3-(5) 襲撃、そして
「船を守れ! ラインを崩すな!」
「三十、四十……。流石に多いな……」
異変の中心地は船着場だった。騎士団が乗ってきたクルーザーが泊めてある区画である。
船を背にし、ずらり半円状に並ぶ。
クラリッサとエリオットは急ぎ戻ってきた騎士達に含めた部下達に隊伍を組ませ、この襲
撃者らと対峙していた。
使い魔の群れ。しかし人の姿形こそせど、それらは明らかに人間ではなかった。
なるほど。報告にあった通りだ。
彼らは総じて青白くくすんだ肌をしており、服もボロ布のよう。だらしなく開いた口から
はよく分からない液体が垂れ、こちらを見ている両の瞳にもおよそ生気というものは感じら
れない。そんな人もどきが、わらわらと自分達を取り囲もうとしている。
……まるでゾンビ。
確かに、これ以上的確な形容はないのだろう。
「総員、陣形維持を優先して! 合流してくる仲間と挟撃します。下手に追撃はしないで。
まだ相手の意図がはっきりしないわ」
「しかし気色悪いですねぇ。やっぱこいつら、ボートンの僕でしょうか? あっちから吹っ
かけて来るとは、正直思ってなかったですけど」
「ええ。一体どういうつもりなのか……」
相変わらずエリオットは間延びした声色だが、状況の観察は一本筋が通っている。クラリ
ッサはそんな彼と横並びになり、目の前の光景に思考をフル回転させていた。
彼が言うように、この者達はボートンからの刺客であると考えてほぼ間違いないだろう。
しかし……何故? 順当に考えれば手出しをせず、隠れ真っ直ぐに逃げていればその存在
を気取られるのはもっと後になっていた筈だ。それをわざわざふいにするように、自分の方
からけしかけてくるとはどういうつもりか。
観るに、ゾンビな使い魔達は二重の円を描いて取り囲んでいるようだった。
一方は外側大回りに立ち、おそらくボーダーを敷いている者。
一方は内側からこちらににじり寄ってくる者。一先ず迎撃すべきはこちら側か。
隊の面々から、既に彼によるものと思われる魔術の痕跡──魔術物質を多く検出したとの
報告が入っている。潜んでいたと思われる、密航中“場”としていたと思われるコンテナの
内部を中心に、まるで滴って往くように。
「……」
やはり妙だ。場の中はともかく、外に痕跡がある。
逃走の為か? いや、報告された規模からしてこの使い魔達を造る為と考えた方が辻褄が
合う。だとすればボートンは始めから、こちらが追ってくることを織り込み済みで、尚且つ
それに対抗しようとしていることになる。
資料を読んだ限りでは、彼は特に戦闘に長けた魔術師ではなかった筈だ。
となると、彼の意図する処とは──。
「ウ、アァ……ッ!」
そんな時だった。クラリッサの観察を振り払うかのように、後列の使い魔達がにわかに動
き始めたのだ。近くの倉庫横に置かれていた大きな木箱、鉄のカートや古タイヤ。それらを
彼らは人並み外れた膂力で持ち上げ、一斉にこちらに投げ飛ばしてくる。
「──」
騎士達が「拙い!」と顔を顰めた。だが次の瞬間、突如としてクラリッサを中心に、皆を
覆い隠すような白く激しい竜巻が起こったのだ。
飛んできた多数の器物が、その風に乗って巻き上がり始めた。そしてそれらを霞むような
連続の剣閃が捉え、一瞬にして粉々にしたのである。
「……皆の合流を待っている暇はなさそうですね。総員抜剣、彼らを排除します!」
風が止み、その手には十字架を思わせる一本の長剣が握られていた。
なびく髪を法衣をそのままにしながら、クラリッサが叫ぶ。鎚を握ったエリオット以下場
の部下達が、次いで襲ってくる前列の使い魔らと一斉に切り結ぶ。
吼えるゾンビな使い魔達。その腕力はやはり尋常ではなかった。
それでも彼女らは清十字騎士団──対魔術災害、戦闘に特化した魔術師だ。
剣に鎚、槍に攻撃魔術など。
クラリッサ達は数に勝る、組み付いてくる彼らを次々に討ち倒していく。
「──燃えろ、爆ぜろ、因果応報だ!」
更にその中へ加わる味方がいた。船着場に駆けつけて来た正明である。
彼はその言霊で後列、外側で邪魔をするゾンビ達を発火させると、低く唸って苦しむその
彼らの隙を突いて一気に突破していった。そして地面を蹴って大きく突入、クラリッサ達が
戦う前列(内側)のゾンビ達を瞬く間に、その抜き放った退魔刀で斬り捨てる。
「ほうら。どいたどいた!」
「あれが使い魔? それにしては……」
続いて別方向から武蔵や凛、麻弥に伴太と残りの巫監メンバーもやって来た。同時にぱら
ぱらと、散開していた騎士達も集まり出す。
ぐわんと大きく隆起した豪腕で、尚も取り囲もうとする使い魔達を地面ごと吹き飛ばす。
その一方で式神──獅子らを放ってこれを遠ざける凛は、そう眉を寄せて呟いている。
「麻弥さん、矢を!」
「うんっ!」
そして麻弥は破魔蔓を展開、弓に変えて彼らを一体一体撃っていた。
緩慢ながら動く標的。数は少なからず、見れば建物同士の隙間からまだ沸いてきている。
手にした鞄の底蓋から、伴太は複数のワイヤーフックを射出させていた。
それらには写経のような呪文がびっちり巻き付けられており、捉えた使い魔の動きを封じ
込める。麻弥はそんな彼の援護もあり、半透明から翠色へと魔力と祈りを込めて引き絞った
矢を放つと、このゾンビらを浄化──刺さった矢から注がれた力で蒸発させ、抜け殻の人皮
だけに変えて倒していく。
「まさか向こうから攻めて来るなんてな……。全く奴は何を考えているんだか」
「……」
加えて最後に、晴と聖が駆けつけて来た。晴は少なからず相手の思考が読めずに混乱して
いるようだったが、一方で聖は黙ったまま並走、気持ち遠めを見ているようにみえる。
「? 聖?」
「……いた。人形どもはあいつらに任せる。俺達は親玉を仕留めるぞ!」
気付いた時には替わっていた。それまで黙していた友に、ふと怪訝になって目を遣ると、
聖は既に黄色に光る瞳──《狼》に替わっていた。彼は晴の返事もそこそこに、そう吼える
ように言い残すと、大きく大きく跳躍する。
『──』
建物の屋根を次々に跳び、駆ける。そこに聖が見つけた相手がいた。
コンテナ搬出入用のクレーン。その遙か高い天辺に茶ぼけたダッフルコートに身を包んだ
中年男性──船内で見た写真の姿、今回の犯人、デズモンド・ボートンがじっと彼女達を見
下ろすように立っていたのだ。
ちらと彼がこちらに視線を送る。だが《狼》はもう射程圏内だった。
その名の通り獣のような俊敏さでコンクリやトタンの屋根を駆け……跳躍。デズモンドを
その頭上中空に捉えると、落下する勢いに任せ、彼は大量の電撃を纏った拳を叩き込む。
「おわっ!?」
「な、何……?」
当然それは並みの轟音では済まず、ゾンビ達をすっかり押し返していた正明達やクラリッ
サ以下騎士団の面々を驚かせた。
濛々と大量の土埃を上げて無惨に崩れ落ちるクレーン。現場に追いついて大きく肩で息を
している晴。その立ち込める諸々の中、程なくして一同は二人の人影が着地したのを見る。
「避けやがったか……。まぁそうだよな」
「……」
「安心しろ。お前もちゃんと他の人形どもと一緒の所に送ってやる」
聖とデスモンドだった。
しかし事情を知らないクラリッサ達は驚き、そして戸惑っている。
彼はあんな荒々しい人間だったか? それにあそこに立っているのは……。
「ボートン!」
「ありゃま。まさかの本人かい?」
隊長とその副官がそれぞれに反応した。剣を鎚を握り直す。
「……よく分かりませんが、見つけてくださりありがとうございます。後は我々が──」
予想外が続くが結果オーライ。ならば早速、此処で捕らえて──。
『ッ!?』
だがもう一つ予想外はあった訳である。次の瞬間、足を踏み出そうとしたクラリッサ達の
前に、晴が呼び出した水ゴーレムが立ち塞がって来たのだ。
先程以上の驚き、そして深い怪訝。
空になった使用済み試験管を一本、そっとこちらに向けている晴。更に。
「悪いが、そうはいかねぇんだな。これが」
「あの……。このままじっとしていてくれませんか?」
「いきなりすまぬな。こちらも……色々と事情があってな」
「す、すみません! すみません!」
「それにしても……いきなり過ぎだしやり過ぎでしょ? あれ、後始末大変よ?」
『……』
見れば正明たち巫監の面々もサッと、さもこの水の巨体に倣うようにして間に割って入っ
てくるではないか。
「お膳立てご苦労! 後は俺に──ん?」
そんな面々、巫監達の予定通りの対応を肩越しに見て、聖もとい《狼》は笑っていた。
だが先手を打ったのはデスモンドの方だった。彼が視線を後ろに向けていた、その隙を見
計らって、相手に突き出すように向けた人差し指に魔力を込める。
「っと……!」
即座に振り返り、聖の足元から飛び出してきたのは分厚い数枚の岩。この区画の足場を形
成するコンクリートの塊だ。するとそれらはまるで盾のように機能し、刹那デズモンドが放
ってきたぼやけた紫の光弾らを防いでみせる。
「へぇ、ガンドかいな。……それっぽい真似しおってからに」
聖がまた替わっていた。
その瞳は茶色の輝き。人格の名は《虎》。大地の魔法。語る口調はなまり気味。
「──ッ」
クラリッサは、ギリッと強く唇を噛んでいた。
何のつもりだ? あの土埃の向こうにボートンがいるというのに。
刹那、彼女の胸奥に去来していたのは……失望だった。
ニッポン。長い歴史を持つサムライの国。幼い頃から文献に触れ、憧れていた。なのにこ
の仕打ちは何だ? 我が国の騎士道と共鳴するかの如き魂を持っている筈のこの国が、その
住人が、さも自分達を裏切るような行動に走っている。
「おいおい。何のつもりだい? あんたらは俺達のサポートをしてくれるんじゃなかったの
かい?」
「そこを退け! 自分達が何をやっているのか分かっているのか!?」
「大体彼は何だ? 顔合わせの時とはまるで別人みたいな……」
それでも彼らは答えてくれない。いや、答えられないといった感じか。
マヤとモノノベ、年少の二人の態度からしてそう判断できる。ミスター・ハガが口にした
彼らの事情とやらが関係しているのか。
「……」
だがそんなことは、今はどうでもよかった。
ぎゅっと、クラリッサはその騎士の剣を握り締める。
「……いいでしょう。ならば力ずくで私達は私達の任務を果たすまでです」
それはきっと失望──からの憤りが含まれていた。剣先を真っ直ぐに正面へ。正明らと水
ゴーレムが割り込んでいる先、デズモンドと聖のいる方へと向けられる。
正明らが互いの顔を見合わせていた。どうする? それはきっと逡巡で、彼女にとっては
誤解を解く一助にもならなくて。
部下達すら「えっ?」と見遣ってくる中、クラリッサはそっと片足を持ち上げて後ろに裏
が来るようにした。ほうっと現れる円と十字が合わさった魔法陣。さもそれが空間に現れた
壁であるかのように、彼女はダンッとこれを蹴って加速する。
『──!?』
まさに突風だった。
地面と平行に飛び出した彼女は、渦巻く風と共にさも射出されるように正明らへと突っ込
んで来たのだ。
慌ててかわす正明達。そして風の刃で無数のゲルに切り刻まれる水ゴーレムを置き去りに
して、クラリッサは前方の土埃を吹き飛ばしながら突き進む。
「なっ……!?」
故に、その先にいた聖もとい《虎》も驚いていた。
辺りに隆起していたのは地面。果実の皮のようにデズモンドを囲もうとしていたコンクリ
の塊達。だがそれすらも彼女は渦巻く風の威力と共に砕き、吹き飛ばしながら、この捕らえ
るべき罪人へと迫る。
「ボートン、覚悟ッ!」
「チッ……! このアホ──」
なのにだ。なのにデズモンドは逃げる素振りすらなかった。
まるで彼女がそう仕掛けてくるのを、攻撃してくるのを待っていたかのように、その瞬間
ニタァと“不気味に哂って”さえいたのだ。
刺さった。あまりにも呆気なく、彼を刀身が貫いていた。
そして溢れ出す。しかしそれは痛みによる叫びでもなければ鮮血でもなく、彼という人皮
から噴き出した大量の煙──毒々しい濃い緑をしたガスだったのだ。
「──ッ!?」
寸前、舌打ちをしながら聖は飛び退いていたが、彼女は間に合わなかった。
デズモンド。その偽者から溢れ出た煙に、クラリッサは直に呑み込まれる。
「た……」
「隊長ぉーッ!!」
麻弥が、正明ら巫監のメンバーらが口に手を当て絶句し、或いは目を見開いていた。
聖が大きく飛び退くのを視界の端で確かめつつ、晴はこのガスの正体を凝視する。
エリオット以下、部下の騎士達は口々に悲鳴を上げ、しかし溢れ出したものがものだけに
安易に後追いすることもできない。
『……』
デズモンドそっくりに作られたゾンビは、その身体の最奥に溜め込んでいた凶器を解き放
つと、瞳に力を失い静かに崩れ落ちていった。
濃緑のガスに呑まれるクラリッサ。
彼女は為す術もなく白目を剥き、ぐらりとその場に昏倒する。




