第十五章 西の森林
獣人の村の奥には、古い神殿があった。
巨大な木の根元に作られた、自然と一体化したような建物。苔むした石壁には、動物たちの彫刻が施されている。
「ここが、神霊を封印した場所だ」
村長が、神殿の前で立ち止まった。
「千年前から、我々はここを守ってきた」
「感謝する」
道明は、神殿に向かって歩を進めた。
入口には、扉がなかった。代わりに、光の壁がある。
「この壁は、御者にしか通れない」
「わかった」
道明は、光の壁に手を伸ばした。
触れた瞬間——壁が、消えた。
中へと、道が開ける。
「リーゼル、来るか」
「はい」
二人は、神殿の中へと入っていった。
◇
神殿の内部は、予想以上に広かった。
天井は高く、壁には壁画が描かれている。動物たちの姿。森の風景。そして——二柱の神霊の姿。
一柱は、巨大な狼の姿をしていた。銀色の毛並み。鋭い眼光。
もう一柱は、巨大な鷲の姿だった。金色の羽根。威厳に満ちた姿。
その二つの像が、神殿の中央に——向かい合って、鎮座していた。
「これが、五柱目と六柱目の神霊——森の狼フェンリルと、空の鷲ガルダです」
リーゼルが、説明した。
「フェンリルは、地を駆ける獣たちの守護者。ガルダは、空を飛ぶ鳥たちの守護者。二柱で、森全体を守っていました」
「なるほど」
道明は、二つの像に近づいた。
手を伸ばし——両方の像に、同時に触れた。
「起きてくれ。俺は、お前たちを乗せたい」
しばらく、沈黙が続いた。
そして——
『……誰だ』
二つの声が、同時に響いた。
一つは、低く唸るような声。フェンリルだ。
もう一つは、高く鋭い声。ガルダだ。
『御者……だと?』
『千年ぶりか……』
「ああ。俺は、神崎道明。神の御者だ」
『なぜ、我らを起こす』
「世界を救うためだ」
『世界を……?』
「ああ。今、この世界は——危機に瀕している。黒鉄帝国が、再び戦争を起こそうとしている。それを止めるために——神霊たちの力が、必要なんだ」
二柱の神霊は、しばらく黙っていた。
それから——
『……お前は、どう思う、ガルダ』
『信じてみても、いいかもしれない。この男からは——嘘の匂いがしない』
『ふん。お前は、甘いな』
『お前は、疑り深すぎる』
二柱が、言い争い始めた。
道明は、黙って聞いていた。
やがて、フェンリルが——ため息のような音を立てた。
『……わかった。乗せてやる。だが、条件がある』
「条件?」
『この森を——守れ』
「守る?」
『ああ。この森には、我らが守ってきた命がある。獣人たち。動物たち。植物たち。——それを、守ると誓え』
道明は、少し考えた。
それから、頷いた。
「わかった。約束する」
『……よかろう』
二つの像が、光り始めた。
銀色と金色の光が、道明の身体に流れ込んでくる。
獣の力。鳥の力。
それが、道明の中で——融合していく。
「……六柱、か」
『ああ。あと六柱だ』
アウルスの声が、響いた。
『だが、ここからが——難しくなる』
「難しい?」
『残りの六柱のうち、二柱は——黒鉄帝国の領土にある』
道明の目が、細くなった。
「帝国に、乗り込むってことか」
『そうだ。——覚悟は、できているか』
「最初から、覚悟はできてる」
道明は、神殿を出た。
外では、村長と獣人たちが待っていた。
「終わったか、御者」
「ああ。——ありがとう、守ってくれて」
「礼など、いらぬ。——だが、一つだけ」
「何だ」
「この森を——頼む」
村長が、深々と頭を下げた。
「千年間、我らはここを守ってきた。だが、帝国の侵略が始まれば——この森も、危ない」
「わかった」
道明は、頷いた。
「俺は、この世界を守る。——この森も、含めてな」
村長の目に、涙が光った。
「……ありがとう、御者」
道明は、馬車に乗り込んだ。
「行くぞ、リーゼル。次は——北の雪原だ」
「はい!」
馬車が、走り出した。
森を抜け、北へ。
六柱目の「お化け」を乗せた道明は、さらなる旅へと向かっていった。




