第二十四章 明番の朝
季節が、巡っていた。
道明がこの世界に来てから、一年が経とうとしていた。
御者としての活動は、順調だった。毎日のように依頼が入り、道明は休む間もなく走り続けた。
病人の搬送。緊急の連絡。避難民の輸送。——さまざまな依頼を、こなしてきた。
そして、今日——
「道明さん、お手紙が届いています」
リーゼルが、一通の手紙を持ってきた。
「手紙? 誰からだ」
「わかりません。——でも、不思議な手紙です」
「不思議?」
「はい。この世界の文字じゃありません。——見たことのない文字です」
道明は、手紙を受け取った。
封筒を開け、中の紙を取り出す。
そこには——日本語で、文字が書かれていた。
「——!」
道明の手が、震えた。
その文字は——娘の、美咲の字だった。
「道明さん? どうしました?」
「……娘からだ」
「娘さん?」
「ああ。俺の——元の世界の、娘からだ」
道明は、手紙を読み始めた。
◇
『お父さんへ
この手紙が届くかどうか、わかりません。
でも、書いてみることにしました。
お父さんが事故で亡くなったと聞いたとき、私は——何も感じませんでした。
悲しくなかった。泣けなかった。
だって、私にとってお父さんは——もう何年も前から、いないも同然だったから。
でも——
お父さんのアパートを片付けていたとき、日記を見つけました。
毎日の売上と、走行距離と、休憩した場所が書いてありました。
そして——ときどき、私のことが書いてありました。
「美咲は元気にしているだろうか」
「美咲に電話しようと思ったが、勇気が出なかった」
「美咲の誕生日だ。プレゼントを買ったが、送れなかった」
私は——泣きました。
お父さんが、私のことを忘れていなかったんだと——わかったから。
お父さん、私も——お父さんのことを、忘れていません。
今は、結婚して、子供もいます。
息子の名前は——「道」といいます。
お父さんの名前から、一文字もらいました。
お父さん、ありがとう。
お父さんが頑張って働いてくれたから——私は、ここまで来ることができました。
どうか——安らかに。
美咲より』
◇
道明は、手紙を読み終えた。
目から——涙が、溢れていた。
「道明さん……」
リーゼルが、心配そうに声をかけた。
「大丈夫か?」
「……ああ」
道明は、涙を拭いた。
「大丈夫だ。——むしろ、よかった」
「よかった?」
「ああ。娘は——俺を、許してくれたんだ」
道明は、手紙を胸に抱いた。
「俺は——間違えていた。家族を——ないがしろにしていた。でも——」
「でも?」
「でも、娘は——俺を、覚えていてくれた。俺の名前を——孫につけてくれた」
道明は、空を見上げた。
「俺は——やり直せたんだ」
リーゼルは、道明を見つめていた。
それから、小さく言った。
「道明さん」
「何だ」
「この手紙——私が、届けたんです」
「え?」
「創世の巫女の力で——元の世界に、つながりを作りました。美咲さんの夢の中に、現れて——道明さんのことを、伝えました」
道明は、驚いてリーゼルを見た。
「お前が……」
「はい。道明さんに——知ってほしかったから」
「……」
「道明さんは——私にとって、大切な人です。だから——道明さんが、元の世界で大切にしていたものを——」
「リーゼル」
道明は、リーゼルの手を取った。
「ありがとう」
リーゼルの目に、涙が浮かんだ。
「道明さん……」
「お前のおかげで——俺は、前に進める」
道明は、天輪号を見た。
「さあ、行こう。——今日も、走る日だ」
「はい」
リーゼルが、頷いた。
二人は、天輪号に乗り込んだ。
馬車が、走り出す。
◇
聖都の街を、天輪号が駆け抜けていく。
人々が、手を振っている。
「御者様ーー!」
「今日も、ありがとうございますーー!」
道明は、手を振り返した。
空は——青く、澄み渡っていた。
「道明さん」
「何だ」
「今日は——何件の依頼がありますか?」
「五件だ。——まずは、東の村への荷物運搬から」
「わかりました」
天輪号が、東へ向かって走り出した。
道明は、前を見つめていた。
——明番のない世界。
この世界には、隔日勤務はない。毎日、走る。毎日、客を乗せる。
だが——それでいい。
客がいる限り、俺は走り続ける。
それが——御者の仕事だ。
そして——
それが、俺の生き方だ。
「リーゼル」
「はい?」
「これからも——よろしくな」
リーゼルが、微笑んだ。
「はい。——こちらこそ、よろしくお願いします。道明さん」
天輪号が、地平線に向かって走っていく。
青い空の下。白い雲の下。
神崎道明は——この世界で、走り続ける。
客を乗せて。
目的地まで。
それが——彼の、選んだ道だから。
◇
——お客様、どちらまで?
その答えは、世界の果てだった。
そして、俺は——その答えを、見つけた。
俺の目的地は——ここだ。
この世界で、走り続けること。
客を乗せて、目的地まで送り届けること。
それが——俺の、人生だ。
明番の朝は——もう、来ない。
でも、それでいい。
俺は——走り続ける。
この世界の、御者として。
神崎道明として。
——お化けを、乗せた男として。
【完】




