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思い出2 酒場にて、冒険者とは


夢の続き、再生の続き、思い出は蟹のぼやけた意識に映し出される。


懐かしむように、何処か楽しい気分で、蟹はそれを見ている。



……


…………




「なあ」


蟹は己が背負っている存在に話しかける。


「なんですの~?」


肉のみっちりと詰まった艶美なる下半身が花に纏わり付かれている美女。


紅く大きい花弁を八枚、身体から生やしている彼女の、足先は存在せず、そこには根が在るのみ。


その中心に、赤髪の妖艶な美女が己の豊満な胸を誇示するように腕を組んで、

その胸を持ち上げながら、蟹の背中で直立している。




ここは亀の島の縁とも言える部分である。


遙か下に望めるのは海。



大きく平べったい亀の甲羅には、緑が群生し、多くの鳥がその歌声を競っていた。


遠く象の鳴き声、笑い声、ドスンだか、ドシンだか、島を揺るがす震動は、姫と鬼王のぶつかり稽古だろうか。



赤髪はウェーブを描いて、肩を降り、背中、胸へとなめらかに流れて、乳房を引き立てるように胸と胸の合間に挾まれている。


身長はさほど高くないだろう、下半身の紅い花弁、そしてその根に位置するところからは、蠢く木の根型の触手がうねうねと鼓動する。


「どうしてまあ、あんなにもからかうのだ……?」



何も恥じるところはない、と見事な全裸。

垂れめがちな瞳は常に誰かを誘っているかのような流し目。

左目の下に縁取られた黒子は魔性を醸し出している。


『艶華』クワイネリー、とはいえ名前で呼ぶ者は少なく、仲間も皆、『艶華』と呼ぶ存在。


基本的に定位値から動けぬ彼女は、こうして時々、様々な景観を見たがる。

そして、その時の移動役は大抵のところ、蟹か象である。



海は変わらない、天気は晴天、空には雲一つ無い。


近く、件の決戦、それに備えた大儀式が半年後に迫るというのに、緊迫感などどこ吹く風といった様子だ。



「それはぁ~、たのしいからですよ~」


と間延びした声。ニコニコと笑う彼女は、しかし食えない連中のなかでも特に食えない奴。


「たのしいからと、そんな理由で毎回あいつの機嫌が悪くなるのだぞ? 

それで俺やガル、『鴉』や『小鬼』が面倒な目に合うのだ。

デルバイアーや、ガルニゼスだって良い迷惑だ」


という巨大な蟹。『大蟹』デンザロスの窘めるような声。


蟹の背に簡単に根を張っている妖女は、人差し指を己の顎に当てて、考え込んでいる。


隠す気の無い程の芝居がかった仕草。


こと魅了という種族特性を推し進め、誘惑と魅了と吸精を己の分野とする彼女の行動は、

その全てに、それを見る者の精神と肉体に対する魅了を伴う。


そういった属性の種族異能であり、そういった属性と性質をもった魂を持つ、紛う事なき色情魔。


無意識なのか有意識なのか、彼女は、彼女を見たその全てを狂わせ、己を求めるように仕向けさせるのだ。



――それこそ、この俺にもその魅了の試みは常々行われている。


時に、蟹であり、精神的にはある種の大悟に到達しているデンザロスでさえも、

種族の違いを超えて、劣情を催しかけることがある。


常人ならばまずもって、骨抜きにされる、艶色の魔性。

それが『艶華』である。


これでも分別があるのだろう、彼女は魔導も魔法も使っては居ない。


花に種を植える惨めでみすぼらしい己という、笑えぬ姿を想像すれば、蟹は『艶華』だけは敵に回したくないと考える。



「だってぇ~、あの子可愛いんだもん! こっちを睨んでくる時のあの瞳の形にぃ、あの表情。

ああ~、もう想像しただけで、キュンキュンしちゃうよぉ、あっ」


どうした、と蟹。

濡れて来ちゃった、と『艶華』


蟹の嘆息。泡が口から漏れるのを止められない。



一瞬、目前にある大海にこの身を投じようかと考える。


「自重しろ」

「うん~、ごめんね~、でもぉやっぱぁあの子可愛いよぉ~、なんかいじめたくなっちゃうの!」


だからぁ、虐めたくなっちゃうの!と満面の笑みで、述べる『艶華』。

もしかしなくとも、『吸血鬼』を自らの手込めとする機会を窺っているのは確かであった。


「あの健気にがんばってる感じにぃ~、あの何か失ったものを必死に追い求めているかんじにぃ~

必死に何かを求めて、足掻いている感じが堪らないよねぇ」


「あまりからかってやるな、分かっているのなら」


クスクスと花は笑う。


「ん~。考えとくねぇ~、でもねぇ可愛い花はさ、摘まなきゃねぇ~、いけないんだよぉ?」


「見解の相違だな、俺は花はそのまま愛でたいものだよ……

この前、鏡を見ながら腰をくねらせたリーリア嬢が、満面の笑みで両腕を胸を強調するように寄せていた、とヅェチャから苦情が来てたのだが」


「あれま、本気にするとは思わなかったわぁ。

幾ら身体が発達していてもね、似合わないことはあるのにね!

それに気付いて居ない辺りがやっぱりぃ、なんというか背伸びをしている感じがして可愛いわねぇ~」


はぁ、と蟹の溜息は、重い。

今なら己の、鬱蒼とした心の溜息によって、生えている草を腐らせることが出来そうなくらいだ。

花の笑い声、潮風に辺りながら鼻歌を歌っている。


――それだけではあるまい、が


『艶華』が特に『吸血鬼』を気に入っているのは何故なのか、蟹には分からなかった。

そしてそれを突っ込んで聞くつもりもなかった。


「ああ~、でもぉ~、やっぱりぃお日様きもちいいね~、光合成日和~」


と媚態を作り、その豊艶を空に見せつけている。


「俺は茹で上がりそうだよ『艶華』……潮風は大丈夫なのか?」

「ん~、へいきー、よ? これぐらいでしおれてちゃぁ、逆に花たる者の矜持が廃れちゃうわよぉ~」


と言って、歌を歌う。蕩けるような甘い声で、耳が爛れそうな程の重い甘み。


蟹は、小さく、言葉を作る。


「……リーリア嬢はまだ若い」

「えー、もっと若い人だって一杯いるわよぉ」

「肉体的な年齢ではないよ、精神的な話だ、クワイネリー……わかっているだろう?」



風が先ほどと同じように吹く、木々が揺れて、虫と鳥の声が一瞬止む。


それでも日輪は皓々をと、白く また黄色く、地面を照らし続けている。



「……わかってるわよぉ、あの子は可愛い、でも可愛いのは未熟だから、力はあるかもしれない。


でもね、あの子はそれを使う心の部分が弱いのよ。

花は根が重要、行き届いた根が、十分に養分を得なければ、真に美しい花はね、咲かないの。


それにね、美しいもの可愛いものは、弱いのよぉ。

陽と土と蜂と蝶と、多くの物に支えられて成り立ってる。

……私にもわかるわよそれぐらい。

彼女が一番、私たちの中で、心が弱い子だって、可愛いままじゃ駄目な子だって、ね」

「……思いの外、見ていてくれてる」

「まあねぇ、あの子は私のお気に入りだし、なによりも……」


言い淀んだ花は、俯く、声が出ないというように。


だが、それを気にせず、鋏を持ち上げて蟹がその言葉を引き継いだ。


「……仲間だからな」


「……ええ、そうねぇ」


そうして、蟹と花は、飽くことなく海を見ている。


雲のような白い信天翁の、空の回遊。


空の青と、海の碧。染まず漂うのは白い鳥、白い雲。


赤とも言えぬ、黄とも言えぬ、黄金の陽光は、


二人をただ照らしていた。
















蟹と少女が目的地へと向かって歩くこと一時間。


大都市特有の密集地帯を、受付嬢に書いて貰った地図を頼りにえんやこら。


迷路を歩くが如く、右に折れ、左に折れ、くねって曲がる。


幾つもの木造建築、石造建築、上水道管、下水道管。


あるいは朝から労働にいそしむ都市住民を尻目に蟹と少女は目的地を求め続けた。


それこそ、砂漠に水を求める盲人のように。暗闇に灯りを求める囚人のように。




しばしの散策。



とことこ、とことこ、と蟹と少女は、行き交う街の者の視線もなんのその。



ゴーレムとトロールが水道管工事を行っている場から迂回して、


時に空を飛んでいる、翼人の郵便や荷物配達人を見上げながら。


背に人を乗せて大通りを駆ける、下馬上人のタクシーを横に見て。



そして春の朝の冷気が落ち着いた頃。


日射しのぽかぽかとした陽気が街の主となった頃合。



彼らは件の酒場を発見したのだった。




都市の最深部とでも言うべき場。

くねり、曲がり、時に行き止まり、さらに思わぬ小路の連続の果てに行き着いた、

三方を建物に囲まれた小さな行き止まり。


そこにその小さなあばら屋は存在していた。


一体どれほど建築費をケチったのか、

幾つかのテーブルとカウンター席のみをもった、お世辞にも大きいとは言えない規模の酒場。




都市エミダリは、無計画な都市開発と発展計画が長年に渡って行われた結果として、

小さな小路、抜け道、無限にも思える小さな道の分岐を持つこととなった。


そこに様々な種類の用品店、道具屋、魔具の開発所、なによりも酒場などが建っている。


それが意味するところは、

そもそも、その店がどこにあるか誰かから教えて貰わなければ辿り着けないような店が数多く存在するという珍妙な事実。


例えば、知る人ぞ知る某有名酒場に向かおうと思って、それが存在している筈の区画へ向かっても、その店には容易には辿り着けない、延々と同じ道を歩く羽目になりかねない。

時に五時間歩いて、街の外に居たという話などざらである。



秘密の娼館や、秘密の名店が数多く存在していると伝わるエミダリの、一つの特徴とも言える道の複雑さ。


迷宮を覆う都市は、それ自身もまた迷宮と化しつつあるのかもしれない。


怪物と戦う者が、怪物になりかねず、深淵を覗く者が、深淵に陥りかねないというあの故事に従うように。


とはいえ、辿り着き方さえ一度知ってしまえば、たいしたこともなく、

少女と蟹も、今回こそ一時間という探索時間が必要であったが、次回以降から20分でこの酒場に辿り着ける自信があった。


そういった不思議な構造を、この都市は持っているのである。




さて、街を歩いて歩いて、二人の前には目当ての目的地が現れた。


しかし二人は動かない、そうは容易に動かない。


まるで動くことを恐れるように、動いては駄目な理由があるように。


蟹と少女は、顔を見合わせ(少女が見下ろし、蟹が見上げる)



――本当に ――ここなの?


と、どうしたものか考えてる。



なぜならば――


それはボロい、それも尋常ではなく。


そしてまた古めかしい、常軌を逸して。


こじんまりしすぎた、言うなれば隠れすぎた名店とでもいうべきか。


町歩きのプロでさえ、名店の匂いではなく腐臭を感じるような、

健全な精神を持っているならばまずもって立ち入ることの一生ありえないような店。



少女が進むのにたたらを踏み、

現実逃避をするように、蟹が空を浮かぶ蝶と戯れていることを誰が責められるのか。



しばし押し黙った二人の時間。


遠くから街の喧騒。


小路を戻って、その喧騒に帰りたいと願う少女。



だが思い出すのは。この場所を訊ねた受付嬢、誠実そうな人物であった。


居住物件のこともある。信頼に足りる酒場なのだろう(と思いたい)。


ただし、それを予め承知していた上でも、二の足を踏ませる偏屈な雰囲気が軒構えから漂っていた。



「ねえ、ほんとうに行かなきゃダメ?」


少女が鼻を掻きながら蟹に訊ねた。


「いいたいことは分かるぞルナ」


――だがおそらく行かねならないのだろうな。


蟹が何故か、渋い声を出して少女に囁く。


少女は溜息を吐いて、蟹をぽん、と叩く。





その後、

結局竦む少女を鋏で押して、少女と蟹は店に入った。










入った二人が目にしたのは、想像以上に小さな店内。




片側の壁には掲示板、依頼のチラシ、販促のチラシ、宣伝、その他のチラシ。


机が幾つか、カウンターには席が五席。


規模設備は数日前に泊まった宿の方が間違いなく高級であろう。


机には何かの書き物をしているらしい女性と男性が、それぞれ別の机に座っている。


カウンターにはべろんべろんに酔ったらしい男(こんな朝早くから!)

そして素面らしい寡黙な雰囲気の男。


グラスを磨きながら店主らしき大男が、胡散臭げに入ってきたばかりの少女と蟹の魔獣を見詰めている。


「おおい嬢ちゃん、ペットは外だ」


「……なんで酒場の店主って同じ事しかいわないのかしら」


とぼそっ、と呟く少女。


蟹はざざっーと進んで行き、鋏で書類を摘んで渡す。


うおっ!蟹動きはやっ!!と内心驚きながらも眉一つ動かさず店主は受け取る。



「…………はっ、ネースの奴からか」


と言って少女と蟹をじろじろと見る。


「嬢ちゃんが冒険者なのは分かるが……蟹もかよ」


「なんだ文句でもあるのか? ヒューマン


「いや、ないけどよぉ……まあこの世界は広いしな、魂を得た蟹、高き精神の魔獣の如何ほど在ることかってな」


と口ずさんで、店主はカウンターへと少女を座らせる。蟹はその隣。


店主は30代の中頃といった年齢だろうか、たくましい筋肉に白いシャツ、白いバンダナが特徴的だ。


顎髭のみが蓄えられており、印象に凄みを与えている。

が、よく見たらどことなく犬のような愛らしい瞳から、その年齢が思いのほか若いことが伺える。


よくある元冒険者の店主であり、口調は粗暴、態度も偏屈そうだが、挙動はどこか温かい。



「まあ、あの女の紹介じゃあしょうがねぇな、無下にもしたくねえ。 まあ座れ」


と言って少女の前に牛乳ミルク


蟹の前には……


「なあ蟹さんよぉ、何を出せばいいんだ」

「同じモノで」


蟹の前にもミルク、猫の飲む皿。

――口が届かないのだが? 


長いストローが店主から差し出される。

それを口に差し込んでももらって牛の胸部から出た白い液体をちゅーちゅーと啜る。


「ふむ、初めて飲むが中々に濃厚」

「へぇ、そりゃよかった……で」


頭を掻きながら店主が後ろを向き、グラスとボトルの収められた棚をごそごそと漁る。


少女は、隣に座る、見たこともない服装の男性に軽く会釈。


カウンターの中には簡単に調理するスペース。

ボトルとグラス、隅に小さな書棚。貸し出し用のボードゲーム。


狭い店内。テーブルが六つあるがそれだけで、既に満杯の錯覚。


テーブルに座っている眼鏡の女性と、

隣のテーブルに座っているひょろひょろ細い木のようなぼさぼさの髪の男性は


それぞれ資料らしきものを座右に置いて、なにか原稿を書いているようである。




「おお、あったあったこれだ」


と振り返り店主が面倒くさそうに手渡すのは埃まみれのパンフレット。


「なにこれ」

「組合の出してるパンフレットだ」

「……マメね」


グゴー、と蛙の鳴くような鼾。酒を飲んでいたらしいカウンターの初老の男が突っ伏していた。


蟹はちゅーちゅーとストローでミルクを啜っている。


彼の身体が大きな変貌を経ているから可能な、たしなみ。


当然だが普通の蟹は牛乳など飲まないし、飲めない。


そもそも味覚があるのかどうか。



「とりあえず……エルガー・スタンチェットだ、よろしくしたくないがよろしく頼む。

客が増えるのは正直お断りだし、

それが乳臭い初級冒険者と得体の知れねぇ蟹とくりゃ役満なんだがな。

まっ、ネースの推薦だ、貸しもあることだ。

てめえら初心者冒険者に俺の有り難い薫陶をくれてやろうじゃねぇか。

サービスで今ならなんと無料だ」


ぶつくさと、言いながら最後に笑って締める店主。

満面の笑みを最後に浮かべた豪快な店主。


ただし少女は、その顔を歪めていた。


「ちちくさ……!? ……客商売としてはこれ以上ない程に最低ねこの店」

「おうよ嬢ちゃん、褒め言葉ありがとうございます。だ」


と気にせず男は笑っている。


少女はぷぅ、と頬を膨らませて、その金髪も心なしか震えている。




蟹は、牛乳のおかわりを店主の足を鋏で叩いて要求していた。












「で、なにから説明するか、

……まああんま長くてもあれだしよ、簡単に手短にな、長くなったら頭に入らねぇだろうしな」


「……よろしくするわ、ルナーレ・ジュールよ」


「ペンタだ」


カウンター席に座る少女。


顔には緊張が僅かに走っている。



「それじゃあ、簡潔にこれから説明することは、と……


うん、まず何をするべきか、そいで迷宮とクエストの説明、あとはまあランク説明か」


「じゃ、じゃあそれを、……お願いするわ」


少女は牛乳を飲む。


蟹は隣で、ぼそっ、と、牛乳を飲んで色々と大きくなればいいなっ! と呟き、


店主が同意するように頷く。


一瞬少女は、二人の頭を腰に帯びた剣で叩きたくなるが鋼の精神で我慢する。



「じゃあ、お前らが最初にすることは、

都市を知ること。知り合いを作ること。そいで仕事を手に入れること、生活に慣れることだ」


それだけ? と何処か拍子抜けしたようにルナーレ、そんなの簡単よふふん、と薄く笑いかける。


「てめえら初心者冒険者っつうの位階クラスはよぉ嬢ちゃん。

まず焦りや、英雄願望、この職業への変な願望やら憧れやらを粉砕するためにあるんだぜ?」



命の危険を知れ、己の立つ場所を知れ、敵を知れ。

これは食うための生活、職業で、

冒険者ってのはあのクソッたれな迷宮の動く怪物どもと戦争するための兵士であることを理解しろ。


まずは、街を見ろ、何が何処にあるか、

どんな勢力が、どんな階層が、集団があるかを知れ、仲間を、敵を、装備を、道具を、

つまりは補給経路を確保しろ。知謀も働かせろよ? 戦争なんだからな



と、油断した表情の少女を戒める店主。


一瞬前とうってかわり、顔を引き締め少女は食い入るようにその説明を聞いている。


蟹は、首があったならば、「ごもっとも」とその首を縦に振っていただろう。


「そいで、手に入れた素材を売る先、馴染みの武器屋、防具屋、道具屋。

薬学者、調合師に鍛冶師、紋章士の馴染みを作れ、盛んに顔を出せ、酒場にも出ろ、

会話に食いつけ、情報を少しでも入手しつつ、

顔を売れ、己の立ち位置を、少しでも、雀の涙程でもいいから確保しろ。

それが後々、自分の力になる」


メモをとる少女。形よい鼻梁は引き締まり、力強く瞳に光が入る。


「そいで、それを心掛けながらよ、後は金を稼ぐ手段、仕事でもクエストでもいい、それをしっかりと確保しな。

足場を固めるんだよ、Fランク冒険者の稼ぎなんてたかが知れてるし、薬にしろ、学府にいくにしろ、訓練所に行くにしろ、なんにでも金は必要不可欠だ。

その点、金持ちってのは優越してるかもな、まあハングリー精神を養いな嬢ちゃん


そいでこの街に区画とか住民とか、生活に必要な知識を手に入れな。

……ああ本当に面倒くせぇ、やっぱ初心者への説明ってのはだるいな」


「とはいえお主も初心者だった時があるのだろう? 店主」


「まあ、そりゃな。だから面倒だけどこうして説明してやってんだよ」


は、そうか。と蟹。

ふむふむ、と頷いている比較的長身の14歳。

らしくねえなぁ、と頭を掻く店主。


「さて本題の本題だな」


「おお迷宮とクエストのことか!」


「ああ浪漫のことよ。

迷宮についての基本はまあ知ってるだろうけど。

あれは堕神、あの旧暦において神を気取っていたあのいけすかねぇ野郎どもの生き残り。

そいつの建てた城だ、要塞であり、都市だ。

軍もあれば、町も、経済も中にはあるらしいな。

それを攻め落とすのが俺たち冒険者よ」


ゴクリ、と唾を飲む少女。


隣、寡黙な男が、店主へ手を上げて、酒を注文する。

店主はそれを取り出しながら説明を続ける。


「でまあそこを攻略すんのが、俺たちな訳だが、、

迷宮ってのは手強くてな、最前線なんか死人続出のまさに戦場って感じだぜ?

それ以外の階にも、

迷宮に住み込んだ魔獣やら敵側の亜人やらが居てな、繁殖したり巣を作ったりと色々よ、


特に厄介なのが時折湧く、優秀な敵だな、敵さん迷宮を管理して、それを伝うことで、精鋭をいきなりどこかの階に送り出せんのよ」


少女が、相槌を打つ。


「これがそれなりに強い、で、一階層とかでも意外にばっさり首をはねられる初心者冒険者とかいんだぜ?

身体ごと飲み込まれた冒険者とかな、危ないからな、特にこの都市の迷宮は、実力も練度も戦術もいやらしさも他と段違いよ。

なんたって600年経って未だに38層が最前線だからな」


西方アサンデルの煉獄迷宮なんかもう後3階層で終了らしいのにな、と店主。


――補足すれば、さらに入り口は4つあるこの都市の場合、

最も進んでいる中央区画迷宮入り口が38階ということであり、その他の場所には30区画にでさえ到達していない場所がある。らしい


真剣に聞き入っている少女に代わり、蟹が質問をする。


「で、冒険者は何を求めて、その命を掛けて迷宮に潜るんだ?」

「まあ富と栄誉のため、後はスリルを楽しむとか、生き物を殺すのが楽しいとか逝っちゃった奴も結構居るな、

富はまあ迷宮にある宝物庫。敵の落とすそれだな、そいで亜人とか魔獣の素材だな、薬になったり、武器の材料、魔具の材料と沢山よ」


「ああ、物質の属性だとか概念だとか、儀式大家ならそれに宿っている精神か【力】が目当てか」


――案外詳しいじゃねえぁ蟹よう。

――それはまあ無駄に長く生きていないからな。


「後、冒険者の仕事はクエストだな、市民や行政が酒場や組合へ依頼した仕事をこなすって奴だな、

こりゃ組合に記録される正式な記録になるからな、結構大事だぜ、

やることは荷物運びだとか、素材集めだとか、魔獣退治に、護衛、ほんといろいろよ、大手の酒場になると一日一〇〇件は依頼が回ってくるらしいぜ」


とちらりと、己の店の掲示板を見る店主。


そこにはチラシが五枚ほど、その内二枚は宣伝である。


蟹と少女もそれを見る。


……


…………


ごほんっ、と大きき咳をして、店主が話を続ける。


「そうやって依頼をこなして、そいで迷宮で集めた素材を買い取ってもらった時の領収証がたまって推薦人が集まったら本番。

Eランク昇格試験よ。そこからが本番だな。とはいえやることが劇的に変わるわけじゃあないけどよ、

やっぱ、見る目は変わるぜ?FとEの壁は相当でかくて厚い壁だ。

ここからようやくギルドを結成したり、グループを結成する冒険者が出てくるってわけさ」


――と、まあこんな所かな、どうだ手短だろう?


そうかなぁ、と蟹と少女とその隣の男が首を傾げる。


顔を歪めて、なんだなんか文句あるのか、と店主。



「ま、まあ説明ありがとうございしたエルガーさん」


「ふむよろしく頼むエルガー殿」


「けっ、精々迷惑かけんなよ」


それでそちらの皆は? と蟹が紹介を求める。

少女も隣を向き、背後を見る。


「ああ、嬢ちゃんの隣がシチスケ」


言われた男が、よろしく頼もう、と頷く。

名前からして大和島――魔王領のさらに向こうに存在する。

世界の終わりに一番近い島国であり、独自の文化を持っている島の出身だろうか。


「よろしくお願いする」

「よろしく」


店主が続ける。


「それでさらにその隣の親父がポーレム爺さん、

一応腕利きの金属細工師で鍛冶師だ、物質属性学の造詣も深い」


グォーグオー、と眠りに着いている白髪白髭の鍛冶人ドワーフらしき男。


「向こうで本を机に載っけているやさ男がローレント、ああ見えて学者だ。

一応Dランク冒険者でもある。研究の為に冒険者になっている学者ってのは多いんだぜ。


その隣が、エイナ、迷宮日報ていう冒険者専門の瓦版の記者だ。

中身は株と先物の予想から、近所の猫自慢、今日見た面白いものエッセイとか、迷宮や有名冒険者の動向とか噂を載っけてるカオスな瓦版だな。

一応、俺の酒場も取ってるぜ」


と、壁際の床を指差すと、そこに数日文の数枚の紙束が置いてあった。


「と、まあこんなところか、まあ仲良くなるのは自分でやってくれ、あと他の酒場を見ることも忘れんなよっと」



と店主はエプロンを脱いで、カウンターから出てくる。


そして、のしのしと厳めしい顔で、掲示板の隣にある小さな階段へと向かう。


ふぁぁ、と大きい音を、口から吐き散らかし。


躊躇無く歩みを勧めている。


え、と少女が目を白黒させ、蟹が訊ねる。



「いきなりどうした」


「ん、ああ俺の仕事も、とりあえず終わったから日課をな」


「日課?」




昼寝シエスタと答える店主エルガー



こんな朝から!? と少女の声も馬耳東風。

のっしのっしと、山のような巨体は二階へと向かう。


後ろ姿を見ると、違和感。



蟹はその足を見る。


そして少女も気付く。




――義足



そして店主は二階へと消える。



「あの若さで隠居とは……と思ったがな」

「…………」

「ん、どうしたルナ?」

「っ……べ、べつにちょっと怖かったとかそういうのはないんだからねっ!!」


ははーん、怖かったのかルナ!

ちょ、だからそんなことなかったって!


と少女と蟹が笑い合う声を、うるせぇと思う店内の他の客。



ともあれこれが、彼と彼女の冒険者生活の、初酒場であった。







『艶華』クワイネリー


大森林の出身。


一大国の領土に匹敵する大森林に居を構える鮮やかな毒花。

天性の悦楽者を自認。およそ命ある全ての者において誘惑できぬ者など誰一人いないと自負した凄艶の存在。

その種族、その生まれについて、分かっているのは比較的新しい魔獣であり亜人であるということのみ。

一説によれば、元は花であり、なにかの機会を得て、つまり何かを糧として、この姿に至ったのではないかと考えられる。


それゆえその魅惑と、麗容が唯一通用しなかった『有角姫』に従うこととなる。


人を食った性格で、常に微笑みを浮かべているがその本質は残虐とも伝わる、が

地軍の同僚との関係は極めて良好であった。

『吸血鬼』をからかうのが趣味であったと伝わる。


天上戦争に置いては、高位神を含めて六柱、その僕に至っては数万を同士討ちさせた。


新暦においては『悪魔』色情と嫉妬、誘惑を司り、また娼婦から崇められている。

現在は大森林の奥深くで眠りについている。


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