4.君との美しい思い出。 sideノア
sideノア
彼女は僕の全てだった。
僕の最愛の人、エラが消えてからもう5年。僕はずっと彼女を探し続けている。
執務室で1人、エラのこと想いながらも黙々といつものように書類に目を通しては必要な作業を続ける。
彼女がいなくなった灰色の世界で僕は毎日同じ日々をただただ繰り返していた。
コンコンと僕だけしかいない静かな執務室に控えめなノックの音が響く。
「ノア様、マックでございます」
そして扉の向こうから侍従長のマックの声が聞こえてきた。
「どうぞ」
「失礼します」
僕の返事を聞いて僕よりも20歳ほど歳上の身なりの良い男が扉を開く。
身なりのいい男、マックの手には大量の資料が抱えられていた。
おそらく僕が頼んでいたものだろう。
「エラ様の調査報告に参りました」
僕の予想通り、マックは僕の前まで来ると慣れた様子で報告を始める。
「本日は南部の平民の調査報告です。南部の平民全ての捜査が完了いたしました。こちらが銀髪に紅い目の19歳前後の女性の資料です」
「ご苦労」
今まで取り掛かっていた仕事を中断し、マックから資料を受け取る。
そしてその資料を僕は1枚1枚見始めた。
この女性の髪は確かに銀色だが、僕のエラの髪はもっと柔らかそうで、絹のようだった。
瞳もこんな色ではない。彼女の瞳はルビーのような輝きをいつも放っていた。
どれだけ資料をめくってもそこに彼女の顔はない。
そっくりさんレベルにだってなっていない。
全員全く彼女と違う。
「…どうでしたか?」
資料を全て見終わった僕を見て緊張した趣でマックが僕に問いかけた。
今日こそは「彼女こそエラだ」という言葉を聞きたいのだろう。
無理もない。マックは普通の仕事と並行してエラを探す仕事をもう5年も続けている。
僕とは違う意味で彼女を切実に見つけたいはずだ。
「残念だけどこの中にはいないね、僕のエラは」
「そうですか…」
僕の返事を聞いてマックは肩を落とした。
エラは5年前、僕の国の学院に留学に来た隣国の貴族だ。
歳は僕と同じ19歳。当時は14歳。
最初こそ美しいご令嬢としか思っていなかった僕だったが、段々と彼女に惹かれ、ついには恋人同士にまでなれた。
だが、彼女は僕に嘘をついていた。
彼女は隣国の貴族なんかではなかったのだ。
それでも僕は彼女を愛している。
例え偽りの存在だったとしても、あのお互いを愛し合った時間は確かなものだったから。
僕はまたいつものようにエマと過ごした美しい日々を思い浮かべた。
今は会えなくても思い出の中でなら君に会える。
*****
「エラ、足元に気をつけて」
「はい、ノア様」
僕の最愛の人、エラの腕を優しく引き、この学院の庭園をエスコートする。
僕にエスコートされているエラは終始穏やかな、そして何より幸せそうな笑顔を浮かべていた。
僕はそれが何よりも嬉しく、今までに感じたことのないほど満たされていた。
この学院の庭園は人工ではあるが、人工だからこその美しさがある。
所々に流れる川に美しい花が咲き乱れ、その自然に誘われてやってきた鳥や蝶々が舞っている。
その中で笑うエラは何よりも美しく、何にも代え難いものだった。
「今日もエラは誰よりも美しいね」
「…っ、ノア様。恥ずかしいです」
「ふふ、恥ずかしがらないで、僕のエラ。ほらもっとエラの顔を見せて」
「…もう、ノア様、からかっていますね?」
「何のことかな?」
恥ずかしそうに、だけどどこか嬉しそうに頬を赤く染めているエラに僕はますます虜になる。
ああ、叶うことならこの庭園のような美しい箱庭に彼女を閉じ込めてしまいたい。
そうして誰の目にも触れられない場所で僕のためだけにこうして笑っていて欲しい。
そんなことをすればエラに嫌われてしまうかもしれないからできないけれど。
だけどもしこんな僕の願いが叶うのならば。
それは何て素敵なことなのだろうか。
美しいエラを見ているとふとエラの胸元に真珠のブローチが輝いていることに気がつく。
このブローチは確か2日前も身につけていたものだ。
僕も何個かエラにブローチなどを贈っているが、エラはいつもこの真珠のブローチを選んで付けていた。
「君の国では宝石が特産物だったね。この美しい真珠のブローチも君の国のものだよね?誰からの贈り物かな?」
ふわりとエラに微笑みながら僕は問いかける。
心の奥底で黒くドロドロとした感情を感じながら。
「ええ。よくわかりましたね。ですがこれは誰かからの贈り物ではありませんわ」
僕の感情なんて微塵も知らないエラが僕と同じようにふわりと微笑む。
ああ、やっぱり僕はエラを愛している。
愛おしくて仕方がない。僕のこんな感情なんて知らずに笑う彼女を一生僕だけが見ていたい。
「それはよかった。僕以外の誰かからのものをこれからも身につけたらダメだよ?」
どうかこんな僕の醜い感情に彼女が気付きませんように。
ずっと何も知らないまま笑っていられますように。
そう願いながら僕はまたエラと同じ笑顔を浮かべた。
*****
幸せな時間はあっという間に過ぎていく。
ついに彼女との別れの日がやって来た。
今日エラは隣国へ帰る。
僕は最後の最後まで彼女を目に焼き付けたくて馬車まで彼女を送っていた。
「エラ。あちらに帰国しても毎日手紙を出すよ。週に一回は花束を。二週間に一度はエラに会いに行くから」
「…ありがとうございます、ノア様」
僕は寂しげにエラに笑う。
少しでも、一瞬たりとも僕のことを忘れて欲しくない。
君と少しだけでも離れてしまうことを憂う僕をどうかその目に焼き付けてその胸に刻んで欲しい。
エラも僕と同じように寂しげ笑っている。
エラもきっと僕と離れることが何よりも耐え難いのだろう。
「ノア様」
エラが辛そうな声で僕の名前を呼ぶ。
「ん?どうしたの?」
彼女の言葉は一言だって聞き漏らしたくない。
僕は平静を装って優しげにエラに笑った。
「愛しています、心から」
泣きそうな顔でエラが微笑む。
その言葉が、その仕草が、その表情が僕の心を支配した。
今すぐにでもやっぱり彼女を囲ってしまうべきだ。
こんなにも愛おしい存在と離れるべきではない。
「…はは、嬉しいな。僕もエラを心から愛しているよ」
高鳴る鼓動を抑えて僕は彼女がいつも見てきた僕のように余裕のある優しげな笑みを浮かべた。
そしてエラはそんな僕の頬に初めて自分から口付けをした。




