『お願い』
「ご馳走様でした」
シンは手を合わせた後、満腹になったお腹をさする。
目の前にあるテーブルには空になった食器が沢山広がっていた。
「はい、お粗末様でした」
その沢山の食器に4人分は乗っていたはずの料理が無くなった事に内心驚きつつ、ミオは微笑みを浮かべていた。
勇者になった少年ーーシンが、荒野でミオと出会ったのは1時間近く前の事。
ミオの先導で荒野を歩き、何度か丘を越えると、それまでいくら歩いても見えてこなかった針葉樹林が見えてきた。
その針葉樹林に入り、獣道を少し歩いた所にミオの家はあった。
丸太で組まれた2階建てのそれは家と言うよりコテージに近いのかもしれない。
「とりあえず、すぐ食べれる物で……」と言って、ミオが用意したのは春野菜の炒めものと旬のサラダ、それに『ロート共和国』特産の香辛料で味付けした炒飯だった。
食欲をそそる料理群に空腹のシンが耐えられる訳がなく、ミオが白いエプロンを脱ぐのすら待てなかったのはご愛嬌と言った所だろう。
「ああ、美味しかった」
シンが若干放心しつつ呟く。
「お口にあって良かったです」
と、微笑みを保ったまま食後のお茶を煎れるミオは良く出来た少女である。
「あっ、ありがとう」
「どう致しまして」
それから、2人して暫しお茶を嗜み、
「さてと、」
咳払いを一つして、シンが気持ちを改める。
「先ずはご飯をご馳走してくれてありがとう。
結構食べちゃったから、お金払うよ」
荷物が入った袋を手に持って聞く。
基本、無償で依頼を引き受けているシン達だが、何だかんだでお礼を受け取ったり、今回は『ロート共和国』の正式な依頼として、路銀が同封されていたので、お金には不自由していない。
「いえ、別に構いませんよ」
「でも、それじゃあ悪いし……」
笑顔で断るミオだが、シンとしてはそういう訳にはいかない。
冗談抜きで命の恩人なのだから。
だが、
「情けは人の為ならず、って事にしておいて下さい」
笑顔でそう言われてしまっては強く出れず、今回はミオの厚意を有り難く受け取る事にした。
「それじゃあ、次に聞きたい事があるんだけど」
と、前置きして袋から地図を取り出す。
「ここがどこか教えて貰える?」
シンは羞恥心で顔を若干赤らめながら訊いた。
シンが取り出した『ロート共和国』の地図だが見た目は扇子である。
支点である『天山』に近い程、標高は高くなり、他国からの干渉をより受けにくくなるという理由から、主要な議事堂や国立の建物程『天山』に近くなり、離れるにつれ市街地・町・農村・港などの貿易地区が見えてくる。
それで、現在の位置だが、扇子の中心よりやや北側に最寄りの村があり、そこから真っ直ぐ南下(天山がある方向)し、荒野を抜けるとアルカナ市街になるのだが、今は荒野の東側にある針葉樹林帯にいた。
「うわぁ」
ミオからそう説明を受け、思わずシンが声をあげる。
ここからだと、最寄りの村とアルカナ市街への距離が同程度だったからだ。
片道1時間半はかかり、暦では春だがまだ陽が暮れるは早い。
行って調査するだけで確実に辺りは真っ暗になりる上に、迷子になった後では冒険するのも躊躇われた。
そんな感じに色々思考を巡らせるが、結局シンに選択肢などほとんど残されておらず、
「えっと、大変申し訳ないんだけど、今日泊めさせてもらえるかな?
ついでに、明日アルカナ市街まで案内してくれると凄い助かるんだけど……」
そう“お願い”をするシンだったが、内心断れると踏んでいた。
勇者が相手と言えどもそう簡単に決められる事でもないし、アルカナ市街に行く等尚更困難だろう。
アルカナ市街の件は近くの村人全員が知っていた事なのでミオが知らない訳ないし、かと言って一度断った手前、村の人にお願いするのは気が引けた。
だから、
「代わりに、僕もミオの“お願い”を何でも1つ叶えてあげるから」
黙考していたミオに焦って付け加えたのは、仕方なかったんだと後にシンは思い返す。
「何でも……ですか?」
黙考していたミオが口を開く。
その目の色は完璧に変わっていた。
「う、うん。勿論、僕の出来る範囲でだけどね」
「本当に?」
「ほ、本当に」
「男に二言はありませんよね?」
「はい……」
何度も念押しされ、シンの背筋に汗が伝う。
美人に目線を逸らされないだけでもこんなにプレッシャーを感じるんだと、シンはこの時初めて知った。
「そうですか。それじゃあ仕方ないですね」と言って、顎に手を当て“お願い”の内容を考えるミオは魔物に匹敵するほど怖かった。
それから、短くも体感的には長い時間が経ち、
「決めました」
顎から手を離したミオが再びシンの目を見つめる。
そして、
「私の“お願い”は、今後私がする“お願い”を全て・絶対に叶える事です」
理不尽極まりない“お願い”をした。
シンは一瞬何を言ってるのか本当に分からず、次第に意味が頭に入ってくると顔を青ざめさせ、
「ちょっと、流石にそれは!」
声を荒げて叫ぶ。
だが、
「男に二言はない……ですよね?」
にっこりと、実にいい笑顔で言われ、「モチロンデス」とシンは撃沈した。
その台詞を聞き、ミオは椅子から立ち上がり腕を伸ばす。
「よいしょ、っと。
それじゃあ明日は早くなるから、色々支度して来ますね。
2階の階段を上がって手前の部屋が空いてるので、シンはそこで休んでて下さい。
お風呂とお手洗いは1階のそこになるので、ご自由にどうぞ」
ミオは最低限の事だけ伝えると、テキパキとテーブルにあった食器を手に持ちキッチンへ向かう。
そして、キッチンに消える前に顔だけ覗かせ、
「あっ、ちなみに私の両親は亡くなってるので、この家はシンと私の二人っきりですから。
襲っちゃ駄目ですよ?」
かなりヘビーな内容をさらっと流し、顔を引っ込めた。
それを唖然として見届けたシンは、
(早まったかなぁ……)
と内心思いつつ、ふと“只より高い物はない”という言葉が頭に浮かぶシンだった。