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黒い水滴

作者: 不死鳥

 玄関を上がりリビングへと続く、廊下の間に寝室と浴室があるだけの狭いとあるマンションの一室。

 その一室のリビングで、赤い服を着て青いジーパンを履き、茶色い髪をした若い男がソファーの上に座っていた。

 男は職場に近く家賃も安かったためこの一室へと住むことを決め、その日の夜、少ない手荷物を実家から運び終え、ゆっくりとくつろいでいた。

 男はつまみをテーブルへと置き、左手でビールを持ちテレビを見ながら楽しげに笑う。


 ――――ブチッ。


 突然男のいたテレビとリビングの電気がプツリと消える。

 部屋は急激に静けさを増し、無音の状態となる。


「んだよ、停電かよー!」


 男がビールを片手に持ち不満げにつぶやく。

 だが真っ暗で何も見えないのでそのまま座り電気がつくのを待つ事にする。

 しばらくたっても、中々電気はつかず不気味な静寂が続いていた。


 ――――ポタッ――――ポタッ。


 静寂の中、水滴がたれるような音がリビングへと突如響き渡る。


「何だ?」


 男がその音に疑問を感じ首を傾げる。

 だがやはり真っ暗闇の中では確認することもできないので、そのまま座り電気がつくのを待つ事にする。


 ――ブゥー。


 ようやく電気がつき、部屋に明かりが点りテレビの音で部屋はまたにぎやかとなる。

 男は先ほどの水滴の音が気になり、ビールを片手にソファーから立ち上がり、ソファーの裏側を特に恐れる様子もなく覗きこむ。

 

「何だこりゃ?」


 男の視線の先には黒い墨汁のようなものが、ソファー裏のリビングの地面へと二滴落ちていた。

 男は一度ビールをテーブルの上に置き、置いてあるティッシュの箱からティッシュを抜きとりソファーの裏側へと回る。

 男がかがみふき取ってみるが何の液体かわからず、ティツシュを持ち上げ臭いをかいで見るもただの無臭であった。


「ちっ、気味悪いな」


 男が不機嫌な顔をして吐き捨てるようにそうつぶやく。

 ティッシュをソファーの隣にあるゴミ箱へと投げ捨て、男はビールを片手にまたテレビへと目をやる。

 不気味さを感じていた男であったが、酒の勢いもありテレビへと意識を集中し先ほどの事などもはや記憶の外であった。


 一時間近くたった頃、テレビが終わり、時計の針は夜9時をさしていた。

 男は空になったビールをテーブルへと置き、シャワーを浴びる事にし浴室へと向かう。

 衣服を脱ぎ、シャワーの栓を回しお湯を浴び立ち上り、酔いが冷め少しばかり男の思考が回復する。

 そして椅子へと座り、頭へとシャンプーをつけ、流れ出るシャワーのお湯の中へと頭を入れ男は髪を洗い始める。

 男は機嫌よさげに鼻歌を交えながらゆっくりと髪を洗う。


 ――――ポタッ。


 シャワーを浴びている男の首筋へと、何か生暖かい液体が天井から落ちる。

 男はそれに気づきシャワーの栓を止め、右手を後ろへと回し首筋へと手のひらをやる。


「――っ! 何だよこれ……」


 男が歯を噛み締め、自分の手のひらを見て驚愕する。

 先ほどリビングに落ちていたのと思われる、黒い液体がべったりと手についていた。

 男はシャワーのお湯を出し、慌てて手を必死にこすり洗い流し浴槽から逃げるように飛び出す。

 

 男はさすがにこの部屋の異変を感じ、寝室へと逃げるように駆け込む。

 ベッドの上で扉へと背を向け、毛布をかぶり体育座りをして恐怖のあまり男は震えだす。

 寝室の扉に鍵などなく簡単に開けられ、そのことがより一層男の恐怖をかき立てた。

 何が起きるかわからないこの状況で男は寝ることが出来ず、男はひたすら朝が来るのを待ち続けた。







 翌朝、一睡もできなかった男が疲労しきった表情を浮かべ、毛布を手放し扉の方へとおそるおそる振り返る。


「ひぃぃ!――」


 男が情けない悲鳴を上げベッドの後ろへとしりもちをつく。

 男の視線の先にあったのは黒い液体がべったりとついた寝室の扉とその下の地面であった。

 夜中に寝室の扉が開いた音など一度もしなかっただけに男はなおさらパニックと化す。

 しばらく腰が抜け動けなくなるも、仕事へと行かないわけにも行かず男はゆっくりと立ち上がり、カバンを持ち逃げるように玄関の外へと走り出す。



 その日の夜、男はすぐさま新しい部屋へと引っ越そうと思ったが、すぐに部屋が見つかるわけもなく、男は嫌々マンションへと帰宅する。

 恐る恐る玄関を開け、玄関へと上がりリビングの電気のスイッチを押す。

 電気が着き、リビングが明るくなっていく。

 特に部屋に異常がないのを感じ、男はカバンをその場に落とし安堵の息をつく。

 それでも昨日の恐怖が拭いきれず、男はシャワーも浴びずさっさと寝室へとこもり布団をかぶり寝に入る。


 次の日、疲労もあってかいつのまにか眠りについて男が布団を跳ね除け起き上がる。


「――っ!」


 男がベットから立ち上がり、寝室の扉のほうへと振り返り唇をかみ締める。

 視線の先にはまたしても黒い水滴が二滴ほど落ちていた。

 何より昨日は扉に付着していた水滴がそれより前に落ちており、男のベッドの方へと近づいているように思えた。


「くっ!――」


 男は恐怖よりも先にその水滴に対し苛立ちを覚え、寝室の扉を力任せに閉め仕事へと出かける事にする。



 その次の日の朝、男が目を覚ましベッドから立ち上がると、また水滴が落ちてあり今度は男の足元のベッドのすぐ前下にあった。

 少しずつ近寄ってくる水滴に、男は口を半開きにし恐怖と焦りの表情を浮かべ呆然と立ち尽くす。

 このままここで寝ていては何がおこるかわからないと思った男は、カプセルホテルや友達の家を点々とする事にする。




 それから一週間後、新しい入居先が決まり、嬉々とした表情を浮かべながら歩き、夜遅く久々に玄関の扉を開け中へと入る。


「なっ!――」


 男は部屋へと入るや否やカバンを落とし、のけぞるように玄関の扉へと背をつけ口を開け硬直する。

 玄関のいたるところに黒い水滴がついており、その液体は廊下にもびっしりと付着していた。

 男はすでに夜遅く、今さら他の場所にも止まれないので、恐る恐る玄関へとあがりゆっくりとリビングの扉を開ける。


「ひぃぃ!――」


 男はリビングの中の様子を見てまた驚愕の表情を浮かべ、後ろへと尻餅をつく。

 部屋の中の壁からテレビからテーブルなどいたるところに黒い水滴が満遍なく付着していた。

 その水滴はまるで部屋にいなかった男を必死に探し回っているようだった。


 男は慌てて大音量でテレビをつけ、寝室へと勢い良く入り布団を引きずりリビングへと戻る。

 そして部屋の隅で布団をかぶり震え始め、ひたすら朝が来るのを待つことにする。

 入った寝室も男がかぶっている布団も真っ黒であったが、男にはそれを気にする余裕がないほどパニック状態であった。





 時計の針が深夜を12時を回った頃だろうか、いまだ男は布団をかぶり震えており、リビングには大音量でテレビの音が流れていた。


 ――――ブチッ。


 突然停電となり大音量だったテレビの音が消え、真っ暗となる。

 テレビが消え不気味なほど静寂になったのが、より一層男の心の恐怖をかき立て、何も考えられなくなるほどパニック状態となる。


 

 ――――ポタッ。



 男の目の前の壁へと黒い水滴が落ちゆっくりと垂れ始める。


 ポタッポタッポタッポタッ――。


 水滴は一滴、また一滴と男の髪の毛や布団やらへと天井から降り注ぎ始める。

 男は見てはいけないと思いつつも、気になってしまい恐る恐る天井を見上げる。


「ひぃぃぃぃ!――」


 男は天井を除き驚愕して、布団を手放し後ろへと飛び跳ね尻餅をつく。

 天井には全身真っ黒い丸みのある縦長い謎の生き物が天井へとぶら下がり揺れていた。

 男は腰が抜け動けず、床へと手をつきながら震える手で後ろへとのけぞる。

 天井にいた黒い生き物がべちゃりっと音をたて地面へと落ち、辺りに黒い液体が飛び跳ね男の顔へも付着する。


「アァァァァァァァァァ――――」


 その生き物が枯れたようなおぞましいうなり声を上げる。

 黒く丸いその体の両側から真っ黒な細長い手が現れ、その正面には赤い一つ目が不気味についていた。

 その細長い手でゆっくりと地面を這いつくばり、歩くたびに床にべちゃり、べちゃりっと嫌な音が響き渡り男へと近づいていく。


「ひぃぃぃぃぃぃ!!――」


 腰の抜けた男には逃げることもできず悲鳴をあげることしか出来なかった。

 目の前に迫っていた不気味な物体の手が、とうとう男の足へとべちゃりと生暖かく触れる。

 不気味な物体の手が男を引き寄せ、黒い物体が男へとのしかかるように上乗りとなる。


「うわぁぁぁぁぁ!!」


 部屋には男の悲鳴が響き渡り、電気が点りまた大音量のテレビの音が鳴り始める――――。




 

 一週間後、テレビではその男の行方不明の報道が流れていた。

 部屋にあった黒い水滴と男の荷物は片付けられその部屋は新たな住居者を招き入れる――――。

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