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朝、居候、宗教とは倫理であり社会規範である





蟹は夢を見ていた。


本来、眠りを必要としない彼は、


しかし、身体と心にたまったここ数日の疲れからか、

うとうと、ゆらりゆらりと眠りに落ちる。



窓からの月光は、何れ消え、彼は己の内へと落ちていく。




夢とは、過去の残滓。


生物が備えた記憶と感情の整理の仕組みによるもの。


夜の眠りの内で、行われるその作業は、意識上への想起を伴う。


想起――過去のことを思い返すこと。



映像が、記号が、僅かな色が、意味のあるモザイクとして、眠りに落ちた意識の上に再生される。


暗い映画館、白いスクリーンに、映像が差し込むように。



……


…………






「なんですか! あの腐った花女……ちょっ、ちょっと自分が、


そう、少しだけ、ほんのすこーしだけ女性らしいからって……」


金長髪の女性が、歯をみっともなくこすり合わせている。


スレンダーな長身、それに見合わぬ豊かな胸部。


黙って微笑んでいれば妖艶とも言えるだろうその女性は、

しかし全く色気も、それどころか大人らしさの欠片もない態度で暴れている。



長身を屈めながら、歯を食いしばり、胸のことを気にせず、うぎぎ、うぎぎと漏れる声に揺らすそのさまは、どう好意的に見ても精神年齢二桁代の前半、色気よりも食い気を標榜する女学生の如しである。


つまるところ、見目と内心の均衡が取れていない。




何処か歪な印象を与える、美人が、一人、広がる森の中にある空いた空間で憤激を躍らせる。


巨大な図書館の裏庭、そこにある広間兼居住区とも言えるキャンプでのことだ。




その片隅では一匹の犬人コボルトが、犬の手を持って器用に絵を描いている。


さらにその隣では、蟹が『鴉』と、昨夜食べたステーキとテールスープの味についての感想を言い合っている。



その平穏な空間、乱入したその珍客を、いないものと考え、犬人は風景をキャンパスに描いており、


その一方、意外に義理堅い蟹は、

見なかったふりをするのも、薄情と考えたか、その闖入者に話しかける。



「リーリア嬢よ」


リーリアと呼ばれた女性は、振り向き蟹を見る。


見詰める瞳は左右の色の事なる、虹彩異色オッドアイ

金と赤の瞳が、燦々と差し込む夏陽で煌めく。


「ああデンザロス、聞いてください非道い話なのです」


またか、と蟹。絡まれるのを避けたのか『鴉』がそそくさと飛び立つ。

それを恨みがましく一瞥し、嘆息の後、蟹は問う。


「で、今度はなんだ、図書館の中央にある柱に飛び乗って、ボーズを決めた時に風に煽られて落ちたか、うん?」


頭が痛いといった所作で、カニは己の甲羅の辺りをこれ見よがしに掻く。


その巨体に備わる巨大な鋏を、軽快に振りながら、

蟹は、沈痛そうな声音で、ある種おざなりに金髪麗人に訊ねた。


「それは先週のことではないですか、違います! というか早く忘れて欲しいです!」


「では、なんだ? またガルニゼスか? 

あれの秘蔵の名刀を持ち出して、ぶんぶん振り回して傷でも付けたか?

俺はあの温厚なドワーフの爺さんがあそこまで怒るの初めて見たぞ、ん? 


それともまた食堂のナイフを持ち出して、手裏剣術の練習でもしたか? 

それでヅュチャに怒られでもしたか?」


「っ、ううっ、違いますよ!! というかそれどれも大分前のことじゃないですかっ!

いい加減、忘れてくださいってば」


美を結晶化したような、透き通った冷たい美女の外形を持つ、『吸血鬼』は、項垂れ、半ば本気で呻いている。


腰に提げている剣も、何処か色褪せて見える。


風に靡くその髪と、名手の制作した塑像の如きその美は、しかし今は稚児のようなあどけなく無邪気な怒りと嘆きに満ちていた。


「……あのケバイ花です、……色気ばっかり発達した、あの色情花のことですよ!!」

「ふむ なにか言われたか?」

「あのおっぱいお化け、言うに事欠いて、このあたしに色香がないとのたまったんですよ!!

信じられますか、ほらこの胸!! このすらりと伸びる足、ほらほら脇だってこんなにも……!!それなのにあのばばあ! 

貴方には内面がない、挙措に洗練がない、色気も、ほの香る大人の艶がないとか!

眼ぇ腐ってますよ! ほんとに!! そう思いませんかデンザロス!?」



――『艶華』の言いたいことは十分に分かるがなぁ。


と内心の『艶華』への同意をおくびにも出さず、

彼はうんうんと巨大な鋏を揺らして、表面上はリーリアに同意する。


「ああ、そうだな」


「そうでしょうそうでしょう!!」


リーリアは確かに綺麗だ、表面上は、しかしそれが何処か作られた感じが拭えないのも確かである。

それはまた、彼女の行動と精神年齢に依るモノであろう。

彼女は『吸血鬼』を名乗っているが、吸血鬼ではない、そもそも魔族でさえない。


元々はデンザロスと同じ一匹の魔獣だ。


彼女を構成するのは意地、それを越えた憧憬である。


それが一匹の蝙蝠を、変貌させることを可能にした。


――人への憧れ、英雄への憧れ、大人なるものへの憧れ。


――姫にあこがれ、勇者や剣聖に憧れて、そして物語にも憧れる。


――さらに言えば大人の女性の美。

 つまりは犬猿の仲であるあの妖花アルラウネ『艶華』の妖艶さにも憧れているのかもしれない。



それを踏まえ、蟹は言葉を選び、知的生命体にのみ可能な、理性ある穏やかな対話を試みる。



「まあ、まだまだ未熟なところもあるのも確かだろう?


リーリア嬢よ、そういった物を磨けと言うアドバイスではないのかな?


うむ、謙譲の美というものもあるというからな」



ざっざっ、とキャンパスに何かを描き込んでいる犬人のガル。


遠く森の奥には、『竜公』の姿が見える。相変わらず巨大だ。


パオーンという象の鳴き声。


まるで動物園のような雰囲気が漂うここは、亀の島。



「…………見損ないましたデンザロス! 貴方もあのラフレシアババァに骨抜きされていたとは!


蟹の癖に趣味が植物姦とか、マジで未来に生きてますね、もげろッ!!」


「今の忠言だけで、そこまで言うか!? リーリア嬢……」


そうして、ぺっ、と唾を地面に吐きかけて蟹を睨んだ後、黙々と筆を振るっている犬人ガルの下へと向かるリーリア。


蟹は、やれやれと鋏を振りながら、立ち上がり、食堂近辺へと向かう。


『四つ耳』や『小鬼』辺りと、蟹の装備について話し合う為である。



背後から、


「ガルさん、ほらあれやりましょうよ、あれ、この前一緒に考えた必殺技、無銘『影式シャドー無道斬ディフゾード』の訓練をっ!!」


という声と、ガルのこちらに助けを求めるような恨みがましい眼差しが飛んできたような気もするが、


デンザロスは、食堂になにかおやつでもないかぁ、と考えて、巨体に似合わぬ華麗な足取りでそのまま立ち去るのであった。



「それとも『光闇終焉輪舞ルクスノクス・エタニティロンド』ですか! 流石ガル老、分かってますね!」


くーん、と犬の鳴き声が聞こえた気がするが、



それでも蟹は振り向かなかった。














布団を温かく包む、春の朝の光。


幾らでも寝ていられそうな、母親の胎内にいる心地。


ぽかぽかと温かい毛布と、包むような陽光。


未だ布団や毛布の外が微妙に肌寒いということが、その温もりを引き立てる。



まさに春眠、暁を覚えず。



「おい」

「う~」


「おい、ルナ」


「あ~」

「おい、朝だぞ、おいルナ!」


しかし少女は、目を覚まさない、夢を見ているのかニヤニヤと、


そして口をもごもごと動かして、

睡魔に捕らわれるの超気持ちいい、といった体で寝返りを打っている。


暢気にとても幸福そうな笑みと涎を口の端に浮かべる少女の姿は、まるであどけない幼児のようであった。


「まったく、どうにもこうにも……

起こせといったら起きない、起きないくせに起こせと言う……

はあ、全くもって矛盾の塊だなぁ、人間というものは」



しようがないので蟹は強行手段に出る。

布団と毛布を全て剥ぎ取るという鬼のごとき所行だ。


街はざわめきと喧噪に包まれ始めており、これから色々することのある蟹と少女にとっては一秒でも惜しい、それ故の、蟹の強行手段に、流石の眠り姫も堪えたか、


死に際の犬の出すが如き呻きの類を、呪詛のように零してついに眼を覚ます。


「……うう、……さむい」

「ほれ、顔を洗え、下の管理人の婆さんから、水を貰ってきてやったぞ」


「ありぃがぁとう~」


ばしゃばしゃ、ばしゃばしゃという音。


ぬっ、と差し出されるのは白いタオル。


「どうぞ」という声。


「あ、ありがと」


受けとったタオルで顔を拭くルナーレ。

冷たくも身が引き締まる、清清しい朝の目覚めだ。



水分と一緒に眠気もぬぐい去り、そして自らの格好を見る。


――ああ昨日、服着たまま寝ちゃったんだっけ、汚れちゃうなぁ。


などと思い、瞑っていた目を開き、

布団から降り立つ。


そして顔を上げて、ペンタの方を見ようと……



……?



違和感。


少女は観察を開始する。


少女。

身長は150cm程。齢は14、肩まで伸びる金の髪、少しきつめだが、村娘らしからぬ清廉な美貌。


蟹。

高さは少女の腹の前辺りか、今は座っているのかそこまで高くはない。

鋏や足は人の腕、太股を越えて太い。

厳めしく、ともすれば異様な巨大な蟹。だが愉快でマイペースな頼もしい存在。



……


メイド。

白いエプロンドレスが眩しく輝いている。

青く輝く長髪は宝石を糸として加工したかのように作り物めいて端整。

ロングスカート、その切れ目から見えるブーツ、腕を覆っている白く長い手袋。

一切の筋肉の微動もなく、皺もなく、冷たさを越えて、氷ったような表情。

張り付くようなその顔の部位と相まって、凍えるような印象を、見る者に与える、無機物の明眸めいぼう



鴉。

黒い羽、艶やかな濡れた蒼にも、黒にも見えるそれ。

円らだがどこか機械的な印象を与える彼は、侍女の腕に留まっている。



沈黙。


静寂。


無言のうちに蟹の吐く息の音。


シャンという鋏の音のみが響く。



どうした? と蟹と、謎のメイド。




「……………………え、だれ?」


「おはようございます、ルナお嬢様」


「…………だから、だれ?」


きょろきょろと、助けを求める、頭が真っ白な少女。


無理もないことだろう、眼を覚ましたらそこには、

どこからどう見ても完璧を越えた造形比率を持った、人形のようなメイドが、傍にかしづいており、

さらにその存在は、室内なのにどこから入り込んだか分からない鴉まで乗っけているのだから。


「……ああ、これまだ夢なんだ」


と少女が逃避するのも無理はなく。


「まあまて、少女ルナーレ、夢ではないぞ、この上なく楽しい現実である」


そこで、件のメイドが、自らのスカートをつまみ上げ、定規を使ったかのような一切の乱れない角度でお辞儀をする。


「お初にお目にかかります、私の名前は、ケントゥム・トリーギンター・デュアエ・プッラ・プッパ」


「けんとむぅとりぎんたーでゅあ……? ……えっ? ……なにこれ怖い」


少女の混乱を落ち着けるために、蟹は助け船を入れる。


「俺の、古い知り合い……の娘みたいな奴だ、ええとケントゥムでいいのだな」

「正式名称はケントゥム・トリーギンター・デュアエ・プッラ・プッパでございます、デンザ……」



その瞬間、鴉が己の頭を静謐無表情メイドの口内へと突っ込み、言葉を止める。


その鴉の奇行ファインプレイを尻目に、少女は蟹に訊ねる。


「……ええと、なんとなく聞くけど」

「どうした少女ルナーレ、春の気持ちよい朝にそぐわないげんなりした顔をして」

「この人、部屋に入れたのあんた?」

「それはもちろん! 古い友人の娘だからな」

「……どういう、つもりで」


なんだその綺麗な笑顔、怖いぞルナ、と蟹がぼやき。

いいから答えて少女がにっこり笑っている。



「もうふもうh、ぶっふばふさいっ、ぶはぁ。


……蟹の君を威圧するのはおやめくださいルナ様、これには事情があるのです」


やっとのことで口内に押し入ってきた鴉とその鋭い嘴をはき出し、蟹を思いやるメイド。


じじょう? と少女は首を傾げる。


「と言うのも、事情がなければ普通、人を部屋に入れたりはしないでしょう?」

「……そういえば、そうね……うん、なんでかしらね、……妙に混乱してたみたい、ごめんペンタ」

「朝ですからね、しょうがない事ですルナーレ様」


ゴホンッと咳き込み、手を前に組んだエンプロンドレスの少女は改めて、背筋を伸ばし、少女を見据える。


「ルナーレ様、真に急であり、不躾なお願いだというのは分かっています、ですがお願いします。

私をこの家に置いて貰えないでしょうか? 

こう見えても私は、掃除に洗濯炊事、その気になれば夜のお供にも最適と……」


「ちょ、ちょっと朝からヘンなこと言わないでよね、

私にはそういう趣味ないわよ!? って……え? というか、家に置く? ……えぇぇ!?」



急すぎる展開に眼を回す少女。


「すまんなルナ、なにも言わず俺からも頼む、このメイドを置いてくれないか」


「ルナーレ様、お願いします。我が父の御名において貴方の邪魔はしませんので」


「カー」


平身低頭する美女メイド。

しかしその物腰はどこまでも乱れなく美しいものである。


鴉も翼を広げて唸る。そしてちょこんと首を傾げて、

まるで「お願い、おいてちょうだい?」とでも言うようにその円らな黒眼を少女の瞳に合わせている。



「うぅ、なにがなんだか全然わからないんだけど、……なにこの状況」


これ本当に夢じゃあないの?


という少女の現実逃避めいた思考を知ってか知らずか、


一人と一匹と一羽は、餌をねだるひな鳥のように、一心に少女を見詰めている。



三者の無垢そのものとでも言うべき眼差しの照射に、

背がむず痒くなってきた辺りで、

ようやく少女は正気を取り戻し、眼の前の現実と向き合ってみることを決める。


「ええと、ケントゥムさん、で良いのよね?」

「ケントゥム・トリーギンター・デュアエ・プッラ・プッパですルナーレ様」

「……長いからケントゥムさんって呼びたいんだけど」



ケントゥムは首を傾げて、そして数秒、沈黙。


なにかを默思しているようだ。



一秒が過ぎ、五秒が過ぎて、その瞳に理解の光が輝く。


ぽんっ、と手を、胸の前でたたき合わせ、その鉄面皮を微塵も揺るがさず少女を見やる。


「理解しました、ルナーレ様」

「な、なにをよ」

「愛称、人間の、あるいは仲の良いモノ同士で行われる、新たな名前の創造と交換の行為という奴ですね。

理解しました。良いですよ、ルナ様、私は愛称で呼ばれるのは初めてでございます。

所謂、処女ヴァージンという奴ですね、人間の殿方はこれを尊ぶとか。

ルナ様に私の愛称処女ヴァージンを喜んで差し上げましょう、ええ。

是非、私のことはケントゥムとお呼びください、ルナ様」


「愛称処女って……朝から珍妙な言葉を……というか会話がぜんぜん進まないわねあんた」


お褒め頂いたようでなによりですと、頭をちょこんと下げる。


褒めてないわよ!? ……ちょっと、助けてよ、とペンタを見る少女。


「すまんなルナ、ケントゥムは……なんだ、その、……いわゆる箱入り娘というやつでな、

社会の常識や風習に疎いところがあるのだ、うむ、勘弁してやってほしい」


ルナーレが、眼に見えて疲れた顔をする。


まだ朝である。なのにこの疲れは一体どういうことであるのか


「はぁ…………なんかもう、どうでも良いわ。

……えとケントゥムさん、家賃はちゃんと」


「はい、家賃は払います、それどころか掃除洗濯炊事、さらには身体の全ての部分に適応できる究極のマッサージも」

「いや、そういうのはいいから、それと炊事洗濯掃除もちゃんと交代でね」

「いえ、それは」

「いいから! 誰か一人に任せておくのも座りが悪いというか、ちゃんとしてないでしょう、違う?」

「了解しました、……ルナ様、貴方はそういうお人なのですね」

「なにが言いたいのか分からないけどあたしはあたしよ、ケントゥムさん」


そしてケントゥムは礼をする。「それではよろしくお願いします」と言い終わるや否や、大広間の隅にあるキッチンへと向かっていく。


ケントゥムは基本的に勤勉なのだ。


ルナーレはケントゥムの背。その後ろ姿、エプロンの白い紐、肉感の伝わってくるロングスカートの尻側をなんともなしに眺めつつ、

ようやく、朝起きた瞬間から始まったこの奇妙な押し問答が終わったことを実感し、ほっ、と安堵の溜息を吐いた。


とはいえこれが、異性であったり、自分の性格に合わなそうな人間であればルナーレも断固として断っていただろう。


しかしこのケントゥムという女性が、およそ薄暗いところとは無縁であるように見えたこと。

その上、奇妙な発想をするようだが、落ち着いた物腰と、その綺麗な言葉遣いは十分な教育が感じられるモノであっことた。

そしてなによりもペンタの推薦がある。


面倒になった。その独特の会話のペースが辛く、さっさと会話を切り上げたいという思いも確かにあったが、一応のところ、そこまで考えた上での、ルナーレの判断である。


「ええと最後に聞くんだけど」


尻とスカートとエプロンと長髪を揺らして、メイドが答える。


「なんでしょうルナ様」


「そのルナ様ってのは」


「ペンタさまの友人であるのなら、私にとってはルナ様です」


「そ、そう」



隣で鴉が鳴いている。

と思った次の瞬間、金の髪が輝いている、ルナーレの頭部へと飛び乗った。


「ちょ、ちょっと重い重い」

「はは『鴉』もお前のことが気に入ったようだぞルナ!」


「そ、それはいいけど、この鴉もここに住むの?」

「ああ、……頼むルナ」


とんだ居候、急な来訪を彼なりに気まずく思っているのか、

鋏をシュンと降ろして、少女に答える蟹。


「ま、まあいいけどね、べつに。


だからアンタが、そんなにらしくない態度を取らなくてもいいわよ

……しおらしいペンタなんて、砂浜に打ち上げられた魚みたいなもんなんだから」


「そうか、……とはいえ少し急すぎるかな、とは俺も思っていてな」

「思うだけでやめるつもりは全くないんでしょう、アンタ」



イグザクトゥリィ!


という掛け声と共に、


鋏の音が部屋に鳴り響いた。













「いやにおいしいわね、この目玉焼き」

「ふむ、確かに旨そうだ」

「産地直送でありますルナ様」


大広間にある数少ない家具。


二人用の小さな、カフェーにあるような机を前に、

少女の対面には、

透明な蒼色の髪。

まるで宝石のようなそれを持った、先ほどから一切、顔の筋肉が動いていない無表情なメイド。


木張りの床に座るのは蟹。

その上にはカァ、カァと鴉が行儀良く座り、ケントゥムの与えた小さな塩漬け豚肉を啄んでいる。


彼らの手元を明るくしている光が差し込む窓は4つ。


このアパートメントが城壁を背にしていて、この部屋の一面が廊下に接している事を考えれば、

その窓は、街道側と。


廊下の反対側の二面に存在しているのが自然である。


隣には二階建ての建物しかないので、その窓から光が入るのを阻む物はなにもない。


二つの十分な広さを取った窓は、透明な高級感溢れるガラスによって外界を曇りなく映し出している。


そして調理台がおいてあるキッチン、水を捨てる穴はあるが、水道の蛇口のない流し台。

そこに開けられている窓と、

キッチンと部屋の角に小さな木製のベランダが誂えてあり、そこ最後の窓が入り口を兼ねていた。


少女は、昨日、部屋に入ってすぐに寝てしまったため、

この部屋を観察するのはこれが初めてであるが、しかし……


「素敵な部屋、なんだけど、……これで本当に小金貨五枚?」

「先ほど下に行った時に、改めて確認したが本当らしい」

「あんたどうやってお金払ったのよ、よく見たら背の荷物も下に降ろしているみたいだし」

「ルナ様、私が」



無表情にメイドは、答えを告げる。


「え、あ、そう、……そうなんだ …………ふ~ん」

「なんだ、ルナ、眼を細めて、何か言いたいことでもあるのか?」


ふんっ、と蟹から顔を逸らして、

少女は机の上にある目玉焼き、カリカリのベーコンを食べることに集中する。


カリッと香ばしい、ベーコンの匂い、そして目玉焼きの端の感触。

とろっと卵の黄身が解け、金色のうまみが純白の白身に溶けていく。

その黄身にベーコンをくぐらせ、口に運ぶ。


黄身の甘くとろけるような食感が、

ベーコンの香ばしさ、自己主張の激しいタンパク質のうま味を見事に受け止めて、

より高い味のハーモニーが口内で巻き起こる。



う~、うまい。と少女が顔を綻ばせる。 満面の笑みである。



宝石の如き瞳。あるいは宝石そのものかもしれない瞳。


背筋も、テーブルに載せた白い手袋で覆われた腕も、その顔の一切も動かさず、


メイドは体面上に座る少女を直視していた。



少女が、それに気付いて、訝しげな表情。


「……そんなに見られると恥ずかしいんだけど?」


「気にしないでください」


「気になるって」


「気にしなくてよろしいのですルナ様。私はメイドですので。

……味の方は気に入って頂けたようで何よりです」


一切の感情が浮かばない、まさに人形のような顔。


フォークを振り回しながら、少女は形の良い眉をひそめる。


「ねえ、ケントゥムさんの分は?」


一拍の間。メイドは首を傾げそのまま答える。


「……私には必要ございません」

「ええと、朝は食べないってこと? 

でも私と蟹と鴉だけ食べるのも、なにか悪い気分になるんだけど」


「気にする必要はありませんルナ様。気にする必要はないのです。……おかわりは必要ですか?」


蟹は二人の会話をなんともなしに眺めている。

後で、鋏の手入れをケントゥムにでも頼もうか、と考えつつ。


「まあそこまで言うのなら、無理は言わないけど、

……でもやっぱり顔をじっと見られると恥ずかしいんだけど」


「気にしないでください。……それよりおかわりはよろしいのですか?」


なんでこの人こんなにおかわり勧めてくるのこわい。と蟹を見る。



が、蟹は遠く、荷袋と鞄の置いてある、窓際の寝具近くで、蟹と荷物の整理をしていた。


鴉が、荷袋の中から嘴を使い、荷を引き出しているように見える、いやに賢い。



威圧されるように、しょうがないと、少女はメイドの造られたような無表情に目を合わせる。


「じゃ、じゃあお願いします」


「承りました。ルナ様」


そうして、ルナはしばしの間。

ケントゥムの感情の伺えない硝子の如き瞳に見詰められながら、朝食をとったのだった。












「それでは、行ってらっしゃいませ」


「ガアァー!」


少女と蟹は、未だ生活の匂いの殆どしない、己の部屋から出発する。


見送りの声。急遽、同居することになった一匹と一人。


バタンッ、と扉の閉じる音。



少女は正気に戻ったかのように笑い、隣の蟹を見る。


「ねぇ」

「なんだ」

「起きたのに夢の中にいるみたいだったんだけど」

「目覚めが悪いなルナ、低血圧か?」

「ちがうわよ! 

というかよく考えてみたら、朝起きていきなりメイドと鴉、メイドと鴉がいるのよ!!

言ってて頭おかしくなりそう、

ポンポンと一緒に住むことが決まって、あの人たちが誰なのか、目的も知らないのよあたし。

というか妙に馴染んでたけど、なに、なにこれ、おかしくないかしら!?」

「おいおい、気が動転しすぎて、語尾がおかしなことになっているぞ?」


はあはあと、息を吐く。

それなりの音量が、朝の廊下に響き渡る。


ガチャッ、と音がする。

後ろかと思い、蟹と少女が振り向くが、言葉が飛んでくるのは全く別方向。


「……朝から騒がしい」


見ると、だれも住んでいないと思っていた、向いの部屋から、黒衣の僧服を着た。

禿頭初老の男性が顔を覗かせて、厳しい顔でこちらを睨んでいる。


「ほらっ、ルナ謝らないか」


くっ、なんかうざいわねコイツ、と蟹に対しての苦い思いを隠しつつも、素直に謝るルナーレ。


それどころか、その態度は、誠実と尊敬の入り交じった心からのものであるらしい。



「す、すいません司祭様」


「ふんっ、司祭ではない、ただの巡回神父だ」


「そ、そうでしたか、……あ、あの朝の祈りの先導をお願いできますか?」


己の顎に、手をやり何かを考えている素振りの僧侶らしき老人。


蟹を見て、少女を見る。



「いいだろう」


「ありがとうございます神父様」


「俺はどうすれば?」



そこら辺で見てれば?とルナーレ。


ううむ、冷たくないか?とペンタ。


「……始めさせて貰うぞ」


「あっ、はい」



朝の祈りとは、一日の内で最も大切と目される教会の儀礼である。


一日の始まりを迎えられること、

そして、一日が何の苦難もなく過ごせること。

それらを願う、感謝と希望の祈りである。


数多くの分派、教派を持つ、正統教会においても、この儀礼を欠かす分派はほぼ存在しない。


一人でも行えるが、神の学に通じている者、あるいは神秘的な生活をしている者、長き時を生きた者、

信仰の高く純粋とされる者が、教会の聖典や第二聖典や外典、聖人の言行録を唱え先導することにより、より祈りを導きやすく、より純粋な心持ちで行えるとされている。


これを礼拝先導と呼び、

この時、唱える聖典の一節や、教説、言行録の一節に、


その司祭の、あるいは各教派の特色が垣間見えると言っても過言ではない。




「……我らを護り見守ってくださる大いなる九の神よ、

そして偉大なる海神と二人の転向聖者に祈りを。


……聖者クロチヌスは言った。


絶対なる無からの充溢。

遙かなる高みにして頂点、内奥にして外郭の一なるもの、一なる世界より、

出でた愛により我らは生まれた、と。


島も、鳥も、虫も、獣も、魚も、満ちる神聖なる【力】こそその残滓。


残滓こそ愛の証明。我らの魂を思い出しなさい、そこにも【力】があるのは何故か?

それを考えよ。


それは私たちが神の愛により生まれた証拠なのだ。

かの神の愛は、零れ落ちた一滴の滝は、流れ、我々は生まれた。


この世界が神の、つまりは絶対なる外のモノからの恵みなのだ、それを自覚せよ。


そしてこの朝の神聖な祈りを一日忘れ得ぬ事、祈りの時の清浄な心持ちを常に維持するのだ」



言って、男は、胸の前でx字に手を交差し、跪き、天へと手を掲げる。


ルナーレもそれに倣うように、

眼の前でx字を切り、その後、手を胸の前で組んで片膝に座り、眼を瞑って一心に祈る。



「祈りなさい、荷物を捨てて、なにもかも捨てて祈りを。

この時が終わるまで、それを預けて、祈りを。


第二聖典の四百五十八の七。

『有角姫』は矜持と、己の健全さのほかには、何一つ無闇に誇らなかった。


烈士言行録。五百六十六の五。

法にして善。エーミッタ神は、富むことは大切だが、富める者の驕りは捨てなさいとおっしゃられた。


烈士言行録。三百三十三の四。

真実にして悪。デルバイアー神は、心と手に必要以上に荷を持つなとおっしゃられた。


心が荷物に塞がれれば、大切な物を見通すことが出来なくなる、

そして日々に置いて、新しい心意気を持てなくなる。

手が荷物に塞がれれば、誰かを助けることも、親の死に目に急ぐこともできなくなる。

己の荷物が誰かに盗られぬか絶えず気にすることになる。


烈士言行録。一千二百三十三の四・

正義にして寛容。シェンペル神はおっしゃられた。


真の正義とは、許すことだと、寛容こそが正義であると。

寛容とは日和見と紙一重です、時に寛容ゆえに人生の苦境に立つこともあるだろう。

それでも誰かと争うくらいなら、誰かを疎むくらいなら、許すのだ、それこそが正義でである、と」




そして、しばしの無言。


発言の一切がなく、呼吸の音のみが数分近く続き、二人はただ祈っていた。



蟹は、己の古い知人の名前が出てきたことに興趣を覚え、そして微苦笑をする。


こういうことを口に出して言うような奴らでは決してなかったが、


しかし面白いことに、彼らが言いそうなことが、あるいは彼らの信念に似た考えが、


彼らの名で伝わっているのだ。


その類似を可笑しく思い、そして、かつての友人に、蟹も思いを馳せた。



いつしか、二人は立ち上がる。



「ありがとうございました神父、身の引き締まる思いです」


「……ふん、今度からは静かにしろ」


そして僧侶は、扉を閉じて、部屋へと戻る。


我に返った蟹が、少女を見て、


少女は、横に置いていた小さな荷物袋と、父から貰った剣を再び腰に帯びて、

幾分軽量化した蟹の背にある荷袋を叩く。



「さあて、行きましょうペンタ」


「うむ、朝から中々に面白いモノを見れて、満足だ」


そういってちょこちょこと階段に向けて歩き始めたペンタ。


それを追いかけるルナーレ。


――身が引き締まるわね、でも    ――でも、なんだ



「クロチヌス聖者の言葉なんて初めて聞いたわ」


「クロチヌス?」


「北方ツェンダールの聖者で、学識豊かな学者の人よ、

新暦700年頃の人ね。絶対神信仰を再構成した人ってことは知ってるけど」

「ああ、つまりは禅僧、いや正しくは神秘思想家というわけか」

「まあ、そうね 教会の正統派ってわけじゃあ決してない類の聖人ね」

「俺の友人にも、一人その類の者がいるが、……珍しいのか」

「一応、教わった範囲だと、

昔、あたしの生まれる前、だいたい今から50年前に聖人クロチヌスを信奉する教派。

通称クロチヌス派ってのがあったんだけど」


そこで言葉を切る。


やけに急な階段を慎重に降りる。


「それが余りにも絶対神だけに信仰が寄っちゃってて、今の神を信じてる人たちの不況を買って異端宣告されちゃったのよ」

「……ああ、なるほどならばクロチヌスが珍しいという訳は俺でも分かるぞ。

皆、巻き添えを恐れたのだな、その教会の異端宣告の」

「まあ私も地元の神父さんに教わったことしかしらないから、その程度しかわからないけどね」


一階へと降り立つ。


「なるほど、中々にあの神父が興味深い人物というのがわかった、が、それと付け加えるならば……」


――あれは相当の数の実戦を潜り抜けてきた勇士の類であろう


と蟹は言い、驚くルナーレを尻目に言葉を続ける。


蟹にすら気配を悟らせなかったその立ち振る舞い。

足の運び方、そして呼吸に、肉体。どこぞで闘法を学んできた存在であることは必定。


そしてなにより、


「僧服の下から見えた踝の辺りに微かに刺青――紋章が見えたのだ。俺の背の小さき故に気づけたがな」


「……それほんと?」


「悪質な嘘は吐かないよ、俺は」


――悪質じゃなかったら吐くの? ――ノーコメントだ。


眼を逸らす蟹と、じと目でそれを見詰める少女。


はっ、と息を吐いて


「つまり、無条件に信頼せずに、少しは気を付けておけ、ってことでしょ、言いたいのは」

「……うむ、まあそういうことになるか」

「神父様を警戒するのは気分が悪いけど、……心配してくれたってことよね」

「まあそうとも言えるな」

「……ま、まあ感謝しておくわ、っと」


玄関に着いたところで足を止める。

外の扉の所に、管理人の老婆がいるのだ。


老婆こちらに気付くと、扉を開けて、中に入ってくる。



「うう、中々に寒い、寒い、寄る年波にゃ答えるねぇ、カカカ」

「ご老体が、無理をするものではないぞ?」

「蟹の癖に人間の心配をするんだねぇアンタ」

「蟹が人の心配をして可笑しいか?」

「いんにゃ、それもまたいいんじゃないかい、あたしにゃ関係ないことさ」


そういって、部屋へと戻る老婆を見送って、二人は扉を開ける。


「まずは酒場ね」

「うむ、そこで簡単な説明を受けて、後で早速ダンジョンに潜ってみたいな」

「ええ!? ……ほんとにやるの?」

「うん? ああ不安かルナ」

「べ、べつに怖いって訳じゃあなくて……段階とか踏むべきなんじゃないかと思っただけよ!」

「なに心配いらんよ、まあ、何かあっても俺がこの自慢の甲羅で守ってしんぜよう!

……絶対にな」


――まあ大船に乗ったつもりでな、何事も経験だ、経験!


と妙に元気な蟹を先に、玄関から外に出た二人。


少女は呆れと不安と信頼の織混ざったような顔をしている。


石畳へと降りる。


押し売りのように、身に纏わりついてくる春朝の陽気な日射し。


しかしどこか寒々とした、清涼な風が二人を襲う。



ルナーレは、予備のシャツに長い作業用ズボン。

工員がはくような地味なそれらの上に、牛の皮であつらえたらしい頑丈なジャケット。

それにコートという服装である。


蟹は青い甲殻がキラリと光り、いつものようにx字に紐が結ばれ、そこに荷袋が掛けられている。


全体的に地味だが頑丈な服装を、少女が選んだのは、精一杯の備えのためか。


「まあ、その後は家具と」

「水とか食料とか調味料も……、あと浴場も探さなきゃ、……ちょっと匂うから、あたし」

「年ごろの少女が匂うとは致命的だなぁルナ、

それはともかく浴場か! いいぞ、良い心がけだぞ、うむいいぞ!!」

「……あんた入れるの?」

「うむ好物だ! 昔から好きでなあれが、

甲羅が赤くなりかける程度の長湯が好きなのだが、友人たちには必ず直前で止められてな!」

「茹で上がりかけてるじゃないの!?」


はぁ、とここ数日ですっかりお馴染みとなった、蟹と少女の、どこかすっとぼけた空気に包まれてルナーレは溜息を吐く。


ともあれマイペースに、


蟹と少女は石畳の街を進み往く。



目的地へと向かうその少女の顔は


この上なく生き生きと楽しそうであり、その足取りも軽やかである。



蟹の動きも、

弾むように、まるで蜘蛛のようにリズミカルに動いている。


純真そうなその円らな瞳には、今を楽しげに生きる者の光が満ちて。



お互いに言葉を交わし、進む、少女と蟹。


どこまでも楽しそうに、どこまで喜ばしく、


二人は歩き、微笑み、笑っている。



天の光は、それを見守るように、暖かな光で彼らを照らしていた。



新暦1623年、法(4)の月、24日、第三週、七の曜日、七の刻


中央迷宮。迷宮都市、エミダリにて、



蟹と少女の、冒険の、とりあえずの始まりである。








5




――ある早朝の密談。



トントン、と小気味よく扉がノックされる音。


「開いてるぞ」


と蟹が答える。



陽はまだ昇らぬ未明の時。


とはいえ陽は、しばしの時を得た後に、なんの滞りもなく中天に昇るだろう。


春とはいえ朝は寒い、部屋は冷たく冷え切り、蟹は寝具の隣で、

すやすやと眠り姫を演じきっている己の相棒のような少女を見守っていた。


黒い瞳はどこか真剣。彼は意外に甘い、そして存外に面倒見がよいのだ。


蟹の甲羅の大きさに比例するように大きなその抱擁力が、昔から彼が多くの信頼を受けた一因かもしれない。



扉を開けて入ってきたのは、人形のように――いや真実人形そのものであるメイド。


一切動かぬ顔の表情。微動だにせぬそれは、しかし造形そのものの美しさ故か、動く名彫刻のような印象を醸し出す。


芸術に一家言ある蟹の友人の一人である犬人ガルの審美眼も太鼓判を押した、

『人形師』の名品である。



皺のない純白のエプロンドレス、たなびくロングスカート、二の腕の半ばまで覆うこちらも真白の絹手袋。


肩には『鴉』


「おはようございます、『大蟹』さま」


「オハヨウ! オハヨウ!」


『鴉』の言葉と、機械のような正確さをもって発音される侍女人形の言葉。


「『大蟹』はよせ、名前でよんでよろしい」


「はっ ……そちらの方は」


と、寝ている少女を見るメイド。


「協力者、いや相棒のような、うむ友人かな」

「了解しました。以降、貴方様と同じような扱いをすることにいたします」

「……相変わらず固い人形だ」

「無駄のなさ、が我々のコンセプトですので」

「乳の出っ張りも無駄だ、と一言で言い切って造る人形全てを貧乳に作った男の人形だ、スマートなのは理解しておるよ」


「――失礼、ただいま微妙な呆れのニュアンスを感知したのですが」


訊ねるメイドに蟹は手を振る。


「気のせい、気のせい」




メイドが部屋の中央に進み、改めて礼をする。


「改めてよろしくお願いします、定期連絡及び雑事の為に、我が主『人形師』ゲウェーネフの下より参りました。

――132番と申します」


「オレハ『鴉』『鴉』!」


「うむ、よろしくお願いする、お前は初めて会うタイプだな…………それとお前は全員同じ奴だろ『鴉』」


「それも当然のことです、100番以降の完全自律人形は天上より帰還しての作品でありますから」


「カァー」


『鴉』は蟹の甲羅へと飛び移る。


「そうなのか、生憎ついこの間まで寝ていたものでな、

しかしそうか……あの人形フェチまだ作っているのか、ううむよくもまあ飽きんモノだなぁ

……ああ、それとその無機質な名前はよせ、色々と不審に思われる」


「承知いたしました……それで、私は何をすれば」


「あ~、とりあえずは……部屋の掃除でも頼む、ああ後少ししたらちょっと用事に付き合ってくれんか」


そう言って蟹は部屋の隅にあったらしい箒とちり取りを、鋏の先で摘んで少女に渡す。




これが、少女が目を覚ます前の話である。






迷宮日報――1623年、法の月 第八号より。


『赤貝高騰!! 素材屋大忙し?!』


『迷宮最前線において敵の強襲、東区画迷宮:最前線防衛隊、壊滅か!?

西区画迷宮管理組合長、異例の会見予定』


『四次素材転売禁止法、都市議会で今週末に法案通過予定か』


『魔具の純度大丈夫ですか?! 

素材加工、属性加工のことならばネウリス魔具鍛冶商会へ!』


『一秒で回復、危険なポーション!! 被験者募集中――薬学専門学府・西区より』


『鑑定はメザロス:南区画にて』


『種族異能と属性の関係についての論文、第三大学府。

メレケール教授、論文内容を偽造か!?』


『儀式大家(Bランク冒検査以上)募集中――当方B・Cランク混合冒険者グループ、子細は南区画の酒場【オレル】にて』


『夜の大昏睡? 睡魔か、色魔か、サキュバスか?! 冒険者数名が路地裏で発見――夜魔族種協会は夜魔犯人説を否定』


→24日深夜、警邏任中の冒険者数名が、路地裏で昏睡状態に陥っている数名の冒険者を発見。

 見つかったのは何れも男性で、年齢は10代から50代までと幅広く、首元に傷口があることから、吸血種の仕業であると当局は発表。

 しかし肉体と精神に対する痕跡調査の結果。血液を介しての昏睡ではなく、

 魔導による精神汚染、そして吸精と判断され、これを撤回。睡魔や色魔、淫魔といった夜魔族種の線で治安当局は捜査を再開したらしいとのこと。

 これに対し、夜種の多く所属し身分証明を行っている夜魔族種協会は夜種の犯行を否定。登録下にある淫魔類の当日のアリバイを提出。

 今回の事件の謎は深まるばかりであり、その道の専門家として名高い、大学府調査員のコメントを……

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