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第八話 声なき贖罪、生きる意思~斎視点~

過去編・最終話です。


生まれてきた命に、誰が“要る”“要らない”を決める権利があるのでしょうか。

傷つきながらも蓮を守ろうとした、美菜の想いと選択を、どうか見届けていただけたらと思います。

先日とは打って変わった整えられた室内へ通される。


酒に匂いもなく、台所の床は、かつての薄汚れ感じもなく、きちんと磨かれていた。部屋の端ではまとめられたゴミたちが出される日を待っている。


「ちょっと待ってて。」


我を台所に残し、美菜は奥の部屋へと入っていく。

押し入れに頭を突っ込み、何やらゴソゴソと物色しはじめたかと思うと、ひとつの段ボールを取り出し、躊躇なく床へぶちまけた。


その粗雑な行動に、我は思わず目を剥いた。粗雑な女だ…。


「あー、あったあった。コートと、あと、セーター!手袋に、マフラー…あとは着替えやすいトレーナーがいいわね…あ、あと下着と靴下がいるわよね。薬と、学校に必要なものと…。」」


美菜はひとり言を言いながら、蓮の持ち物を準備していく。


「これに蓮の学校の道具が全部入ってる。こっちは冬服と薬。消毒液とか絆創膏とかも入ってるから、薬箱ごと持っていって。」


薬箱に、背負子の様なカバンに入った学校道具、紙袋には詰め込まれた大量の服が詰められ溢れていた。


「…あと、これ…。あの子の保険証。病院に連れて行くときに必要だから…。期限切れたら、新しいのは取りに来て。用意しておくから…。」


美菜は財布の中から取りだしたそれを、我に差し出してきた。


「あの子…大丈夫なの…?」


蓮を気にかける言葉を発したかと思った瞬間、美菜は苦笑を漏らした。


「…いまさら心配なんて、笑っちゃうわよね。」


「……。」


自嘲気味に動かした視線の先には、あの日――母に許しを請う蓮がいた場所がある。

じっと見つめ続ける美菜の姿は、あの時の自分を思い出しているようにも思えた。


やがて美菜はそこから目を離しうつむくと、思いきり息を吸い込むと、その後ゆっくりと深く息をはいた。


「悪いことしたと思ってるわ。でも、謝りたいなんて言わないから安心して…。」


そういいながら、少しだけ笑みを浮かべると

次の瞬間、美菜の目が真っ直ぐに我を捉えた。


「謝って許されることでもないし、謝って自分の心を楽にしたいなんて許されないほどのことをあの子にしたんだもの…。」


そう口にした時の美菜の瞳には強い覚悟が見て取れた。


「この後悔と痛みを抱えて生きることがあの子へのせめてもの贖罪だわ…」


美菜はその思いを胸に刻み付けるように 、胸元の服をギュッと握りしめ続けていた。


美菜が本当に心を入れ替えたのであれば……。


(――時間をかければ、心の痛みを和らげ、再び蓮を戻せる日が来るのだろうか……。だが、それは我の望む未来か……否。未だ、それを許せるほどには、あの者を信じることは出来ぬ。)


そんな思いがふと過る。


「……あの子を…”蓮”を、よろしくお願いします。」


美菜は力なく我に微笑みかけた。

だが、子供を託そうとするその瞳の中に、確かに――母としての想い――を見た気がした。


***


社へ戻ると、枕元に腰掛けていたクロがこちらに気づき、軽く手を挙げた。


「お帰り、こっちは変わりなし。熱は下がってはいないけど、今は少し落ち着いてる」


我が頷くと、クロは小さく息をつき、蓮の頭をそっと撫でた。


「ったく……元気になれよな」


クロは蓮にそいうと、我にその席を空けた。


「助かった」


「なに、いいってことよ。こいつのことは俺も気に入ってるしな。……じゃ、そろそろ戻るわ。あんまり長居してお山の連中にバレると不味い…。」


そう言って、クロはいつもの調子を取り戻したように軽く手を振り、社を後にした。


我は寝ている蓮の手ぬぐいを変えてやる。


――寝ている蓮に届くかどうかはわからない。

あの女も、おそらく伝えて欲しいと思ってはいまい。


だが、我は伝えずにはいられなかった。

母に生きていることさえ拒否され、”生”を諦めようとしている目の前の小さな命。


――僅かにでも、心の傷を癒す助けとなれば…。


「蓮…母が熱のあるお前を心配し、 悪いことをしたと詫びていたぞ。」


その時。


「…い…ちゅき…」


微かに身を動かした蓮が、喉を震わせて”我が名”を――呼んだのだ。

その瞬間、我の中に得も知れぬ思いが込上げた。


蓮の思考を読み会話をしていた中で、何度も、何度も、呼ばれたことはあった。


――この小さな唇が、我の名を――”声”にして呼んだ。

ただそれだけのことが、これほどまでに我の心を揺さぶるとは……。


「人の飲む薬を用意した。……これなら、飲めるか?」


蓮はコクンと小さく頷いた。――生きようとする兆しが見えた。

粥を何口か食わせてから、薬を渡す。


蓮はそれを、自らの手で水と共に――飲み込んだ。


自らの手で薬を飲んだ。もう大丈夫だ…。この子は、再び自分の意志で生きることを選んだのだ。


「今は…今は休め…ゆっくりと…」


***


―い―つき――いつき―――


記憶の海に漂っていた我は、我が名を呼ぶ声に”今”へと引き戻された。


「斎!ってば!!」


気が付けば、日はすっかり傾き、夜の帳が下りてきていた。


「早く帰ろう!俺お腹空いたよー」

「すまぬ、ちと昔のことを思い出していたのだ」


一度は生きることを諦めた命が、今、こうして咲いている。

感慨深いものだな……。


「すっかり待たせたようだ。帰って夕餉の支度をするとしよう。」

「斎のハンバーグかぁ~。楽しみだな~♪」

「……あの日より、きっとずっと美味しいよね」


挿絵(By みてみん)


そう笑う蓮にあの頃の”影”はなく、大地に根付く力強ささえ感じられるほどの笑顔だけがあった。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


過去編はこれにて一区切りとなります。


「守れなかった」ではなく「守れた」と言える未来を、蓮と斎に歩ませてやりたい──

そんな想いで、この回まで書いてきました。


次回からは、再び現在の時間軸で物語が動き出します。

蓮と斎の今を、これからも見守っていただけたら嬉しいです。

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