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Dear SORCERY  作者: 長岡壱月
第一幕:魔薬捜査 -Lorem investigationem-
2/27

1-(1) 巫事監査寮

「──」

 県道を一台のワゴン車がくねくねと走っている。

 その後部座席右の窓際にぺたんと頬をつけ、御門麻弥はぼうっと物思いに耽っていた。

 ……今回、自分達がこの先にある町に向かっているのは何も観光の為ではない。

 任務なのである。水面下で起きているある事件、その震源地と目されたあの町へと赴き、

事の全容を解明することが今回自分たち五人に命じられた任務なのである。

 話によれば、とある薬があの町を中心にして出回っている……らしい。

 それはただ違法な薬というだけではない。自分達の“畑”に属する代物なのだという。

 実際、その薬──ドラッグを服用した者達による事件が、次々に本部へと報告されている

のだそうだ。

 それは器物損壊から始まり、傷害、時には殺人まで。

 やはり放置しておく訳にはいかないのだろう。自分のような新米でも──たとえこの件が

自分達のせかいの出来事で、結局は内々に処理されるのだろうと分かっていても──それは理解

しているつもりだ。

(でも、大丈夫……なのかな?)

 しかし実の所、現在進行形で麻弥は緊張していた。窓ガラスに預けた頬はひんやりとして

いるが、肝心の胸の奥はバクバクと忙しなさを維持したままだった。

 無理もないのかもしれない。彼女にとって、今回は初めての“実戦”だったのだから。

 今までは京都ほんぶの膝元でサポート役をするのが大抵だった。勿論、いつかは実戦の場に立た

なければならず、立つべきで、それがやっと回ってきたのだと思えば何もおかしくはない。

それでも、この内心の緊張は無視できない。

「……」

 そんな彼女を折につけちらちらと、助手席から窺がっている青年がいた。

 御門正明、彼女の兄だ。しっかりと胸にはシートベルトを巻き、黒革のコートを着こなし

ているが、それも肌身離さず抱えている長い布包みが幾許かの違和感を醸し出している。

「? 兄さん?」

「あ。いや……」

 当然そんな視線を忙しなく遣っているのだから、ややあって当の麻弥が頭に疑問符を浮か

べて見返してきた。

 きょとん。ほぼ一回り年下の家族の眼差し。

 正明は何でもないと、肩越しに眼を遣る姿勢を直し、改めて前に向き直る。

「……相変わらずの心配性だな」

 するとそんな彼の隣、ハンドルを握っている男が弄るように苦笑いを零して言った。

 年格好は彼よりももう少し上だろうか。だが何よりもこんな車内では狭くないのだろうか

と思ってしまうほどの隆々とした、大きな体躯が見る者の目を惹く。

「あ、当たり前だろう? 麻弥は……今回が初めての実戦なんだぞ?」

「誰もが通る道さ。うちに属する者ならな。第一、お前や私だってそういう時分はあった」

「そりゃあ、そうだけど……」

 名を、羽賀武蔵。名目上今回の責任者は正明ということになっているが、実際の所は彼が

それとなく皆を導くリーダーである。

「ふふ。駄目よ、正明君。本当に麻弥ちゃんを思うなら信じてあげなくちゃ。それに貴方が

そう言うって分かってたから、上層部も一緒にしたんでしょう?」

「だ、大丈夫ですよ。ぼ、僕だっています。……まぁ、麻弥さんと一緒で僕もサポート要員

ですから、皆さんみたいにドンパチやるのは苦手ですけど……」

 残りの面子は、続いて口を開く二人だった。

 一人は全身から大人の色香、妖艶さをほんのりと匂わせる女性・卯月凛。

 もう一人は麻弥と同じ年頃と見受けられる小柄な少年・物部伴太。

 凛は見た目同様、妙齢の落ち着いた笑みを浮かべてそう言っていたが、一方で伴太の方は

ある種の必死さがあるようにみえた。

 ……謙遜というか、自虐的というか。

 彼もまた正明と同様、自身の着く中部座席の空きに、角ばった木枠のアタッシュケースと

いう妙な代物を持ち込んでいる。照れ照れ。そう彼は苦笑いをしながら、その角を指先で弄

っていた。

(誰もが通る道、か……)

 確かに兄は──自分の出自が故に──何かと心配性だが、嫌いではなかった。

 麻弥はにわかに賑やかになった車内の仲間達を眺めるとくすっと笑みを零し、再び窓の外

の風景を眺め始める。

 ……仲間。そう、自分達は同じ組織に属する仲間だ。

 “巫事監査寮ふじかんさりょう”──通称・巫監。それが組織の名前だ。

 平安の時代から受け継がれ今の姿となった、この国最大の公的魔術結社。現在は形式上、

内閣官房直属の特務機関という扱いになっている。

 そう、形式上は。

 魔術師歴キャリアの浅い自分が言うのもなんだけど、今も昔も、科学と魔術は決して一つにはなれ

ない。だって両者は分かれて以来、ずっと別々の道を歩んできた学問体系なのだから。

 実際はどちらもが在る。政府は多くの人々が真理と信じている科学おもて社会の元締で、自分たち

巫監は魔術うら社会の元締なのだ。即ち、並立している。

 科学と魔術。世界の本当の姿。

 最初は、そんな馬鹿なことが……だなんて驚いたものだけど。


 くねくねとした道が下りになり、真っ直ぐになり始めて暫くすると、麻弥たち一行は目的

地に着いていた。

 名を潮ノ目市という。古くからの漁港を梃子にして発展した、風光明媚な港町だ。

 外部幹線道路から市内に入り、駅に程近いパーキングエリアにワゴン車を停めて各々外に

出る。土地柄、海抜が低めなためだろうか。市内でも注意して五感を澄ませれば潮の香りが

漂ってくるのを感じる。

「ちょっと、寒いですね」

「そうね。京都ほんぶの方がずっと北の筈なんだけど……」

 荷物を降ろし、先ずはぐっと伸びを。季節的には春──新学期の頃合とはいえ、まだ風は

幾分冷たさを残しているようだ。

「……」

 布包みを片肩に負い直し、紐で前に結び、正明はちらりと麻弥いもうとの様子を窺がっていた。

 一見すれば、いつも通り。

 だが十年の時を共に過ごしてきた自分には分かる。緊張と好奇心、その両方の感情に揺れ

て心がざわめいているであろうことが。

(ま、顔に出てるんだけどな……)

 麻弥は慣れぬ潮風に身を硬くしながらも、それでも辺り一面をきょろきょろと見渡してい

るようだった。

 新しい高いビルとその足元に広がるように分布する昔ながらの低い家屋。京都むこうではもっと

景観に関して条例が厳しい為、このような混在ぶりはあまりお目にかかれない。

「~♪ ……っ! ~♪」

 だからこそ──実際は猥雑の類であるのだろうが──彼女は好奇心に中てられるように目

を輝かせていた。

「…………」

 微笑わらい、そしてハッと我に返って気を引き締め直す妹。

 そんなコロコロと緩んでは戻ってを繰り返す彼女の横顔を微笑ましく見つめ、正明は自身

もまたこの港町の市街地を見上げた。

 ──だからこそ、連れて来たくはなかった。

 せめて任務とは関係のない、それこそ観光などの楽しい「普通」の思い出作りの為に来る

ことができればと思った。

 元服の歳、この年頃になるまでずっと、あいつは京都ほんぶから出ずに育った。それは自分達の

慈しみであったし、同時にあいつ自身が修行に集中したいからだったことも実は知っている。

『本当に麻弥ちゃんを思うなら信じてあげなくちゃ』

 凛はそう言う。確かにそうだと自分でも思う。

 だが本当にいいのか?

 本当に、この娘を俺達の世界に引き込んでしまって……。

「ねえ、正明君」

 するとそんなこちらの心中を見透かしてかいないか、凛がふいっと声を掛けてきた。

 少しだけ眉間に皺を寄せ、あくまで平静を装って正明は振り向く。

「この後はどういうルートを採るの? 宿の手配は京都むこうにいる時に済ませておいたけれど……」

「ああ。そうだな」

 肩に負った布包みを揺らして、正明は言った。

「先ずはこの街の警察署に向かう。本部から話を通して貰っているから、魔術師こちら側の内部協力

者とコンタクトを取るつもりだ。具体的な案件のデータがないと捜査も何もできないしな」

「そうですね。じゃあ、この町が震源地だっていうのは、やっぱりその」

「ああ。俺は現物を見てねぇんだが、データからそう推測できるんだとよ」

 そして正明と伴太、凛と彼女に促されてついていく麻弥と、面々は早速捜査の第一歩の為

に歩き出していく。

「……」

 麻弥の歩みを目の端で捉え、それとなく待ってあげる正明。自らの身と二人を挟むことで

彼女を護るように立つ彼。

(やれやれ……。お前の愛情には感服するよ)

 五人のうち最後尾を行く武蔵は、内心そう感心していた。

 大丈夫。守ってみせるさ──。

 だからこそ同時に、故に危なっかしい正明と麻弥かれとかのじょを彼は眺める。

(……大丈夫さ。たとえ血が繋がっていなくとも、お前達は本物の兄妹だ)

 そう、もう面と向かって繰り返すこともなかろうと思う言葉を、胸の内でごちる。

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