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Dear SORCERY  作者: 長岡壱月
第二幕:禁呪の人 -Populus magica prohibentur-
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2-(5) 愚者につける薬(前編)

 麻弥が一足早く瀬名川邸を訪れていた間に、一つの変化があった。

 回復したのだ。路地裏の一件で聖に倒されてしまった、不良グループのリーダー・佐原が

意識を取り戻したのである。

 その報せを受け、正明達は早速彼が入院している病室を訪ねた。

 まだ回復間もなく、当時の記憶が焼き付いていたのかもしれない。佐原はこの突然の、見

覚えない訪問者の一団に酷く怯えていた。まだ満足に動けないベッドの上で必死にもがき、

少しでも遠くに身を置こうとする。

「佐原だな」

「な、何だよ? お前ら」

「その義務はない。こっちの質問にだけ答えろ」

 そんな彼に、ずいっと正明が詰め寄った。

 柄の悪い相手というものを彼は解っている。他にも心情的な理由があるのだが……そこは

敢えて当人に投げ掛けることはせず、武蔵も凛も伴太も、一先ずは彼を囲んで様子を見るこ

とに集中する。

「こいつに見覚えはあるな? 答えろ。何処の誰から買った?」

 ひっ──。佐原が小さな悲鳴を上げて竦むのが見て取れた。小さなビニール袋に入れた、

サンプル用な件の魔術薬の欠片を彼に見せて、正明が問うていた。

「し、しし……知らない。大体、あんた何なんだよ? あのビリビリ野郎の仲間なのか!?

嫌だっ、嫌だ嫌だ嫌だ! まだ死にたくねぇッ!」

 質問が通じず、余裕がなく、返ってきたのはそんな泣き言。

 するとどうだろう。次の瞬間、ぎゅっと深く眉間に皺を寄せた正明の拳が、ズゴンッと佐

原の頬ぎりぎりの所を掠め、病室の壁に窪みを作っていた。

「……ぎゃーぎゃー五月蝿ぇんだよ、クソガキが」

 ぽつり。まるで地の底から這い出すような声色と凄みを以って、正明が見下ろしていた。

 ちょっ!? 乱暴は駄目ですよ──! 伴太が慌てて言ったが当の本人達には聞こえてい

ないらしい。武蔵と凛も、しっかりと目撃こそせど、この不法を働いた青年を庇おうという

気は無いようだった。

「あのな。俺は今、機嫌が悪いんだ……」

 ベッドの上、壁際に佐原を追い詰めて両手をつき、正明は言う。

 そう……機嫌が悪い。今日は今朝から妹が出掛けてしまった。行き先は瀬名川アリス・晴

母子おやこの家──もとい相馬聖の宿。彼らの学園が休日であることから、事前に迎えに行って合

流、事件の捜査を続ける予定だったのだ。

 それをあの子は先に行ってしまった。凛の式神も一緒なので動向は把握できるが、またあ

の時のように襲われたらどうする? そう心配ですぐにでも追おうとしたのに、ちょうどそ

んなタイミングでお前は目覚めやがった。

 そもそも、お前達がこんな馬鹿を起こさなければ麻弥まで駆り出されることはなかっただ

ろうし──あんな再会をしてしまうことだってなかった……。

「ひっ、ひぃ……ッ!」

 佐原はすっかり怯え切り、顔を真っ青にして動けなくなっていた。

 言霊を使えば何てことはない。だがそんな楽な方法、採ってやるかよ。

 正明はぎろりとこの青年を睨んだ。使うのは後だ。聞き出すことを聞き出してから、自分

達の記憶を消去させるのに使う程度だ。

「もう一度訊くぞ? 誰から買った? このヤクを……何処の誰から買った?」

 様子を見ていた内、武蔵が少し動こうとしていた。頭に血が上っている。直接暴力を振る

いそうになったら、流石に止めなければ……。

「わわ、分かったよ! 答えるよ! ちょ、直接会ったことはないから顔は知らない。けど

売り捌いてるチームは知ってる。尾藤っていう奴だ! そいつらがこのヤクを取り仕切って儲

けてるんだ!」

 しかしどうやらその心配は杞憂だったようである。

 程なくして佐原が遂に、正明の眼光に負けて洗いざらいを白状し始めたのだから。


「──名前は尾藤忠男。潮ノ目学園三年B組。実家は祖父の代から続く古本屋です」

 急ぎでスマホに保存した情報を読み上げながら、伴太はそう言った。

 時は瀬名川邸にて集合してからのこと、所は武蔵が運転するワゴン車の中。瀬名川親子と

聖の三人を加えた巫監の一行は、一路この件の魔術薬の製造者と思われる少年の下へと向か

っていた。

 新しく中部座席に晴と聖、後部座席にアリス。

 定員内とはいえ、流石に少し手狭になってしまった。スマホの画面、尾藤の顔写真を見せ

る伴太に面々の顔が視線が向けられている。

「まさかうちの生徒だったなんてな」

「まぁ、数が多いだけにそういう輩もいるにはいるんだろうけど……」

 灯台下暗し、とでもいった所か。晴と聖はそれぞれに眉を顰めていた。

 彼が、彼の所属するグループと一緒になって例の魔術薬を売り捌いている──。

 三年生。先輩。面識がないのだから仕方ないのだとしてみても、もしかしたらもっと早く

に止められたかもしれない──。ただそんな思考だけは脳裏に過ぎる。

「今向かっているのはその彼の自宅……ではないですね? 市内から離れてますし」

「ええ。式神達を遣ったのですが、当人はいなかったので。おそらくは所属グループの溜ま

り場にいるのではないかと」

「その辺は武蔵たちのこれまでの聞き込みがあります。近隣の不良どもの拠点なり縄張りな

ら、こっちも大方調べ終わってますんで」

 バイパスを走る車内から外を覗き、アリスが言った。そんな彼女の隣で凛は頷き、改めて

丁寧に現在の行動内容を説明する。

 正明も助手席越しに顔を向けて言った。ここからは自分達のターンだと。

「あ、それと。麻弥さん」

「……?」

 そして伴太は麻弥に向かって。

 木枠のアタッシュケースからある物を取り出すと、彼は彼女に手渡した。麻弥はぱちくり

と目を瞬きながら両掌に収まったそれを見る。

 それはカプセル……のようだった。

 色は透き通るような綺麗な翠色。大きさは器にした両掌に収まる程のサイズで、半球状に

なって行く両端の境界線、そして本体の中心につぅっと真っ直ぐな切れ込みが入っている。

「これ、は」

「名付けて“破魔蔓はまかずら”──麻弥さん専用の魔術アイテムです。今は見ての通りのスタンバイ

状態ですが、この切れ込みに魔力を注げば本来の弓型に展開します。今回の事件も大詰め

っぽいですからね。少しでも攻撃能力は持っておいた方がいいでしょう」

「……え。じゃあまさか、これも物部君が?」

「魔術具職人ですから。……あ。普通に撃っても充分だと思いますが、撃つ前に祝詞を込め

たりすればもっと強力で色んな使い方ができますよ」

「……。うんっ! ありがとう、使わせてもらうね?」

 嬉しそうに微笑む麻弥に、伴太もつられて笑い──でれでれになっていた。

 凛とアリスがそんな様子を微笑ましく見守っている。晴は何となく近寄り難そうで、聖は

敢えて我関せずと窓の外に目を遣っている。正明もちらと席越しにこの二人のやり取りを見

ていたが、弟分のことだからか聖の時ほど目くじらを立てることはない。

「準備は万端のようだな。そろそろ着くぞ」

 グループが溜まり場にしている場所は、市の南岸・港湾区の一角にあった。

 ずらりと並んだまま半ば放置されたコンテナ群、点々と建つ人気のないプレハブ小屋。正

明ら一同は目的のそこに立つと、一度互いを見合って確認をする。

「……気配はあるわね。予想的中みたい」

「だな。それで瀬名川さん、今からのことなんですが……」

「ええ、分かっています。確保した子達はこちらへ。解毒剤はたっぷり作ってありますよ」

 正明や面々は静かに頷いていた。

 元より魔術師とはいえ、荒事が専門ではないアリスまでもがこの場にやって来た理由はま

さにここにある。

 治療の為だ。彼女曰く、彼ら件の魔術薬を常用するようになった少年少女達はほぼ間違い

なく健康を害している──近い将来害するリスクがあるのだという。大体にして物が粗悪品

なのだ。これまでメリット以外が取り沙汰されなかった方が奇跡的だと言ってもいい。

 以前学園に駆けつけてきた際、保健室でみせてくれたあの鍼の束。

 その柄先に付けられていた飴のような小球は琥珀色から緑、色こそ違えどしっかり彼女の

言う解毒剤であった。

 正明が聖たちを含めた全員を見渡す。皆がそれぞれに頷きを返す。

 そしていよいよ、一同は彼の手によって押し出されたプレハブ小屋の扉から、捜査の本丸

へと突入する。

『──!?』

 当然ながら、中にいた不良少年達は驚いていた。

 室内には食い散らかされたカップ麺の容器や菓子の空箱、よく分からないガラクタまで。

 トランプや携帯ゲーム機、何処から持ち込んだのかビリヤードまでやっていた面々が一斉

にこちらを睨んできた。警戒心だけは一人前だ。カツン……。しかしそんな眼力など効かぬ

と言わんばかりに正明が数歩前に踏み出し、早速用件をぶつけにかかる。

「尾藤忠男って奴はいるか?」

 それで彼らも正明達が何者か──その質問で例の薬絡みだと直感したらしい。

 ビリヤード台に腰掛けていたグループのリーダー格らしき少年がストンと床に降りると、

ついっと顎で仲間達に合図を送る。

「誰だよ、オッサン」

「のこのこやって来てその話して、ただで済むと思ってんのかなぁ?」

 不敵な笑み。めいめいに口元へと放り込まれる例の魔術薬。

 少年達は口々に言うと、材木な棍棒やら金属バット、折り畳み式のナイフなどをそれぞれ

に握って正明達を取り囲み始めた。

 殺気──もとい暴力に酔ってきた者達の不穏。

 武蔵と晴が女性陣(と伴太)を。そんな中にあって聖だけはじっと、尚も両者の様子を黙

って窺がっている。

「逃げろ、尾藤ッ!」

 リーダーのその指示さけびが合図だった。

 一斉に襲い掛かってくる少年達、その人だかりの向こうで慌てて裏口から駆け出していく

一人の少年。

「ちっ……!」

 目の前の相手よりもそちらが気になった。

 正明は素早く肩の布包みを左手に持ち替え──。

「ぬっ?」「な、に……?」

 だが代わりに武蔵が立っていた。棍棒や金属バッドは全て太い腕で受け止め、ナイフの刃

はその一つ一つの軌道を完全に読み切って全て寸前の所でかわされている。

「随分な歓迎だな」

 だが──。言って片腕を払うと、彼はその一発だけで殺到する少年達を弾き飛ばした。

 ぐらりと大きく体勢を崩し、或いはそのまま転んでしまう彼ら。だが武蔵は構わずその大

柄な体格に合わせたスーツの上とワイシャツを脱ぎ捨てると、素早く胸の前で印を結ぶ。

「……力比べなら、私も自信があるぞ?」

 少年達は呆然としていた。中腰だの尻餅だの、そのままの状態でろくに動けない。

 仰ぎ見たその視線の先には武蔵が立っていた。ただその身体は先ほどの比ではない。

 巨大化していた。ただでさえ大きな身体が巨大な丸太のように尋常ではなく隆々と為り、

その圧倒的なスケールでこちらを見下ろし、微笑わらっている。

「──?」

 更にだった。ふと少年達の視界の端、背後付近にはらはらと紙が舞ったかと思うと次の瞬

間、複雑な折り紙を思わせる三頭の獅子が降り立ったのである。

「ひっ……!?」

「……ごめんなさいね? これも、仕事だから」

 武蔵と凛、紛い物ではなく本物の魔術師による反撃ショーが幕を開けていた。

 慌てふためく少年達。それを次々に確保していく彼ら。中には勇敢──蛮勇にもナイフ等

で攻撃してくる者もいたが、これも太刀を抜きすらしない正明のいなしと足払い、直後の容

赦の欠片もない顔面への鷲掴みで以ってあっという間に床に叩き伏せられる。

「な、何やってる!? 出し惜しみするな! 一個で足りないなら二個でも三個でも──」

「……」

 じりじりっと下がっていくリーダーの少年。がちゃがちゃと持ち込んだ仲間達の私物がそ

の度に転がり落ちる。

 そんな彼にゆっくりと近づいていく人影があった。晴である。彼はようやくこちらに気付

いたこの少年の視線に特段何か感情を向ける訳でもなく、そっと自身の懐に手をやって一本

の小振りな試験管を取り出す。

「Coming, my the water(水の眷属よ、来たれ)──」

 フッと吹いた風、魔力。晴は流暢な英語でそう呪文を唱えた。

 するとどうだろう。唱え終わるや否やぴんっと指先で管のゴム蓋が弾き飛ばされると、そ

こから飛び出した小さな塊──細胞核のようなモノが猛烈な勢いで周囲の水分を凝縮、巨大

な水の身体を持った巨人となってこのリーダーの少年の前に立ち塞がったのである。

「ぁ、ぁぁ……」

 抗う術も暇もなかった。震える手は薬の瓶すら満足に探れない。

 斜めに振り下ろされる晴の腕。その動きに合わせて、水の巨人は渾身の右ストレート。彼

を一瞬にして背後の壁に、大きな陥没と共に叩き付けて倒してしまう。

「ほう……? “魔術人形ゴーレム”か」

「あれがあの子の専門分野みたいね。言霊ろじうらの時に比べて精度が段違いだもの」

 拳を引き抜いた水ゴーレム、白目を剥いて崩れ落ちる少年、見下ろしている晴。

 巫監の魔術師達もこれには感心した。その間も残りの少年達は取り押さえられていく。

「聖! ここは僕や母さんに任せて尾藤を追え!」

「……ッ。麻弥、伴太、行けっ! 先を越されるな!」

「は、はい!」「うんっ!」

「ん……」

 振り向きながら晴が叫んだ。すると対抗心か、正明もすぐ妹と弟分に同じ指示を飛ばす。

 びしっと緊張して頷く伴太と麻弥、対照的に淡々とした聖。

 二人と一人。三人は混在一体となって、開けっ放しなままの裏口から駆け出していく。

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