたと聖は一人

この縁に向かって歩き始めると、足場のあるその限界で立ち止まり、一度静かに深呼吸をし

たように見えた。

「──まったくもう。《羊》ってば回りくどいことするよねぇ。さっさと捜してぶっ飛ばせ

ばいいのにさ?」

 そんな、次の瞬間だった。何となく気配が変わった……そんな気がした直後、聖はくるり

とこちらに振り返りながらそう屈託なく笑うと、言ったのである。

 また替わった──麻弥達はこれまでの経験からそう直感していた。

 表情は先程と打って変わって解け、妙に人懐っこく自由な感じ。声色も少年のそれからや

や幼めの少女のものへと変わっているように聞こえる。

「え、えっと……。聖く──《羊》さんとは、また別の人?」

「うん。ボクは《燕》、風の魔法使いだよ。奴を捜すなら任せておいて? 感覚の鋭さには

自信があるんだー。あっそうそう、あの時奴の偽者が臭うって気付いたのもボクだからね。

感謝してよ?」

 妙に元気な人格だった。麻弥が誰からにともなく代表して訊ねていたが、存外に矢継ぎ早

な言葉を発してくる彼、もとい彼女につい押され気味になってしまう。

「……」

 またくるり。《燕》は頂上の際に立って佇み始めた。

 いや、じっと集中しているのだ。そっと目を閉じ、耳を澄ませ、この広い潮ノ目の街全体

を“視て”いるらしい。

 港湾地区や山麓方面は除外だ。人が多くない。奴の目的を考えればより人々の集まる──

それこそ繁華街やオフィス街、市の心臓部の何処かに拠点を構えている筈である。更に狙っ

てくるであろう時間は正午辺り。最も人の出が多くなる時間帯。だからそれよりも早く行動

を起こし、先手を打って、その身柄を確保するつもりだった。

 脳裏に、正明達が作った印付きの地図の像を呼び起こす。

 一見無意味にみえる点々としたそれら。だが注意深く法則性を──これらが大きく円を描

くその外周の一部だと仮定すれば、自ずとその中心部が見えてくる。

 魔術領域の中心。奴が騎士団を襲って時間稼ぎをしてまで作ろうとしたもの……。

「……見つけた!」

 くわっと目を見開き、その瞳が白く輝いていた。

 だがそれも刹那、聖はぐんと駆けると、そのまま身体一つで飛び降りてしまう。

「えっ!?」

「ちょっ──」

 しかし心配する必要はなかった。思わず強張って目を瞑りそうになりながらもその姿を追

ってみると、既に《かのじょ》はさも空中でスノーボードをするが如く滑空、あっという間に遠く

へ飛んで行っていたのだから。

「……なんだ。飛べるのかよ」

「らしいな」

「あれ? でもこれって、僕たち置き去りってことじゃあ……?」

「追いましょうか。どうやらデズモンドを見つけたようだし」

「そ、そうですね……」

「隊長!」

「……私が彼を追って先行します。エリオットさん、皆を連れて続いてください。念の為、

現場周辺には順次人払いを」

「はっ!」

「了解ッス」

 麻耶達があたふたと来た道を戻り始めた。エリオット以下騎士達もこれに続く。

 そんな中でクラリッサだけは皆と逆方向──聖が飛んでいった先を見据え、跳躍、足元に

出現させた魔法陣を踏み台のようにし、次々と蹴って跳び上がりながら高く高く空中を進み

始めたのだった。

(……ッ、何て速さなの。あれが、魔法使いのポテンシャル……)

 本人は風の魔法と言っていた。属性ならば自分も同じだ。

 なのに中々どうしてこうも大差があるものか。こちらは文字通り空を蹴っているが、対し

て向こうはまるで風の流れ自体に乗っているかのようだ。


「──見つかってしまったか。想定よりも早い……」

 その一方で、相対するべき彼も聖達の動きに気付き始めていた。

 魔法使いデズモンド・ボートン。昼間から薄暗い空きビルの一フロアで、彼は自身の魔術

領域に同類の侵入者が近付いてくるのを察知する。

「だが、止める訳にはいかんのだ……。準備なら整っている。予定を、早めるしか……」

 総白髪になり、痩せ衰えた身体。それでも彼はぶんっと、苛立たしく片腕を振る。

 足元にはチョークで描かれた大きな魔法陣。それらは外周から螺旋を描くように線を延ば

しており、フロア外へ、そして設えたこの魔術領域各地へと接続する。

 わらわら。彼の周囲から、あちこちの物陰から、使い魔達が現れ始めた。

 それはまごう事なきゾンビの群れ。彼がその唯一無二の目的の為だけに「実験」を重ねて

きた結果、産物の果て。

 そんな者らの中に在って濁ったような、彼の両の瞳。

 その傍らで虚ろに佇む、くすんだ肌の胎児を抱くのは、一人の女性のゾンビ。

「もう少し、もう少しなんだ……。邪魔は……させん」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ