1 出会い
王都の裏路地は、昼でも夜みたいな薄暗い闇を纏っていた。
陽の光は高い建物に切り取られ、地面に落ちる前に諦めてしまう。
その路地を、一人の少女が歩いていた。
薄暗い路地裏の中、月のように輝く金糸の二つの房が歩みとともに小刻みに揺れる。
「臭うわね、ここ」
そう呟きながらも、ミリアーナの目には好奇心が満ちていた。
齢12歳の少女が一人、それもかなり身なりの良い少女がこんな薄汚い裏路地を歩くなど、どう考えても不自然だ。
しかし、彼女は臆すこと無く暗闇の中を、確かな足取りで進んでいく。
静まり返った路地裏に、靴音がやけに澄んで響く。
「確かここのはずだわ…」
そう言って彼女は、ある建物の前で足を止めた。
他の建造物が木造なのに比べ、石造りの頑丈な建物だった。
重たい鉄製の扉に体重をかけ押し開けると、ギギギと嫌な音が響く。
中は路地と同様に薄暗く、臭いもより一層強くなった気がした。
「…誰かいないの?」
ミリアーナが呼びかけると、奥の方から足音が近づいてきた。現れたのは30代くらいの、フードを被った男だった。
「なんだ?嬢ちゃん。こんな場所に一人で来るなんて」
男性は軽く笑いながら、値踏みするような視線でミリアーナを見つめた。だが、ミリアーナはその視線を意にも介さず、堂々とした態度を崩さない。
「ここは、奴隷商人の店かしら?」
「おや……お客さんだったのかい?」
男性は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに元の軽薄そうな表情に戻った。
「ああ、そうだとも。でもこんな場所に護衛も付けずに一人で来るとは、随分と肝が据わっているじゃないか」
「……私は無駄話をしに、ここへ来たわけじゃないわ」
ミリアーナはそう言うと、鞄から麻袋を取り出し、テーブルの上に置いた。置いた衝撃で解けた袋の隙間から、金貨が数枚顔を覗かせる。
「ハハッ!なるほどねぇ。中に入りな、案内してやる」
ミリアーナは男の後について建物の奥へと進んだ。
店内は外観以上に、陰湿な雰囲気が漂っていた。薄汚れた壁、ほこりっぽい空気、そして微かに漂う錆びた鉄のような匂い。長い廊下の両側には、鉄格子がはめ込まれた狭い部屋が並んでいた。
そこには様々な年齢の人間が閉じ込められており、男も女も、若者も老人も、皆揃って虚ろな目をして座り込んでいた。
(ひどい環境だわ……)
内心でそう思いながらも、表情には出さず、男の後を追った。
そんな中、一つの檻の前でミリアーナの足が止まった。
そこにはミリアーナと同じくらいか、少し上かと思われる少年が鎖に繋がれて座っていた。
ボロ布を着て、傷だらけの体はかなり汚れている。髪も伸び放題だが、よく見ると整った顔立ちをしているのがわかる。
しかし、虚空を見つめるその瞳からは、全く生気を感じられなかった。こちらに視線を向けることもせず、ただ沈黙だけがそこに座っていた。
「あなた」
声をかけると、少年はゆっくりと顔を上げた。
深い闇の中に溶け込む真紅が、ミリアーナを見つめていた。
「………」
愛想も敬意も興味も無い。そんな色をしていた。
しかし、何故かその深い紅色の瞳に心惹かれた。
「あなたがいいわ!」
理由も理屈もなかった。ミリアーナは唯、彼が良いという直感に従った。
「ほう、この少年かい?だがコイツは見た目こそ普通の人間に見えるが、魔族の血が混ざってる変わりモンだぞ?」
「構わないわ。それで?おいくらなの?」
「ざっと金貨50枚ってところだな」
商人は手を差し出し、ミリアーナに値段を告げた。
金貨一枚あれば庶民なら十日は生活に困らない。それを50枚となると、相当な大金である。
しかし、それだけ命の価値は安くはないという証明でもあった。
ミリアーナは、鞄から先程の麻袋を取り出すと、中の金貨を数え始めた。
「ちょうど50枚あるわ」
男はミリアーナが差し出した麻袋を受け取り、中身を確認すると満足そうに頷いた。
「確かに受け取った。約束通りコイツはアンタのもんだ」
商人は鍵を、開け牢のドアを開け放った。
少年はまるで興味が無さそうに、その様子を見ている。
「おい!さっさと出てきやがれ!!」
男が叫ぶと、少年は何も言わず無言で立ち上がった。繋がれていた鎖の痕が、痛々しく赤黒い跡となって少年の肌に残っている。
「私の名前はミリアーナ!ミリアーナ・ローズベリー!これからは私が貴方の主人よ」
「………」
少年は反応を示さず、冷たい眼差しを向けるだけだった
「まあいいわ。さあ、行きましょう!」
しかしミリアーナは気にせず、笑顔で右手を差し出した。差し出された右手を見て、少年は怪訝な表情を浮かべる。
「……どこに?」
「もちろん私の家に決まってるわ!まずは体を綺麗にして、美味しいご飯を食べましょう」
ミリアーナの明るい声と共に差し出した小さな手が、少年の手を掴んだ。それは握り返されることも、振り払われることも無かった。
静かに繋がれたまま、少年はその手を見つめていた。




