第十話 謝罪とは、何のために ~蓮視点~
いつもお読みいただきありがとうございます。
今週は【第10話 謝罪とは、何のために】をお届けします。
学校での騒動をきっかけに、大人たちの間でも対応が始まります。
蓮が貫こうとする“理”が、子供だけでなく大人にも問いかけていく――
そんな静かな余波が描かれる回です。
ぜひ、ごゆっくりお楽しみください。
今、俺は、くたびれた感のある応接セットのソファーに斎と並んで座っている。
壁の上の方には、額縁に入った写真がいくつも飾られ、棚の中には難しそうな本が並んでいた。
俺の目の前には俺を殴ったやつと、神経質そうな母親が座り、窓の側に座る校長先生と、その横には担任、そして出入り口の扉の方には制服を着たおまわりさんが二人、手帳を広げて立っている。
そう、ここは校長室。俺が通報した件で話し合いが行われている最中だ。
「たかが子どもの喧嘩で、警察呼ぶなんて信じられませんわ!
お巡りさんの仕事の邪魔して、悪いと思わないのかしら?」
俺を殴ったやつの母親が、キンキンとした声で捲し立てている。
眼鏡の奥から俺を見る目を、俺は知っている……アレは――人を見下す目だ。
小さい頃、よく”おともだち”から向けられていたあの目と同じだ。
「そもそも、母親が夜の仕事なんてしてるから、子どもがこんな大げさなことして騒ぎを起こすのよ。 お宅ではどういう教育をなさっているんですか? うちの子がよそ様の子供に怪我をさせるなんてありえないわ! その子がよっぽど酷いことをしたに違いありません。 これだから躾の出来てない子は……」
俺の中の何かがざわつき出した瞬間、校長室の温度がスーッと下がった。
俺よりも先に、斎の方が”反応”をした。
(あ、ヤバい…… )
慌てて斎の上着を引っ張り、小さく首を横に振った。
ここに”物理”で雷を落としたら、大変なことになる。
斎は小さく頷くと、校長先生の方を向いた。
「確かに、少し大事になってしまい、学校を騒がせてご迷惑お掛けしたこと、お詫びする。」
そういうと、斎は丁寧に先生たちへ頭を下げた。
そして顔を上げると……満面の”笑顔”をその母親に向けた。
「……我が子可愛さも、ここまで目が曇り歪んでしまっていては、己の子供の真の姿も見えますまい。そんな親が、どうして子を正しき道へと導けるのか、是非お教え願いたい。経緯がどうであれ、手を上げて蓮に怪我をさせたのはそちらのお子さん。少しはお立場をわきまえて発言されたらいかがか。」
「なっ!!」
さすが斎、あのおばさんを理で黙らせた。
周りが静まった瞬間を狙って、俺は行動を起こした。
「おばさんさ、どうでもいいけど、これ聞いても同じこと言えるの?」
俺はスマホを取出し、再生ボタンを押した。
教室でのやりとりを録音しておいたのだ。俺は人間を信用してない。母親だって、男の為に子供に手を掛けるくらいだ。自分の立場が悪くなれば、平気で他人を売り渡す。 だから、そうならない為の自己防衛策だ。
「で?お前どうすんの?碓水に対するいじめも自白してるし、俺は怪我を負わされた。傷害罪だ。 このままだと施設送りだけど?」
再生を止めて、スマホをポケットへとしまう。
目の前に座るおばさんは真っ青な顔をし、子供はガタガタと震え出した。
次の瞬間、ゴンッ!!っと激しい音が部屋の中に響いた。
「剛!謝りなさい!!」
音の正体は、母親が息子の頭を無理やり下げさせ、息子の額がテーブルに打ち付けられた音だった。
(うわっ…このおばさん、自分で謝るより前に、無理やり子供に頭下げさせるとか……
こんな親ばっかりなのかよ……。)
改めて、斎との差を感じてしまう。
斎は思い込みではなく、きちんと俺を見てくれている。
無理矢理謝らせようなんてしない。話をして、俺が納得したうえで謝らせようとする。無理矢理じゃ意味がないからだ。
中身のないごめんなさいなんか、なんの意味もない。
このおばさんが謝ったとしても、自分が悪かったからではなく、立場とか、自分を守るためのごめんなさいなんだろうな……。
「醜いな……。」
そう思ったら、つい口をついて出ていた。
「おまわりさん、事情はさっきの録音でわかったでしょ?」
「あ、ああ。」
「じゃぁ、連れてってください。」
その部屋にいる斎以外の全員が俺を見る。
鯉のように口をパクパクとさせてたおばさんが、慌てたように立ち上がった。
「ちょ…ちょっとお待ちになって、悪かったわ、さっきは言い過ぎましたわ。
この通り……。」
自ら頭を下げつつ、また子供の頭を押さえつけ、同じことを強要する。
「ねぇ、おばさん、おばさんは何が悪いって思ってんの?」
「え、その、さっき酷いことを言ってしまって…あのね、おばさんもちょっといきなり先生に呼ばれて、その…びっくりしちゃって、それでつい…、悪気はなかったのよ?ね?わかってくれるわよね?」
わかるわけないだろ……悪かったっていいながら、ごめんなさいもすみませんも言ってないの、気が付いてないのか?
そもそも、そこじゃないし……
俺はわざと大きなため息をつくと、真っ直ぐにおばさんを見据えた。
「おばさんさ、何ズレたこといってんの?」
「え……?」
驚いた顔してるけど、俺の方が驚きだよ……人の話、全然聞いてないのかよ……。
俺は大きく息を吸い込み、一気に言葉を紡いだ。
「さっき斎が言ってたじゃん。我が子可愛さに目が曇ってるって。そんなので正しく子供を導けるのかって。
親が自分の子供を可愛いって、大事に思うのはいいことだけどさ、本当にそう思ってるなら、なんで本当のこいつのこと見ようとしないの?
そうやってダメな部分を見ないようにするから、こいつがもっと俺を見てくれって、変なことするんじゃないの?
いい部分もダメな部分も全部こいつの姿で、それをそのまま受け止めるのが、本当に大事に思ってるってことなんじゃないの?」
誰も、何も言わずにたたずんでいるので、俺はさらに言葉を続けた。
「失敗した時は何故ダメだったかを教えて、失敗しない方法や失敗の取り返し方を教えるのが大人の役目でしょ? ――少なくとも、斎は俺にそうしてくれてる。」
おっと、いつの間にか斎自慢になってた。
斎はすました顔をしているけど、見えない尻尾が振られている気配がする気がした。
「おばさんが、ちゃんとこいつのこと”見てない”から悪いんだよ。それに対してごねんさいって、俺とこいつに言うのが道理ってやつなんじゃないの?
無理やりこいつの頭押さえつけて、頭下げさせたって、こいつが本当に悪いって思ってないなら、その下げさせた頭に”なんの意味もない”よ」
斎が俺の頭をポンポンッってした。
褒められた。
「先程、躾に関して色々仰っていましたが……うちの躾は――今、蓮が言った通りです。何か問題が?」
「いえ、あの……ありません……。」
おばさんは、なおも何か言い募ろうとしたが、斎はすでに次の言葉を淡々と続けた。
「では、警察の方は、お手数ですが、こちらの子がうちの子に怪我をさせた傷害事件のことと、クラスであった暴行事件について、きちんとその子から話を伺ってください。」
「ま、待ってください!」
おばさんの声は焦りでうわずった声で、校長先生へと縋るような目を向けた。
「子供同士の喧嘩で警察なんて、そんな大げさなこと……。そうですよね、校長先生。こんなこと教育委員会に知られたら、監督不行き届きで問題にされますよ? 学校にだって迷惑掛かりますわよね? ですから、ここは穏便に、子供の未来が掛かってることですし、ね? 四ノ宮さん、謝りますから! それに、こんなこと、夫に知られたら……」
そんな様子に、俺はわざと肩をすくめてやった。
「おばさん、そういうの隠蔽っていうんじゃなかったっけ? ほんっっと、大人って汚いよな。 周りの大人がそんなで、子供がまともに育つわけないだろ。そんなんだから、気に入らないって平気で暴力奮って、寄ってたかって一人の人間を追いつめるようなガキが育つんじゃないのかよ。」
校長室のソファーの背もたれに背中をあずけて、俺は腕と足を組んで、わざと偉そうにしてやった。
その時、ようやく校長先生が話に入ってきた。
「そうですね、この件はきちんとした方がいいと私も思います。大人が手本として正しい姿を見せることこそ、真の教育ではないでしょうか」
「校長!!」
おばさんは悲鳴に近い声をあげた。
校長先生は手でおばさんに待ったをかけると、俺の側に歩いてきて――頭を下げた。
「四ノ宮くん、学校の中で君に怪我をさせるようなことになってしまったのは、先生たちの責任です。ごめんなさい。」
それに倣うように、担任の先生も慌てて、ごめんなさいと頭を下げた。
まぁ……見て見ぬふりした担任の先生も大概だよな……。
そう思いつつも、一応俺も頭を下げ、謝罪を受け取っておく。
「荒井さん、動揺なさっているのはわかります。正直、私も動揺してます。
ですが、ここは大人が逃げていい場面ではありません。一緒にきちんと向き合いませんか?」
――かっこいいじゃん。
俺の中の校長に対する好感度が爆上がり中だ。
「……そう……ですね。剛……、ママが悪かったわ……。ごめんね、パパに色々言われるのが嫌で、ずっと見ないふりして、剛は間違ってない、いい子なんだって……。弱虫なママでごめんね……」
そっか、こいつ荒井剛っていうのか。
母親に頬を撫でられ、我慢していた色んなものが溢れ出したのか、目から大粒の涙を流しながら大声で泣きだした。
うわぁ……すげー豪快な泣き方。普段の声も大きいと思ってたけど、泣き声もかなり大きい。これ、絶対廊下まで聞こえてるぞ……。
荒井が落ち着くのを待って、俺は声をかけた。
「で? お前どうすんの? このままだと施設送りだけど。 碓水に対するいじめも自白してるし。」
ビクンッ!!と荒井の肩が大きく反応した。
え?流れ的に、ここは反省したっていう空気を感じて、母親と和解出来てよかったなって流すところ?いやいや、こいつは絶対にわかってない。自分が何をしたのかを……。
荒井は母親から放れて俺の側にくると頭を下げた。
「四ノ宮、ごめん! ケガさせるようなことして、俺が悪かった! 本当にごめんなさい!」
「他には?」
「あいつ…碓水にも、ちゃんと謝る。」
「あとは?」
「え…あと…えっと……」
ほら、やっぱりわかってない。一番大事なところなのに!
「お前、碓水の給食に何した。」
「あ……床に落として……踏んだ」
「そうだ、お前はな……命を踏みにじったんだ。」
あ……思い出したらフツフツと怒りが込み上げてきた……。
もういい、我慢するのは止めだ。
――全部吐き出してやる!
「いいか、よく聞け。ご飯の前にする”いただきます”ってのは、命をいただきますって意味なんだ。米や野菜、肉、俺たちが食べてるものは全部命があった。動物はもちろん、植物だって刈り取らなければ、もっと育って、受粉して種になればもっと多くの仲間を増やすことが出来た。生きてたんだよ。
それを俺たちが生きるために刈り取って、食ってるのに、わざと無駄にして踏みつけるとか……ふざけんなよ、お前……命なんだと思ってる、クソガキが。」
最後はほとんど吐き捨てるように言った。
そして、再び、大きく息を吸い込み――思いの丈をぶつけた。
「大体な、米一粒には七人の神様が宿ってるって知らないのか?
稲を育てるために必要な豊富な水、稲に栄養を与える肥沃な土。 受粉を助ける風。 害虫を食べてくれる益虫。 稲を成長させる太陽の光。 太陽の光を和らげ、稲のひび割れを防ぐ雲。 そして、苦労して稲を育てる農家の人達。 そういう恵があって、俺たちの口に入るのに、感謝の欠片もないから平気であんなことできんだよ!」
「――お前に飯を食う資格はない!」
かっこよく決めたつもりだったのに、空腹と久しぶりに感情を高ぶらせて怒ったのと、一気に喋りすぎたせいで
――俺は校長室のソファーに沈んだ。
……ああ、ちゃんと給食食べてたら、最後まで決められたのに……。
***
俺が貧血起こして倒れている間に、後のことは斎が全部やってくれてた。
荒井は、おまわりさんに
『もしこれが大人なら、傷害罪で逮捕。
子どもでも、悪質だと判断されれば保護施設に送られる場合もあります。
今ここで説明しているのは、そのくらい重大なことだって、ちゃんと理解してほしいからですよ。』
などを説明されて、相当ビビってたらしい。
荒井の母親も、今度改めて謝りに来ると言っていたらしいが、丁重にお断りしたらしい。
まぁ…ここには呼べないもんな……。
担任も見て見ぬふりしていたことがバレて次の職員会議でなんらかの処分が下されるようだ。
そんなことより、今の俺には大事なことがある。
目の前にある大量の夕飯を、美味しくいただくことだ!
「斎――、おかわり!」
ああ……疲れた心に、美味しいご飯が染み渡る……
これって、食べた命が身体に力を与えてくれてるって感覚なんだろうな…。
うん、美味しいは、やっぱり正義だ。
これで明日もがんばれる――
こうして、俺の長い一日が終わろうとしていた。
最後までお読みくださりありがとうございます。
今回の蓮は、自分の信じる理を堂々と貫いています。
そのまっすぐな姿勢が、大人たちの心にどう響いていくのか――。
今後の変化も含めて、見守っていただけたら嬉しいです。