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Dear SORCERY  作者: 長岡壱月
第三幕:来訪者たち -Visitatores quis-
19/27

3-(4) 我らは空(から)

 僕らが相馬聖を名乗って暮らしていけるのは、その原典オリジナルの記憶がこの器にもまだ残滓と

して残っていたからだ。本来の彼を知る者達の記憶を喰い、相馬聖という人物の「知識」を蓄

えてきたからだ。

 僕らがこちら側に降り立ち、襲われた強い衝動。それこそが彼の願いだった。

 ──力。彼は“如何なる理不尽をも薙ぎ倒す力”を欲したのだ。

 故に僕らは殺した。あの魔術師達を。彼がそう願うに至った、彼を絶望させ狂わせた元凶

である二人を。

 故に僕らは助けた。彼が絶望にあっても尚、大切な人だとその記憶に刻み、僕らに救って

やってくれと命じた少女を。

 故に僕らは喰った。抜け殻の自分達が相馬聖かれを名乗る為に引き継ぐ為に、彼を知る者達を、

その記憶の残滓を手掛かりに捜し当て、喰らった。

 なのに否定された。あの日割り込んできた魔術師達によって僕らは取り押さえられ、これ

以上暴れるなと強く強く釘を刺された。紆余曲折あってその後、自分たち相馬聖は魔術師・

瀬名川アリスの保護観察下に置かれ──現在に至る。

 何度も疼いてきた。僕らはその抑圧と闘い続けてきた。

 瞳を閉じれば、意識をこの内側に向ければ、ありありと視える。

 赤、水、茶、白、銀、青、緑、黄、金、紫、灰、紺、そして橙色。僕たち十三人の魔法が

ぐるりと空っぽの“核”の周りを囲み、それぞれの魔力を灯している。

 皆の性質は様々だ。それこそ戦いに積極的な者もいれば、消極的な者もいるし、或いはそ

もそも何を考えているか望んでいるか表明せず、分からないなんて者もいる。

 それでも……十三人の意思は総じて前者に傾いていた。それは原典オリジナルが望んだことでもある

からだ。

 力。如何なる理不尽をも薙ぎ倒す力。即ち“最強”であること。

 では、それを誰が証明する? 何を以って証明する?

 他にあるまい。とにかく戦い続けること、負けることなく勝ち続けること。そのことによ

ってのみ、僕らは僕らであり得ると主張される。それが原典オリジナルが自分達と己を入れ替えてまで

“願った”大義りゆうなのだから。


 だが……この僕という個は、次第にそのことに意味を見出せなくなっている。

 有体に言えば「虚しい」という感情なのだろう。自分という魔法がその性質上、直接的な

攻撃力に向いていないこともあってか、比較的戦いに消極的な立場は以前よりも強まってき

たのではないかと思う。

 なので、しばしば哂われる。他の僕ら、こと戦いを渇望する者達からは『甘い』だの『表

に出過ぎて絆されている』だのと揶揄されることも珍しくない。

 そうなのだ。僕らは十三人の魔法で、相馬聖オリジナルではない。

 なのに……彼女はとても哀しそうに見えた。

 谷崎、改め、御門麻弥。

 原典オリジナルと親しかったという幼馴染の少女──知識はそう告げている。そして今は巫事監査寮

の魔術師……。


 何を迷うことがある。実際に一度、自分達は本物オリジナルではないと彼女に告げたではないか。

いさめたではないか。

 これは好機だ。許可の必要性という不自由さは続くとはいえ、戦える。この執拗に疼き続

ける衝動も、これで少しは大人しくなるかもしれない。


 嗚呼、そうだ。

 僕らは呪いまほう。ヒトではないのだ──。


「……」

 はたと我に返り、聖は意識を現実リアルに引き戻した。少し遠めから波や風の音が聞こえてくる。

 場所はあれから変わり、同港湾地区の一角。紺の法衣を纏った騎士団の面々があちこちに

放射状に散開し、デスモンドの足取りを示すような痕跡を探し回っている。

 一方、巫観の面々は半ば傍観者な状態だ。

 会議での決定通り、市街に捜査網が延びていくまでは暇だというのもあるのだろうが、三

班に分かれた彼らはゆっくりと巡回を繰り返しており、凛・麻弥ペアから武蔵・伴太ペア、

そして正明単騎というローテーションが先刻から何度かこちらにも姿をみせている。言わず

もがな、それはデズモンド本人の出現を待っている──彼を自分達で仕留めるという本来の

任務・目的を隠し持っているからに他ならない。

『──』

 今は、気付けばまた正明だった。

 積み上げられたコンテナ群がずらりと並ぶこの区画。まさかまだ中にいる訳ではないだろ

うが、予想された逃走(密航)の手口からして痕跡があるとすれば此処が一番怪しい。

 騎士達が灰色の地面を、頭上高いコンテナらを、丹念に視ている。

 麻弥が来ていた時もそうだったが、どうにも正明の向けてくる視線が頻繁というか殺気め

いているというか……。

 尤も悪印象なのはお互い様だ。こちらの企みが騎士団達にバレない為にも、ここは努めて

無視しておくことにする。

「……ふぅ」

 そうしてぼうっと辺りを見回し、正明が遠くから向けている警戒の眼にわざとそっぽを向

いていた時だった。当局の根回しもあり、幾つか開けられたコンテナの一つに自ら入ってい

た晴が、そう神妙さを顔面に貼り付けて出て来たのである。

「どうだった? 何か見つかったか?」

「一応な。だが……妙だ」

「妙?」

 しかしその面持ちはどうにも清々しくない。後から数人、同じように騎士団のメンバーが

出て行ったが、彼らも含めて晴は気難しい様子でこちらに眼を遣ってきている。

「多過ぎるんだよ。奴が潜伏していたらしいコンテナの中だけじゃない。この港のあちこち

で魔術物質が検出されてる。おかしいとは思わないか? いくら計画的な逃走ではなかった

とはいえ、航路を調べられれば追っ手が来ることくらい予想できただろうに」

「ああ。まぁ……」

 その手には岡持ちのような、丈夫な金属製の手提げ鞄が握られていた。

 試しにと聖の目の前に置いて中を見せてくる。そこには数段、スライド式の、零れぬよう

に固定できる試験管立てが設えられており、既に何本もの中身入りの試験管がある。聖は学

問としての魔術は素人同然だが、少なくとも晴がコンテナとその周辺で多くの物証を見つけ

たらしいことは分かる。

「間違いなく、デズモンド・ボートンは此処で魔術を使っている。コンテナの中──逃走中

に傷を癒していたのならまだ分かる。だが回復するにせよ、体勢を立て直すにせよ、自身の

“場”を確保するなら、もっと隠れた──人目につかないような場所を選ぶべきだろう? 

現にこうして見習いレベルの僕にすら気付かれている。それ位、魔術師なら常識なのに」

「……」

 晴はそう心底怪訝そうに語っていたが、聖は内心そんな友を半分滑稽に思っていた。

 常識。魔術師の云う「普通」──さてそれはどうだろう?

 相手は自分の同類まほうつかいなのだ。そもそも人間がその力に手を出したという時点で、奴が“正気”

であるとは思えない……。

『──ッ!?』

 まさにそんな時だった。突然、区内の遠くで爆発が起きたのだ。

 聖と晴、周囲にいた騎士団の面々も驚いて顔を上げている。正明が「ちっ……!」と、小

さく舌打ちをしながら一人即座に駆け出している。

 爆発はそれから散発的に続いた。

 東かと思えば西に、南かと思えば北に。あちこちからもうっと黒煙が上がり始めている。

「これは……」

「ああ。もしかしなくても」

 晴が言った。聖もついっと空を見上げながら肯定する。

「き、緊急事態! 緊急事態! 総員、船の区画まで戻れっ!」

「ゾンビだ! 例の、報告にあった使い魔達が攻めて来たぞー!」

 騎士達の伝令が、そう二人の耳にももたらされる。

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