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魔法少女と油

作者: 宿木ミル

「魔法少女は可愛さが大切! 脂質が高い料理なんてご法度だよ!」


 そう口酸っぱく言葉にしてきていたのはマスコットのクク。

 小さいぬいぐるみサイズの言葉はそこそこ的を得ているとは思うけれども、ひとつ文句が言いたくもなる。


「たまには油がじゅわってした、衣があるお肉が食べたい……」


 変身していない状態でぼんやり歩くフードコート。

 ふと見かけた揚げ鳥系のお店を見かけてそうぼやく。

 そして、マスコットの顔を思い出して悩む。


 私、魔法少女キラキララは魔法少女だ。

 文字通りキラキラした星の飾りがいっぱいのコスチュームを身に纏うのが特徴で、目が輝いていると、魔法少女の私を見たという目撃者は語っている。

 しかし、その本心はそこまでキラキラしているわけではない気がする。

 最近はどうも我慢が多い気がする。

 魔法少女だから、こうしないといけない、ああしないといけない。そういう規則を守り続けて自分が蔑ろになっているような感じもある。


「いや、ルールは大切だから守らないといけないんだけどね」


 魔法少女としての基礎的なルール、道徳的に違反してはいけないものはもちろんこれからも守り続けるつもりだ。人を傷つける魔法を使うなんて、それこそよろしくないし。

 でも、そういうルールとは関係ない事柄なら別だ。例えば、ククが文句を言うような油系の料理を食べることについては抗議だってしたくなる。


「友人の魔法少女はわりと疲れた日にはじゅわーって感じのものを食べたりする話だし……」


 強い敵や厄介なトラブル解決を行った日には美味しい唐揚げを食べるといっている魔法少女がいた。

 正直なところ、羨ましい。

 疲れた日に食べる油たっぷりの肉料理なんて美味しいに決まっている。

 口いっぱいに広がる肉汁の味はロマンがある。


「……はぁ、こういうこと考えてるとお腹が空いちゃうんだよね」


 くぅ、とお腹が鳴るわけではないけれども、確かに感じる空腹感。

 ふと見つめてしまう、揚げ鳥系のお店。

 今日はマスコットは故郷に戻っていていない。目付け役がいないということだ。

 ……これは、チャンスなのでは?


「たまには……いいよね?」


 美味しいものを食べたいという気持ちをずっと抑えたままにしてしまうと、いつかストレスを貯めすぎてしまうだろう。

 ならば、発散した方がいいと思う。

 そう思い、私は揚げ鳥のお店に並んで、買うことにした。







 数分後。

 私は自分の行動に後悔した。


「良心の呵責に勝てなかった……中途半端に買ってしまった……」


 お昼、骨付きチキンとビスケットがそれぞれひとつ。

 いざ購入しようとした瞬間にマスコットの顔がちらついて、どうしても二本目を買うことができなかった。


「でも、チキン買えたのは躍進ということにしよう、うん」


 そう言って自分をうまく納得させながら、骨付きチキンを手に取る。

 揚げたてのチキンはしっかりとした熱を持っていて、とても美味しそうだ。


「ククに恨まれませんように、いただきます」


 手が汚れないように紙で持つところを保護しながら一口味わう。

 その瞬間、口いっぱいに広がる肉汁。背徳的なほどこってりした油の味わい。


「すっごい懐かしい味わい……美味しい……!」


 気が付いたころには、味わうことが少なくなっていた味だ。

 超がつくほど油。

 とても油を感じる美味しい味。

 病みつきになってしまいそうなくらい強烈な肉の味。

 とても美味しい、いい。


「でも、なるべく上品には食べないとね」


 私は魔法少女だ。

 しっかりと魔法少女だ。

 肉を骨の髄まで味わい尽くすのも大切だけれども、傍から見て不審な食べ方はできない。

 そう言い聞かせながらしっかり、可食部分を味わっていく。

 やがて、骨付きチキンは綺麗に骨がある部分だけ残った。


「一本でも満足感強かった……二本目いかなくてもよかったかも」


 ちょっとでも太ったら何言われるかわかったものではない。

 そう思いながら、ビスケットを味わう。

 蜂蜜を付けて味わうビスケットは素直な味わいとサクサクした食感がいい感じだ。

 わかりやすく美味しい。


「おやつも食べすぎはダメ……まぁ、夕食食べられないとかはバランス悪いしそれは納得かな」


 腹八分。

 それくらいがちょうどいいのだ。

 ビスケットを食べ終わり、立ち上がろうとした瞬間。

 ふと、周りを見ていると騒々しいことに気が付いた。


「外で不審者が出たらしいぞ!」

「怪人が出たんだ、逃げよう!」

「怪人!? 危ないな、関わらないようにしないと」


 どうやらトラブルが発生していたみたいだ。

 こういう時に出番になるのは魔法少女だ。


「よし、いこう」


 厄介ごとがあったら速攻で動く。

 まずは、人が立ち寄らないような外の物陰に移動する。


「変身っ」


 普段着からいつもの魔法少女服に切り替える。

 戦闘準備問題なし、普通に戦える。

 ささっと移動して、怪人が暴れているという場所に向かうことにした。






「アーブッブ! 油をギトギトに使った料理こそ至高! さぁみんな味わうがいいアブ!」


 そこには、謎なことに外で屋台を開いて営業している怪人がいた。

 油の衣みたいな身体をしている、エビフライのような見た目をした怪人だ。

 地面には苦しんでいる人々。

 いや、厳密に言うと……


「うぅ、胃もたれだ……喰いすぎた……」

「うますぎる……苦しい……」


 ……ちょっと自業自得かもしれない人々が横になっていた。

 いや、でも胃もたれはよろしくない。結構キツイってよく耳にする。

 でも、あの怪人は普通に営業しているような気もするから微妙に声をかけずらい。


 ……うーん、でも、私は魔法少女なわけだから止めた方がいい感じはある。


「どういう現象を起こしてるのさ、怪人さん」

「お前は魔法少女キラキララ!」

「そう、キラキララだよ。厄介ごとを起こしてるなら、やっつけるけど」

「とぉんでもない! この油怪人ギドーは美味しい料理を味わってもらってるだけ! 何にも悪いことはしてないアブ!」


 魔法少女を前に、そう言い切る態度はかなり自信満々といった様子だ。

 少なくとも嘘をついているようには思えない。


「……怪人の恰好のまま営業するのは、一般人には刺激が強すぎると思うけど?」

「なぁに、勇気あるものがギドーのお店に来ればいいだけアブ。気にしなくていいと思うアブよ」

「営業妨害」

「どこのアブ?」

「ショッピングモールの。怯えてる人もいるんだよ?」

「なにか問題があるアブか?」


 きょとんとした表情をする油怪人。

 ……微妙に価値観が違うとこういう時にめんどくさい。


「よし、やっつけよう」

「えっ、なんで!? まだ悪事をやってないアブよ!」

「いや、そこに倒れてる人が悪事の証拠になるのでは?」

「美味しい油系料理を食べてもらっただけアブ! 悪いことはしてないアブ!」


 必死にそう言葉にする油怪人。

 ……こういう相手はやっぱり相手にするのが難しい。

 ばーっと悪いことをしている奴ならば、さっくりやっつけて解決できるんだけど、絶妙に困る。


「……なに作ってたの?」

「フライドチキン、ポテトフライ……そうだ、フィッシュアンドチップスを作ってたアブ!」

「うっ」


 油系の料理を控えている私からするとなかなか美味しそうな響きがする料理ばかりだ。

 ちょっと食べてみたい……!


「値段はこんな感じアブ」

「500円……なるほどね、商売としては問題ない感じ」

「で、一応オーナーには話を付けておいたアブよ」


 そういって許可状を見せる油怪人。

 ……ここまで合法的ならば、問題ないのでは?


「うーん、私が走ってやってくる意味があったか疑問」

「まぁまぁ、美味しい油系料理を食べて元気出すアブよ」

「いや、それは……」


 流石に私も胃もたれになるのは避けたい。

 どう断ろうか悩む。

 その時だった。


「油怪人! キラキララにギトギト油料理を食べさせちゃダメだ!」


 魔法ゲートを潜ってマスコットのククが戻ってきた。

 ……さっき戻ってこなくてよかった!


「クク!」

「魔法少女はヘルシーが一番! そして、油ギトギト料理は身体に不調をきたす! 体調不良を発生させまくってたら許可したオーナーさんにも迷惑がかかる!」


 いつものテンションで口酸っぱく話す姿に安心感すら感じる。


「クク、今日は休みだったでしょ?」

「油の危ない雰囲気があったから戻ってきた!」

「なんだそれ」


 まぁ、心配で戻ってきたということにしておいた方がいいかもしれない。

 一方、ククの指摘を受けて、油怪人は腕を組んで悩んでいた。


「いい油使ってるはずアブなんだけどなぁ」

「いい油ってなに?」

「怪人特製超油」


 そういって見せてきたのは、なんていうか色々と人間向けじゃなさそうなパッケージの油だった。

 それを見た瞬間、なぜかククの表情が虚無になっていた。


「キラキララ」

「なに?」

「倒していいよ、油怪人」

「えっ」

「えぇ!? なんでアブ!?」

「人間が怪人用の油料理を食べれるかぁ! そんなものを味わったら、胃をおかしくするわ!」


 怒りの声を言葉にするクク。

 まぁ、これについてはごもっともだ。

 あまりにも危険なことをしている。食生活の違いというものだろうけれども。


「キラキララ、魔法で調合しよう」

「胃腸薬だよね。わかった」


 ククはマスコットの中でも魔法漢方が得意な存在だ。

 当然ククと協力している私もその漢方を用意するのが得意だ。


「君もひとつ飲んどくこと」

「なんで」

「チキン、食べてたから」

「うぐ」


 バレないようにやっておいても駄目だったか。

 まぁ、自分のことは置いておくとして、胃もたれで苦しんでいる人を助けることにした。





「あぁ、助かった」

「でも、美味しかったから、また食べたいんだよなぁ」


 助けた人は食べたことには公開していない様子だった。

 胃もたれさえなんとかなれば、また食べたいといった雰囲気が強い。


「ギドーの調理方にはミスはないアブ。ただ、どうすればいいかわからないアブ」

「油を変えよう」

「うん、新しい油、新鮮な奴を使うべき」


 揚げ物は古い油を使うと色々不都合があるというのはククがよく言葉にしている。

 それに、人間が味わって問題ないような油にするのも大切だ。


「うむぅ、人間世界でコレクションように買った油が無難アブか?」

「それを使おう。試食は僕がやる」

「そこはキラキララじゃないアブ!?」

「彼女は魔法少女。油料理はご法度さ」

「うぅ、そうなるとは思ってた」


 ちょっとフィッシュアンドチップスには興味があったのだけれども、ククが帰ってきたならばしょうがない。

 調理の瞬間を集中して見届けて、完成を見守る。


「このフィッシュアンドチップスを味わってほしいアブ」

「わかった」

「羨ましい……」


 少しの時間味わったククは頷きながら、言葉を加えた。


「まだ、これならヘルシーかもしれないね。よし、ひとつくらいならキラキララも食べていいよ」

「本当に!?」

「うん、特別サービスさ」

「ありがとう!」

「暑いから気を付けるアブよ」


 フィッシュフライを口に入れて、しっかり味わう。

 油のじゅーっとした食感。サクサク感も相まってとても美味しい。

 満足感高めだ。


「美味しいっ」

「自信作アブよ!」

「色々心配な要素はないみたいだね。じゃあ、再開してもいいかもしれないね」

「でも、怪人がやってるというのが不安って人もいるだろうし……私がいることで安全保障の保険にするけどいい?」

「大丈夫アブ! お仕事頑張るアブ!」

「よしわかった」


 平和な怪人との対話。

 油を使った料理を味わう時間。

 なかなか訪れることが少ないタイミングでも、こういうひとときは悪くないかもしれない。

 そう心から思えた。


「キラキララ」

「なに?」

「油使った料理食べるならアヒージョにするべきだよ」

「……私だってフライドチキンとかトンカツとか食べたい!」

「太るよ?」

「太らないように食べるから!」

「うーん、本当に?」

「……私だってぽよぽよのお腹にはなりたくないし」

「それもそうだよね」


 微笑むマスコットに、少しだけ恥ずかしがる私。

 太らない程度に、いい感じに油を使った揚げ物が食べたい。

 その気持ちはまだまだ変わらない。

 ほどよく美味しいものを食べて、元気に暮らしたい。

 笑顔を見せる人々の姿を見つめながら、そう思った。

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