第一話 死体袋の中で
暗い。
何も見えない。
息苦しい。
体が重い。
少女はゆっくりと目を開いた。
しかし視界は変わらない。
周囲は真っ暗だった。
体が何かに包まれている。
動こうとすると
布のような感触が腕に触れる。
少女はしばらく状況を理解できずにいた。
頭がぼんやりしている。
自分が何者なのかもわからない。
ただ一つだけ、はっきりしていることがあった。
――息苦しい。
少女は必死に腕を動かした。
布を押す。
少しだけ光が差し込む。
少女はさらに力を込めた。
ビリッ
布が裂けた。
光が一気に流れ込む。
少女は袋から体を起こした。
⸻
森だった。
湿った土の匂い。
木々のざわめき。
鳥の声。
少女はしばらく呆然と座り込んでいた。
視線を落とす。
自分が出てきたのは
粗末な袋。
そして
周囲にも同じ袋が
いくつも転がっていた。
いくつかの袋からは
血が滲んでいる。
少女はそれを見て
小さく呟いた。
「……死体置き場か」
自分の声に
少し違和感を覚える。
声が高い。
少女は自分の手を見る。
細い腕。
小さな指。
どう見ても
子供の体だった。
少女はゆっくり立ち上がる。
足元は少しふらついた。
近くに水たまりがあった。
少女はそこを覗き込む。
水面に映ったのは
黒髪の少女。
赤い瞳。
やせ細った体。
少女は
その顔を
しばらく見つめていた。
そして呟く。
「……誰だよこれ」
記憶は曖昧だった。
だが
この顔が
自分ではないことだけは
わかる。
少女は水面から顔を上げた。
「……まあいいか」
今は
考えても仕方がない。
⸻
少女は森を歩き始めた。
腹が減っていた。
喉も乾いている。
体に力が入らない。
数歩歩いただけで
足が重くなる。
その時だった。
足元で
ぬるり
何かが動いた。
少女は視線を落とす。
青いゼリーのような魔物。
スライム。
スライムが
口のような部分を開く。
そして
酸を吐いた。
少女は咄嗟に横へ跳ぶ。
酸が木に当たる。
ジュウウウ
音を立てて
木が溶ける。
少女は目を見開いた。
「……危な」
スライムが
もう一度酸を吐く。
少女はそれを見る。
その瞬間だった。
頭の奥で
何かが理解された。
魔力の流れ。
構造。
発動の仕組み。
まるで
ずっと知っていたかのように。
少女は
ゆっくり手を前に出す。
「……こうか?」
次の瞬間。
少女の手から
酸弾が放たれた。
スライムに直撃する。
しかし
普通の威力ではなかった。
爆ぜる。
スライムの体が
吹き飛んだ。
森に
静寂が戻る。
少女は
自分の手を見る。
「……見れば使えるのか」
少女は小さく笑った。
「便利な体だな」
⸻
それから数日。
少女は
森をさまよっていた。
スライムや
小さな魔物を倒しながら
少しずつ生き延びる。
そしてある日。
森の奥で
朽ちた古屋を見つけた。
屋根は崩れ
壁も壊れている。
しかし
雨風は防げそうだった。
少女は
その家に入る。
中は埃だらけだった。
だが
人が住んでいた痕跡は残っている。
少女は
棚に視線を向ける。
そこには
数冊の本が残っていた。
少女は
その一冊を手に取る。
表紙には
こう書かれていた。
⸻
魔女の記録
著者
ヴァーミリオン
⸻
少女は
その名前を見つめる。
「……ヴァーミリオン」
少女は
ゆっくり本を開く。
ページをめくる。
そこには
魔女について書かれていた。
⸻
魔女は黒髪。
魔女は魔法を使う。
魔女は世界の均衡を守る存在。
⸻
少女は
しばらくその文章を見つめる。
そして
ゆっくりと
自分の髪に触れる。
黒髪。
少女は
小さく呟いた。
「……魔女って、俺か」
少女は
静かに本を閉じる。
そして
表紙を見つめる。
ヴァーミリオン。
少女は
小さく笑った。
「名前もないのは不便だな」
少女は呟く。
「……クロエ」
何故かふと頭に浮かんだその名前
そして本に視線を落とす。
「クロエ・ヴァーミリオン」
少女は
少しだけ笑った。
「まあ……これでいいか」
その瞬間。
少女は
クロエ・ヴァーミリオンになった。
⸻
ふと
クロエは視線を横に移す。
古びた木のテーブル。
その上に
一枚の紙切れ。
そこには
乱雑な字で
こう書かれていた。
魔女は人類の敵、処刑対象
見つけ次第、至急聖教会へ報告せよ
クロエは
その紙を見つめる。
そして
小さく呟いた。
「……とんでもない世界だな」
⸻
その時だった。
外から
馬車の音が聞こえた。
クロエは
窓の外を見る。
森の道を進む
処刑馬車。
檻の中には
数人の囚人。
そして
その中に
黒髪の少女。
クロエは
静かに呟いた。
「……あれも魔女か」
それが
アイリス・ルミナとの
出会いだった。




