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三日目 夕夜 最高位冒険者 決闘 (華麗に終了していた)激闘

夜勤に行く前にあげたかったので、無理して推敲して上げたのですが、

明けていまゆっくり見直したら、細かい誤字脱字が多い多い。

興ざめしちゃいますねこれ、すいませんでした。


エクサリオスは、己を叱咤し、動揺を抑えた。


「そうか、そういうことか…… っ、貴様、最初から仕組んでいたなッ!!」


ロード・シレンカはくすくす笑う。


「仕組んでいたなんてぇ、ひどぉい言い方ですねぇ」


悪魔の微笑み。


「このまま行けばぁ、貴方は私の部下ということにぃ、なりますけどねぇ」






エーサーベインの瞳には、理解の色、転じて膨れあがった魂の底からの憎悪。


人格さえ歪みかねない深い深い憎しみの願いが沸き上がっていることが、傍目にも容易く理解出来た。





冒険者一同に動揺を与え、ロード・エクサリオスにさえも動揺を与えた存在。


それがロード・シレンカの隣に傅くように立っている一人の男であった。



バル・ファルケン=ノース最高位冒険者。


魔惨迷宮頂点のマッパー、シーカー、シーフ。

前衛冒険者としての類い希なる才華。儀式小家にも長けたその戦闘能力。


迷宮の全階層に通じ、多くの魔物と戦闘の為の、あるいは探索の為の智慧を極めた存在。

かつて最高位冒険者グループ『命知らずの赤狐』の副長を務め、

現組合長であるハンナ=ウルフを支えた男。


組合長候補に三度名が挙がりその度にそれを辞退した冒険者。

人格に優れ、親父臭いが愛嬌のある性格。無数の酒場に己の席があったと伝わる自称冒険者の父。


それがバル・ファルケン=ノースである。


古き昔に受けた二つ名は『爆砕』 エーサーベインでさえ由来の分からぬ古い二つ名である。







「っ……バルッ! 俺だ、エーサーだッ!」


黄金騎士の言葉は、しかし聞こえていないかのように、髭の男性は極微の反応さえも見せない。


『銀鬼』ロレントォは、エクサリオスと対峙するのをやめ、剣を構えながら、一歩引く。


ニケロットもそれに倣い、共にエーサーベインの隣に立つ。



おいっ、バルッ、バル・ファルケン=ノース。と続けられる声は張り裂けんばかりの悲哀。


ロレントォとニケロット、ボブはエーサーベインのそのような声を初めて聞いた。

まるで父の死に目に立ち会う、幼い息子の挙げる泣き声のような音の響きだった。





「無駄ですよぅ」


絶望と憤激、憎悪と哀切の入り交じったエーサーベインの視線をその身に受けながら、


とても気持ちよさそうに卑猥な笑みを見せるシレンカ。


「その人形に、ことばぁはもう意味がありません。意志もないです、魂はありますけどねぇ」


キヒヒッ! というシレンカの笑い声が響く。



ザンッ!


という音が鳴る。


エーサーベインの繰り出した、銀閃は髭の男バル・ファルケンに防がれていた。


「っなぜだ!」


「しつこいですねぇ。……なぜも糞も無いんですよ、こいつはただの人形ぅ、わたしの命令に従うだけの肉人形ですぅ」


苛立った声音。

そして腐臭を撒き散らせ、金の甲冑に身を包んだ蛙男は、唾を吐きかけながらエーサーベインに続ける。




「さあて、せめて楽しいものをぉ見せてくださいよぉ?!」





その言葉と同時に、凍った場が再び、燃え上がる。


シレンカの背後にあった。幾つかの生物を組み合わせたようなキメラが動き出す。


馬であり牛。猫、獅子、烏賊、犬人、猫人、長耳族、黒長耳族、人間、混沌の生物は足らしきモノを使って、這って進む。


最高位冒険者バル・ファルケン=ノースも動き出す。




硬直と混乱から逃れたエーサーベインは大きく退く、動揺は流石の最高位冒険者をもってしても収まらない。


エクサリオスは、歯がみしつつも、二本杖の黒長耳族とともにシレンカの背後に退く。


戦いに参加するつもりはない、そもそもこの冒険者たちとの戦闘は想定外であったのだし、それは彼女の任務ではないからだ。




ニケロットと、ロレントォが歯を食いしばり、戦闘の態勢を整える。


キメラが四体、ロード・シレンカに、ロード・エクサリオス、そして黒長耳族が一人。


やけに凄まじい手並みの剣士黒長耳族は既にこの場にいない。

撤退して、そのまま47層に到達したのか、この場の事態には気付いていないようだった。



バル・ファルケン=ノースの脚甲が大きく光る、全身に身に付けた革鎧と、両腕の籠手が銀に光る。


紋章法。それはオーソドックスな構成であった。


脚力の強化、全身に防護と速度の加護、両腕の腕力増加。


強化された腕力の拳は、必殺の威力を秘める。おそらくオーリオ鋼の重鎧さえも歪ませ砕くだろう。




一歩、一歩、歩みを進める。


髭を揺らし、大地を踏みしめるような前進。


揺るがず、多くの想いを乗り越えてきたであろうそのその威容。


立ち上る強者の気炎、修羅場を乗り越えてきた冒険者特有の雰囲気。



だが、その瞳に眼光はなく、その瞳に意志はない。

冗談を好み、多くの愛を囁いたであろう口は固く閉じられている。



「おいおい」


『銀鬼』ロレントォは、思わず呟く、

まさかここでバル老と戦うことになるとは、当然だが想像の枠を越えている。


いやそれはこの場にいる冒険者全員に言えることであった。


殺す覚悟、戦う覚悟、死への覚悟はあるとはいえ、

かつて味方であったもの、あるいは今もまだ味方であるかもしれないものと戦うことになるなど、

思考の範疇外。ましてやそれがあのバル・ファルケン=ノース相手である。




ニケロットが両斧に、油を垂らし、滑りを整え、

既に大きく使ってしまった器の「力」を搾り取るように己の紋章に這わせる。


ボブの「っま、まじかよ……っ!」と言う声が聞こえてくる。


キヒヒッ、といういやな笑いシレンカの笑い。

そして悪臭。

その他には、ただ黙々と近づいてくるキメラと最高位冒険者の足音だけが存在する。



エーサーベインは未だ動揺を抑えきれず、呼吸を荒げ、己の混乱、己の過去、己の心と戦っている。


覚悟を決めるための戦い、バル・ファルケン=ノースという恩人に刃を向ける覚悟を決めるための。














だっ、という音。


次に、ひゅんっ、という音。


最後にガキン、という音。



バル・ファルケンが大地を大きく踏みしめ、こちらに駆けだした音。


それを狙って翼人が貫通と追尾の紋章を発動させた矢を放った音。


高速で向かってくるその矢を、バル・ファルケンが殴り落とした音。




バル・ファルケンの正面に立っていたニケロットは、突如バル・ファルケンの姿が消えて見えた。


そのまま死んでいてもおかしくはなかっただろう。


その姿を認識できていた『銀鬼』ロレントォの大剣が、己と、バル・ファルケンが振り上げた拳の間に挟まれていなければ。



「……っ!」



迫るキメラ。唸り眼光をぎらつかせ、覚悟を決めた『銀鬼』ロレントォ。

己の友人たる大鬼の骸を見て、彼は覚悟を決めた。

遠く、既にメーダが意識を世界へと合わせている。


エーサーベインは動けない。


振るわれる拳。

強化された銀の拳が嵐のように振り下ろされる。

一撃一撃が岩石を砕き散らすような単純暴力。


しかし、あの怪しげな猫店主の造った神器はそれぐらいでは歪まない。


ニケロットを背に、『銀鬼』ロレントォが、振るわれ続ける拳。

弾丸の連射の如きそれと対峙する。

蒼い輝きを放つ銀大剣は冷気を放ち続けており、

バル・ファルケンの籠手を絡め取り、凍らせ、その動きを鈍くするのに役立つ。



だが、弾丸は加速する。


弧を描き、凍った腕が砕けかけようとも、折れようとも、激痛さえ感じないバル・ファルケンは、

人間の限界まで引き出された筋肉の性能、人間が無意識に抑えているそれさえも出し切って。


『銀鬼』の銀大剣を殴り続ける。

暴風雨。人間でありながら、ただのシーフであった男が、最高位冒険者にまで上り詰めた研鑽の神髄。


惜しげもない武の結晶は、意識が失われていようとも、間違いなくバル・ファルケンが、バル・ファルケンたる証であった。




ニケロットは戦いの次元の違いを想い。


ロレントォへの加勢ではなく、迫るキメラの下へと前進させた。



「あああああああぁぁぁぁあぁぁぁあああっっっっ!!」


響く声はボブの物、彼が絶叫と共に、

己の槍に全ての「力」と力と体重を載せて、

鳥影の如き速度をもってバル・ファルケンとキメラに向かって前進してくる。


ヤケクソな彼の判断と行動。冷静は欠けている。




キメラは牛の骨を、あるいは粘状生物のような触手を使い、ニケロットの前後左右を責め立てる。


だがニケロットは一歩も引かない、向かってくる触手を振り払い、切りつけ、切り落とし、再生するそれを切り刻む。


返す刃でフェイントが加えられ、幾つかの部位は宙を飛ぶ。


己を顧みない、背水の裂帛。




戦況を見るシレンカは、己のでっぷりと肥大した腹をさすり、唇を舐めながら、楽しげに笑う。


「あの斧、いいですねぇ! 素材に欲しいですよ? ああ、あの豚さん筋肉が、それと体毛もいいですよいいですよ! ……ん?」


どうしましたか? エクサリオスさぁん。と己を睨んでいたエクサリオスに声を掛けるシレンカ。


「……貴様のやり口は好かん。趣味ではない、と改めて思っただけだ」


「ああ、そりゃしぃつぅれえぃ! でも貴方はわたしの趣味ですよぉ?」


反吐が出るな。とエクサリオスは思った。


「反吐が出るな」とエクサリオスは呟いていた。


「キヒヒッ!まったまたしつれいぃ、で、いいんですか貴方?」

「なんだ」

「戦闘に参加しなくても、貴方の憎い憎いエーサーベインの最期になるかもしれませんよ?」


それを聞いてエクサリオスは、角を揺らし、自らの髪を揺らし、シレンカを蔑むように見下ろした。

鼻で笑う、その調子は、面白くもない冗談を聞いたという風情である。


「っは! あの『黄金剣』がこれぐらいで折れるものか……、余り舐めるなよ? アレはもっと傲慢で、生き汚い矮小な生命だ」


そしてそれ故に、強く、厄介なのだ。とエクサリオスの瞳が輝く。





その言葉に従った訳ではないだろう。


だが彼は確かに、己を取り戻していた、


あれがバル・ファルケンであったとしても、例え元に戻せる方法があったとしても。


いま、目の前にある彼は敵なのだ。


立ち向かわなければならない。彼はそれを了解していた。


恐れを、不安を、怒りを、憎悪を、飲み込み、それらを腹の中で原動力として燃やし続けなければならない。

情念を、闘志を、振り捨てず、武器として、立ち上がらなければならない。

エーサーベインは、『黄金剣』ロード・エーサーベインは、そのことを自覚した、そして改めて確認し、彼は前を向いた。




ボブは、キメラを一体、粉砕した、貫く槍撃は燃えさかる火炎を帯びている。


高位冒険者の端くれとしての意地を見せた形だ。


そして、死の気配が近づく、粉砕した筈のキメラが、その破片から、己を復活させ、それに気付いていないボブの脳へと、あるいは耳穴へと鋭い触手の攻撃を行う。




シャンッ、と鈴の音、あるいは蛇の鳴くような音。

エーサーベインが銀剣を振るった。

左腕に構える銀の剣、右に持つのは黄金剣。


助かった、とボブは、エーサーベインを見やり、そして息を飲んだ。

見開かれた瞳の意志。覚悟の色に気圧されたのだ。


その視線をものともせず、エーサーベインは刃を振るい続けている。


近くでは、翼人の矢が放たれ続け、一匹のキメラが針山のようになっていた。

シレンカを塞ぐように一匹のキメラが、追尾紋章により直接シレンカを狙った翼人の矢の射線の上に入ったのだ。



『銀鬼』が、冷気を己の振るう刃から放ち続けている。

見ると天上には小さな氷柱。


振るう刃から放たれる冷気は、

バル・ファルケンの『爆砕』と呼ばれた男の豪腕を防ぎ、その鋭さを鈍らせ、関節を軋ませている。


バル・ファルケンは、己の意志を失いヒキガエル男の操り人形に落ちきった男は、戦いながら。


己の籠手の紋章に「力」を這わす。


特に大きい一撃を振るい、相手がガードをせざるを得なかった、その時を見計らい。


拳と拳を打ち合わせる。




意識――両腕:籠手――儀式小家・紋章法――導力――発動――紋章法:『指向性爆発』――起動;二連



その時、爆発が『銀鬼』を襲った。

彼の身体の前面、顔と胸と腹の一面を、二度、火と圧力が舐めた。

目を瞑り、しかし振るう刃を放さなかった豚人の腹に向かって、拳が放たれる。



「っがぁぁぁぁっ!!」



血を吹き出し、己の焼けかけた腹に鋼鉄の弾丸――バル・ファルケンの拳が打ち込まれているのを、ロレントォは見た。

しかし、倒れない、しかし、退かない、これ以上の醜態を見せるつもりはない。

眼光には決死の色。だが諦めはどこにもなかった。


その時、バル・ファルケンの姿がぶれた。

そしてロレントォの目前から消える。

あるのは、かすかな残影。


バル・ファルケンが欲したのは、一瞬の隙、後衛へと駆けるための一瞬の隙。


彼はエーサーベインを越える程の加速を見せて、魔法士メーダと翼人を狙う。




翼人の矢を、バル・ファルケンは拳で打ち落とし進み続ける。


豚は動けない。そして追いかけようとしたエーサーベインを覆うように一挙に二匹のキメラが襲いかかってきた。


ニケロットでは速度が足りず、また彼も一人で二匹のキメラを挽肉にする作業の真っ最中であった。


ボブは駆け出すが、間に合わない。


誰もいない無人の野を往くように、神速を持って、迷宮の大通路を駆ける。


阻む者は誰もいない、阻む者はありえない。



振りかぶるバル・ファルケンの拳は、








――だが、食い止められた。


















振るわれた拳を止めるのは、二刀の短剣。


黒一色の装束に身を包んだ、顔は20代後半と言ったところの若い男である。


今の今まで、何処にいたのか、それはわからない、しかしそれまで影であったその男は、

影であることをやめて、一人の人間、冒険者としてその場に現れたようだった。



右の耳を飾るのは大きなイヤリング。


短く切られた金髪。いつもは眼たげなその両の瞳はいま、輝く意志と確固たる決意によって大きく開かれている。



突然の邪魔に苛立つようにバル・ファルケンが拳を叩き付け、足による蹴りをそこに加える。


男は、数瞬前まで『潜影』だった男は、一人の冒険者として目前の脅威に立ち向かっていた。


スウェー、回避、身体を反らし、紋章の刻まれた両の短刀をもって相手の拳を反らし弾く。



「冒険者、ロッド・エヴァンスっす。冒険者の仁義に乗っ取って助けに入るッす!」


昨晩一人の猫をなます切りにしかけた双刀の魔技が惜しげもなく振るわれる。


二本の刃と豪腕の応酬。


突然の応援に驚きを隠せない冒険者だが、数秒後には、細かいことはどうでもいいと頭を切り換えた。


最高位冒険者であり、ハンナ=ウルフと親しいエーサーベインだけはその正体に思い当たりがあるようだったが、正体はなんであれ、こうして助けに入った事実が全てを優先した。




『潜影』、いやロッド・エヴァンスは、笑みを浮かべる。

多くの迷い、彼が冒険者をやめた理由や、二人の冒険者が倒れた後に今更どんな顔をして入って行けば良いのか。ということがあった。


悩み、苦悩、臆病、しかしバル・ファルケン=ノースがその姿を見せた時、彼が心に浮かべたのは義憤であった。



元々夜の怪しい長耳族の少女を、正義心にも似た心で監視したような男である。


彼の天秤は、このとき、悩みを、過去を振り切って、軍の職務規程さえも大きく振り捨てて、一人の冒険者としての援助を選択したのだった。


彼の過去が、なんであったのか、なにがあったのか、此処に知るものは誰もいない、

それでも今の彼の顔は何かを抜け出したかのように明るく澄んだものであった。



エーサーベインが、黄金剣を放つ。

キメラが極大光に一掃され。

スタミナを切らし、大きく肩で息をしていたニケロットが『銀鬼』ロレントォとともに飛び退く。


シレンカとエクサリオスへ迫る光はエクサリオスに防がれた。


僅かな肉片からキメラは再び再生を始めるが、時間は数秒でも稼げれば、それで問題はなかった。



高度なフェイントと連撃に次ぐ連撃、風を斬り、闇を斬る、無数の刃の連打。

それをバル・ファルケンは拳で合わせ、打ち落とし、時に逆にフェイントを入れ、より威力の大きな一撃を殴り入れる。


そして背後からボブの接近を感知して、後ろへと大きく飛び退く。


脚力強化を、さらに重ねるように瞬間起動したのだろうか。その距離はやけに長く速い。


目前、速度と攻撃の紋章をのみ発現しているロッドに向かって、先ほど『銀鬼』に向かって行ったのと同じような拳爆発を繰り出す。


対象が退いたことに合わせ、ロッドは自らの短刀の紋章に「力」を流し込む。



振るわれる刃は宙を泳ぎ、拳を打ち合わせたバル・ファルケンへと向かう。


バル・ファルケンは己の冒険者としての直感により、首を反らしてそれを躱す。

ただし胴を狙った一撃は、その鎧に大きな傷を入れることになった。



もし意志があったならば舌打ちしたであろう状況を、無音で凌ぐバル・ファルケン。


爆発の指向をメーダに向ける。

刻印法を発動しようとしているメーダの集中を揺さぶる老練の手並みである。


刻印法の集中が崩れ、世界理解にさらなる時間が必要となる。





バル・ファルケンは、接近してくるロッド・エヴァンスとボブを相手取る。


ボブの使う槍。

蛇のような軌道、宙を泳ぐ、蛇影。


二本の短刀は、手の動きさえ視認できない高速度。



それを凌ぎ、時に殴り、蹴りを加え、紋章を瞬間的に起動して、合間合間に恐ろしく速い拳撃を加え二人へと対処する。


それでも槍撃が掠り、二刀の短剣は、無数の傷をその厚い鎧と顔に加える。

だが、バル・ファルケンは大きく揺るがない。

通路の壁を背に、彼は獅子奮迅の拳の闘法を見せる。


なお加速する、ロッドの短剣術、そしてそれを援護するボブの槍。

その軌跡の嵐に向かって、あえてバル・ファルケンは一歩踏み出す。



見切り、振り上げられるバル・ファルケンの腕。


ロッドは、手先に激痛を感じ、一歩飛び退く、己の手甲が大きく砕けているのを見た。


絶句。横手ではボブが体重の乗ったワンインチパンチを食らい、向いの壁に吹き飛ばされているのを見る。




――軌道が見えてるッスか?!


「冗談じゃないっスね、こりゃぁ」


「そうだ、冗談ではない、あれはバル・ファルケン=ノースなのだぞ?」


エーサーベインの声が掛かる。


隣にはニケロット、腹に大穴を空けているのに平然と動いているロレントォ。


起き上がり腰をなでるボブ。



翼人は寡黙に弓を放ち続けているが、それはキメラを盾にされ防がれる。


見ればバル・ファルケンは大きく後ろへと後退していた。


キメラに守られるように怪物の後ろに位置し、最高位冒険者がこちらへと歩いてくる。


目を瞑り、先ほどの激しさが嘘のように。


何かを感じ、何かへと干渉しているかのように。



ロレントォはそれを紋章術かと考えた。

だが、エーサーベインとロッドは何をしようとしているのか、それに正しく気付けた。


目を瞑り、世界を掴もうとするその所作、見れば籠手の一部が開け放たれている。

まるで腕にある『何か』と外界を接蝕させるかのように。


その閉じられている瞳は、強い意識は、まるで世界に向けられているかのように……神聖さをともなった静謐にも受け取れる。




エーサーベインは己の始めて見るバル・ファルケン=ノースの挙動に動じながらも、全く同じような行動を取ったかつての戦闘相手を思い出し。



ロッドは長い裏世界の仕事の経験上、相手をした冒険者の極一部が同じような挙動をしていたのを思い出す。



放たれるのは味方への警戒の言葉。



エーサーベインでさえも知らなかった『爆砕』という二つ名の由来。


その技術は




「バル・ファルケン=ノース。籠手の紋章は囮だっ!あの下にあるのは『刻印』




――バル老は儀式大家だ!」





そしてその言葉を待っていたかのように、バル・ファルケンは、拳を胴の横に構える。


力と『力』を折りたたみ、腕に侍らせる、掴んだ「力」により特定の範囲を支配下に置く。




一秒よりも短い、間。



バル・ファルケンは動き出す。


正拳突きの要領で、拳は放たれる。


軌道は弧を描き、力の蓄えられた拳は途中で開かれる。


最後に、腕を伸ばしきった体勢で、再び開かれた手を拳の形に閉じる。




なにもない空中を殴り掴むように。


その先にあるのは、冒険者の群れ。




意識――世界=「力」――儀式大家:刻印法

    ――行使者:バル・ファルケン=ノース。

    ――理解・定義・領域一時支配――発動:刻印法『空間爆砕』――発現





「退け!」




刻印法:『空間爆砕』




飛び退いた冒険者達は見た。


意識を世界に埋没させていたメーダが、避けることの出来なかったメーダが、


血と脂を身体中から吹き出し、


骨と肉と脳と魂、その全てが、容赦なく、無惨に




 一握の下に、粉砕される様を。







冒険者は皆、言葉を失い、見る影もないメーダだったものの姿を見る。


あるのは骨と皮と血、溢れる臓器のみ。


「ひ、ひぃ」と舌端を震わせるのはボブ。




悲しむ間はない、動揺する数秒も惜しい


これを好機と捉えたのはエーサーベイン。


彼は沈黙の内に、黄金剣を手に取り、バル・ファルケンとキメラたちに向かって構える。




「『銀鬼』と影」



呼ばれた二人は、頷き、壁に張り付けられているイレーネを見て、


息があるのを確認してからそれを降ろす。




それと同時に、エーサーベインが最大出力で光の奔流を敵へとぶつける。



バル・ファルケン=ノースと、歪なキメラたちに迫る光。


神盾を持つエクサリオスは戦闘に参加せず、後方、シレンカの隣にいる。


キメラは再生する。


だが、バル・ファルケン=ノースは再生しない。


単純な判断。




バル・ファルケンは、それを躱すために、蟹の鎮座する王墓へと逃げ込む。




光は放たれ続けている。通路を塞ぐような光の束。



大鬼の持っていた荷物の内、比較的即効性のポーションをイレーネに飲ませ、

ロッドとロレントォは、ニケロットとボブと翼人を交え、打ち合わせをする。



「俺に秘策があるッス」


「ああ俺にもある」


ロッドとロレントォの言葉。


目前にはキメラ、その奥にはニヤニヤ笑う醜い蛙。


「っや、やるってのか?! こんな糞もみてえな面子でっ!」

正気の沙汰じゃないと。ボブ。


「……良いわ、何をすればいいの?」

嘴から快諾の声を放つのは翼人。


「勝機があるのなら、乗るのも吝かではない」

全身から血を流し、キメラ相手に捨て身の奮戦を見せた男は薄く笑う。


「時間を稼げばいい……、ま、キメラとあの蛙くらいは始末しておきたいがな」


そうロレントォは笑う、己の腹部に包帯を巻き、応急措置としながら。


「お久しぶりの冒険者稼業。やっぱヘビィっす」

どこか嬉しそうに笑うロッド。


横にあるメーダの肉片を見て絶望しているボブ。

「あ、あんたら正気じゃねぇよ!」



かつて組合長ハンナ=ウルフはこう考えた。


『命の価値を越えて、危険と名誉に魅力を感じて感じて焦れるべき冒険者』


それを体現している彼らは間違いなく一流の冒険者であった。



「なあに、悲しむのは後で良い、戦うのは今しかできないんだからなっ!」


――再生するなら、凍らせてやればいいのさ。


豚人オークの表情は飢えた猛禽のように歪み。

初見では脂肪と見紛う、膨れあがった腹部の筋肉瘤を血の赤で染めながら、

突進寸前の猪の如き猛剛の決志を立ち上らせて、そう嘯いた。




視界の隅では光が止み、


エーサーベインが、


バル・ファルケン=ノースを追いかけるように蟹の巨体と同じ大きさの穴の中へ、入って往く。















エーサーベインは驚く、意志が消え、

目に光のないバル・ファルケンは、しかし己を誘うように穴の奥へと走っていくことに。



意志は消え、魂も汚されたのかも知れない、心は無く、本能的ななにかが残っているのだろうか?

エーサーベインが抱くのは覚悟。

想うのは過去。

今よりもさらに傲慢で、鼻っぱしが強かった気位の高い貴族の三男坊だった頃。



才能があると自惚れ、父と兄への反発から家を出た齢17。



辿り着いた迷宮都市で己の高い鼻を丁寧に折ったおっさん。



気にくわないおっさんだと思った。



大したことない盗賊崩れだと断じた。



敗北を喫した。怒られた。鍛えられた。



仲間に加えられ、生まれて始めて誰かに頭を撫でられた。



仲間と呼ばれる者が出来た。父みたいな者も出来た。



もし、あのとき、そのおっさんが、己を助けなければ。


己はどこか中途半端な階層の通路で、一人孤独に死んでいただろう。


その男と、いま己は戦おうとしているのだ。


数日前に傲慢と慢心から屈辱を晒した大蟹の住処で、


10数年前に、己の傲慢と慢心を抑える為に己に屈辱を課した男と、


――戦うのだ。







走る大穴はやがて、途切れる。


あるのは城が入るような大きさの古代遺跡。


王墓である。











蟹は、自己嫌悪に陥っていた。


殺める必要のない生命。


野蛮だが可能性に満ちた人の子を、己の怠慢、油断、慢心で殺めることになってしまった。


以来一日中、蟹は王墓の角。

それなりの高さを誇る位置に、蜘蛛のように張り付きながら、ぼうとしていた。

気落ちしていたと言っても良い。


不愉快ではなく、後悔でもない。

生命を奪うべくして奪うことに文句はないが。

己の不用意で奪うべきでない生命を絶つことには、奇妙な残念がある。


そんな蟹が、一日ぶりの来客を察知したのは夜のことだった。

やけに騒がしい音、声、気配。


闘争の気配を感じ、身構えて、真っ暗な王墓の中で、油断せず(今度こそ)

己の掘り進めた大穴を見据える。




そして来客を感じた。


来たのは、やけに洗練された物腰を持つ、見るからに屈強そうな冒険者であった。

暗く、姿が分からない。しかし多分その姿は、壮年程。

何かに追われているのか、あるいは何かを待っているのか。


強者の気配を持ちながら、しかしその壮年の冒険者は妙だった。

生の気配、命の活力が歪んでいるのだ。

彼を構成する「力」が汚染されている。つまり魂が汚い汚水に満ちているような雰囲気。


蟹は警戒する。


しかしその冒険者は、蟹ことデンザロスには用事があったわけではないようだ。





すぐにもう一人の来客が来たのだ。



やけに明るい光を放つランタン。


それは己の旧い古い亡き友の造ったもの似ていて、思わず郷愁の念を蟹は覚えたのだった。


次に気付くのは、彼の握る剣、一つは銀に輝く剣。もう一本は忘れようのない黄金剣。

ここで目を覚ました時に一番始めに出会った強者だ。


蟹に一つの冒険者像を植え付けることになった男。


一番最初の理想像。生命が、神を殺すと誓った生命わけでもないが行ってきた研鑽と前進の歴史。


それを感じさせた、驚嘆すべき俊敏の冒険者だった。




言葉は通じぬ、しかし名を交わしたい相手だ。




蟹は己の甲羅を身震いさせ、鋏を振り回し、誤って王墓の壁にぶつけてしまう。


響く轟音。




しかし二人の冒険者は一切の動揺を見せず、お互いのみを見据えている。



マッフ機巧のランタンを床に降ろし、二本の剣を両手に持ったエーサーベインと


銀の籠手を締め、全身にあり各所を守る銀の防具をランタンの輝きによって艶立たせているバル・ファルケン=ノースの



決闘であった。







デンザロスは見る。


蟹の眼をもってしても、一瞬その姿が捉えきれない程の速度で、


拳の壮年に、近づいた黄金剣の騎士の、


二本の刃が――おそらく瞬間的に何重もの強化を施された高速双剣撃が、


大気さえ後ろに置く程の速度で、壮年の冒険者に振るわれたのを。




デンザロスは見る。


蟹の歴戦の感覚をもってしても、一瞬その姿が捉えきれない程の速度で、


己の身体を黄金剣の騎士の下へと届かせた、拳の壮年の、


二本の腕が――おそらく瞬間的に何重もの強化を施された高速双拳撃が、


音さえも後ろに置く程の速度で、黄金の冒険者に振るわれるのを。





デンザロスは、デンザロス・デンザロス・ペンタレシアは感嘆する。



思わず拍手するように己の鋏と鋏を打ち合わせた。


その体幹、その足運び、手の振り、それらを動かす筋肉の練度、身に染みた闘法の妙。


その極限。人が、人以外とあるいは、人と戦うために考え研ぎ澄ましたであろう武法の極致。




己の脚部関節にヒビを入れた一撃が、何度も惜しげ無く振るわれのを見よ!


己の甲殻を歪めかねないほどの衝撃を持った拳の威力を見よ!


油断無き闘争、真剣な命の掛け合い。


相互に続く応酬。


刃の連打、拳の連打。




デンザロスは恍惚とする。命の可能性を見る思いだ。


――冒険者とは、ああ…… なんと素晴らしい!


そう陶酔するのも無理はないだろう?と蟹は想う。





銀剣だけではなく黄金剣をも使い、時に斬り、時に叩き、時に盾としている黄金騎士。


その高速瞬断を躱し、反らし、時に手を当て押し返しさえするのは拳の男。



王墓の中心で、外延で、内側で、穴の傍で、蟹の近くで、無数の技と力が交換される。


王墓は欠け、地には斬り傷が無数にでき、ひびわれ、破砕され、創傷のごとき穴が著大に作られる。



既に黄金騎士は無傷ではなく、既に壮年の男も無傷ではない。


相互の技術と速度の高さ、それが二人に大技を使わせない。





光の収束は放たれず、空間は爆発しない。

その暇はなく、寸暇を惜しんで見せられる武技は、全て真っ向から相手を絶たんとする絶技に他ならない。

無数の刃軌、拳軌。



蟹は戦いのリズムを取るように、何時しか、鋏と鋏を鳴り合わせていた。


ガチッ! ガチッ!



シャッ、ダンッ!

と音が鳴れば、それは拳の男が地を踏みしめ、練り上げられた渾身一投の一撃であり。


シャンッ、ザザッ!

と音がれば、それは拳を二剣を使い反らしながら、足を擦らせながら相手の威力を抑える黄金の騎士の足音である。








最後に中央から天井近くまで跳躍した黄金騎士が、下方に向かって光の束を放ち。


それに向い、拳の男が「力」を掴んでそれを光へとぶつけ、爆発させながら逸らす。

(己の方角に向かって「力」が逸れて飛んできたのには、デンザロスも辟易したが)





「力」は何時しか尽き、己の器の「力」を使わない、人間と人間の素の力の闘争へと移行していく。




限界を外された拳の男が有利であるだろうに、黄金騎士はそれに対して己の闘法と体力のみで抗い続ける。




十五年前。


一人のおっさんと、一人の若者が、己の技術と肉体のみで勝負した時と同じようなその光景。



今、おっさんは親父へと変貌し、体力と肉体に年齢から来る衰えを付随させていた。

そしてその心は、凍てつき、技に粘りはない。意志はなく、魂は輝かず淀んでいる。


今、若者はおっさんと呼ばれる年齢へと成長し、体力と肉体そしてその技術の全ては、かつてのその時よりも上であった。

そしてその心は、燃え上がり、拳の技に粘り強く耐えている。意志は充満し、魂はかつてない輝きを放っている。






蟹が何時しか、鋏を鳴り合わせるのをやめた。


その眼差しには賛美、尊崇、驚嘆。

一人の画家の、全精力がつぎ込まれた、壮絶の美。

それを思わせる光景。

演劇の名場面よりも、絵画の一場面よりも、壮絶な形。

そんなものが映っていた。






デンザロスに言葉はなく、あるのはただ善いモノを見たという感動の興奮。





見れば、銀の剣をのみ構えた黄金の騎士が、拳の冒険者の双腕を切り落としていた。


そして沈黙のまま、恐れるような眼差しで無腕の男を見る。










エーサーベインは苦悩した。


覚悟の果てである、しかし、命など取りたくなかった。


バル・ファルケンはここにいるのだ。


幾らでも復活の手段などありそうなものではないか。


意志を取り戻す、心があるのではないか?

そんな縋るような願望が、彼の心を埋め尽くしていた。




それに答えるように、バル・ファルケンが口を開いた。


音は出ない、瞳に、光は戻らない。


だが、何かに耐えるように、音の連なりを必死として口から出す。



「っ……や……れよ」


微笑むような形。


苦悩を振り捨てない、エーサーベインの迷いは強くなる。

なぜなら意志が蘇ったその瞬間を目前にしているのだから。


「やれっ…………。げん……か……い、だ……っ」


魂の残りかすを、使っているのだと、そういうような凄絶な音。


エーサーベインは、手の震えを止めない。


悩みは、苦悩は、止まらない。


だが、急かすような、そんな瞳の光をバル・ファルケンの内に見たような気がする。


これは多分今生の別れ、ここで殺めなくとも、殺めても変わらないような。



エーサーベインは、目を強く瞑る。

開く。

覚悟の光彩に彩られた瞳の下、己の銀剣を、静かに、バル・ファルケンの心臓に突き刺していく。

墓標を打ち立てるかのような荘厳。


だが、バル・ファルケンの命は未だ絶たれない。

心の臓が動きを止めた程度では、死ねない身体。悪夢の表現。

震える怒りに、口を歪ませるエーサーベインに、バル・ファルケンは軽く笑う。


「ああぁ、これで……、これでいいんだ……


なあエーサー……後は、ハンナは頼んだ……っ


俺は満足だ、これで、これで充分に、満足だ!」


蝋燭の最後の輝きか、


最後にそう叫んだバル・ファルケンは、音の出なくなった蓄音機を壊すように己の目と口を閉じた。

放たれる言葉はなく、ただ待っているかのような沈黙が辺りを包んだ。


エーサーベインはその言葉を受け取った、バル・ファルケンの最期の言葉を受け取った。

意志を受け取った。想いも受け取った。


覚悟も受け取った。




バル・ファルケンから離れたところに向かって、エーサーベインは歩き出す。



そこにあるのは黄金剣。



握られるのは、対象の塵さえも残さないだろう光を産む、黄金剣。






こうしてバル・ファルケン=ノースはその50年の人生に幕を降ろした。









後に残るのは、王墓に空けられた三つの大穴。


一つは迷宮へとつながるモノ、もう一つはその反対側にある余波により作られたモノ。


最期の一つは王墓の中央、まるで奈落へと墜ちていくような形で空いたモノ。




デンザロスは別れを見た。デンザロスは命の潰える瞬間を見た。


エーサーベインは一本の黄金剣のみを握り、穴へと向かった。





気高い時間に敬礼するように蟹は己の名を呼ぶ。



「デンザロス!」


デンザロス、デンザロスと繰り返される音。



延々と流れるそれ、黄金騎士は歩きを止め、蟹を見上げる。


蟹はその巨体に見合わぬ速度で、黄金騎士の目前へと迫る。




既に「力」尽ているためか、身構えることもせず、それを眺めるだけのエーサーベイン。


蟹は鋏を出来うる限り内側に、出来うる限り己を指し示すように折り曲げ、己の名を繰り返す。




「デンザロス」と



蟹のそれは複雑ではない、遙か古代の言葉をひたすら繰り返すだけだ。


言葉ととれれば、何か意味を探そうと考えられるが、そのままでは何かの音としかわからないもの。



もしかしたら自己満足かも知れないと想いながら、エーサーベインはこの巨体の威容に向かって己の名を告げる。




「エーサーベイン」と



蟹は「エーサーベイン」と音を出し、


それを認識したエーサーベインが、今度は「デンザロス」と言う。



そして蟹は鋏を降ろし。その後、エーサーベインの黄金剣を軽く触る。


鋏の大きさは一つの馬小屋ほどはあるだろう。


爪楊枝のような黄金剣を、しかし恐れず、エーサーベインは堂々と蟹の鋏へと当てる。



それでおしまい。



エーサーベインは踵を返し、チームの下へと歩いて行き。



デンザロスは、元の高い場所へと移動した。



















エーサーベインが大穴から迷宮の通路に戻るとそこには、キメラの氷彫刻が四体あった。


そして、あの黄金騎士が一〇〇本ほどの矢に覆われ、上半身と下半身が絶たれた状態で、


無数の斬り傷に覆われて、所々凍り付きながら倒れていた。




こちらにサムズアップしてくるのは『銀鬼』とロッドなる冒険者。


傍には腰を抜かしたらしいボブが、生き残れたよ、おい。と呟いていて、


その横に形状の変わった弓を持った翼人が羽を羽ばたかせている。


全身から血を流し、ニケロットが膝を突いている、しかしその顔には笑みがある。



「いやあぁ、本体には分離されちまったッすよ」


「おおぉ、後一歩のところだったんだけどなぁ」


そう話す二人によればロード・シレンカのキメラと本人を、


ロレントォの神器、ロッドの儀式大家(ネックレスを使った秘策)翼人の秘密兵器


ニケロットの、死力を尽くした時間稼ぎ、


それとボブ渾身の突撃によってかなりいいところまで追い詰めたらしい。



エクサリオスが、早々に撤退して、戦闘に関わらなかったのも幸運だった。



ロレントォとロッドが言うには、


エクサリオスは、「私の仕事は蟹を倒す、というものでそれ以外にない。


蟹を倒すという命令をなによりも至上だと主が望むならば、それに従えばいいのだ。


つまり私が、お前を助ける理由など存在せん」と


ロード・シレンカに啖呵を切って撤退していったということらしい。




何かを聞きたい、といった様子でこちらを見てくる冒険者たちに、


エーサーベインは深く頷き答えた


「終わったぞ下賤ども」



そうして半死半生のイレーネを担ぎ、メーダの亡骸と大鬼の亡骸を出来うる限り集め、


冒険者達は己の住み家、都市へと帰って行った。




夕刻はとうに終わり、既に夜のことである。



冒険者たちの帰還をなによりも喜んだのはハンナ=ウルフであり、



彼らの仲間であった。



これから忙しくなるだろう。


問題は山積している。


それでも今だけは、今だけは、と思い、冒険者たちは酒を飲むのだ。


死者へと想いを馳せるような、思い出を懐かしむような、


そんな哀悼の酒を。















時は深夜。


場所は王墓。


王墓には蟹と大きな機巧が二足で直立している。


背の丸い、人形、しかし顔はない、直径2mほどの大きな球体。


正面のみがガラス張りのそれに。


ぎこちないような関節を持った、金属の手足が接続されている。


全長は4m程か。





待ち人来たるといった風情で、その機巧人形を見据える蟹。


「まったにゃ?」


「ああ、待ったぞ」


にゃにゃぁ、とその球体の内部から響く声は、猫人兼長耳族のルー。



深夜になって、やけに賑やかな都市を尻目に、


隠し部屋で一日を掛けて組み直した『鎧』に乗って、約束通り巨蟹の下に向かったのだ。




疾駆する有人機巧。


恐ろしい速度で、時に紋章により加速させ、時に催眠の神器により障害物を排除し、


時に麻痺を、時に腕の一振りによる威嚇で、ともあれ、無事に猫は蟹の下に辿り着いたのだった。




「退屈だったにゃ?」


「いや、退屈はしなかったな悪い意味でも良い意味でも……うん」


歯切れわるいにゃ、と呟くのは猫。


いやまあ色々あったのだ、と呟くのは蟹。




館ほどの大きさの巨蟹の隣、高さこそ余り違いがないが、その幅と広さでは大きく負けている『鎧』



「だが、よいものを見たぞ!」


と蟹は続ける。



「あれこそ命の可能性。生きている者が紡ぐ生の証であったな! 昔日を思い出した。

俺にもあのような時代があったことをな、『騎士』のような瞳をした人間だ。」


はあ、と呟き聞くのは猫。


デンザロスは『鎧』の方に、ともすれば円らに見えなくもないその黒い瞳をやり、さらに続ける。


「思った以上だった!

昨日の連中も、今日の連中も、生への貪欲さ、前進への執念に欠けたるところ何一つ無しっ!!

凄い戦いだったぞ! そして感動した! 冒険者はこのようなものばかりなのかと思うと、

うむっ!! なんとも素晴らしきは生命の可能性かっ!」



「あんたちょっと興奮しすぎにゃぁ」



『鎧』左腕の金属腕で、頭兼運転部である球体を掻く。


「これが興奮しないでいられるか……っ」


興奮しすぎたのか、腹部の傷に障ったのか、身を揺らして呻く。


そしてまた猫が、はあ、と呟く。








手順の説明を終えて、猫はいよいよだにゃあ、と言って


「さっさと脱出するにゃっ、こんな暗いところにいるずっと意味もないことだしにゃ」


と続けた。


蟹は頷くように鋏を鳴らして言う。


「そうだな、俺も準備を始めよう」





『鎧』を操作する球体に乗り込んだ猫は己の「力」を、『鎧』中に張り巡らされた紋章に流し込む。


細部まで行き届くように。


この機巧。七割のパーツは神器である。


それらは起動を始め、刻印に従い「熱」「光」を集め始める。



古い古い付き合いの己の『鎧』は絶好調だ。


咎の証でもあり、友の遺品でもある己の道具を、猫はにやにや笑いではなく、


清純な少女のような笑みを浮かべて励起させる。


この『鎧』 パーツの七割は神器である。


各関節や腕、中央の球体を構成する残りの三割は全てマッフ機巧であり、これが主導力となっている。





集中する「力」は膨大、それをコントロールするように、幾つかのギミックが、集められた「力」

全身に蓄えられた力を繋ぎ、暴走を抑える。


全長4mの金属の塊。そこに蓄えられたる「力」の量は黄金剣の何倍か、何十倍か、何百倍か。





隣、蟹は黙想するように大人しい、


全身に入れた五つの刻印の内、唯一戦闘用の刻印ではない一種を使い。



世界を理解し、干渉し、己の意識を没頭させている。


「力」の範囲を、量を、妙なる集中により掴もうと努力する。



集中する猫と蟹。




蟹がふと口を開く、



「なあリューレアー、俺はこの世界で、やりたいことができたよ」




「後で聞かせてくれにゃ」



答える猫、そして答えるように『鎧』が充填を完了する。










「力」の『鎧』は慢心の証。傲慢の証。罪証に他ならない。


少なくとも猫には、リューレアーには、それは罪の象徴である。


驕りという罪。失うという罰。




そしてまたリューレアーは『鎧』を誇りに思っている。


全てを胸に抱いて、それを傍に置くことで、己が二度と間違わぬように、


そして忘れずに生きていけるように。


それを示してくれる宝だとリューレアーは思っている。




だから、猫よ今は昂ぶれ、天を望め、友を助けるために、それを使え。


忘れぬことだ猫よ、『四つ耳』よ。 罪を罰を。


そしてその上で胸を張って、


愛した親友しんゆうを想い、胸を張って、











――その「力」を放て!











閃くのは光。


黎明を越えた。曙光の如き光の束。



それは斜めに放たれた。


あらかじめ理解しておいた方向に向けて放たれる史上最高の暴力の一つ。


『鎧』の産んだ光は。


天井の半分と、鎧が向いていた方向にある壁と段差の半分を一瞬で消失させた。




城ほどの大きさ。


それひとつを覆いかねない極大の照射。




それは土を消し、地層を消し、一秒もかからずに、地上へと到達した。






夜。



既に就寝している農民や、宴に夢中の冒険者、貧民や一般の民衆の大半は見なかった。


そして一部の民は見た、外を歩いていた冒険者や、奇跡的に起きていた民衆は。


見た。


天へと登るような巨大な光の柱が、一瞬、丘の向こうに出現したのを。






酔っ払いの戯言めいたその言葉は、確かに現実に存在したのだ。








「力」を放った猫と『鎧』の前には巨大な穴。


というよりも王墓の半分はすで穴といっても過言ではなかった。


エーサーベインの空けた穴のある面の反対側の面の上半分と天井の半分が無く。


そこには土が見え、長い長い穴が、遙か地上へと繋がっているのが見えるのだ。


冗談のような光景。




蟹はしかし己の意識を沈めきっていた。


『鎧』は、ちょっと威力の調節ミスったにゃ、抑えるの忘れてたにゃこりゃ、と思いながら。

蟹の広い背中に載る。


蟹の準備も完了した。


掴んだ「力」を己の身体に合わせ、当てはめ、一時的に再構成する。





意識――世界=力――儀式大家・刻印法――定義:『蒼』

  ――;行使者『大蟹』デンザロス・デンザロス・ペンタレシア

  ――理解・定義・支配・操作・一時再構成

  ――刻印法:『天馬飛翔』――『量可』『純度可』『支配領域可』『再構成可』起動

  

  

  

 

 

 



儀式大家:刻印法『天馬飛翔』





「力」が集まり、蟹の甲羅に集まっていく。


いや蟹が自ら集め、刻印の通りに、そして己の想像の通りに、外の「力」を捏ね、形取っていく。




生まれるのは羽。


羽の山。


甲羅の両端、そして一定の間隔を空けて、蟹の目の後ろにそれぞれ大きな羽が生まれる。


館サイズの大きな羽が、四つ、天馬の如きそれを用いて、蟹は飛翔を始める。



羽ばたく、浮く、加速する。




王墓の宙を浮き、王墓を名残惜しむように、永きに渡って使った愛着の湧いた寝具に別れを告げるように。


蟹は鋏を鳴らした。






始まるのは加速。



魔惨迷宮48層を飛び立ち、加速して、猫に空けられた大穴を行く。


終わりに見えるは地上。


空。


夜の深い蒼。


羽を生やした巨蟹と、それに載る、『鎧』に載った猫。







「相変わらずシュールなすがたにゃぁ」


「ふん、カッコイイだろう?」


そんなことを囁き合いながら、蟹と猫は夜の空へと飛び立った。






上る、上る。



丘の麓、地面に空いた大穴を尻目に、猫と蟹は、高さ3000m近くまで上昇する。


下に見えるのは山、森、川、緑、遠くには海。


人の暮らすであろう迷宮都市。



眼下にあるのは全てミニチュアの如き大きさ。


遠くには地と空の切れ目、地平線が見える。




「で、次はどうすればいいのだ?」


「これから言う場所にとりあえず降りてゆっくりするにゃ」


「わかった」


一息吐き、天馬のような羽を四つ生やした蟹は


己の背に『鎧』ごと乗る猫に問いかける



「で……、あの穴はどうするんだ?」


「その内崩れるにゃ」


こともないというような口調。


沈黙。


風が鳴る。音が鳴る。


強風にも揺るがない『鎧』と蟹であった



「……それだけか」


「いんにゃ、一応立て札と柵を張っておくように、部下に言っておいたにゃ、結構あぶないからにゃ」


「埋めたりは……」


「誰かがどうにかするにゃ」



にゃにゃにゃぁ、と笑い声がする。


それを背に聞きながら、溜息を吐き、そして改めて1000年ぶりに出た外へと視界を向ける。




「やはり広いな、世界というものは。


命の匂いと輝きに溢れている」




世界には多くの植物と動物。


精霊と亜人と人間。


冒険者の息吹が感じられる。


それは土臭い王墓とは比較にならないものであった。


蟹は空を飛び想う。





――さて、これからどうしようか。












魔軍三六将


『四つ耳』リューレアー


出身不明。


魔王領首都アマリックの大下水主。研究者。


その姿は猫人の耳を持ち、さらには耳長人の長耳を備え、

体長は猫人の如き、つまりは幼い長耳人のようであり、

体毛は猫人のように濃い。そして頭髪だけ金色で、体毛は茶色であったと伝わる。

つまるところ混血児であり、どちらの種族にも排斥されて世に生を送ったと考えられる。


強かで冷酷凶暴、愛らしいその姿に見合わない狡猾さをもって、

アマリックの暗部とも言われる下水街を支配した。

機巧と魔具技術に長け、後に『小鬼』や『鍛冶』とともに三工人と呼ばれることとなる。


この世界の秩序を作った旧神への憤りと、今まで生きてきて一度も持ったことのなかった。

温かな仲間、友人関係に惹かれて『有角姫』に協力。

彼女の生まれて始めての友人が、彼女の造った魔具に目を留め近づいて来た『小鬼』ヴァウマッフであった。

その後ほぼ全ての魔将や烈士とも親交を交わした。


一説によると魔導と魔法それぞれの技術を組み合わせた『神器』理論の生みの親とされる。

その技術理論が後世に与えた影響は大きい。


天上戦争においては独自の魔具群と、『小鬼』から借りた兵器を使い戦った。

天山攻略では、『大蟹』や『小鬼』『侍女』とともに北東から侵入。

自らの失敗で『小鬼』の命を失わせることとなる。『小鬼』を失った彼女の慟哭は天山中に割れ響き、彼女は深い悲しみに陥った。

それを乗り越え、小鬼の遺品に自らの培った技術の粋を加え構築した決戦兵器こそが、

儀式併合型・神式マッフ機巧『鎧』に他ならない。

史上最高にして最強の魔具の一つである、その『鎧』によって、

リューレアーは、『雷神』エンベルグ 『歌神』マーレ 『魔導神』ヴァオルグ・ベイの高位三神を消滅に追い込んだ。


新暦においては、『魔工準神』として研究者や鍛冶、恩恵に預かっている高位冒険者に信仰される。

『小鬼』とともに魔将であっても広く信仰されている数少ない内の一人。

本人は、世界中を旅していると噂される。

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