第十一話 先輩と後輩
ディレファナ中の暖炉のそばにある、い草で編まれた四角形とそこから伸びる四本の枝という不思議な形の飾りが新しくなるころ。
私が滞在している宿に、ヤドリギの仮面のドルイドがやってきた。
「元気そうだな、シーラ」
ヤドリギの仮面のドルイドは、男性とも女性ともつかないしゃがれ声で、暖炉の前にいた私の真横に座り込んだ。
「あなたは、前にお会いした」
その仮面に見覚えがある。私にこの冬はディレファナの街に滞在するよう勧めてくれたドルイドだ。
「カランだ。様子を見に来たが、だいぶ顔色もいいな」
「ええ、おかげさまで休めました」
「ならいい。さて、長老たちが北の荒野からこっち、南の森にやってくることになった」
そう言いつつ、カランと名乗ったドルイドは、暖炉の火に両掌を当てていた。
私が北の荒野へ行くはずだったのに、わざわざドルイドの長老たちが南側へとやってくる、となると、別件で何かがあったに違いない。
「それは、何か重大なことがある、のですか?」
カランはあっさりと私の疑問を解く。
「おっ、察しがいいな。まず、お前とネーヴ婆さんが調査した災いの件だが、終息が確認された」
「よかった」
「だが、無事だった王国の領主や商人どもは誰一人として戻ってこない。まだ災いが残っているかもしれない、と疑心暗鬼になって、一人の公爵へ北西部のすべての領地を押しつけたそうだ。グレブ公爵、いや、まだ公子か。春に爵位を継ぐと聞いたよ」
どうやら、カランは各地のドルイドたちへの連絡役を請け負っているらしく、王国側の状況も知る貴重な情報通でもあった。
しかし、私はグレブ公爵、という——かつて聞いたことのあるその名を耳にして、唐突に心臓を掴まれたような感覚に陥っていた。
(ミロスラフ様が……あれだけ関わってしまったから、押しつけられた? そんな、あの方には何の責任もないのに! ……私を探しに来てしまったから?)
私の様子の変化に気付かず、カランは話を続けている。
「ここいらの土地はすっかり王国人がいなくなり、街や港は荒れ果てた。残っているのは先祖代々ここに住む以外にない人々と、彼らのために祭りを担うドルイド、それから詩人なんかだ。誰も、今更王国と事を構えたくなんてないが」
ようやく平静を取り戻した私は、慎重にミロスラフ様、と口にしようとした。けれど、すんでのところで、敬称を使った。
「でも……グレブ公子は、この土地に来て何をするのでしょうか? ただ統治するだけですか? 前の領主たちと同じく?」
「さて、そこまではまだ何とも言えない。長老たちはそのあたりのことを話すために、南へやってくるんだ」
「そう、でしたか」
「そのついでと言ってはなんだが、長老たちはお前から直接報告を聞きたいと仰せだ。ネーヴ婆さんの最期を看取ったお前から、話を聞きたいんだろう」
そこまで聞いて、やっと腑に落ちた。
長老たちがわざわざ北の荒野からやってくるのは、王国北西部一帯の次の統治者になるミロスラフ様と会談するためなのだ。
今までであれば実現などしなかっただろうが、私がドルイドとしてミロスラフ様に接触し、災いや呪いを見聞きさせたから、この土地における『ドルイドの価値』を見出したのだろう。それはきっと、『民を統治する道具や手段としての価値』、なのだろうが——。
私は雑念を振り払い、ひとまずドルイドの長老たちと会い、師匠ネーヴの話をしてその使命を完遂させられることを喜んでおこうと思った。
「分かりました。もちろん、お話しさせていただきます」
「よし。なら、明日出立しよう。二、三日歩けば、南下してくる長老たちと合流できるはずだ」
カランは自分の膝を一つ叩いて納得し、勝手に決めてしまった。
仕方なく、私は温かいお茶を二つ持ってきてくれた宿の女将へ、宿を引き払うことを伝える。
「女将さん、明日、発つことになりました」
「ええっ、急だねぇ」
「申し訳ありません。また機会があればディレファナへ来ることもあるでしょうから」
「いやいや、新年の祝祭もお守りも、こっちはとても助かったんだよ。老人たちはみんな、自分が生きている間に新年の祝祭を再びできてよかった、孫に見せられてよかった、って喜んでてね。本当にありがとうね」
その言葉に、私は胸がじんと熱くなる。
誰かのために何かを成し遂げて、お礼を言われるということが、今までの私の人生の中にあっただろうか。
そう考えるとやはり思い浮かぶのは、ミロスラフ様の顔だ。あの夏の離宮のひとときは、まだ忘れられそうになかった。
翌日未明、まだ日も昇らぬうちに、私はディレファナの街を発った。ひたすらにカランの後ろをくっついていく。
すると、カランは松明片手に荒れ地の道なき道を歩きながら、問いかけてきた。
「シーラ、お前は本当にドルイドになりたいのか?」
しゃがれ声は、冷たい強風の中、はっきりと聞こえる。
「いけませんか?」
「いいや。だが、ドルイドはもう滅びゆく存在だ」
「そんなこと」
カランは私の言葉を遮り、語る。
「人々に求められなくなった司祭は、己の信仰のために静かに人の世から消えていくべきだ。少なくともこの土地では緩やかに、ドルイドの命運は尽きていっている」
「しかし、神や精霊は存在しているのでしょう。人々はそれを信じ、祭りを行い、祈ります」
「だが、神や精霊は人を必要としていない」
確かな根拠を抱いて、カランは断言した。
ドルイドも人間も、決して神や精霊の従属物ではない。つまり、彼らからの接触は、あくまで気まぐれであり、私たちからは及びもつかない思考の果てのささやかなものでしかない。
ドルイドを含め人間たちはそのやりとりを勝手に神聖化して、役目だと思い込んでいるにすぎないのだ。
私たちがいなくなっても、神や精霊は変わらずそこにある。師匠ネーヴもそう言っていたし、きっとそのとおりなのだろう。
「ドルイドはその間に立つ役割を担ってきた。必要でなくなったとしてもそれはそれでいいんだ。この世とあの世が繋がらなくなっても人間は代わりの信仰を見つけ、いずれ皆無事に命を全うする。そこにドルイドが介在しなくなるだけで、もはやその流れは止められないだろう」
カランの主張は、嘘ではない。きっとそうなる可能性は高い。
だとしても、私は素直に頷かない。
「だったら、私がその流れを断ち切ります」
私は神や精霊を崇めているわけではないし、ドルイドを神聖不可侵なものと思って特別視しているわけでもない。
私がドルイドを残したいのは——師匠ネーヴというドルイドに救われたことを、あの悲劇の後に喜ばしく尊い奇跡があったことを、誰かに伝えたいのだ。
もしドルイドがいなくなったら、師匠が私を助けたようなことが起きなくなってしまうかもしれない。だから残す、彼女を語るときに必要な言葉を、ドルイドでなくとも心優しく人を助ける誰かが生まれることを確信するまで。
そのすべてを語ることはできないし、師匠ネーヴを知るカランにさえ十分に伝えられないことは分かりきっている。
だからか、カランは笑い出した。
「ぷっ」
「なっ、何ですか! 私は真面目に言っているのに」
「ああいや、ネーヴ婆さんからの使い鴉に聞いたとおりだ。シーラは向こうっ気の強い跳ねっ返り娘だ、ってさ」
私は足元の小石につまづきそうになった。
カランは前を向いたまま一瞬立ち止まり、私がついてきていることを足音で確認してから歩き出す。
やがて、乾いた風が草地を抜ける音が耳に入り、太陽がわずかに顔を出したころ、カランは一つ咳払いしてからこう言った。
「シーラ、お前はドルイドがいたことを後世に残すという重大な役割を担える、唯一のドルイドだ。分かるか?」
「……私が、元王国貴族の娘だから、ですか?」
「それだけじゃない」
「他に何があるのですか?」
「年若いお前には、隠遁する生活は早すぎる。それに、俺たちドルイドは誰もお前の未来を縛りたいだなんて、これっぽっちも思ってないんだ」
あまりにも軽い調子で、カランはぽんと私の頭を撫でるかように、先を歩む者として労わってくる。
そのせいで、私は心が少しだけ揺らぐ。
元々、私がドルイドになりたかったのは、他に身の振り方を知らないからだ。そして、あわよくばミロスラフ様と二度と会わない場所まで遠ざかりたかった。
ただそれだけで、ドルイドになってもいいのだろうか、ドルイドの重みをもっと知っておかなければならないのではないだろうか。ずっとそう悩んできた。
カランは私のその悩みをきっと見抜いている。
「長老に会うまで、しっかり身の振り方を悩むといい。俺はただの水先案内人だから」
それきり、日が完全に昇って森に入るまで、私とカランは黙ったまま歩きつづけた。
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