「小兵大活躍」の巻
殿ご乱心
「小兵大活躍」の巻
おだアール
先手2六歩
王様は、飛翔隊を働かせるべく東部第二歩兵隊を先に進めたが、その顔にはうんざりした表情が見てとれた。
「伯爵。わしはまた、あのバカ殿を相手にせにゃならんのか」
「王様のお気持ち、お察しします。しかし、他国とのつき合いは王の重要な使命でございます。ここは、あんな殿でも相手にしてやっているんだと、王様の懐の広いところを諸国に示す機会かとも存じます」
「それにしても、今まで百三十八連敗というじゃないか。弱いのはしかたがない。多少でも手応えがあるというのであれば、やりがいもあろう。しかし、あの殿の戦術は、とち狂ってるとしか思えんのだよ。そうは思わぬか」
「さようでございますね」
「まあ、愚痴を言ってもしかたがない。いくさは始まったんだから。どうだ、東部第二歩兵隊は、もう弐六高地を登ったか」
「つい先ほど、全員頂上に到着した、と連絡がありました。本日は雲ひとつない晴天で、頂上からは敵の弐参城壁が見通せるとのことです。城壁の前には敵の歩兵隊が陣取っているとの報告もありました」
敵の殿は、あとさきのことも考えずとんでもない戦術をとることで、世界に知られている。前回のいくさでは、なんと六手という短手数で詰み状態におかれたのだ。詰め将棋の世界ではこういうのを「バカ詰め」とか、もう少しソフトな表現を使えば「協力詰め」というらしい。
そういう殿を相手に戦わねばならない王様は確かに気の毒である。しかし、相手の挑戦を拒否したなどということがほかの国々に知れると、それはそれで、つき合いの悪い国と非難されかねない。今回のいくさも、王様はしぶしぶ応じたのだ。
敵の殿から、今回は領地を交換した上で、手番を逆にして戦いたいと申し出があった。有利とされている先手でも勝てないくせに、後手番を持ちたいという敵の殿。反論するのもばからしく、どうでもいいから早く終わらせたい、わが国の王様は、そう思って敵の殿のいうとおりの条件でいくさに応じたのだ。
はてさて、今回はどういう戦いになるのであろうか。
「王様、いくらバカ殿といっても、ここはさすがに、セオリーどおりの戦術でくるでしょう。おそらく、東部第三歩兵隊か西部第八歩兵隊を前進させるのでは、と思われます」
「伯爵は、まだあのバカ殿のことをよく知らないようだな。まあ、見ておれ。予想に反してというか、予想どおりというか、またバカな戦術をとってくるだろうから――」
後手4二玉
「王様、王様。王様のおっしゃるとおりでございました。敵陣は、殿が先頭に立って戦線の方に近寄ってくるつもりのようです」
「だろ。参謀が必死になって止めるのも聞かず、『だまれ。敵から逃げるなどできぬわ。わしは四間湖の方に向かうぞ』とかなんと言って、湖にやってきたんだろうな。バカ殿のやりそうなことだ」
「わが陣は、第二歩兵隊をさらに進めるべきかと……」
「うむ、そうだな。まずは弐参城壁を突破するか」
先手2五歩
「第二歩兵隊からの伝令が届きました。敵の弐参城壁にあと一里のところまで、進出したとのことです。敵の歩兵隊とにらみ合っている状況です」
「そうか……。少し、敵の出方を見ようではないか。伯爵、敵はこのあと、どういう作戦に出ると思う?」
「さすがに、弐参城壁を補強すべく、敵の金大将が守りにつくのではないかと……。少しひねった作戦をとるならば、角行隊を活躍させるべく、第一歩兵隊か第三歩兵隊を進出させる戦術もあるようには思いますが……」
「ふふ、やはり伯爵はまだ甘いぞ。わしは断言するよ。敵は、そのいずれでもない作戦をとってくるだろう」
敵陣に送り込んだスパイから報告があがってきた。敵陣では、殿と参謀がこんな風に話し合っていたという。
「殿、敵はだんだんわが陣に歩を進めております。あの歩兵隊を見くびってはなりませぬ。背後に敵陣で最も強いとされている飛翔部隊が控えているのですぞ。歩兵隊を破っても飛翔部隊がすぐに飛んできます。今からでも遅うござらん。第三歩兵隊を進めるべきです。殿、なにとぞご決断を」
「ばかもの。お前は何年わしの参謀を務めておるのじゃ。敵の攻めは真っ正面から受け止めずしてどうする。わしは行くぞ」
「ああ、殿っ……」
後手3二玉
「ほら、見てみろ。あのバカ殿、また自分で戦線にやってきただろ」
「さすが王様。敵の心理状態までお見通しとは。それにしても、敵陣は、殿以外の部隊がまだ一度も動いておりませんね。やる気があるんでしょうか」
「バカ殿だけはやる気満々なんだろうよ。さて、伯爵、こうなるとわが陣も歩兵隊で攻め続けるべきだろう。敵陣の歩兵と差し違えるかも知れんが、敵軍の歩兵を捕虜にするだけでも十分にわが国に利がある」
「さようで、ございますね」
先手2四歩
「王様、敵の弐参城壁の前で、敵の歩兵隊とぶつかりました。まだ戦いは始まっておりませんが、おそらく激しい戦いになるでしょう」
「さて――、相手はどうでるかな」
「歩兵隊の戦力はほぼ互角です。おそらくは、先に仕掛けたわが方の歩兵隊が、いったんは捕虜に取られてしまうでしょう」
前線からの報告を待っていた王様と伯爵は、さらに意外な事態を知ることになった。敵陣にもぐり込んでいたスパイからもたらされた情報は、まさに、仰天すべき内容であった。殿と参謀は、つぎのように激論を戦わせていたという。
「殿ーっ、ついに敵軍の歩兵隊がわが軍の歩兵とぶつかりましたぞ。もう戦うしかござらん。わが方の第二歩兵隊に敵の歩兵隊を討ち取るよう命令してくだされ。討ち取ったあと第二歩兵隊は、敵の飛翔隊に討ち取られることになってしまいますが、やむを得ない選択でござろう」
「馬鹿者! わしが言ったことを忘れたか。わしはわし自身の手で敵の歩兵隊を討ち取ってやると言っただろうが。第二歩兵隊には手出しせぬよう伝えよ。敵の捕虜になっても構わぬ」
「殿ーっ! なりませぬ! わたしは参謀として、殿の御身を心配して申し上げているのでござる」
「まあまあ、参謀、そうこわい顔するな。わしの性分をわかっておるだろ。わしは逃げるつもりはない。しかし、お前の言うこともわかる。わしがつかまってしまえば、それでいくさは終わりだからな。わしに護衛をつけようではないか。もっとも強力な部隊をな。わが方の飛翔隊は西方面で戦いの準備しておる。その部隊を呼べ、わしの後ろに控えさせて、わしを守るよう指示するのだ」
敵の城の中では、またもや繰り返された殿の所業で大騒ぎになったらしい。
「ああーーっ、殿。なんということを……」
「殿が、またまた乱心遊ばされたぞ」
「殿ーーっ!!」
後手4二飛
「伯爵、見るが良い。敵陣は、飛翔隊を四間湖に移動させたようだ。あれで護衛をつけているつもりらしい。またバカ殿ぶりを発揮しおったわい。」
「ほんと、なに考えてんでしょうね。弐参城壁前の戦いは、わが陣が一方的に攻撃して構わないってことですよね」
「そうだ。構わぬ。攻めつぶしてしまえ」
先手2三歩成
その後の敵陣の混乱ぶりは言うにおよばない。スパイによると、参謀は突然、殿に大阪弁のタメ口で話し出したという。
「殿、せやから言うやろ。ついに敵の歩兵隊がわが陣に侵入してきよったやんか。歩兵隊ゆうてもわが陣に入ってきよったら、いっぺんに金大将なみの力をつけよんねんで。歩兵隊は殿をねらっとる。もう、降伏するしかあれへんって」
「ついに来たか。よし、わしがしとめてやる」
「なにゆうとんねん」
「わしがしとめてやると言ったのだ」
「敵の歩兵隊の背後には飛翔隊が控えとるって。歩兵隊討ち取っても、飛翔隊に討ち取られて終わりやんか」
「なに、そうだったか」
「なにをいまさら。はじめにゆうてたやろ」
「うーむ、そう言えば聞いたような……。やむをえん。ならば、おいそこにいる角行軍、目の前の歩兵隊を討ち取るのじゃ」
「えっ? わたくしですか。わたくしには無理でござる。わが隊は、どのような垂直壁でも短時間で斜めに上ることができるよう訓練をしてござるし、斜直砲という強力な大砲も持っております。しかしながら、目の前の敵には何も手出しできないのでござる。殿がそのように訓練せよ、とおっしゃったのではござらぬか」
「なんと……、ならば。そこにいる銀治郎はどうじゃ」
「わたくしも無理でござる。わが忍者隊は俊敏でござる。が、いかんともしがたいことに、一歩が限られてござる。敵歩兵隊までは距離がありすぎるのでござる」
「桂太、お前はどうじゃ」
「わたしは、少々邪魔なものがあっても飛び越えることはできまするが、そこには飛べないのでござる」
「香兵、お前も無理か」
「はい」
「やむをえん、じゃ、飛翔隊だ。このためにわしは飛翔隊を後ろにつけていたのだ。おい、飛翔隊、敵陣の歩兵隊を討ち取るのだ」
「われわれは、空気のあるところなら一気に飛べるよう訓練を続けております。しかしいまは、殿ご自身が障壁になって先に進めません」
「なっ、なんと。お前も手出しができんと言うのか」
「はい……」
「しかたがない。じゃ、にげるしかないか。おい逃げるぞ。飛翔隊、なんでお前はこんなところにいるのだ。じゃまではないか」
「そんなあ、殿がここにこいと仰せられたのではござらぬか。もう武器も設置してござる。いまさらどくわけにはいきません」
「ええい、使いものにならんやつばかりじゃ」
「せやから、もう、降参するしかあれへんって、ゆうてるやんか」
「参謀、大阪弁でぐちゃぐちゃ言うな。よけいに混乱するではないか。それにしても、しゃくじゃのう――。ええい、はじめに言ったとおり、第二歩兵隊はわしがしとめてやるわい」
後手2三同玉
「王様、敵のバカ殿はわが軍の歩兵隊を射止めたつもりのようです」
「ばからしいといえばないな。かまわぬ。バカ殿を引っ捕らえてしまえ」
先手2三同飛成
こうして、バカ殿軍はあっけなく百三十九敗目を喫した。
「ええ加減にせえ」
と王様が怒鳴った回数も、百三十九回になった。




