5 訓練
ジャックがローズベリー家に来てから一週間が過ぎた。ミリアーナや家庭教師からの授業に加え、屋敷内外での作法などを学び、少しづつ知識や技術を蓄えていった。
最初こそ戸惑いや抵抗もあったが、今では真面目に取り組む姿が見られるようになってきていた。
「ジャック、ちょっと来てくれる?」
「ん?」
昼下がり、中庭に面したバルコニーで本を読んでいたジャックのもとへミリアーナが呼びかける。珍しく外に引っ張り出されたジャックは、何事かと訝し気な表情を浮かべた。
連れていかれた先は屋敷の裏手に設けられた訓練場だった。そこは広々としたスペースがあり、様々な武具が揃えられた倉庫も併設されている。
そこでは何人もの騎士たちが自主練習に勤しんでいる最中であった。
訓練用の鎧を身につけた彼らが剣を振るう度に金属音が響き渡り、真剣な表情で技を磨いていた。
「お嬢様!ジャックも一緒ですね」
そんな中、体格の良い男が二人の姿に気付き、手を止めてこちらに駆け寄ってきた。
彼はローズベリー家の護衛騎士であり、護衛の中でも特に腕が立つと評判の男だった。
「彼はロイド。今日から貴方の指南役をしてくれるわ」
ジャックは軽く会釈をして挨拶する。ロイドは一見粗野だが誠実な性格をしているようで、温和な笑みを浮かべながら握手を求めた。
「宜しくな、ジャック。お嬢様から話は聞いたぜ。魔族の血が入っているとか。どんな感じなのか楽しみだぜ!」
「………」
「ジャックは基本的に無口だけど、実力を確かめてくれると嬉しいわ」
ミリアーナが補足すると、ロイドは豪快に笑って頷いた。
「任せてくれ!さて……まずは得物を選んでくれ。最初は何となくでいいからな」
そばに置かれた武器棚には大小様々な刃物や棒類が陳列されている。片手剣や槍の他に弓矢や盾などがあり、全て木製で安全性が考慮されていた。ジャックは少し悩んだ末に、手頃な長さの短剣を二本手に取った。
「ほう、両刀か?随分と特殊なチョイスだな」
ロイドの問い掛けに対して特に返事をする事もなく、ジャックは手に馴染ませるように握り方を調整していく。
「なぁ、試しにちょっと手合わせしてみないか?」
そう言いながらロイドも一本の大剣を担ぐ。
刃部分は丸めて加工してあり、万が一事故が起きても怪我は最小限で済む仕様になっている。
「ああ、構わない」
「決まりだな!」
互いに少し距離を取り、地面を踏みしめ腰を低く構える。訓練場内の騎士達も何やら興味深そうに此方を見守っているのが感じ取れた。
ミリアーナも若干距離を置き、見届けるべくベンチに腰掛けた。
「じゃあ、始めるぞ。何処からでもかかってきていいぞ」
余裕の態度を見せるロイドのに対し、ジャックは静かに呼吸を整える。
そして次の瞬間――― 目にも留まらぬ速さで駆け出した。
「っ!?」
一瞬で間合いを詰められ驚愕したロイドが防御に徹しようと大剣を盾のように掲げる。
しかし、ジャックは素早く切り返し、左側面へ滑り込むように移動した。そのまま懐へ侵入し、右腕に握られた短剣で胴体を狙う。
だが、それすらも見越していたのか、ロイドは即座に上半身を捻り回避した。
「やるじゃねえか!!」
驚嘆しつつも、今度は自分から攻撃を仕掛けようと剣を振りかぶる。しかし、それはジャックによって容易く避けられてしまった。ジャックが反撃しようと体を捻り、回し蹴りを繰り出すが、その脚を簡単に掴まれる。
「チッ…」
ロイドは掴んだ脚を振り回し投げる。その勢いでジャックの身体は宙に舞い、地面に叩きつけられる。砂埃が舞う中、既の所で受け身を取り立ち上がるジャックの姿があった。
「おいおい、思ってた以上の反応速度と身体能力だ。お前この前まで奴隷だったんだろ?これも魔族の血が影響してんのか?」
「…お喋りしてる場合か?」
地面を蹴りだし、再度襲い掛かる。左右上下斜めと絶妙な角度とタイミングで攻めるものの、全て捌かれてしまう。一見、冷静に対処しているように見えるが、内心はロイドも焦っていた。
初めてとは思えない俊敏さと的確な攻撃、そして常人離れした反射神経。これほどの才能とポテンシャルを持つ者が今まで埋もれていたとは、勿体ないにも程があると。
(これが魔族の潜在能力の高さって奴か……)
幾度かの攻防の末、遂に均衡が崩れた。僅かな隙を突き、ジャックの腹部目掛けて強烈な薙ぎ払いを放つ。咄嵯に反応しようとするも間に合わず、直撃を受けてしまった。吹き飛ばされた身体は木の幹に激突し、そのままズルリと崩れ落ちた。
「……俺の負けか」
「ハァ…ハァ…正直ここまでやれるとは思ってなかったぜ。予想以上だった」
ロイドは額の汗を拭いながら満足げに笑った。ジャックは起き上がると、服についた土埃を払い落とす。
そこへ見届けていたミリアーナが歩み寄り、労いの言葉をかける。
「お疲れ様、ロイド。そしてジャックもすごいじゃない!」
「まあ、かなりいい線いってたぜ。基礎の動きも完璧だったし、これからちゃんと指導していけば化けるかもしれないな」
「ええ、私が保証するわ」
そう断言するミリアーナを見て、ロイドはやれやれといった様子で肩を竦めた。
その後、ロイドから今後の訓練の方針について説明を受けたあと解散となった。
「今日は本当に凄かったわ!やっぱり私の見込んだ通りだったわね」
帰り道、ミリアーナは興奮気味に語り掛けながらスキップしていた。
「そうだ、見て!」
不意に足を止め、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
突然、ミリアーナが右手を掲げると、掌の上に拳大の火球が出現した。オレンジ色の炎は揺らめき、微かに熱を放つ。
「独学で身につけたのよ。凄いでしょ?」
ミリアーナは得意げに言い放つと、おもむろに近くの岩に向けて放った。轟音と共に着弾地点を中心に爆発が起こり、岩石の破片と火花が飛び散った。岩には小さな穴が穿たれ、周囲には煙が立ち込めている
「おい、危ないだろ…!」
「あら、大丈夫よ。私、コントロールには自信があるの♪」
悪びれる様子もなく、あっけらかんと言うミリアーナに対して溜め息をつく。しかしながら、その魔法の威力や精度については認めざるを得ない部分もあり、複雑な心境でもあった。
「天才だって褒めても良いのよ?」
「…調子乗ってると痛い目見るぞ」
「も~素直じゃ無いんだからぁ」
「……」
むくれるミリアーナを尻目に、ジャックはスタスタと歩いて行ってしまう。
「ちょっと、待ちなさいよ!」
そんな彼の背中を慌てて追い掛けるのだった。




