『出発』
『……私の花です』
そうミオが告げた後、無理矢理微笑みを作り「遅くなったので、戻って急いでご飯にしましょう」と声をかけ、シンは黙って頷いた。
その言葉通り、ミオは戻るなり素早く朝食を用意し、今、ご飯を食べ終えたシンは家の前でミオが来るのを待っていた。
「女の子には色々準備する物があるんです」とは、ミオの弁である。
シンはミオが来るまでの間、頭でアルカナ市街跡地に着いた後のシミュレーションをする。
と、言っても考えられのは、
(とりあえず、ミオの安全が最優先。
魔物と今日遭遇する事は多分ないけど警戒だけは怠らず、片っ端から瘴気を浄化して調査するしかないかなぁ)
ぐらいである。
そして、具体的な瘴気の浄化方法を思い浮かべ、
(そう言えば、ミオは魔法使いなのかな?)
そんな、疑問が頭をよぎる。
身を護る術があるのとないのでは気構えも変わるし、魔法使いに至っては根本的にやり方を変えなければいけない。
なんせ、シンの浄化の力は善悪関係無く、全ての魔法、魔力、核に影響を及ぼすからだ。
身を護る為に力を使ってミオの核もついでに壊しました、は冗談では済まされない。
(後でちゃんと確認しとこう)
そうシンが心に決めると、
「お待たせしました」
ちょうどミオが玄関から出てきた。
「おっ」
服装は昨日の真っ白いロングコートと打って変わって黒のワンピース。
その手にはバスケットが握られており、中から献花を覗かせているので礼服の意味合いも兼ねているのだろう。
だから、黒と金の髪のコントラストも似合ってるなとか、何だかミオの雰囲気に合ってて素敵だなとか思う事は不謹慎なのだが、それでもシンは思わず見惚れてしまっていた。
その事にミオ自身気づいているのか、ほんの少し微笑みを柔らかくさせている。
「それじゃあ、行きましょうか」
「う、うん、そうだね」
いつまでもそうしていたら日が暮れるので、鍵を閉めたミオが提案し、シンも頷く。
「荷物持つよ」
シンが気を利かせて、手に持つバスケットを示すが、
「軽いから大丈夫ですよ。
それに、いざという時にシンの手が塞がってたら大変じゃないですか」
と、やんわり断られたら、シンは頷くしかない。
「ちなみに、中身は献花だけ?」
せめて、中身だけでも把握しておこうと訊き、
「献花と、それに軽食とお水ですよ」
「あれ、軽食まで用意してくれたの?」
そんなに待ってなかったよねと思いつつ尋ね、
「はい。そもそも下準備は昨日の夜からしてましたから」
ミオは笑顔で答えた。
シンはミオの気配りに感謝の言葉を述べようとして、
「それに、お腹を空かせて荒野にまた倒られても困りますしね」
クスクスとからかわれて、シンは言葉を飲み込んだ。
(……別に蒸し返さなくていいのに)
新しく出来た汚点をつつかれ、シンがいじける様な態度を取る。
だが、ミオは一切気にせず、
「それで、お願いがあるんですけど」
と、手を合わせて言葉を紡いだ。
「……何?」
その言葉にシンは警戒心全開で内容を訊ねる。
「いえ、そんなに警戒されても……」
「そりゃあ、するよ」
苦笑するミオに、シンも苦笑気味に答える。
『今後私がする“お願い”を全て・絶対に 叶える事』
その交わした約束を思い出せば、シンの警戒も当然だろう。
ふう、とミオは1つ溜め息をつき、
「簡単なお願いですよ。
調査が終わった後、ブリュークに寄って買い物に付き合って欲しいんです」
「えっ、それだけ?」
本当に簡単なお願いにシンが呆ける。
ちなみに、ブリュークとは最寄りの村の名称である。
「はい、それだけです。
ちょうど食料も尽きてしまったので」
ミオがバスケットを掲げて見せる。
「あっ、ごめん」
それに対し、シンは反射的に謝っていた。
昨日、食料を買ってもうないと言うことは、それだけシンが食べてしまったのだ。
「気にしないで下さい。
それで、お願いの方は大丈夫ですか?」
可愛いらしくミオが首を傾げる。
「うん、大丈夫だよ。
それに宿に僕も荷物預けてたから一度行かないといけなかったし」
そもそも拒否権などないのだから。
「ありがとうございます。
それでは今度こそ向かいましょう」
「そうだね。
あっ、ミオ?」
歩き始めたミオに声をかける。
「はい、何でしょう?」
「そのぅ、……服、似合ってるね」
顔を赤らめて褒めるシンに、ミオは満面の笑みで答え、2人はミオの家から出発した。