プロローグ
戦争、魔法、科学、宗教などをごちゃ混ぜにした世界観です。
死人も出るし残酷な表現もあります。
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その大地は、かつて神々が残したといわれる精霊の祝福に満ちていた。
炎は鍛え、氷は秩序を保ち、風は声を運び、樹は命を繋ぎ、土は根を張り、雷は喝采を叫ぶ。
光は慈しみを与え、闇は真実を映し、そして、死は静かに魂を受け入れた。
人々はその力を畏れ、敬い、日々を紡いできた。
だが――同じ加護のもとにあっても、国は違えば価値感も異なる。
祈る言葉が違えば、願う未来も違った。
――戦が始まるのは、当然のことだった。
かつて七つの国が栄え、互いに異なる精霊を敬いながらも均衡を保っていた時代は、
あるひとつの国の滅亡を皮切りに、崩れ去っていった。
その名は、イシュ=アナ亡国。
エリュセリア大陸の北部、霧深き山岳と黒い森に囲まれた土地に存在した王国は、“死の精霊ノクティリカ”を主神として崇め、魂と輪廻の哲学を中心とした文化を築いていた。
他国とは明確に異なる価値観を持ち、「死を恐れるのではなく、死と共に在る」ことを信条としていたその国は……その崇拝は、他国から“狂気”とされ、やがて滅ぼされた。
だが、彼らの信じた死は終わりではなかった。
――呪いと伝えられる何かが、静かに世界を蝕み始めたのだった。
その呪いは凄まじく、呪い、戦争、病……様々な理由で、世界の男性人口はみるみる減少し、今では男女の割合は2:8になってしまった。
時は流れ、大陸の中心にあるヴァルハイン同盟国から北西にある山あいの小さな農村ーーマルヴェン村。
昔は避暑地や修行者の隠れ里として使われていたが、今は20戸程の家屋と小さな礼拝堂しかない、穏やかな村で、俺は暮らしている。
この村は俺を受け入れ、身体の傷や動かない表情を気にすることなく話しかけてくれる。
だから俺も、微力ながら村人たちの手伝いをさせてもらってる。
「レオーン! 悪いがそれが終わったらこっちを手伝ってくれねぇか! 明日の出荷に間に合わん!」
「……分かった。すぐ行く」
「助かる!」
畑から出ると、子供たちが彼に群がる。
「レオン! 今日も稽古つけてくれよ!」
「僕に狩りを教えてくれる約束はー?」
「レオンは私とおままごとするの!」
無愛想で口下手な俺を最初は遠巻きに見ていた子供たちも、今では取り合いをするくらいには懐いてくれているし、母親たちは少し離れた場所でこの光景を微笑ましそうに見ている。
「……狩りは今日はダメだ。収穫の手伝いがある。稽古はそれが終わってから。……ままごとは……また今度、な」
「ちぇっ! じゃあ僕も今日は稽古する!」
「私もー!」
聞き分けの良い子供たちの頭を撫でて、手伝いに向かう。
道中、俺に話しかける人は多い。
屋根の修理、家畜の世話、赤子のお守り……全て断らず、頷くだけ。
最初は遠慮していたのか警戒していたのか、頼み事をする人はいなかったが、俺が何もせずぼーっとしているのを見て気を使ってくれたことがきっかけだ。
大半は頼み事だが、世間話をしてくれる人もいる。
あそこの家畜の子供が生まれた、最近生まれた赤子が這いずり回るようになって困っている、明日は雨が降ると占いで出た……そんな何気ない話をしてくれる。
収穫を手伝い、出荷の準備を済ませ、子供たちに剣の稽古をつける。
何気ない日常で、平和で、尊い時間。
俺ははそんな日常が好きだった。
ある日、背中に赤子を背負いながら礼拝堂の掃除をしていたら声をかけられた。
「やぁ、久しぶり。……死んだと思ってた」
「……フェリクス」
「ここの人たちは優しいね。お前のことを探してるって伝えたら、すぐに場所を教えてくれたよ」
金色の無造作ヘアに優しげなタレ目の男――フェリクス・ノア。
懐かしい顔に目を細めるが、彼の来訪は決して良い話ではない。
「……帰れ。お前が来る場所じゃない」
「冷たいなぁ。ちょっとは話を聞いてくれても良くない?」
「黙れ」
緊張感が走る。
その空気を察してか、眠っていた赤子が泣き出してしまった。
「あーほらほら、レオンが怖い顔するから」
「……顔は関係ない」
「はいはい、子守りもいいけど今は俺を優先して? 大事な話があるんだから」
「……」
フェリクスに誘導され、仕方なく赤子を母親に返して村の裏山へ向かう。
「レオン、この人誰? お友達?」
「どこ行くの?」
「裏山に行く。着いてくるな。大事な話をする」
着いて来たがる子供たちを言い含め、誰も近寄らないように言い聞かせた。
裏山はさほど高くはないが、村を一望できるこの場所がお気に入りだ。
「……さて、話してもいい?」
「早くしろ」
「急かすなって。……お前の力が必要なんだよ、レオン」
ふざけた態度をやめ、真剣な表情になったフェリクス。
やはりフェリクスの来訪は良い話ではないらしい。
「バカを言うな。俺はもう戻らん」
「そうも言ってられないぜ。ヴァルハイン同盟国とネクロリスが戦争するかもしれない。両国がまともにぶつかり合えば、この大陸にある全部の国が巻き込まれる」
「……」
ヴァルハイン同盟国とネクロリスは敵対関係にある。
フェリクスの言う通り、いつ戦争を始めてもおかしくないくらいの緊張状態であることに間違いない。
戦争が始まれば、同盟を結んでいる他国が絡んでくるだろう。
「それにお前、まだ鍛錬してんだろ? その身体見りゃ分かる。昔はヴァルハインで魔法剣士として前線にいたお前が、こんなところで燻るのかよ」
「……もう魔法剣士はやめた。今はただの無国籍の村人だ」
「戦争が始まればこの村だってただじゃ済まないだろ」
「……俺とお前に、何が出来るんだ。国同士の問題を解決出来るほど、俺とお前は強くない」
「でも行動しなきゃ、何も守れない! 分かるだろ、レオン!」
語気を荒げるフェリクスを、静かに見つめる。
数年前に姿を晦ました俺を探し続けてここまで来たのだろう。
もしかしたら別の目的があるのかもしれないが、それは俺の知るところではない。
「……帰れ。二度とここに来るな」
「レオン!」
「俺に出来ることは何もない。……一度剣を捨てた者は、何も守れやしないんだ」
踵を返して下山し、自宅へ向かう。
太陽が山に沈む時間帯だと言うのに、一人の少女が駆け寄ってきた。
「レオン、お友達は?」
「……ミナ」
ミナはこの村に住む花売りの少女だ。
毎日花を摘んで街へ売りに行き、稼ぎを母親に渡している。
母親は肺の病を患っており、もう長くないと医者に言われたそうだ。
そんな家庭事情でも彼女は明るく、常に笑顔で周りを気にかけている。
「今帰ってきたの! 今日はね、ポポンとパープルヘンデルが売れたんだ」
「そうか」
「うん! あとね、レオンにこれあげる!」
渡されたのはポポンの押し花。
可愛らしいリボンがつけられている。
俺が持つにはなかなかハードルが高いが、ありがたく受け取った。
「……いくらだ」
「ううん、お礼だからお金はいらないの」
「お礼?」
「うん。レオンは怖く見えるけど、いつも子供たちのこと大切にしてくれてるから……そのお礼! 見て、私ネックレスとお揃い!」
ミナは首に下げているポポンのネックレスを見せてくれた。
母親から譲ってもらったらしいそのネックレスを、彼女はいつも身につけている。
「……ありがとう。大切にする」
「うん! じゃあまた明日ね!」
ミナは手を振って帰っていった。
受け取った押し花を見て、静かに目を伏せる。
昔の記憶が蘇り、また沈む。
押し花を懐にしまって、そのまま帰宅した。