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Dear SORCERY  作者: 長岡壱月
第四幕:願いの果て -Finem in volumus-
24/27

4-(3) 三人の距離

 時を前後して、瀬名川邸。

 その日も放課後になり、晴は家に帰って来ていた。

 一旦自室で着替えを済ませ、暫しリビングで一息を。その後聖がやって来ないことを悟る

と彼は一人、アリスの研究室ラボへと足を運ぶ。

「ああ、お帰りなさい。……聖は?」

「帰って来てるよ。屋上うえじゃないかな? また風に吹かれてるんだと思う」

「そう……。まぁいつも通り使い魔ファミリアで観ておくわ。コーヒーでも飲む?」

 いつものように、何となしに顔を合わせて時間を共有する母子おやこ。これもいつものように、

白衣を引っ掛けたアリスはそっと踵を返すと室内の片隅へと歩いていった。

 種々様々な色合いの薬剤が試験管に入れられて、静かに泡立っている光景。

 そんな怪しい、ケミカルな雰囲気と気持ち隔てるように、つい立一枚向こうに設えられて

いるシンクで彼女はインスタントコーヒーを淹れ始めた。晴はぼうっとそんな母の背中を様

子を眺めている。

 うん。ちゃんとカップを使ってる。今日は忙殺されてはいないらしい。

 時々母さん、空きのビーカーで飲み物を淹れてくることがあるからなぁ……。

「はい。どうぞ」

「うん」

 特にどうこうと指示を受ける訳でもなく、比較的空いているテーブルに着く。アリスも自

身の分のカップを片手に座り、ほうっと静かに一息をつく。

 ……期せずして休憩を与えることになったみたいだ。

 晴は数度、カップに口をつけながらそうぼんやりと、だがある種一定方向に揃った悶々を

抱えつつも訊ね始めた。

「その、さ。あれから当局から、何かされてない?」

「? 何かって?」

「具体的にと言われると、すぐには浮かばないけど……。母さんの研究とか、普段の生活を

邪魔してくるようなことはない? ってこと」

「……大丈夫よ。魔術薬の件は解決したじゃない。まぁ確かに、魔法使い(ひじり)を匿っ

ていることは、前よりも知れ渡ってるみたいだけどね」

 フッとアリスは小さく苦笑わらっていた。だが対する晴はきゅっと唇を結んで気持ち眉を顰め

ている。

「私ならいいのよ。あの子を引き受けた時から覚悟は決めてたんだから。それよりそっちは

どう? 例の魔法使い──ボートンは見つかった?」

「ううん、まだ。巫監と騎士団が聞き込みを続けているけど、本人は今も隠れたままだよ。

だから現状は待機。聖や、僕の出番じゃない」

 本心を言えば、このまま何処か遠くに行ってしまえばと思うこともあった。

 だが晴はそれらを口に出す事はしない。それは一つに魔術師として無責任だし、何より聖

の今後を保障しうる材料きかいを捨てることでもあるからだ。

 母への心配。だがその当人はそれとなく、話題を別のそれへと向けさせる。

 魔法使いに堕ちた男、デズモンド・ボートンを同じく魔法使いである聖が破ること。

 それは巫事監査寮が矢継ぎ早に下してきた密命であり、尚も巻き込んでくる理由であり、

そして権力連中むこうがわが侵してきかねない、手前勝手な不安やら恐怖心やらを鎮める為の方策でも

あって……。

「そう……。早く捕まって欲しいものね。この前だって、こっちでも騎士団の何人かが犠牲

になったらしいじゃない?」

「……?」

 そこでふと、晴は違和感を持った。

 “犠牲”になったという表現。彼女はまさか。

「母さん。もしかして、ちゃんと聞いてはいないの?」

「え?」

 晴は改めて話して聞かせることにした。

 先日、騎士団との合同調査が始まったその当日、港湾地区でデズモンドの使い魔達による

襲撃に遭ったこと。そこでデズモンドの偽者が現れたこと。その意図を真っ先に察知した聖

が倒しに掛かったが、クラリッサの特攻により毒煙が撒き散らされてしまったこと。そして

そんなヘマを、倒れた彼女達を、他ならぬ聖が救ったこと。

「……そうだったの。私はてっきり……。でもあの子、そこまで詳しく話してはくれなかっ

たわよ?」

「そういう事か。報せるくらいはしておくべきだったかな……。少なくともまだ犠牲者は出

ていないよ。聖──《姫》が出てきてくれたし、デズモンドの側も本気で殺す気はなかった

のかもしれない。あくまで邪魔するのが目的、みたいなことを聖も言ってたけれど……」

 案の定、アリスの把握にはぽつぽつと抜けている部分があった。

 デズモンド側からの強襲、クラリッサ以下幾人かの被害者。

 聖のやつ、自分が助けたってことを母さんに話さなかったのか……。晴は言いながらも、

そう口元にそっと手を当てつつ思案を巡らせる。

 少なくとも今回の件は母さんには無関係だ。だから奴は自分と聖、巫監や騎士団達の内で

終わらせたい思っていたのだけど……。

「恥ずかしかったのかな? あいつってば普段、他人に肩入れする事も少ないし」

「かもしれないわね」

「はは。でも、こう言うと本人には悪いけど……いいじゃないか。それって感情でしょ?

人間的というかさ。あいつも……少しずつ変わってきてくれてるのかも」

 だから苦笑し、だから微笑ましくもあった。

 晴は思う。たとえ原典オリジナルの人格がいなくなっても、相馬聖という人間は案外やり直せるんじゃ

ないか? そんな事を。

「……晴」

 だがしかし、一方のアリスはそうは思わなかったらしい。少し冷め始めたコーヒーを再び

口へと運び、スッと細めた眼でこの息子を見つめながら言う。

「忘れないで。あの子は“空っぽ”なのよ。本来の器と中身が違っている──根本的に齟齬

をきたしながら存在している子なの」

 晴もまたピシリと、その表情を硬くした。他ならぬ目の前の母から冷静な「事実」を突き

つけられ、諭されていた。

「魔法使いの中でも特殊なケースなのよ。解っているでしょう? あの子はずっと、相馬聖

という記憶ちしきを着ているだけなのよ。だから……彼らが“人間”に近付けば近付くほど、その

苦しみは大きくなるんじゃないかしら」

「……」

 嗚呼そうだ。自分だって解っていた筈なのに。解っていたつもりなのに。

 長い時間を一緒に過ごしてきたから、というのはおそらく間違いない。

 魔法使い。母に保護され、監視下に置かれた魔法使い。

 だけども自分は、瀬名川晴は──彼を“義弟かぞく”だと認識している瞬間がどうしても増えて

いるのだ。

「気を付けなさい。いざという時、貴方にだって鎮静剤を打つ義務があるんだから」

「……うん」

 同居人として、監視すべき他者として。

 自分達はその“距離”を見失ってはいけないのだと、改めて知る。

『──?』

 ちょうどそんな時だった。ふとこの地下の研究室ラボにも、来客を告げる呼び鈴の音が拾われ

てきたのだ。

 ぽんっと部屋の一角にオレンジのランプが点る。その下に付けられたインターホンの映像

から、その来客達が二人にとって見知った顔であることが分かる。

 晴とアリスはコーヒーブレイクを中断し、二人して玄関に出た。気付けば辺りはすっかり

日が沈み、暗がりになりつつあった。

「あ……こんにちは。あ、いや、もうこんばんは、ですか」

「お忙しい中、失礼します。相馬君が頼んでいた例の資料、持って来ましたよ」

 来客は伴太と凛。

 彼らは小脇に抱えた書類の束を差し出し、そう用件を告げる。


 闇は次第に深まっていく。潮ノ目の街は徐々に眠りに就こうとする。

 そんな中で、照明一つ点いていないとあるビルの一フロアで、一人の人影が黙々と作業を

続けていた。

 カリカリとチョークを床に走らせる。その身体はふらつき、弱っているように見えるが、

その人物は己に鞭打つようにその手を休めない。

 やがて円が描かれた。中に何重にも重なった星型、不可解な文様がびっしりと並ぶ。

「──」

 彼は嗤っていた。白髪の、痩せこけた中年の外国人男性。

 灰色の支柱群と暗がりの中で、デズモンド・ボートンは暗闇にその表情を隠して嗤う。

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