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この世界について

『第一に』


 魔惨迷宮には一つの伝説が存在する。



「彼方に潜みし悠遠の、時を過ごせし強大な

    信念の獣が、心の強き者を待つ」



 いつからかそう伝わっている。


 この伝説の真偽を求め、幾人もの冒険者が迷宮の深部へと潜っていった。

 しかし未だ誰もこの伝説の真偽を、いやそもそもこの伝説が何を指し示しているのか、その答えに辿り着いた者はいない。


 曰く、最高位モンスターが始原の宝物を守護している。


 曰く、絶滅寸前の竜族が、最後の相手を待っている。


 曰く、かつての魔族の軍団長が、人間への復讐の牙を研いでいる。


 曰く、伝説の存在(それがどんな伝説かは誰も知らないが)が勇者を待っている。


 数多の時が過ぎ。しかしこの伝説は、所詮伝説でしかないと見なされるようになった。

 なにもないし、なにも見つからない、糸口さえも見えず、過ぎた時は400年。


 さて時は、新暦1608年。太平とは言えぬが、ほどほどに生命の栄えている時代。

 新しき神話が、既に当然の神話として伝えられ、信仰されている時代。

 精霊種が亜人種がそして人が。力を合わせ、時に敵対し、しかしなお発展する時代


 これはそんな時代が舞台である。





『或る神話に残る神への賛頌』



 この世に神はある。


 世界に満ちる【大いなる力】こそ、その現れである。


 そは偉大なる者。そは至高の存在。絶対傍観者。全ての始まりたる内奥の頂。

 無そのものであり、しかし有であるもの。

 一にして多。多にして一。


 絶対矛盾。しかし確かに存在する万物の愛。


 玄妙なる原初の力そのものであり。


 意志を持ちながら意志をもたない、絶対なる高み。


 即ち、そのものの充満からこぼれ落ちた【力】こそがこの世界を形作り、生命を形作った。


 無限にして有限なるもの。


 信じぬことは自由であるが、しかし確かに存在する、極限の流動。


 やがて万物が、やがて法則が、やがて生命が、生まれ出でる。



 神は看るだけである、人を救うことはない。

 神はただ在るのみ。


 しかしそこから零れたものが偶然、形を作った。


 そして、神と仮称できるその源よりも遙か低位で、より手前に位置する一つの空間。


 そこに世界は形作られゆく。


 かの者は遙か高み。


 人を認識することなどできはしない程の高み。


 人間が肉眼において細菌を認識できないのと同じように、彼はそこにあるだけだ。

 ただ愕然と、そしてなお高らかにある、彼の名こそ絶対神。

 

 彼からこぼれ落ち続け【力】は今も世界を取り囲み、人間を助けてはくれるけども、しかし人間にとって彼はあまりにも遠すぎる。


 生命の機会を与えてくれたことに感謝はするが。

 人々が彼に捧げる願いは、遙か昔日の先祖への祈りと同程度の軽さにすぎぬのも無理はない。


 そう、この世界において、神とは絶対神のことではないのだ。



 ならば神とは直接的に人間に関与できるような、より身近な、より親しい存在のことを指ししめすのも、無理は無かろう。




 多神たち。

 人の住む界よりも一つ上の界に位置する。形と限界を持つ存在。


 絶対神の力を概念的に象徴する、力持つ存在。


 幾たび劣化を経てども、なお矮小な人類よりも、第七天に住まう生命よりも圧倒的な、強大な存在。


 彼らは傲慢である。

 

 一つ下の界に住む生命を操り、動かし、遊び、堕落させ。

 時に、惑わし、殺し合いさせる。

 それらは彼らにとり、日常茶飯事でさえある。

 

 その邪悪に、人は神に反抗しようと企むが、

 しかしそれさえも稚児の遊びとして、弄ぶことのできる、強大な邪悪。




 彼らこそ大いなる百の神。


 しかし彼らは、旧神としてこの世を去る。


 いかに強大とは言え有限の存在。


 一つ下の階列に位置する人間では到底叶わないとは言え、

 しかし滅びることも十分にあり得た。


 遙かな絶対神に遠く及ばず、不老であれど不死ではない、旧い神々は、そうして駆逐されることとなる。


 旧暦6753年 一人の者が立った。


 時の勇者を母に、時の魔王を父に、生まれたかの者こそ新しき皇帝『有角姫』なり。


 人間界を統一したその少女は、自らに従う九人の、人や精霊人(彼らこそかの九烈士である)と共に傲慢にして強大な旧き神々へと闘争を挑む。



 人の魂とは【力】により構成される。


 【力】とは絶対神の欠片の欠片。


 意志を持つ生命が、覚悟と修養を極め、ただ一心に願い、考え、戦い、想うことにより、人はより高い位階へとその意識を、その肉体を置くことが出来る。


 なぜなら【魂】は人の持つ【力】であり、上方の世界への入り口であるのだから。

 『有角姫』とその仲間が、人の界よりも上界に住まう神と伍することが出来たのも、この道理による。


 彼らの戦いはしかし捗らない。

 同じ帝国の部下・仲間・民衆が、旧来より人に秩序を与え、人を見守ってくださった神々と戦うことなど出来ない、と訴え反抗したのだ。


 『有角姫』は憤り、そして『有角姫』は人とともに戦うことを諦めた。


 そして彼女たちは人間と争う存在――魔王の元へ向かうこととなる。

 亜人に魔獣、魔族に怪物。しかし彼らは『有角姫』と手を組む。


 それは彼女に惚れ込み、また神への尽きぬ憤激と怨嗟の念を持っていたものたちが少なからずいたためだ。

 彼女はこうして、広大な魔王の領地を周回し、さらに海を根拠に世界を周り、優秀な仲間たちを集めた。


 そうして加わった者たちこそが、最終的に彼女とともに戦った魔獣や魔人、亜人に精霊人たちこそが、かの名高き『魔軍三六将】に他ならない。


 地上に墜ちた神、堕天使、意志持つ精霊から鬼王に魔王、竜さえいるような、この『魔軍三六将』と『九烈士』を従え、ついに『有角姫』は神の住む世界へと侵攻する。


 人を道具と見なす神との戦い。命と意識を持つ者同士の死闘は凄惨を極めた。



 後に天上戦争と呼ばれるこの戦い。

 竜が地に墜ち、小鬼が自らの兵器とともに爆散し、騎士の片腕が落ち、蜥蜴人の尾が断たれ、竜人の喉は潰された。


 しかし意志と総合力、何よりも結束に勝った『有角姫』たちは、やがて三日三晩続いた、まさに熾烈を極めるというにふさわしい最終決戦に見事、勝利を納める。


 そして天上に侍った多神は一柱も残らずに殲滅される。


 幼神や老神の区別なく、肉片の一欠片も残さず消し飛ばされる。

 

 だがそこに誤算があった。

 それを構成していた【力】と肉片が地上へと落ちていったのだ。


 これが後に魔物を生み出し、混沌の迷宮(ダンジョン)を各地に生み出すこととなるのだが、それはここではおいておこう。


 『有角姫』たちは地上に帰る。天上は彼らの居場所ではない故に。


 彼らは地上の全生命に神の死を伝え、自分たちは世界の奥深くに潜り眠りに着くことにしたのだ。


 あるいは一部の者は、気儘に地上を彷徨することにした。


 突然の秩序の崩壊、新神の御隠れに、人々は嘆き、憎み、憤った。

 だが時が、人々を、諦めさせ、開き直りさせ、生きさせること誘った。


 人がその傷を完全に癒した頃に、かつて『有角姫』を初代とした帝国は、正式に新たな神を置くこととした。


 反逆の神、闘争の神『有角姫』ネーベンハウス神の誕生である。


 彼女を至高として、『九烈士』を新神とし、『魔軍三六将』は神達の僕とされた。


 ここに新暦が始まった。


 以降帝国は1000年の長きにわたり存続し、人々は旧き神を忘れ、新たな神を崇め祈り奉ることを常識として生きた。


 期せずして新たな神々となったことに彼らは苦笑しながらも、


 世界のどこかで、今も続くこの世界の営みを見ていることであろう。






『冒険者』


 あるときその迷宮は現れた。


 深く、危険で、異種の生物や怪物、即ち後に魔物と呼称されることになるものたちの巣――異界の迷宮ダンジョンの出現である。


 莫大な力を持った旧神の肉体やその欠片は地に墜ちた後、それに適応し、根付き、新たな生命を作り上げ、墜ちた地を怪物の住まう迷宮としたのだ。


 地上に墜ちた旧神、旧神に仕えていた天使や堕天使は、人間の住まうこの世界へと深い憎悪を抱いている。

 いつの日か天上に帰り、この世界を崩壊に導くという強い望みを抱いている彼らは、無限に続く憎しみをその手に、力を蓄え、武器を作り、魔物を鍛え、時に魔族や人間さえも取り込んで各地の迷宮を要塞と化した。


 新暦1022年に迷宮近くに存在したある都市が攻め滅ぼされた。


 命ある者は家畜へと落とされた。あらゆる生命の尊厳への冒涜が遊技として為された。

 100万の肉人形は、やがて100万の肉塊へと変貌した。

 

 これが歴史に伝えられる『帝都崩壊の一夜』である。



 32代皇帝以下高官軍部問わず全てが灰燼に帰したこの事件に世界は震撼した。


 それを為したダンジョンへの恐怖。


 そしてその他のダンジョンその存在への危機感が高まるのは時間の問題であった。



 帝国は崩壊し、諸侯が独自に国を立ち上げた。


 都市は独立し、種族は連帯した。


 国家も連携し、そのときの魔王領さえもそれに手を貸した。


 亜人が魔獣が、騎士が神官が、耳長族が小人が、連帯し、協力した。



 世界は探索され、脅威は分析される。


 これら異界の迷宮は27個存在することが判明した。



 迷宮は管理されなければならない。


 世界はこれを一級の脅威と認定し、取り囲み監視することにした。


 時に迎撃する迷宮と戦い、時に攻略を始め、時に失敗した。



 そして27個の迷宮都市が完成した。


 迷宮を監視し、情報を分析し、攻略し防備する、危険な都市である。



 その都市において冒険者は誕生した。


 軍による攻略には限界があったのだ。


 練度の問題。能力の問題。規模の問題である。


 迷宮は強靱だ。強力だ。


 生半可な兵士や儀式行使者では容易く一蹴され、骨の髄までしゃぶられることとなる魔窟だ。


 数で押そうにも、迷宮は狭く、入り組んでいて、なによりも奸智極まる罠や敵の策戦が無数に存在した。

 このことから国による攻略は危険であり、また向いてもいないということが判明した。


 少数精鋭の連帯。

 思えば神々と戦った新神たちも、最初は一個の生命であった。


 その矮小な存在たちの連携が、古き神を殺したことを思えば、今この世界を生きる者たちが、生命の可能性を信じ、自らの実力に自信をもった存在を訓練し、研磨し、それを鋭利な刃として迷宮の探索を行わせることとするのも自然な流れであった。


 迷宮から湧き出づる敵への備えとして軍が駐屯し、人が集まり、商いが行われる。


 迷宮に潜む魔物の肉体を素材とした道具屋や鍛冶屋が集まり、武器屋が出現し、自らの戦いの技量に自信のあるものが迷宮の攻略に出発する。



 それは始まりであった。


 地図を作り、仕掛けを解き、時に宝物庫から神秘の武具を発見し、情報を交換する。

 

 敵を倒して部位を売り、時に殺され、捕まり、敵の養分となる。


 そういった今現在の世紀に見られる、当然の日常の。




 そこには危険がある。栄誉がある。富がある。

 

 旧神の膨大な力は、危険を再生産し続けている。


 迷宮は伸張し、管理する者が策謀を働かせる。


 そこには危険がある。名誉がある。富がある。

 

 光に集う蛾のように、荒くれ者や腕自慢、日陰者や命知らずが我先にと迷宮へと集まるようになる。


 そして定住する者も現れ、住居が建ち並び、生活基盤インフラは整備される。


 冒険者は職業として正式に認知され、組合が出来、酒場が溢れ、人々はまた集まる。


 

 ――そう、ここは危険と栄誉が背中合わせに存在する迷宮都市。


 無謀にも迷宮へと日々侵入する者たちを、人は冒険者と呼んだ。








ディオニソス一代帝顧問官ハーバー・ベッケルの墓銘碑にはこうある。


『神話は語られる、永劫に。ともすれば生命の絶えて久しからん世界の果てにおいてさえも』

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