3-(4) 我らは空(から)
僕らが相馬聖を名乗って暮らしていけるのは、その原典の記憶がこの器にもまだ残滓と
して残っていたからだ。本来の彼を知る者達の記憶を喰い、相馬聖という人物の「知識」を蓄
えてきたからだ。
僕らがこちら側に降り立ち、襲われた強い衝動。それこそが彼の願いだった。
──力。彼は“如何なる理不尽をも薙ぎ倒す力”を欲したのだ。
故に僕らは殺した。あの魔術師達を。彼がそう願うに至った、彼を絶望させ狂わせた元凶
である二人を。
故に僕らは助けた。彼が絶望にあっても尚、大切な人だとその記憶に刻み、僕らに救って
やってくれと命じた少女を。
故に僕らは喰った。抜け殻の自分達が相馬聖を名乗る為に引き継ぐ為に、彼を知る者達を、
その記憶の残滓を手掛かりに捜し当て、喰らった。
なのに否定された。あの日割り込んできた魔術師達によって僕らは取り押さえられ、これ
以上暴れるなと強く強く釘を刺された。紆余曲折あってその後、自分たち相馬聖は魔術師・
瀬名川アリスの保護観察下に置かれ──現在に至る。
何度も疼いてきた。僕らはその抑圧と闘い続けてきた。
瞳を閉じれば、意識をこの内側に向ければ、ありありと視える。
赤、水、茶、白、銀、青、緑、黄、金、紫、灰、紺、そして橙色。僕たち十三人の魔法が
ぐるりと空っぽの“核”の周りを囲み、それぞれの魔力を灯している。
皆の性質は様々だ。それこそ戦いに積極的な者もいれば、消極的な者もいるし、或いはそ
もそも何を考えているか望んでいるか表明せず、分からないなんて者もいる。
それでも……十三人の意思は総じて前者に傾いていた。それは原典が望んだことでもある
からだ。
力。如何なる理不尽をも薙ぎ倒す力。即ち“最強”であること。
では、それを誰が証明する? 何を以って証明する?
他にあるまい。とにかく戦い続けること、負けることなく勝ち続けること。そのことによ
ってのみ、僕らは僕らであり得ると主張される。それが原典が自分達と己を入れ替えてまで
“願った”大義なのだから。
だが……この僕という個は、次第にそのことに意味を見出せなくなっている。
有体に言えば「虚しい」という感情なのだろう。自分という魔法がその性質上、直接的な
攻撃力に向いていないこともあってか、比較的戦いに消極的な立場は以前よりも強まってき
たのではないかと思う。
なので、しばしば哂われる。他の僕ら、こと戦いを渇望する者達からは『甘い』だの『表
に出過ぎて絆されている』だのと揶揄されることも珍しくない。
そうなのだ。僕らは十三人の魔法で、相馬聖ではない。
なのに……彼女はとても哀しそうに見えた。
谷崎、改め、御門麻弥。
原典と親しかったという幼馴染の少女──知識はそう告げている。そして今は巫事監査寮
の魔術師……。
何を迷うことがある。実際に一度、自分達は本物ではないと彼女に告げたではないか。
禁めたではないか。
これは好機だ。許可の必要性という不自由さは続くとはいえ、戦える。この執拗に疼き続
ける衝動も、これで少しは大人しくなるかもしれない。
嗚呼、そうだ。
僕らは呪い。ヒトではないのだ──。
「……」
はたと我に返り、聖は意識を現実に引き戻した。少し遠めから波や風の音が聞こえてくる。
場所はあれから変わり、同港湾地区の一角。紺の法衣を纏った騎士団の面々があちこちに
放射状に散開し、デスモンドの足取りを示すような痕跡を探し回っている。
一方、巫観の面々は半ば傍観者な状態だ。
会議での決定通り、市街に捜査網が延びていくまでは暇だというのもあるのだろうが、三
班に分かれた彼らはゆっくりと巡回を繰り返しており、凛・麻弥ペアから武蔵・伴太ペア、
そして正明単騎というローテーションが先刻から何度かこちらにも姿をみせている。言わず
もがな、それはデズモンド本人の出現を待っている──彼を自分達で仕留めるという本来の
任務・目的を隠し持っているからに他ならない。
『──』
今は、気付けばまた正明だった。
積み上げられたコンテナ群がずらりと並ぶこの区画。まさかまだ中にいる訳ではないだろ
うが、予想された逃走(密航)の手口からして痕跡があるとすれば此処が一番怪しい。
騎士達が灰色の地面を、頭上高いコンテナらを、丹念に視ている。
麻弥が来ていた時もそうだったが、どうにも正明の向けてくる視線が頻繁というか殺気め
いているというか……。
尤も悪印象なのはお互い様だ。こちらの企みが騎士団達にバレない為にも、ここは努めて
無視しておくことにする。
「……ふぅ」
そうしてぼうっと辺りを見回し、正明が遠くから向けている警戒の眼にわざとそっぽを向
いていた時だった。当局の根回しもあり、幾つか開けられたコンテナの一つに自ら入ってい
た晴が、そう神妙さを顔面に貼り付けて出て来たのである。
「どうだった? 何か見つかったか?」
「一応な。だが……妙だ」
「妙?」
しかしその面持ちはどうにも清々しくない。後から数人、同じように騎士団のメンバーが
出て行ったが、彼らも含めて晴は気難しい様子でこちらに眼を遣ってきている。
「多過ぎるんだよ。奴が潜伏していたらしいコンテナの中だけじゃない。この港のあちこち
で魔術物質が検出されてる。おかしいとは思わないか? いくら計画的な逃走ではなかった
とはいえ、航路を調べられれば追っ手が来ることくらい予想できただろうに」
「ああ。まぁ……」
その手には岡持ちのような、丈夫な金属製の手提げ鞄が握られていた。
試しにと聖の目の前に置いて中を見せてくる。そこには数段、スライド式の、零れぬよう
に固定できる試験管立てが設えられており、既に何本もの中身入りの試験管がある。聖は学
問としての魔術は素人同然だが、少なくとも晴がコンテナとその周辺で多くの物証を見つけ
たらしいことは分かる。
「間違いなく、デズモンド・ボートンは此処で魔術を使っている。コンテナの中──逃走中
に傷を癒していたのならまだ分かる。だが回復するにせよ、体勢を立て直すにせよ、自身の
“場”を確保するなら、もっと隠れた──人目につかないような場所を選ぶべきだろう?
現にこうして見習いレベルの僕にすら気付かれている。それ位、魔術師なら常識なのに」
「……」
晴はそう心底怪訝そうに語っていたが、聖は内心そんな友を半分滑稽に思っていた。
常識。魔術師の云う「普通」──さてそれはどうだろう?
相手は自分の同類なのだ。そもそも人間がその力に手を出したという時点で、奴が“正気”
であるとは思えない……。
『──ッ!?』
まさにそんな時だった。突然、区内の遠くで爆発が起きたのだ。
聖と晴、周囲にいた騎士団の面々も驚いて顔を上げている。正明が「ちっ……!」と、小
さく舌打ちをしながら一人即座に駆け出している。
爆発はそれから散発的に続いた。
東かと思えば西に、南かと思えば北に。あちこちからもうっと黒煙が上がり始めている。
「これは……」
「ああ。もしかしなくても」
晴が言った。聖もついっと空を見上げながら肯定する。
「き、緊急事態! 緊急事態! 総員、船の区画まで戻れっ!」
「ゾンビだ! 例の、報告にあった使い魔達が攻めて来たぞー!」
騎士達の伝令が、そう二人の耳にももたらされる。




