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一日目、またもや進まない話

今回も準備回、後半文章を練りきれなかった気もするので、後で改稿するかもしれません。

主人公は今回もお休み

設定を書くのって難しいですね。

本当は、匂わせるように、もっとさりげなく自然に書けるようになりたいです。

 





迷宮での探索を生業とする冒険者にとって、冒険に行かないということはそのまま無生産市民への転落を意味する。

即ち穀潰し、ふうてんの寅さん、ルンペン、自由人、高等遊民。

冒険しない冒険者とはその類の存在である。


ハンナ=ウルフは一晩で、自慢の艶を、一気に失った己の赤髪に手をやる。


大蟹の報告。エーサーベインとバル・ファルケン=ノースがもたらした都市の混乱は、

冒険者の萎縮を招いた。

情けないな、という思いが、ハンナの心中になくもないが、

しかし彼らを責めることはできない。


危険に近づかないその姿は生命としての正常。

結構、安全結構、命結構。

大切な物だ。それを守ろうとするその姿、結構な判断だ、一個の生命体としては、間違いなく一流だろう。

しかし本来、命の価値を越えて、危険と名誉に魅力を感じて感じて焦れるべき冒険者のその有様は、冒険者としては三流の証明に過ぎない。

それもまた事実。

ハンナ=ウルフは、そう考えていた。


対策と会議、情報の収集と、都市への説明書類。

斥候の選別と、速やかな派遣。

そこからもたらされる情報の分析。

それがもたらす疲れと、忙しさは天井知らずである。


やることは尽きない。


――身体と脳味噌があと10個は欲しいわね。

とハンナ=ウルフが考えることも無理はないのである。


外では雪が降る。

大陸中央部よりも北側に位置するこの迷宮都市の、冬は早い。


「まだ、混沌の月に変わったばかりなのにね」


(ちなみに一月から十二月にはそれぞれ、神の名が付いている。

至高神+九神+海王の月+死の悪魔の月

混沌神は十月である。

加護月の概念であり、その月にはその神が見守ってくださっているという信仰でもある)


閑話休題


暖炉の火は、早くもくべられた薪を食い尽くそうとしている。


「寒いわね」



机に座り、ぶつぶつ、と文句のような呪詛を延々吐きながら、

しかし確かに進められるその作業は、これから先の計画立案である。



斥候の報告によれば、件の蟹、ダンジョンを掘り進めるのをやめたらしい。

無駄なことと悟ったか、しかしその心はわからない。

ハンナ=ウルフはその思わぬ幸運に感謝して、問題の蟹をどうするか考える。


――エーサーの話では、攻撃をするまではあちらも攻撃してこなかったそうだけれども。


案外、好戦的でないのか?

しかし、問題はそういうことではない。

あのロード・エーサーベインを打ち破った蟹の怪物が。

最前線近くの階層に、我が物顔で居座っていることが問題なのだ。

たとえばそれが迷宮軍の新兵器だったとしたら、その恐ろしい蟹が迷宮を掘り進み、

こちらを挟撃しないとも限らない。

あるいは50層に向かう途中で、あるいは50層から帰る途中に、

その蟹が待ち受けていないとも限らない。

なによりも、それがそこに平然とあることは、50層に行く気持ちを萎えさせ、

その怪物が健在であると言うだけで、木っ端冒険者は萎縮し、口だけの益荒男は酒場で飲んだくれる。

治安は悪化し、都市の経済の停滞も招く。

鍛冶や商業組合からの迷宮組合への圧力は既に掛かり始めている。


――ことは、そう簡単ではないのだけれども。


ただハンナ=ウルフにとって朗報が一つあるとすれば。

その蟹が敵側の兵器の類ではないだろう、という推測が立つことである。


その蟹の鎮座していた空間が古代遺跡であるということ。

発見の状況。室の状況。48層到達から50年経っての発見であること。

なによりも


「あちらも動いてるらしいのよね」


迷宮軍がその蟹に対して斥候を送っているらしいことが駄目押しだ。

――これで、本当はあちらの新兵器だったりしたら、すんごい策士ね、主とやらは

しかしその可能性は低い、とハンナは考えていた。


迷宮の主は、高慢で直情径行、感情とプライドで動く、ある種の愚物である。

600年近く、迷宮で戦ってきた相手だ、冒険者たちによる情報の蓄積の末、想定している迷宮主の性格を読み違えていたのなら、

何を信じればよいのか、全く分からなくなってしまう。


では、どうするか

――迷宮側の対応を見つつ、斥候の護衛隊、蟹に対して一度当たっておく必要があるわね、それも近い内に。


負けさえしなければ、あとはどうにかしてみせる、と自信を滲ませ呟くハンナ。

バルとエーサーの敗北では後手に回ったが、そも印象操作、風評操作、あるいは火のないところに煙を立てるような真似はハンナ=ウルフの十八番だ。

その自信が自負として滲んだ。


ふう、と一息ついて、机から立ち上がり、黒茶を煎れる準備を始める。


歩きながら、作戦手順と、これから始める各種交渉の段取りと順番を脳裏にまとめつつ、

迷宮に送る――蟹と迷宮軍へとぶつかるかもしれない先ほど決めた派遣隊――の人員の構成を

どうするか考える。そして早速、幾人かの冒険者に当たりを付ける算段をする。



――こんな時に、バルが居てくれればね


未帰還者として迷宮に消えたまま返ってこない一人の男を思いつつ。

ハンナは溜息を吐いた。


「ばかね」


――私も、あの髭も、そしてエーサーも。


そう心想を深めるその顔は、これまでになく暗いものであった。

人は、想いも、願いも、振り捨てて進み、そして何時の日かふと我に返り想うのだ。

終わった後にしてもしょうがない、後悔というものを。










メイニー・ランチェットは初心者冒険者である。


田舎物、純朴で素直。


気立ても良く、見た目も中々。


身長こそ高くないが、商店街の親父ども、鍛冶屋街の偏屈どもに娘のように可愛がられる。

言うなれば町娘フェロモンのような物を備えている。


彼女はひょんなことから冒険者になり、ひょんなことから中位冒険者ロッド・エヴァンスとともに暮らすことになった。

いい加減慣れてきたとはいえ、冒険者になった当初は右も左も分からず、ロッドの顔に渋面を作らせ続けた。


いま彼女は、学府に通いながら、時折、浅い層にロッドとともに潜ったり、

街の郊外や、街道に出る低位の魔獣、獣、盗賊などを退治する依頼を受けたりしている。


いつまでも半人前扱いなんですから、もう。というのはメイニー嬢の言である。


「ロッドさん、仕事かー」


メイニーの言うところのロッドさん、ロッド・エヴァンスは中位冒険者であり、

常日頃からメイニーのお守りをしている訳ではない、時折、中位冒険者に相応しい依頼を、知り合いや友人と受けている。

とロッドからは聞いている。


メイニーにはそれが不満でもある。

置いてけぼりにされている気がするのだ。

あの常日頃から、全くやる気を見せず、ぬぽーっとしているロッドが、中位冒険者という、

初心者の自分と比べると遙か遠くのように感じられる位置にいて、自分の知らない人と、冒険をしている。

そのことを考える度、メイニーは、自分も絶対に中位冒険者まで上がってやる、と決意を新たにするのだ。


――ご飯も作れないし、掃除も洗濯もできない、お買い物のメモだって忘れる。あのロッドさんが、

  中位冒険者の依頼なんて……不安です! 自分がついていって助けてあげなくちゃいけません!

といったような決意を。



「ロッドさん、まだかなぁ」


そのロッドは今は居ない、先ほども言ったように仕事である。

それもとても忙しい仕事であるようで、


「いいっすか、下手したら大分かかるかもしれません、仕事とか、勝手に受けないようにお願いッす」


と言い残して、今朝、大慌てで出て行ったきり、全く姿を見せないままだ。

昼行灯の面倒くさがりロッドさんがそこまで言う仕事だ。

かなり大変なものなのだろう。


――不安です、心配です、ロッドさんのことです。仕事中に立ったままいきなり居眠りしかねません!


とメイニー嬢は先ほどから心を悩ませているのであった。



リビング兼キッチンと個室二部屋だけの簡素なアパートメントに、

煮込んでいるシチューの匂いが漂う。

油を差してあるランプの明かりと、暖炉の灯りが、部屋を照らしている。


朝方から降り始めた雪は、今もまだ降り続けている。

外はほのかに薄暗く、昼過ぎだというのに、日照は全く存在しない。


――シチューせっかく昨日の夜から用意したのに


昨晩から仕込みを始めたシチューを、果たしてロッドさんは食べてくれるのか、

夜には帰ってくるといいのだけれど、とまたしても思い悩むメイニーであった。

良い匂い、食欲をそそる匂い、匂いだけで胃が刺激される、暖かな家庭料理の香り。


これはロッドがまた食べたいと言った。メイニー自慢のシチュー。





そんな思い悩むメイニーは、数冊の書を机に置き、それを読んでいる最中であったようだ。


一冊は魔導書。


100種類にも及ぶ、紋章が、厚い紙に記されている本である。

これは所謂、初級魔導書と呼ばれる物で。

人が自らの魂に触れ、そこから「力」を引き出し、それを使うという魔導(儀式小家)の実践的な修行のための魔具である。


紋章とは基本である。魂から引き出した「力」を操作し、外にある紋章に馴染ませ、その紋章は記された定式に従い効果を発現する。

この魔導書にはその紋章が無数に記されており、1p目から100p目まで、難度順に色々の紋章が並べられているのである。


メイニーは先ほどから、この魔導書50p目に、「力」を流し込もうとしていたが、

心配事に気が逸れて、遅遅として進展してないのが実情であった。


(もう一つの魔導の基本として瞑想がある。これにより魂に触れ、『力』に触れることになるのだが、瞑想が進むと、魂の器が大きくなり、「力」の容量が増える)


「もうっ! ロッドさんのせいです、全然進みません」


ぷんすかぷんすか、と少女は頬を膨らませる。

集中できない。今はシチューに付いている必要もない。

暇なのだ。ではどうするか?


「借りてきた本でも読みましょう!」


そういって『神話・物語録』(エンゲルス・バッキオス著のベストセラー)の十二巻を手に取る。


――学府のいいところは、身分証明されて冒険者なら、大抵の本を貸してくれるところですね!

と、メイニーはご機嫌である。ロッドにとっては全く興味のそそられない話ではあったが。



この本の内容は端的に言って、各地の物語、伝承、童話、伝説、神話を選り抜いた本である。

面白い、楽しい、かなしい、不思議、謎、恐ろしい、怖い、かっこいい。

そういった色々の内容が、エンゲルス・バッキオスの慧眼により巧みに配列され、脚色され、注釈されている。



親からこういった話ばかりを聞いて育ったメイニーにとって、この本との出会いは運命だったといっても良い。

特に魔将関係のエピソードは真に迫ったものが多く、魔将に馴染みのない民衆に感動や、哀惜の思いを伝えている。

(爆笑エピソードも多いが)


魔将とは、不可思議な存在だ。神の僕もいれば、神そのものもいる。悪魔もいれば、神官のような存在まで居る。

多様であり、魔族でありながら、怪物でありながら、新神に付き従ったことも不思議だ。

その扱いには、神殿の神官も困っていると聞いた。そもそも日常において、全く生活に関わらないような魔将は、

その存在を余り知られていないものも沢山居る。

子供であれば誰もが聞いたことのある『大蟷螂が来て、悪い子を斬っちまうぞ!』の『大蟷螂』や、

至高神の兄君である『魔王』や、機巧の親である『小鬼』、神器の親とも言われる『四耳猫』などは民衆に広く周知されているが、

もっとマイナーな魔将や、地味な魔将などは、専門家やその道のマニアでなければ、普通の人は誰も知らない。

そもそもエピソードやその背景、気性などが全く知られていないので周知のしようがないとも言う。


ではそういった存在しないはずの魔将の話を幅広く収集しているこの本の作者は何者か。

「歴史の片隅に埋もれる運命にあった伝説や民話をつなぎ合わせた結果」と著者のエンゲルスは言っているが。

大手の新聞や、著名な書評家、評論家、学者の中に、これらの話を完全に著者のエンゲルスの創作と言っている者も少なくはない。


著者のエンゲルス・バッキオスは、一切の公的な場に顔を見せず。

それどころか出版社も一方的に郵送されてくるその作品を受け取って、指定された口座に金を振り込むだけ、という異色異様な、謎の覆面作家である。その謎がまた受けているとも言えるが。

その謎がまた、そういった「創作説」の根強い風潮を支えているとも言う。


が、メイニーには、それは些末なことである。読んでいて楽しければ、

あるいは歴史を想像することの助けになれば彼女にとってそれが本当であるかどうかなど、詮のないことであった。


全十五巻で、今読んでる十二巻は『迷宮篇』最近、急に身近になった迷宮の話と言うことで、メイニーは特に楽しく読んでいる巻である。

メイニーが特に気になっているのは、自分のいるこの魔惨迷宮の章の「謎」の段にある。



「彼方に潜みし悠遠の、時を過ごせし強大な

    信念の獣が、心の強き者を待っている」


という伝説である。

魔惨迷宮が都市の体裁を整えた頃。

それこそ新暦の1100年頃には既に伝わっており、

多くの冒険者がこれにロマンを感じた。

しかし400年の間、誰もが探し求めたその伝説は、しかしなにもその伝説の片鱗を確認できず。

1500年頃、冒険者が40階層にまで辿り着く頃になると、口に出す者も少なくなり、

それから100年経った現代では、覚えているものなど皆無に近く、とうに忘れ去られた伝説である。

と本には書かれている。


「信念の獣かぁ、どんな姿なんでしょうね」


と、呟くメイニーは、忘れ去られた伝説への浪漫を感じる心に満ちていた。

心の強き者を待っているというのが、ドラゴンの試練の話に似ていることから、この話の獣とは竜なのではないか?

とメイニーは心密かに思っている。


そうして、メイニーは、書の見せる、めくるめく伝説の世界へと引き込まれていく。










魔惨迷宮49層中央部。


銀の鎧に身を包む、二本の角が逞しい騎士。

ロード・エクサリオスの姿がそこにあった。


一晩かけての作戦立案と情報収集。

右手に構える神器『神盾イージス』

左手には柄、鞘に納められた剣が、杖のように地面に立てられている。



睥睨するは、闇の向こう。

篝火を灯とし、座る彼女の眼差しは、しかし堅い。


件の蟹は、今日の昼に一度目視した。

予想以上の大きさ。

今は眠りに着いているかのように大人しいが、あれは紛れもなく脅威である。

ロード・エクサリオスはそう認める。


その偉容。その壮烈さ、世界に対しての余裕さえ感じるその強者の空気。


――認めよう、あれは間違いなくかのロード・エーサーベインを打ち倒した怪物であると。


こちらの兵員は7名。少数精鋭。

任務は、対象の撃破捕獲、もしくは討伐。

戦力の内訳は、

蛇頭の天使が2。黒鬼が2、魔導行使型の黒耳長族が2。

どれもロード・エクサリオス自身が育て、薫陶を与えた、自慢の精鋭である。

しかし相手が悪い、あの巨大、予想攻撃力と予想防御力、予想速度を考えると陣形を組んで戦闘を行うには、一山ならぬ苦労を想定せざるをえない。

とエクサリオスは考える。


――どこかに嵌める、そして押し切る。

それしかないか、とエクサリオス。


しかし罠を張ろうにも、対象は広大な王墓に閉じこもっている。

あれはあちらの領域だ。出来ることなら近づきたくない。

――進撃を開始してくれるのならば、こちらも紋章と刻印を駆使した、魔具を準備し、拘束を考えることも出来るのだが


しかし蟹のことだけを考えてもいられない。

問題は――冒険者どもの動きだ。

今代の組合長は中々に侮れない、この期に50層を直接狙うぐらいはしかねない。


こちらの動揺を前提に、あの巨蟹を捨て置いて、最前線を動かす。

それぐらいの奸智と胆力のある相手だと、エクサリオスは理解している。


「しかし妙だ」


あれは、昨日あんなにも熱心に行っていた迷宮進撃を今日になって全く行っていない。

ただ、広大な空洞に身を潜ませるかのように、黙座している。

気性に関しての分析が完全に狂ってしまった。


――戦闘を好まない種なのか? いや、そもそもあのような巨大な蟹の種がなんであるのか。


ふと、エクサリオスはそう思った。

とはいえ一瞬のこと、些細な疑問を横に置いて、エクサリオスは思案に戻った。


――冒険者あちらの動きを見て、あわよくば。


漁夫の利を。と呟いて、エクサリオスは部下に次の指示を出す。






下水の奥、地下4階、下水管理室。

そこにルーはいた。

自らの住居と商店も兼ねたあの秘密区画ではなく。

来ようと思えば、誰でも来れる部屋だ。

下水の水量確認、区画ごとのパイプの管理、水流の調整などが行える機関室。

下水の脳とも言うべき部屋。

ルーはそこに日常衣でもあるコートとスーツとマスクに身を纏い。

これからの作戦の手順の確認に邁進していた。


ルーは悩んでいた。

企んでいたと言い換えてもよい。


一日目、陽は落ちた。

準備の下ごしらえは、とうに始めている。

でなければ間に合わない。


目的はデンザロスの脱出。


手段は穴。


「シンプル、シンプルにゃ」

これ以上ないほどには、単純だ。

とはいえ世にある多くの物事も事案も、実際この程度にはシンプルである。


それが複雑になるのは、手段のための準備、下ごしらえ、根回し、前提、そういったものを揃え拵えないと、そのシンプルが実行できないためなのだ。


穴を空けるのは、テントの奥に眠っているあの『鎧』を使用してだ。

それをさらに迷宮の、しかも深部に運ぶ。

裏の道を使いつつ、それを、まず迷宮に運ぶまでの間、誰にも見られてはいけない。

その上、裏道を使うところも誰にも見られてはいけない。

迷宮内の移動も、誰にも見られてはいけない。

『鎧』は重い、数回に分けなければ、機巧で引いても、運びきれないだろう。



さらには、肝心の穴を空ける瞬間。その先に、地表に誰かが居たりしたらことだ。

被害を出さないように、そしてそこから出る蟹も見られないようにしなければならない。

これには下準備が必要だ。街道や盗賊、農民がいないところを探し、そこに穴をつなげる。

さらに、そこに運悪く居合わせる者がいないようにもしなければならない。

やることは多い。


「本当は真上にぶちまけるのが早い話にゃんだがにゃ」


穴さえ天井に開けてしまえば、あの蟹でも外には出られるのだから、と。

しかしあの王墓の真上は丁度、行政庁の城のような館が建っている。

そこに穴が空いたらそれはそれで気持ちがよいだろうが、当然そんな目立つ行為はNGである。


斜めに、そう都市の外に。

都市の郊外域、スラムの向こう、街道の隣の花畑、その辺りが丁度良い。

地表側の目星は付けた。


後は迷宮の20層前後の何処ぞ隠し部屋に『鎧』を集めて

当日の夜に、鎧ごとあの王墓に辿り着けばミッションコンプリートだ。


さて問題は、人払い、そして荷物運びだ。

と、その時、かつ、かつと足音が響く。


なにかが近い。


緊迫――緊張状態


なにかは、扉の前に立つ。


猫に走るのは警戒。


都市の行政官か、はたまたならず者か、それとも


「へえ、おいらです」


協力者か。




「にゃっにゃ、やったにゃ?」

「へい、言われた通り、噂を流してきました、靴磨きの連中と、塵拾い、糞拾いの仕事をしてる連中の協力のおかげでさぁ」


協力者は、浮浪者、ボロ布を身に纏った、最貧民。

その多くが下水の各地を住処に、都市の末端を汚している。

ルーは、こういうときのために縁を作っていたこの連中、こういった仕事を金の為にやってくれるこの連中。

警戒のされにくく、後腐れのない、この連中に噂を流させていた。


――とはいえ、あっしが流させているという情報が漏れないとも限らない……にゃ



そのためこの指示は、最貧民の顔役を交渉対象として限定して、その交渉も扉越しに行っている。


彼らは最貧民、風説の浸透力に期待しすぎてはいけない。

それでも彼らの情報が、酒場主たちや、迷宮管理組合、行政に少しでも伝われば、猫の行動の助けになる。


流した情報は、


「都市の西部、住宅街や、商店街、スラムで、凶悪犯罪多発、強盗や強姦、殺人が頻発するも、警備隊はそれらの犯罪を抑えきれていない」


というもの


丘に作られたこの迷宮都市の構造は、


都市中央部にして頭頂部。行政区と軍区のある最上段。


一段下がり、迷宮探索のための装備を整える鍛冶商店区と、

酒場や宿屋、娼館が集まって、迷宮管理組合が存在する冒険者区のある上段。


さらに一段下がり、学府や、研究室、行政官や軍の高官が住み、大手の商館や百貨店がある高級住区。これが西部。

反対側の東部には繁華街と商店街。これが中段。


さらに一段下がって、西区に住宅街と小商店街、東区に第二軍区(主に宿舎があり、多数の軍人とその家族が住み、訓練している)

さらに壁を周囲が覆っている。

その壁を境に向側に、貧民街(都市の庇護はないが、市を開いたり、労働力として都市に出稼ぎに来て、定時には壁の外に帰っていく)

これが下段。


これらの段々の地下に下水が存在し、東北域の青海へと流れ来む川に汚水が流れ込んでいる。

(ちなみに汚水の除去は導師と法師が、川への合流地点に詰め、水へ干渉して、

その川を出来うる限り浄水している)

(かつては垂れ流しであった川が浄水されることになったのは、ある環境学者の「衛生観念」の発見、公害の起こり、市民運動、参加する学者、年代をまたぐ大きな社会運動などなど、ここには記しきれないような膨大な量の努力と涙と汗と血のドラマがあったらしいが割愛)



その上段にある迷宮入口。

軍人が囲んだそれを、冒険者は降りていく。

入り口の隣にはポーター。

軍兵が詰めて一定の防備を備えている各10階の中継地へと、儀式大家が送ってくれる(値段は恐ろしく高い)


迷宮に潜む、魔物には二種ある。

一つは、迷宮という建築物を使い、迷宮主が、各地に儀式大家を使って送り込む魔物。

使い魔、迷宮主の僕、魔法で作られた生命である。(天使など)

こういった魔物は浅い層には距離的な問題で簡単な魔物しか現れないが、奥に行けば行く程、強い魔物が現れる。


もうひとつは、迷宮側で生活をしている亜人や、迷宮主手製の人造生命、迷宮に持ってこられた魔獣である。

これは群れを作り、迷宮に巣を作って、時に迷宮主に従い、時に自律して、冒険者の前に立ちふさがる。

(スライムなどの単細胞種族や黒狼、蝙蝠から、黒色の各種亜人などだ)


迷宮は広い、縦にも、横にもだ。

そしてそれは10層から加速度的に一階層の大きさを広げてくる。

そこに暮らす亜人や、生命を、冒険者が全て討伐するのはとてつもない時間と人数の必要な難事業である。


閑話休題


さて、ここまで大まかとはいえ長ったらしく都市の説明を行ったのは、

猫のこれからの行動の説明のためである。



猫ことルーは、東部域にありもしない噂を流すことで、そちらに行政や、冒険者(警備依頼を受けた冒険者)の目をそらし、これからやろうとしてることへに布石としたのである。


勿論、己の顧客である冒険者幾名かにも、同様の噂の伝播を頼んでいる。


限りない力技、だが今日の朝から各地でばらまかれた情報は確実に広がっていた。

勿論、通常ならばこのような根も葉もない噂は、さっさと沈静されるか、行政が対処したであろう。

しかし一度広がった噂は、しかも各地で囁かれる噂は、これは嘘である、などと公にいったとしても、信用されない。

既に広がっている以上、「隠されている」と考えるものも出てくるだろう。


その上、ここ二日間の蟹の噂、エーサーベインとバル・ファルケン=ノースの噂。

それらへの対処のため行政と迷宮管理組合の多忙と動揺、怯えた冒険者たちによる治安の悪化。

それらの事態が、この噂を後押しする。

こうなれば、行政も、冒険者組合も、事の真偽をこの忙しい事態に時間をかけて対処するよりも、さっさと冒険者や警備を派遣するだろう。


そこで、元々軍人の住まう区画であり、噂の流れていない東区には隙が出来る。

軍人のお膝元という安心感、その上、東区の住民も、念のため夜は出歩かないことを考える。


実際に治安は悪化しているし、暴れる冒険者もいる、その上、蟹があそこに居る以上、この噂の効果は幾日か沈静化されずに続く。


その隙を突いて、下水を伝って東区のある場所に荷を持って出る。

下段東区の丘より、閑静な大邸宅街の片隅、そこにある古びた一軒家。

そこに昨日、蟹に語った『裏道』がある。

あれは迷宮第9層への直通路。元々はここに住んでいた古い知人が、迷宮を監視するのに使っていた『裏道』だ、有り難く利用する。


その上、あえてマスクとフードを外して、頭巾を被る、下はコートとワンピースなどの緩く全身を覆うものを身に付ける。


これで傍目には、村娘型の耳長族エルフの少女が、重い荷物を引いて、東区に迷い込んだように見える。

もし誰かに見つかっても、どうにかなるし、正体はバレないはず。

気にすべきは、夜闇に紛れる質の悪い人さらいか、酔っ払って遊びほうけている不良軍人程度。


既に連絡場所である、下水管理室から、テントのある秘密区画へと戻ったルーは、満面の笑みでほくそ笑んでいる。


「かんぺき、にゃ…… かんぺきにゃ!」


自画自賛、マスクの下、見える口元には、童女の如き素直な笑み。

そしてにやりとほくそ笑み。

ふふふ、と今度はチェシャ猫笑い。



「あっし、自分が自分でおそろしいにゃ!」





魔軍三六将


列伝



『海王』ベンテューク


母なる海の出身。


魔王領のみならず、世界の全海岸域、島嶼域において

新暦以前から信仰されていた唯一の魔将。

海の全てに通じ、海の王国を従えた海王である。

その姿は幾千幾万にものぼる数の触手を持った大巻き貝。

神秘法を使いこなし、大家にも通じていたため堕神や堕天使の一切を海の世界から撃退し続けた英王。

彼の存在によって、天上世界は海をその遊びの道具とできなかったとされる。


『有角姫』の人格に惚れ込み、天上戦争にも参加。

巻き貝ではあるものの人格に優れ、誰であろうとも対等に扱うその紳士的な物腰。

多くの戦闘指揮経験、明晰冷静なその頭脳によって、仲間の全員から一番の信頼を受けたと言う。

『有角姫』の副将として常に最前線で戦い、神3柱を屠った。


新暦においては海の王国に帰り、海獣や海棲生物、船を操る人間を海底の玉座において見守っている。

また『海』の神として正式に信仰されている。神の位を得た唯一の魔将。





『魔王』黒い箱


魔王領 首都アマリック


先代魔王である『黒の雨』の妾の子。

王位継承順位は38位。策謀の限りを尽くし、時に対立者を正面から打ち破り、

先王の死後3年で新魔王に即位。

先王の晩年の狂乱。自らの乳母と従者の発狂に天上神たちが関わっていることを突き止め

その憾みを忘れなかった。

在位中は度々人間界に侵攻。その異能により『黒い箱』と渾名される。

これを気に入った『魔王』は自らの正式名称とする。


先王の最晩年、幽閉された魔王の下に勇者が辿り着き、そこでなにかがあったことは知っていた。

とはいえ、まさか勇者と愛し合い、子まで作っていたことには驚きを隠せなかった。

この歳の離れた末の妹と、魔王領に入ってすぐに面会するや否や。一夜で意気投合。

目的の一致をもって、自らの妹(『有角姫』)を総大将とした少数精鋭軍『地軍』を結成。

以後『有角姫』とともに、人員を募集し収集することに努めた。


天上戦争においては参謀長を務め、策戦を考案実行した。

主に神の僕、天使や聖獣との戦いに大きな戦果を挙げた。


新暦においては『悪魔長』 人間の負の感情を司る存在として認知されている。

現在は魔王領第三迷宮『封印迷宮』(第19迷宮)を単身攻略中。


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